ライスケーキにシェリー酒
クリスマスツリーを前に私、アントネッラ・コルシ20歳は淑女にあるまじき行為、捻り鉢巻に腕組みをして唸り声を上げていた。出で立ちがスカートでは無くズボン姿なら当然の如く胡座もかいてたんじゃないかと思う。
何故かと言うと、『日本風クリスマスツリー』の演出をしなければいけないからで…正直、頭が痛い。
確かに日本というのはパパの国だし、(多分)初恋の人、パーパ・ソウの国でもある。だから興味を持って当然という思いが私の中にあるし、事実興味は尽きることがない。
だからと言って何故私の所に行けば日本文化が全て判るだなんて評判が立ってしまったのだろう。ひょっとしたらグイードの置き土産かも知れない。
流石に今更日本に対してFUJIYAMA・SUSHI・TYONMAGEなんて認識はないだろうけど…いくらなんでもANIME・OTAKU・MANGAなんて認識と言うのもあんまりじゃ無いかと思う。先日はいきなりYAOIGIRLなんて呼びかけられるし。
そんな認識の上で同級生から依頼された『日本風クリスマスツリー』の演出…日本文化の歪んだ伝播には協力したくないんだけどな…どうしよう。パーパ・ソウにはこんな事相談できないし。
溜息を一つついた瞬間、私の頭の上で電球が明るく瞬いた。そうだ。彼がいたんだった。
蒼のPCディスプレイの一隅から窓が不意にせり上がった。
『蒼、居る?』
『アントネッラ、どうしたの急に?』
『うん。一寸聞きたい事があって』
『何?』
『日本じゃクリスマスツリーに、シメナワやシシマイを飾るの?』
メッセンジャーの窓には沈黙が続き、1分30秒が過ぎた頃、アントネッラは音声チャットへと招かれた。
《あのさ、日本を何だと思ってるの?》
蒼の声は当然いぶかしげで少し刺がある。そりゃ、いきなり国を跨いでチャットで話し掛けられて丁髷の国扱いされる発言されたんじゃ、普通は怒る。普通の相手ならもう二度と相手はしない。
でも1分30秒の間に考えてみると、あのアントネッラが態々そういう事を聞いてくるのはおかしいと感じる。でも、釘は刺して置かないとね。
《ごめんね、悪意は無いの。実は斯く斯く云々で》
とアントネッラは彼女の置かれた状況をさらりと説明する。回線の向こうで蒼の苦悶している様子が、彼の息の音で手に取るように判る。
《…アニメで誤魔化さない?》
《却下!こっちにだってOTAKUは居るのよ?》
《あっちゃー》
《だからせめてシメナワやシシマイで誤魔化そうと思ったんだけど、駄目?》
《日本人として反対します》
《そうよねぇ》
回線を挟んで日本とイタリアで深く深く溜息が漏れる。何の因果でこうなるんだか。ちなみにその日はクリスマス一週間前である。
《もしも注連縄や獅子舞を飾るんだとしてさ》
《うん》
《イタリアで売ってるの?》
《いざとなれば中国風で誤魔化そうと思ってたんだけど…》
《…止めてよー……そう言う誤魔化し方は日本にも中国にも失礼だよー…》
蒼の声が1.5オクターブ下がった事に責任を感じるアントネッラである。でも、この状況を他にどうしろと言うのか。
《ごめんね。急にこんな話して。蒼以外に言えそうに無かったから》
《ぼくはいいけどさ。何か考えてみるよ。気が利いたこと言えなくてゴメン》
《ううん、気にしないで。じゃ、又ね》
《うん、又ね》
回線を切った後、アントネッラの腕組みが再開されたのはいうまでも無い。
2日後の事である。
アントネッラのノートPC画面の一隅がせり上がった。
『ぼくだけど』
『どうしたの?蒼』
『今から空港近くのネットカフェに来れる?』
『…まさか来てるの?』
『御名答!そこから今アクセスしてるんだ』
『な』
『質問はあってからゆっくり。で、来れるの?』
『行くわ!』
車に飛び乗って、珍客の出迎えに急ぐアントネッラである。
久々に合う蒼の背は少し高くなっていた、でも、纏っている雰囲気は相変わらずだ。
「いきなり来るなんて、ビックリしたわ」
「ゴメン。チャットや回線越しだともどかしくってさ」
「で、どうして?」
「日本風クリスマスツリーのオプションをお届けに♪」
ウィンクを一つすると、ボストンバッグのジッパーを下ろして見せる。中に詰まっていたのは色とりどりの正月飾り(但し100円ショップで購入可能な品々)であった。
「これって…」
「クリスマスツリーにも似合いそうな日本風の飾りって言うと、ぼくもこんなのしか思いつかなくてさ」
「でも、普通態々届けに来るかなぁ。飛行機に乗ってまで」
「せめてもの監修役。飾りのピックをかんざしと誤解されたら嫌だし」
顔を見合わせて、どちらとも無く笑う。
「ありがと」
「どー致しまして。いこっか」
「うん」
一足早く、我が家に黒い瞳のサンタクロースがやってきた。随分若いサンタクロースが。
(了/2003.12.13)
【コメント】 マッサージコース久々に登場は何故か『仮面の 島』よりアントネッラ嬢です。 クリスマスツリーに何を飾るか…宗教的な意味 合いもあるのでしょうが、イベントとしてのク リスマスと割り切ってしまうなら、水引もまた 装飾の一つと考えても良いのではないか、と、 ふと思うのです。