誰にでも憧れの人がいただろう。 東京と千葉の三人で飲みにいった時の話だ。東京は割りと聞き手に回ることが多かった、しかしその時は酒を煽りながらぐだぐだと話し続けた。 ふっとした時に会いたいなぁとか思うわけです。いや、もうここのところずっと忙しいのでそんなほいほい自由に会いに行けませんよ。でもそれはいいのかもしれない。何故かよくわからないんですが、何故か怖いんですよ。漠然としていてよくわからない。あ、それで、それでですね、ちょっと前にその人とお会いしたんです。仕事で。会う前はちょっと怖かった。でもその人、まったく変わってないんです。昔より少し丸くなったくらいであとは何も変わっていない。私は何に怯えていたのだろうと笑ってしまいました。たぶん、思い出は思い出のままでそっとしておきたいとか、そう無意識に考えているんでしょう。自分のことなのに。それで今、また怖いと思う様になりました。いつまで続くんでしょうね、これ。壊さないと駄目なんでしょうかね。あーどうすれば壊せるんでしょうね。 最後の方はどうしようもない泥酔状態で、聞きとるのは困難だった。 車が不調でエンジンもかからない。静岡のところで買った車で、これも結構な距離を走っている。買い換えの時期なのかもしれない。そういえば確か静岡が近くに来ていると聞いていて、神奈川は連絡を入れた。向こうにも予定はあるとは思うが、道具を一式持ってかけつけてくれた。 「もうすこーし時間かかるから、お茶でも飲んでてー」 「おう」 憧れの人。神奈川の場合は誰だろうか。………東京?京都?憧れとはちょっと違う、意識はしているだろうが憧れとは違う。ならば外国は?いや違う。憧れとは違う。あれは根本的に違う。ふっとよぎる誰かの後ろ姿。声をかけると、ゆっくりとふりむいた。ああ違うな、違う。もう昔の話だ。とっくの昔に終わった。終わったはずだ。 車の不調は静岡が言うにはただのエンストだったようだ。しばらく乗っていなかったせいだろう。ついでに検査もしてくれたようだ。 「定期的に乗らんと駄目だにー。んで用はこれだけ?」 「ちょっと乗ってかね?飯もおごるし」 静岡は「どうしようかなぁ」と呟きながら道具を片づけていた。修理された車に乗りエンジンをかける。問題なく動いた。車庫のスペースでもぞもぞと小さく動く静岡の体。 声をかけてちょいちょいと手招きすると、静岡はひょいと顔をのぞきこませてきた。目が合うととっさに腕をつかみ膝の上に乗せ、ドアを閉めロックをかけた。 「あ、え、どうした?カナちゃん」 これから邪魔になるその大きい眼鏡をはずす。くりっとした目、戸惑った目。性的興奮を覚えることは一度もなかった。そういった趣向は持っていない。誓ってない。不意に首筋に噛みつきたくなった、そう思っていた時は噛みついていた。静岡は必死に自分を押し返そうとしている。 「いいよな、しず、いいよな。もう待てない」 「よ、よくないよ、全然よくないよ」 何かの冗談だと構えていたのだろう、今も信じられないといった目で神奈川を見つめている。スカートをまさぐると細く白い足がのぞいた。太ももを遠慮なく手が這いずり回ると、静岡は泣きそうな声で「駄目、駄目」と繰り返す。再び首筋を食み脚の間に指先が滑り込んだ。 まさかこの先のことを知らないとは言わないだろう。彼女は自分を姉と言っているのだから。下着越しに指先が少しずつ内側をなぞるとぐちゅ、ぐちゅと、おそらくは本人の意思に関わらず濡れた音が聞こえてくる。指で弄られ、静岡は悦のこもった声で悶えた。しとどに濡れる秘唇は神奈川の指で押し広げられる。 「うちじゃないだに、うちは違うよ」 「しずは俺のこと嫌いなのかよ、そんなはずないよな」 「カナちゃん、なんで、なんでわからないの、後悔するだに、絶対カナちゃんは後悔する」 もっと華やかな人がいい、もっとおしゃれな人がいい。神奈川は静岡の顎先をつつと撫で上げ、少し目を細める。憧れの人、恐ろしくて愉快な記憶が、鮮やかに思い返される。 「そうだな、恋人にするならしずじゃない。ごめん、しず、ごめん」 熱をもった花弁を指でこじ開けながら、神奈川は固くいきり立ったそれを静岡の尻に擦りつける。ぬるりとした感触がした。静岡の腰を掴み浮かせて、遠慮なく大きくなったそれを押し込んだ。押し殺した悲鳴が漏れる。ある瞬間にすっぽり収まったが、静岡はかなり痛そうであった。 「…………っ、いた、いたい、いたい、いたい!!カナちゃ、いた、いたい」 幼いそこは受け止めきれずに先端しか入らない、すぐに押し戻されてしまう。静岡も痛がっているがこちらも痛いだけだった。 「深呼吸しろ」 「…………う、ん………」 口づけをしてなんとか緊張を和らげる。 車独特のにおいと栗の花の匂いがむわっと車内に充満していた。車のシートが汚れるとか、もし誰かが訪ねてきたらどうするのかとか、そもそもこういうことは色々とまずいのではないかとか、そういった危機意識がゆっくりと溶けていくような感じがした。 「あ……あっ、カナちゃ、ん?……」 意外な快感の波にしっかりと彼を抱きしめたまま動きに合わせて声を漏らす。何度も唇を重ねて、体を重ねながら温もりを伝える。 「あっ、あっ………カナちゃ………」 完全に濡れた音が大きくなってくると、抱かれる側の表情にも恍惚が生まれていた。まだ痛みはあるのであろうが、突き上げられる度に仰け反り方がだんだんと派手になっていく。なんとかしがみつこうとする静岡、だんだんと短くなる間隔、神奈川の背に爪が深く食い込んだ。 夜の車道をスピードを出して走っている。制限速度を少し超えていた。静岡は運転マナーはいいところだが、神奈川は結構乱暴な運転をする。助手席に座っている静岡は怒らなかった。先ほどのことも今のことも。 止められたはずなのに止めなかったのは自分だから、自分の責任だと静岡は言っていた。 やがて信号が赤になり、静かな沈黙が流れる。 「順番、間違えちゃったねぇ」 「そういう問題だったか?」 「うん」 「………しず、後悔してほしくないとか言っただろ」 「うん」 「もうとっくの昔に後悔してるし、しずが気にすることじゃねーし」 「カナちゃん、そこはもっと具体的に」 具体的にと言われても。返答の言葉は用意していなかった。空気を読まない信号はまだ悠々と赤く光っている。神奈川はラジオをつけた。 ………でかくならないしずが悪いんじゃねーの? 普通、年を取ればでかくなるだろう。昔のしずはもう少し大人だった。とにかく綺麗で洗練されていた。 今の彼女はというと、縁側でお茶をすするのが一番幸せだとかいう。ちくしょう。なんだってんだ。 今回のことは少し反省した。が、よかったと思うことがある。壊そうとした思い出は壊れなかった。もう無理に壊す必要もないとわかった。そしてまた時間が許す限り、新しいなにかをつくっていけばいい。 ようやく信号が青に変わった。 |