「いよいよだね」
「いよいよだな」
京介と蒼はじっと前を見つめていた.真剣な眼差しで.表情も心なしか硬い、
様に見えたのだが…良く見ると、ン?蒼の背中に回った京介の手も、京介の
脹脛に回った蒼の手も、お互いをここぞとばかり抓り上げている.二人の口元は
…微かにではあるが笑いで痙攣しているのである.
その原因は二人が待っているものにある.二人は寒さに耐えながら夜明けを
待っていたのである.栗山深春が駱駝に乗って砂丘を走る、その一瞬を見る為に.
そもそものきっかけは劇団Hの板倉女史から深春の元へ持ち込まれた
バイト話だった.
《澄み切った空気の中、砂漠を駱駝に乗った頑健な男が走り抜けて行く.
その後、喉の渇きを癒すために1本の酒を飲み干す》
言葉にすれば易しいが、それを1分間の映像にすると言う.しかもその撮影を
1月、国内でやると言うのだから物好きな話だ。
横で話を聞いていた蒼は心底見知らぬ主演男優に同情した.1発OK出たら
いいけど、多分何回もダメだし出るだろうなー、板倉さんの事だし.
そしてその段階では深春はカメラマン助手、の筈だった.蒼と京介は
ついでだからと招待された身なので気楽なものだったし.
「……板倉さん、話が全然違うじゃないですか!」
「すまん栗山.ここは一つあたしの顔に免じて泥を被ってくれ」
深春のぶーたれる声がここまで聞こえてくる.ここは鳥取砂丘.国内で
砂漠の雰囲気な屋外と言えば大抵ここだ.ご近所には確か白兎海岸もあった筈だ
深春かわいそー、と蒼は少し同情する.何しろ到着した途端深春は因幡の
白兎よろしく着ていた服をひん剥かれて、代わりにギリシャの哲人が着そうな
服(確かトーガとか言ったっけ)を着せられて待機させられたのだ.主演男優が
急に熱を出して寝込んだらしい.
「お前もガタイ好いからね.すまん、この通り!バイト代賃上げ交渉は
勿論、メーカーにも頼んで最低3ヶ月分程度は酒、貰う様にしとくから」
「板倉さんには世話になってますしね…しゃーねぇーか」
「すまんな.じゃ、打ち合わせ行こうか」
アーア、言いくるめられちゃって.そこが深春の好いところだけど弱点
なんだよなー、と蒼が盛大な溜息を吐く横で京介はやれやれと首を振る.
かくて撮影は夜明けと共に始まり、見事1回で終了した.とは言うものの、
ポスター撮影と言う奴もついでにと言う事になり、休憩を挟みつつも1時間.
翌日から3日間、深春は馬鹿ではないと体を張って証明した.つまり、
熱出して寝込んだのだ.
「思ってたよりも、格好良かったよね」
蒼の心底からの感心もフォローにはならねーよ、とばかりにぶーたれている.
一寸は嬉しがっても好いじゃないか?
「流れているの、見た事ないね?」
「海外向けの奴、だったらしい」
いじけきった声で深春が返す.つくづく報われないなー.
事実そのCMは海外で高い評価を受けた.後からついた音楽と共に.
因みに音楽を担当していたのは《PINY−GATE》だったりする。
…まさか深春の受難が1年後に自分達のものになるなんて事は、…蒼も
京介も知らない方が幸せかもね.
(なし崩しに、終わる)
《コメント》
深春主人公で何か…と言うリクエストと12000キリ番を見た印象とが
合わさって出来た作品。因みにタイトルは国安わたるさん
(「ミスター味っ子」の主題歌…懐かしいな)のアルバム収録曲から。
お笑いな内容したのは…勘弁してくださいまし^^;