何か大きなものが壁にぶつかったような鈍い音がした。


ホテルの部屋で大勢の男がたった一人を取り囲んで蹴り殴りを繰り返していて、愛媛はその光景を冷めた目で見ている。見ていても何も面白くない。助けに入るつもりもない。愛媛はベッドに腰掛けて俯いていると、誰かがこちらに近寄ってきた。愛媛はふと見上げた。少し疲労気味の広島が心配そうに顔をのぞきこんだ。愛媛の服は乱れているがまったく被害はない、安心したのか広島はほっと息をついた。優しく愛媛の頭を撫でる。

「………いつも、広島さん言っとったね」
「ん」
「浮気は駄目って。ね、なんで浮気しても怒らんの?」

広島は後ろを振り向き目配せをすると、大勢の黒服の男たちは波が引くようにいなくなった。そしてまた愛媛と向き合う。

「芝居かどうかはすぐわかるけぇの。ワシ気を引いてどうするつもりだった?ん?」

広島はなるべく優しい口調で言っているが、厳しい目はしっかりと据わっている。愛媛はその強い圧迫感に潰されないように、それでもなんとか見つめ返した。

「ただ純粋にね、広島さんどうすんのかなぁって思ったんよ。殴られるかなぁって思った、それもいいって思った。広島さんは優しい、でも、怖い怖い広島さんも見てみたいって思ったんよ。………ごめんなさい」
「もうこんな馬鹿なことやらんって約束できるか?」
「うん。もうやらんよ、こんなアホみたいなこと。疲れるだけやった」
「愛媛にはこういうのは向かんの」

広島はにかっと笑い、長い指で愛媛の髪をくしゃくしゃにする。

「私は広島さんのこと、好きじゃけんね」
「おお」
「本当だからね」
「うん?」

ここで何を言ってもただの言い訳にしかならない。それにはまったく信用がない。必要以上の言葉を呟いてしまったら、もう直せないし戻れない。愛媛はそれを知っている。

「こいは愛媛の服?」
「違うよ、さっきの人に買ってもらったん」
「じゃろうな、なんか胸糞わりぃの」

広島は無言で服を引きちぎるように乱暴に剥いで愛媛をベッドに押し倒した。愛媛は横目で無残な姿に鳴り果てた衣服と下着を憐れむように見つめる。

「裸で帰らんといけないの?」
「朝には届けさせるからの、それまでワシとおればええ」

髪の毛から離れた広島の手が、背中に回り愛媛を抱擁した。ほとんど裸身に近い愛媛を前に、広島は不敵に笑う。剥き出しになった白く柔らかい愛媛の尻を指でなぞり、ただ割れ目を縦に何度も撫で上げた。かすかなくすぐったさがあるが、快感と呼ぶには程遠い。そしてその指は好きなように愛媛の体の上を動きまわる。恋人の体温を全身で感じていると、自然に鼓動は強くなった。

「広島さんのエッチ」
「落し前きっちりつけてもらうけぇの、覚悟しとけ」
「あ、うん………わかっ、とる………あ、ううん、せっかち」

息を浅く吐くようにすると、指はもっと奥まで入ってくる。固く充血したものが柔肉の中にゆっくりと埋まっていく、もどかしさに愛媛がもじもじと腰を動かす。

「ああ……はぁ……さっきから、先っぽばっかりで……ね、ちょうだい、早くね、広島さんの欲しいんよ」
「めちゃくちゃにされたいか、そいとも優しくされたいか、どっちじゃ」
「どっちでも、ん……あ、広島さんの好きにしてぇ」

乱暴なことをするように言った広島だが、手と口は柔らかく動かす。最初だけゆっくりと奥まで押し込む。

「あ……入って……入ってきてんの……」
「おう」

そこで一度止まりそれから膣内の上の部分を擦りながらずるずると引き抜く。次に突き入れる時は倍の速さ、そしてそれはどんどん速まっていく。

「っ、うん、ああっ、いっ、いいっ」

一気に頭の芯に響く痺れ。それが腰を突き入れるたびに連続で来る。ぐるりと中をかき混ぜるような動きに一瞬、視界が白くなる。頭から足の先まできつく甘い衝撃が走った。

「なんじゃ、先にイキよったな」
「だってぇ………」

脱力した愛媛は火照った顔を手で覆う。今にも泣き出しそうな愛媛を広島は強引に愛媛を持ち上げた。自分も上半身を起こした。 腰はまだ繋がったままで突然角度が大きく変わり、愛媛の身体から力が抜けて、喉からは悩ましい声が漏れた。頭が胸の谷間に埋れた。

「ん、広島さんの心臓の音、優しい音がする」
「ほーか」
「うん。すっごく好きじゃけん、ずっと聞いていたい」
「無理じゃの、ワシは怒っとる」

広島は愛媛の耳元、低く恐ろしい声で何かを囁いた。自分で動けということだ。愛媛は遠慮がちに腰を動かしていく。まだ睨まれているのがわかる、その視線が肌に突き刺さっている。ぐちゅぐちゅと粘着質な音に違う音が混じってくる。ミツバチが飛んでいるような異質な音。そしてそれがだんだん近づいてくるのが恐ろしかった。

「あ、ああっ、変なの、変なのがきとるよ広島さん、なんか、変な音がするん、何、何なんこれ、ねぇ広島さんっ」
「愛媛は動いとればええ、泣いとればええ」

愛媛はギュッと目を瞑って、広島に置いていかれないように見捨てられないようにとしっかりとしがみついた。





愛媛がその『変な音』の正体を知ったのは次の朝だった。最後はもうなにもかも夢中でよくわかっていなかった。その『変な音』の正体は1つ2つばっかりじゃなくて、形容しがたいものまであった。広島さんが買ったんかな?それを指で弾いたりつついていると、広島がひょいっと取り上げた。「遊び方間違っとるじゃろ」と苦笑していた。

「なんやもう起きたか」
「広島さんー」

愛媛は嘘泣きをしようと目を潤ませる。が、その嘘泣きはすぐ本物になった。ぎょっと広島が慌てふためいたが愛媛はぐずぐずと泣きだした。

「浮気ごっこ、もうやめにせん?ちょっとじゃないもん、すんごい疲れる、しんどいもん」
「ワシは楽しかった。いやー燃えた、燃えたのう」
「広島さんはええんでしょうけど、うちはもう無理ー」

ふうとため息をひとつ零して、愛媛は枕に顔を埋めた。すると頭をぽんぽんと軽く叩かれた感じがした。

こんなんで機嫌が直ると思ったら大間違いだよ広島さん。

愛媛はくすくすと笑いながら、広島の体に身を寄せる。広島は不思議そうに首を傾げていた。

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