カウンターの下から、容の好い足がスラリと伸びていた。
纏っているのはハイスリットのチャイナドレス。ストッキングで
防御するなんて野暮な事はせず、しなやかな肌を惜しげも無く曝し
ている。
この種の店でそんな無防備な。否、その種の店であるからこそ、
この格好は威力を発揮する。論より証拠、見て見ぬ振りの秋波の何
と多い事か。
でも其れは無駄。彼が其の手の誘いを断り続けている事は周知の
事実だし、無理矢理彼と関係を結ぼうとした連中も、其の翌日実に
奇妙な状況で正体不明になって発見される事が重なった為、今では
彼は気兼ねなく「鑑賞される対象」としてカウンターでカクテルを
愉しむ事が可能になっている。
今夜も、其の筈だった。
彼の目の前にカルアミルクが差し出された。
「頼んでないけど」
「向こうのお客から。おごりだってさ」
バーテンダーの視線の先を見れば、年の頃二十歳の和服の女性が
座っていた。
「珍しい人だね」
「お前に言われちゃお仕舞だな。健全な、ましてや真っ直ぐな青
少年が夜な夜な居座る店じゃ無いよ、うちは」
「アハン?社会勉強」
「ま、お前の身持ちの堅さ知ってるからさ。で、後どうすんの?」
「じゃ、忠告に従って帰るかな。ママも心配してるし」
「ぬかせ!」
バーテンダーと軽口を交わしてさっさと店を後にする。…と、後
から幽かに人の気配がする。のみならず、鼻腔を擽る白粉の匂い。
多分さっきの「女性」だ。まあ、変な実力行使はされないだろうか
ら「いつもの手」を遣う事は無い。だから、暫く歩いて不意に駆け
足。で待伏せてご対面。
「お生憎様。俺、残念ながらそっちの趣味無いんだ」
「…やっぱり。リベザル、だよね?」
「?」
不意に本名を呼ばれて面喰う。そっち方面の「人間の」知り合い
なんて…絶対に心当たりが無い。師匠なら兎に角として(←どう言
う意味だ?:秋註)。
「あ、判んないか。この格好だし…10年ぶりだし…さ」
10年…と言われて益々面喰う。10年…リベザルだって変身術は上
達して、今ではとりあえず秋程度の年齢に見える感じの変身は出来
る。でもここ10年のリベザルの「人間」の関係者…駄目だ、思い出
せない。
「これなら、思い出せるかな?」
和服美人が不意に足元に転がる空き缶を蹴り上げた。と思うと返
す踵で受け止めヘディングに持ってゆく。…この光景…サッカー…
?…エーっ?
「良太?」
「ご名答−っ!」
ニヤリと笑った顔は、年相応の青年のものだった。
「心臓に悪いよ。あんな店で?」
「妖怪に心臓があるというのは初耳だよな。リベザルだったら蚤
の心臓?」
「…そっか、俺の正体、判ってるよね」
考えてみれば不思議な光景だ。夜の公園のブランコで並んで座る
チャイナドレスと和服の美女二人。でも其の実態は其の気の無い野
郎だったりする。しかも一人は確実に人間だが、今一人は妖怪…と
言うか精霊だ。
「あの頃はさ、判んなかった。で、思い出して興味持って、調べ
て見た。今の仕事もあの件がきっかけになったのかも知んないし」
「え…其の格好…?」
「記憶便りに薬屋行って、…店長さん?変わんないよね、あの人
も。あ、秋さんか。秋さんに『リベザルに会いたい』って言ったら
行き先教えられてさ。…でさーっ、秋さんたら酷いんだぜ!」
「多分想像できる。俺がそっちの方に行っちゃったと…」
「ならまだマシ!『リベザルを吃驚させるにはこれが一番!』っ
て、態々手ずから白粉塗るんだぜ?退くに退けないじゃん」
「ひっで−」
ケタケタと二人して笑い転げる。
「今さ、漫画家さんのアシスタント遣ってんだ」
「誰?」
「リベザル達の事を理解できて…って言ったら、判んない?」
「判んない」
其の方面疎いもん。
♪GE,GE,GEGEGENO...
「わー!判った!それ以上は…」
読者の皆さんにもお判りと思う。漫画で妖怪といえば…あの先
生でしょう?
「良かった、会えて」
「俺も」
「謝りたかった。ずっと。ゴメン」
「俺こそ。ゴメン」
しんみりムードは其処まで。二人はもう明日の計画を立ててい
た。ここまで悪戯をしてくれた秋にどうして仕返しをするか。悪
戯小僧は、何歳になっても悪戯小僧なのだ。