ひっく。
最初のしゃっくりはソロで小さく。
ひぃっく!
続いてのしゃっくりはユニゾンでまだ其れなりの大きさで。
ひっく!ひっく!
さあ、愈々メインテーマに入る為の序奏である。二重唱が段々と
ボリュームを上げてくる…。
「師匠〜」
「情け無い声を出すな!喉の奥で喋れ!」
「う〜」
リベザルと柚之助、更に珍しく秋まで加わった3人が額にアイス
ノンを乗せて澱んでいるのを尻目に、座木は正月早々重湯を造って
いた。零一は我関せずとばかりにおせち料理に舌鼓を打っている。
「薬屋廃業してこっちを本業にしたらどうだ?」
「妖怪相手におせち料理、ですか?」
「悪魔もクリスマスを祝うご時世だしな」
「所謂日本情緒、ですか」
「少なくともコンビニの出来合い食うよりは。あんたの腕なら充
分惣菜屋が開けるし」
「でもまあ…少ないとは言え矢張りお客様はいらっしゃいますか
らね。いざとなったらの手段にとって置きましょう。…アイディア
料は1割ですか?」
何気なく毒舌の座木であった。
そもそも、この正月情緒というのがこの惨状の原因なのだ。夏休
みに夏気分を味わった秋が味を占めて、『今年は日本的な正月を過
ごそう!柚之助もいるし』などと珍しく乗り気になったのが、今思
えば貧乏神のノックだったのだ。
「これ、『お屠蘇』だよね?」
「そうだと思うよ?…うん、矢張りそうだ!」
お子様二人が台所にしきりに出入りしている。まあ、無理もない
話かもしれない。二人とも充分1千歳は越えている訳だから今更歳
をとった所で何の感慨も無いのだが、歳を越す行事を誰かと過ごす
なんて事は…かなり久し振りだ。柚之助は其れでも辛うじて記憶が
あるものの、現代とは随分様変わりした話だし、リベザルにしてみ
ればポ−ランドでの仕来りとこっちの仕来りとでは違う訳だから、
胸躍らせるのも当然かもしれない。
「あんまり摘んじゃ、明日どころか3日の夜まで残りませんよ?
秋も摘まないで下さい!」
通り過ぎざまに図々しくもメインの伊勢海老の姿焼きを懐に隠そ
うとした秋であった。
「いいじゃ無いか。発案者は僕だ!」
「子供の教育にも影響します。あまり好ましくは無い姿ですね」
「…今更の発言だと思わないか?其れって」
「父親が頼りになり難いものですから。主婦の皆さんの気持ちが
判りますね」
秋と座木が漫才を展開し始めて…そして、であった。あのしゃっ
くりのけたたましい二重唱が始まったのは。
「リベザル?」
「ユノ?何をやらかしたんだ?」
二人は、本来の姿に半分だけ戻ってタンゴを踊っていたのである。
半分だけ?然様、半分だ。サイズは人間の大きさで、本来の姿に戻
っていたのだ。
10歳の子供の背丈の赤い束子と狐がタンゴを踊る姿…想像して頂け
るだろうか?凄い光景だと思う。
「…酔っぱらった、か?」
「秋…この瓶…」
「あーっ!僕の秘蔵の濁り酒!」
「これでお屠蘇を割ったみたいですね」
「うー」
「だから言ったんです。お屠蘇まで再現しなくても良いと」
「うー」
「二人の介抱、お願いできるでしょうね?」
と、振り返ると、秋も確り沈没していた。傍らでは濁り酒の一升瓶
が6本転がっていた。
「自業自得だよ」
「濁り酒って…口当たり良い割に後曳きますからね」
「口当たりが良いから飲みすぎるんだよな」
思わず顔を見合わせて溜息。縁起を担ぐつもりじゃ無いけど、悪魔
と妖怪が縁起を担いでも仕方ないけど、其れでもあえて一言。
「今年一年、無事で過ごせます様に!この3人に振り回されずに!」
心配性が板につきつつある二人であった。