追風用意
ぼく達の目の前に並んでいるのはお茶の道具。
と言っても、所謂茶道の道具立てじゃない。煎
茶の道具立て。御猪口よりも少し大きい程度の茶
碗と蜜柑程度の大きさの急須を始めとした、一応
ちゃんと揃った道具立て。
でも良く見ると茶碗と急須は本来烏龍茶用の御
土産向き茶器セットだったりするし、茶則だって
百円均一で売られている様な物だったりする。
「仕方ねぇだろ?ちゃんとした道具までは手が
廻らねぇんだし」
……まあ、其れは判る。このセットだって大半
貰い物だし。
「まあ、お前等相手に畏まってみたところでな
…とりあえず中身で勝負ってこった」
でもさ、……頼むから作務衣着て気合入れるの
は止めようよ、深春。妙に似合ってるだけに笑え
て仕方ないんだよぉ〜。
そもそも深春が煎茶道に足を踏み入れたのは、
ぼくが浪人中の夏の事だった。きっかけは神代先
生の一言。ま、ぼくだって自慢じゃないけど熱湯
で玉露を淹れてしまったり、微温湯でほうじ茶を
淹れてしまった事は…あるんだよね。二回ほど。
うーん。普段京介と居ると珈琲しか飲まないか
らかなー?一寸勘が鈍るんだよね。
神代先生だって別に他意はなかった筈なんだよ
ね。そもそもがぼくに対しての甘やかし発言(時
々重いんだよー。自立心が鈍る気がするほど)の
延長だった訳だし。
其れが、妙に深春の凝り性な部分に火をつけた
らしい。
最初はとりあえず入門書片手に一人で練習。で、
時々ぼくか京介が付き合う程度。でも其れがちゃ
んとした先生の許で習う様になるまで、半年も要
らないほどのめり込むなんて……全然予想してな
かった。
小さな茶碗の其の三分の一程度に注がれた、緑
を凝縮した雫を静かに口に含む。
「結構な、お手前で」
……自然と言っちゃった。御世辞じゃなくて本
当に良い御手前と思っちゃったんだよ。京介は、
と、見ると眼鏡を外して髪を掻き揚げていた。
「輝額荘の茉莉花茶以来の美味しさ、かな?」
「……覚えてやがったか」
「切実に有り難かったからね。色んな意味で」
ちぇっ!以心伝心でやんの。仕方ないけどね。
「蒼は、深春の茉莉花茶、まだ飲んだ事は無か
ったね?」
「そー言えば」
確かに、ない。先生の家じゃ番茶か珈琲だった
し。
「この後でリクエストしても良いかな?」
「ああ、良いぜ」
葛饅頭を取り分けながら深春が応える。
ぼくに見えない二人の絆が、茉莉花の香りと共
にふっと薫る様な、気がした。
《コメント》
タイトルはお香に纏わる言葉より引用です。
葡萄瓜も下手の横好きでお茶好きな方です。
最近、煎茶も静かにブームになってるみた
いですね。専門の喫茶店も増えたし。
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