視界に入ったのは、風に巻き上げられる漆黒だった。
夕暮れ時、風が強く吹き付けるバルコニーに佇む歳の変わらぬ姉。
秀でた額、秀麗な眉目、長い睫毛とやや切れ長な目、高い鼻筋、きゅっと引き結ばれた口元は凛々しくて。
長く伸びた四肢、すらりとスレンダーでしなやかな長身。一見しただけでは誰も本来の性別で認識しないであろうその外見は、自分達の父の若い頃によく似た面差しで、まさに美少年と言った風体である。
だが豊かに腰まで伸びた艶やかな黒髪が、辛うじて凛々しい少女に見せてくれている。
もっとも、邪魔になるからと普段はゆるく編まれている所為で、男に見られることが殆どだが。
夕陽を浴びて輪郭を朱くふちどり、まぶしそうに細められた瞳まで朱が混じって見える。
風に遊ばれて大きくひるがえる髪は、固めで腰があり、それも父から受け継いだものだ。性別が違うため生き写しとまでは行かないが、それを覗けば本当に良く似た2人である。
朱く染まる中で、長い髪だけが本来の色のままだった。
声をかけることも忘れて、風に靡く髪を眺めていた。
遠くへと視線を飛ばしていた姉が、ようやくこちらに気付いて振り返る。
人の気配に敏い彼女にしては珍しく、本気で気付いていなかったらしい。驚いたように目を瞬かせていた。

「……なんだ、声かけてくれればよかったのに」
「お邪魔しちゃ悪ぃかと思いまして」
「何言ってるんだか。ほんと口が上手いね」

軽い口調で冗談めかして応えれば、呆れを含んだ苦笑いの体で返された。 女性にしては低いアルトの声と中性的なその喋り方も、誤解を生むひとつ要因なのかもしれないと今更ながらに思った。
強い風にあおられる髪を押さえている彼女の向こうで、燃える太陽が徐々に沈んでいく。

「夕陽を眺めてたなんて、今日は随分ロマンティックなんだな」
「似合わないって言いたいの?」
「いや?珍しいこったと思って。雪降らねぇと良いな」
「失礼な奴。この前のこと、母さんに知られても良いの?」
「……や、それは困る」

何か茶化して返そうと思ったのに、ついつい本気で否定してしまった。
あのひとは怒らせると何よりも怖いのだ。
きっと家族のうちで逆らえる者はいないだろう。まさに、母は強しである。
真顔でかぶりを振ると、彼女は小さく笑った。
そして、わずかに目を伏せる。

「母さんは、強いよね」

誰に問いかけるでもなく、ただ自分の中での確認として呟かれた言葉。
かすかな不安を感じた気がして、胡乱気に目を細める。

「何だよいきなり」
「…うん。最近、つらそうだなと思って。何でもない顔してるけど、すごく痛い」

視線を下へ落としたままぽつぽつと言葉をこぼした彼女の方が、顔を曇らせてよほど痛そうに見える。
それはきっと、強すぎる感応力によるものなのだろう。過ぎた力はいっそ不幸でもある。
眉をひそめて肩を落とす片割れにそっと近付く。
うつむき気味の顔がわずかに上がって、不思議な色の瞳が見えた。

「バァカ、それはてめぇの気持ちじゃねーだろ。自分の感情みたいな顔してんな」

べち、と平たく軽い音が響く。
音は間抜けだが、実は力がこもっている。
なので額を押さえて呻く彼女の姿は、とても正しい。
じんと痺れた額をさすり、じと、と恨みがましい目で見て姉は口を開く。

「何するの」
「あんまり馬鹿なこと言ってっから気付かせてあげちゃったの」

そう言い返せば、彼女は言葉をぐっと飲み込んだ。
どうやら多少なりとも自覚はあったらしい。
言葉を捜すように視線が再び下に落ちる。それによって瞳の色が見えなくなったことが、少し残念だと思った。
僅かに冷たさを増した風が、また吹きぬけていった。自分と姉、髪質は違うが色を同じくする髪がなびく。

「気持ちは、分かんねぇでも無いけどな」

ややあって発した言葉は思いのほか神妙な響きが含まれていて、内心で動揺する。
しまった、違う。こんな雰囲気は駄目だ。これでは彼女と同じで、独りよがりの勝手な同情になってしまう。こんな湿っぽい空気ばかりでは息が詰まってしまうっていうのに。
分からなくはないのだ。自分だって思うことは同じである。
だからといって、いつまでも感傷的な空気に沈むのは厭だった。
重い雰囲気を打破するように、努めて明るくふるまう。上滑り気味になるのはご愛嬌だ。

「」

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル