「アーチャー、ここ真っ暗だよ。めまいがしたと思ったら、急に……。私、どうしたらいいの?アーチャー、私怖いの。自分が消えてしまいそうで…」
ウィ ルスによって、それがマスターの体に進入した時点で…、マスターの外からの情報が彼女から遮断されていたからだろう(その間、ウィルスプログラムは勝手に マスターの体を操っていたという訳だ)。マスターから見れば、その状況は誰もいない無音の暗闇にたった一人で放り込まれた状態に感じられ、さぞ恐ろしかっ たに違いない。

「マスター、聞いてくれ!ムーンセルによって…今、君の中にウィルスプログラムが入り込んでしまった。今、凛から君に抗体 プログラムを打ってもらっている。意識をしっかりともってくれ! 君が、ウィルスと…ムーンセルと戦う意思を持ってくれれば抗体プログラムが働いて、じき に回復するはずだ!」


しかし、マスターの返答は返ってこず、むしろ伝わってくる恐怖感がさらに強まった。

………………、無理もない。

戦争とは言え、これまで聖杯戦争で実際に戦っていたのは魔術師ではなく、その使い魔であるサーヴァントだった。順調に勝ち進んできたとはいえ、戦いに伴う恐怖や痛みを直接肌身で感じたことのないマスターにとって、これは戦いからダイレクト(直接)に伝わる初めての痛み。
そして、これまで戦っていたのは…サーヴァントが代理で戦ってはいたが…対戦者たる魔術師であり、勝てる可能性が対等に与えられた戦いであった。
それが、今 我々が敵にまわしてしまったのは…その聖杯戦争をつかさどっているはずのムーンセルである。常識では考えられないあらゆる攻撃手段が自分達に向けられ、しかも勝てる可能性があるかどうかもわからない。
以前、俺がマスターに相談した…ムーンセルの攻撃対象になるということが何を意味するのかを、マスターは肌で実感してしまったのだ。

恐らく、マスターは戦うことが怖くなったのだろう。
勝てるはずがない…と。

だが、相手がムーンセルであろうと、手をこまねいて見ている訳にはいかない。
このまま逃げていれば、やがて本当にマスターの自我はウィルスに飲み込まれて消えてしまうだろう。

「マスター、今回だけは俺が剣でもって君を守ることが出来ない。ウィルスと戦う君を励まし手助けすることしか俺はしてあげられないんだ。戦う勇気を持ってくれ!マスター、そうしないと君が消えてしまう!」
「……怖いの、アーチャー。ムーンセルと戦って、……本当に…勝てるの?」
「…………。俺を、信じて欲しい。必ず、君を守ってみせる。」
暫くの沈黙の後、マスターから不安を押し隠したかのような声が響いた。
「……アーチャーのことは信じてる。……、でも戦うって、どうしたらいいの?真っ暗で、体も動かないし…」
「自分の体が自由に動いている姿をイメージするんだ。いつもの自分を思い出して…」
「……、駄目っ!…出来ない。考えようとすると頭に靄がかかって…」
マスターが回復出来ないように、ウィルスによってマスターの精神部分にロックがかけられているのか!?
「マスター! 気をしっかり持つんだ。落ち着いて、もう一度…」
俺はマスターを励ます為に、それから呼びかけを繰り返そうとした。
だが、ただでさえか細かったマスターからの声がそれから途絶え、それまでマスターから伝わってきていた恐怖感の波動すら希薄になっていく。

まずい、時間が経ちすぎたのか!?
凛が創った仮想空間もそう長くはもたない。
このまま、諦めて終わってしまう…のだろうか?ここまで、来て…。

それから言葉をいくら重ね呼びかけようとも、一向に俺の声は…マスターには届きそうになかった。

「……マスター。」

ついに俺は…、マスターへの呼びかけを…諦め、かけ…己の後悔を、搾り出すように、思わず呟いた。
「……マスター、すまない。俺のせいで、君がムーンセルから攻撃されてしまう事態になってしまって。俺が…君を想わなければ…こんなことには…」

悔やみきれない想いを吐露した…その時。



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