大小寺の境内では、子供達が住職を囲んで遊んでいた。
「和尚さんってどんな遊びでもできるんだぁ」
「任せなさい!こう見えても昔は必殺遊び人だったんだから」
「母ちゃんから聞いた事ある!昔髪ふさふさしてたんでしょ?」
「悪い事を言うのはこの口か!禿じゃ無いよ。剃っているんだよ。
…中々生えて来ないけど」
其の光景を遠くから一人の青年が見つめていた。年の頃なら
やっと二十歳になったばかり。淡い水色のレンズの伊達眼鏡を掛け、
やや赤い色の髪をさらりと流している。
漸く子供達から開放され、住職は青年の存在を認める。お互い軽い会釈。
そして、又暫く時が過ぎる。
二人が声を交わしたのは、子供達が残らず帰った、もう夕暮れには遅い
時間の事だった。
「久し振り」
「本当に」
「…」
住職は泣いて…違う…含み笑いだ…其れが段々大きくなって、呵呵大笑と
なる。
「な」
『んですか』と続けそうな青年に向かって、悪戯っぽく笑いかける。
「随分格好つけちゃってるじゃない、恭二君」
「…いい加減忘れてよ、総和さん」
「忘れてあげない。記念だもの」
太平山大小寺当代住職・高橋総和は佐々木恭二ことリベザルに、相変わら
ずの女言葉でさらりと返した。相変わらず、とはいっても二人が最初に出会
った時点から既に50年が経過しており、リベザルもちゃんと本名を48年
前に明かしている。
にも拘らず。
『恭二君は恭二君。で良いんじゃない?』
と、総和が時として其の名で呼ぶ為、リベザルとしても変身術を上達させ
る必要があった。序でに言うと総和は『薬屋』の実態を完全に承知しており、
しかも現在、唯一といって良いほどの『人間の御得意様』である。
「にしても、上手くなったわね。人見知り、もう大丈夫でしょ」
「ん。総和さんのお陰」
「男前に育ったわね。まだ成長期?」
「これが最終じゃ無いかな。俺達って精霊だし」
伊達眼鏡を外してゆっくり喋る。
「成長もするか。恭二君から手紙貰った時は感動したもの」
「もう40年前の話だよ?いい加減忘れないかなぁ」
「ボケ防止の秘訣よ。青少年虐めって」
皺は増え、皮膚の弾力も無くなったが、茶目っ気だけはあの頃の侭…もし
かすると強力になっているかも知れない。
「50年かぁ。年も取るわよねぇ」
ふと、年相応の老人の顔になる。
「薬、持って来てくれたんでしょ?」
「うん」
「御免ね。矢張り受け取れない」
「何故?」
「終わりぐらい、自分で決めたいわ」
「…判ってたんだ?」
「恭二君を見て判ったんじゃないわよ」
「兄貴?」
「秋ちゃん」
意外な名を告げられる。
「まさか師匠…」
「告知じゃないの。こう言われたの。『リベザルと思い切りじゃれあって
やって下さい』って、透明な声で。其の時判ったわ」
涙を堪えて、言葉を繋ぐ。
「怖く、無いですか?」
「怖くないわ。只ね」
「只?」
風が一吹き。
「恭二君達と別れるのが、一寸辛い、かなぁ」
高橋総和住職が逝去したのは其れから実に10年後。周囲からは奇跡と
言われた。
彼の傍らには佐々木と言う青年僧が居たが、住職逝去後、僧衣を残して
忽然と消えたという。