新月、そして新月
其の舞は、余人が入るのを赦さない程儚く、美しかった。 決して伝統の型に嵌ったものではない。だからと言って モダンの名の下、現代風な派手な味付けをされた動き、 でもない。 いわば人間の本能と自然の気流が合流したもの、とでも
言うべきだろうか。笛の音に沿い、鼓の拍子に時に逆ら いつつ。
星明りの下、舞はしめやかに終った。
「すみません。ついお邪魔してしまって」
「いえいえ、一体嬢なら一向に構いませんよ。こちらこそ 良い舞を見せて戴いて、考えが冴えると言うもの」 舞人は一体ちゃんことサムダーリン雨恋。笛を吹いていた のは第4斑副班長、Dネーム・槙売はかるである。彼の場合、 世間では本名を言った方が通りが良い。 「で、考え浮んだんですか?副班長殿」 厭味な口調で絡んでくるのは第4班所属のクリスマス水野。 現在は龍宮城之介のパートナーである、のだが、たまたま 休憩を取っていた所を槙売に掴まって、多少心得のあった 鼓を打たされていた訳である。 槙売の本職は雅楽器の修理・製作を営む御雅楽器師。本名 は音渡桂と言い、其の世界では名の知れた男でもある。 其の推理技法は「氷笛鳴想」。仮定を一応頭に描きつつ、 氷で出来た笛を鳴らして瞑想すると言うやや自虐的な技法 である。当然演奏は室内ではやり難い、ので手頃な屋外と 言う事になる。 「一体嬢、今回の事件、貴女はどう見立てをつけます?」 優しげな口調だが、眼差しは鋭い。 「槙売さんのお見立てを聞く方が先ですわ」 にべも無く返す。 「そうっすよ。俺だって付き合ってこんなに鳥肌立ってん すから」 「判ったからシャツを肌蹴るんじゃありません。襲います よ?」 恐い台詞をさらりと言って、向き直る。 「それは、今夜の空模様の如くです」 「答えになってませんわ?」 「そのまま受け止めて下さればいいのですよ」 「捻りも無く?」 「ええ」 改めて空を見る。そこに見出したものは。 「こんなに星はあったんですね…」 「ええ、星は存在しているのです」 判ったでしょう、と言わんが如くの微笑。 「赤い鯡、ですのね」 「そうか」 「むしろ今回の場合、赤い鯨かも知れませんね」 呟いて、襟をかきあわせる。 「庁舎内に戻りましょう。四万十川君が今日はお汁粉を 作ったそうです。水野君の餅は3個、一体嬢のお餅は2個で 注文済みです。戴くとしましょう」 若者二人の後から戻る槙売は、ふと空を見上げた。 吸い込まれそうな漆黒の中に、瞬く星砂…。 (2003.1.30)
《コメント》 何でこのシリーズにはオリジナルな登場人物を 絡めたくなるのか(苦笑) それは葡萄瓜も言葉遊びが好きなのだからでしょう。 彼の名前にはわざと仮名を振っていません。 読み解いて、呆れて下さいまし。