マスターには感謝している。
トワイスを倒した時点で、マスターの剣となり盾となる私の役目は終わった。
最後の戦いは私のわがままで戦ったようなものだ。
マスターの意志を無視して、私の独断でこの悪を倒すと・・・決めた。
勝てるかどうかわからない相手に対して、私の無謀な決意にマスターもよくついてきてくれた。
正義の味方・・・・・・私が自分自身に封印したはずの夢が、本当の自分の心にとって捨てたくない想いだったことを、マスターのおかげで私は思い出せた。
この少女の力になれて、本当によかったと想う。
後は残された聖杯をどうするか・・・聖杯を扱う役目はサーヴァントではなく魔術師たるマスターにある。だが、マスターは・・・
今までの戦いで、私が契約したこの少女はムーンセルによって再生されたデータにすぎないことを私は知っていた。
この聖杯戦争で勝ち抜けたとしても、聖杯に戻れば恐らく分解されマスターが現実の世界に戻れなくなるだろうことは予想に難くなかった。全ての敵がいなくなった今、ムーンセルに戻りさえしなければ・・・ここに残りさえすれば、永遠にマスターは生き延びることができるだろう。
それが正しいことかどうかはサーヴァントたる私が判断することではない。
・・・・・・サーヴァントはマスターに従うものだ。
仮にマスターがそれを選んだとしても、私はそれを責めるつもりはなかった。
ここに再現されている私は、所詮、英霊の座から召還されている私の分身にすぎない。
座に還りさえすればマスターと共にすごしたこの記憶も消え、記録の形としてしか残されまい。
ならば、分身のたった一欠片が還ってこなかったとしても、なんら支障はない。
このマスターと永遠をすごすのも一興と思えた。
例えそれを選んだとしても、誰も彼女のことを責める者はいまい。
だが、・・・・・・少女はその歩を、聖杯に進めた。
稼
働中のムーンセルには、私が倒したとはいえ、まだトワイスの入力した悪性プログラムが残っていた。その解除と・・・・・・そして、この世界にとり取り残さ
れた彼女の友人であり・・・別の世界では私の憧れとなったその人を、現実世界に戻す為に・・・・・・マスターは、選んだ。
ならば、・・・私も付き合おう。
マスターが行く先にそのサーヴァントがついていかないで、一体どうするというんだ?
マスターの行く末を見届ける、それが従者たる私の役割だろう?
別の世界でも気丈な性格は変わらない彼女の友人もまた、マスターを独りで行かせたサーヴァントに非難の視線をこちらに向けているではないか。「あなた、ここでマスターを一人で行かせて本当にいいの?」、と。
今まで何度も経験した聖杯のあの懐かしい感覚とともに、私はムーンセルの青い鏡の中に手を入れた。
水中に身を浸しゆっくりと落下していくと、じきに青一色に煌めく白い光の中からマスターの姿が浮かんできた。
外からはそうは見えなかったが、無限大に広がる青一色の空間にマスターのその姿はあまりに小さく、、、今すぐにでも周囲の青に溶けてしまうかのようだった。
そこには、普通のか弱い少女がたった独りで・・・・・・孤独を耐えていた。
・・・・・・こうなることは、分かりきっていたのだ。
自分に出来ることは、この少女の側にいてやることだけだが・・・・・・私は少女のいる方向に手をこいでいく。
ムー
ンセル内に無機質な電子音が響くとともに、少女の体の色も透けていく。ムーンセルがマスターのデーターと本来は在るはずであろう現実世界の体との照合を
行っているだろうことがうかがいしれた。異物たる自分がここに入ってくる以上、その照合結果が出る時間を少しでも長引かせることが出来る。
その時、あらゆる情報が白い光とともに飛び交った。
脳裏に、夕闇のような紅い炎に倒れ込んでいるマスターとよく似た少女のイメージが流れ込む。
『そうか、マスターもまた・・・私と同じように、・・・テロという名の・・・、災害に巻き込まれて私と巡り会ったのだな。』
この目の前の少女に自分と同じものを感じた。
自分はあの時、運良く助けられたが・・・
同時にマスターの横たわる姿が見える。現実世界に眠るマスターの体だ。
あぁ、この少女もまた・・・未来に運命を託せるのだな。
安堵とともにマスターに呼びかける。
「マスター、ファイルを照合すると、君には未来を託す体があるようだがね」
「・・・アーチャー?」
どうやら、マスターは私が来るとは予想していなかったらしい。
マスター、例えここで消えようとも・・・君にも、未来がある。現実世界に託す体がちゃんとあった。
そして、マスターが消えれば、そのサーヴァントもまた消える、だがそれでいい。
「なにこちらのことは気にすることはない。私は次にお呼びがかかるまで待てばいいだけのことだからね」
続き 戻る