「もうこいで最後になるばってん、なあ福岡、約束してほしい」 福岡は黙っている。俯いて何も言わない。答えられない。辺りは騒然としている。誰それが死んだとか、兵糧がもう危ないとか、色んな声が聞こえる。そんなに怒らんでもいいのに。そんなに泣かんでもいいのに。いつの時代だかもわからない、でもそれはいつの時代も同じ光景なのだと思う。 「我儘を承知で言っとる、もうこいから先どうなるかわからん」 「うん」 「最期は福岡と一緒がいい」 「あ、そんなよそわしかこと言わんけんで、佐賀」 「いんにゃ。福岡、おいは―――」 思えばそれが彼の我儘だったのかもしれない。まとわりついている死臭なんて気にもせず抱きしめてくれた佐賀を、自分はただ、抱きしめ返さずに目を閉じて抱かれていただけ。 佐賀は本当に不器用だからわかりにくいが彼のことを福岡はよくわかっていた。もしくはなんとなくわかっているつもりだった。その上で彼の好きなところも嫌いなところもある、そして全部まとめて福岡は佐賀のことが好きだった。でもどうして言えなかった。最低限の言葉も伝えられずに佐賀への返事を先延ばしにし続けた。 そして月日はあっという間にすぎていく。 忘れろと言われても忘れられない、ただ記憶は薄れていくけれど福岡は忘れない。 福岡は地蔵の隣に座って空を見上げてため息をついた。 もうあたりはすっかり暗くなって、学校から帰宅しているであろう子どもたちが目の前を走りぬけていく。ああ自分にもこういう時代があったなぁと思うと何故だか悲しい。 すごく大きな失敗をしたからって、もうくよくよするのはよそう。次はうまくいく。きっとうまくいくから。そう信じなくてはいけない。そういえば宮崎が励ましてくれてちょっと嬉しかった。可愛い奴め。 もうやめよう。もうおしまいにしよう。だって明日はまだ続くのだから。でも、もし今日で世界が終るというのなら、 「福岡」 ああ幻聴なのか、相当自分は気が滅入ってしまっているようだ。福岡は思わず笑ってしまった。ぼんやりと浮かび上がっている。どうしてこんなにも景色が滲んで見えるのだろう。 「嘘、」 「嘘じゃなか」 「や、だって佐賀、あんた」 佐賀はむすっとした表情で傘を差し出す。どうしてここがわかったんだろう。信じられない。福岡も自分が今どこにいるかもわからない。仕事から抜け出してからほぼ衝動的に近くのバスに乗って終点で降りて目的地もなくふらふら歩いていたのだから。どうしてわかったの。ああそうか、佐賀は本当に探してくれたんだ。福岡は目頭が熱くなるのがわかった。熱い何かがこみあげてくる。 つらい時はどうしても人が恋しくなる。誰か傍にいてもらいたい。でも福岡はそんな甘いことを考えるわけにはいかなかった。自分が福岡である限り絶対に無理だ。そう思っていた。 「何しちょるか福岡、風邪引くばい」 「あ、ああああんぽんたん、佐賀ぁ、ほんとう、あんたもう、ほんと、ああもうなんでこのタイミング!」 「あんぽんたんはそっちじゃ福岡!なぁにくよくよしとるか」 胸をばんばんと容赦なく叩くと佐賀はよろけた。しかし怒らずに佐賀は福岡を抱きしめた。さっさと家屋に避難しないと風邪をひいてしまう。わかってる、わかってるがもう少しこのままでいたかった。甘えてごめん、ごめんなさい。だって甘えていいって言うから。だから。 どうして佐賀はこんなに優しいんだろう。 「………いいのかなぁ」 「何が」 「あんたに甘えていいのかなぁ」 「ええと言っちょる、昔から」 「あは、あはは。うん。これは夢ばい、だって佐賀がこんなに優しいかとよ」 「おいはいつも優しくしとったつもりばい、容赦ないのが福岡。そうじゃろ」 「ふふ」 自然と唇が近づく。あ、やっぱり駄目。こちらが引きそうになる。大丈夫、大丈夫と福岡は自分に言い聞かせた。体全体が高揚するのがわかる。ようやく唇と唇が重なる。お互いを深く求めるように絡み合い、唾液を混ぜ合わせるように動く。 「あたし、いつもあんたのことひどいこと言っとった木がする、あれ、違うばい、本当はね佐賀、本当は、うまく、ちゃんと言えないのが嫌、ばってん恥ずかしくて言えん」 福岡は佐賀の唇の少し斜め上あたりにそっと口づける。 「佐賀、あのね、あたし」 自分が何を口走っているのかは分からない。とても恥ずかしいことだ。しかし佐賀は少し照れながら頷いてくれた。 屹立した性器が薄い暗闇の中で感じられる。細い人差し指に裏筋を撫で上げられると、佐賀の意思に関係なく性器がびくんと震えた。 「ね、なんか、動物的?野性的?野蛮?嫌いになったと?嫌わんで佐賀」 今度は軽く握ると緩やかにしごいてきた。直接的な快感が増していく。 「嫌っとらんって言っとる」 「あ、ありがと」 秘裂の真下、佐賀は指の腹でゆっくりと筋の上を往復させる。筋の上を何度か舐めるうち、花びらがほころび出した。すぐに酸味がかった蜜が零れ出す。 「ぁふっ、ふっ、んっ、佐賀ぁ、」 福岡の漏らす吐息が大きくなり愛液の量も増えていく。求めるがままとことん淫らになっていく福岡。いっそとけてしまうほど乱れたいと願う。たちまち密壺の中の指がきゅっと締めつけられた。ぬらぬらと濡れきった粘膜同士が絡み合う。肉棒の如く何度も指先で福岡の奥を突く。熱い肉を蹂躙すればするほど、膣壁から愛液が滲み出てきて佐賀の喉を潤わす。一度指を抜き、次はまとめて三本突き入れた。福岡がぎゅっと唇を噛んだ。 「ねえ佐賀、もっとしたいばい。もっと繋がりたい」 「っ、おいもじゃ福岡」 「うん、ん、佐賀ぁ」 福岡が果てる一部始終を見続け、陰茎など流れ出た先走りの汁で、全体がべったりと濡れている。福岡が腰をずらしていき、そのまま一気に福岡は腰を落とした。 ぐちゅっ、と結合の淫音が頭に響く。福岡はゆらりと身体を崩して佐賀にもたれかかってきた。しっとりと濡れた膣が肉棒の形を確かめるように、きゅうっと軽く締めつけてくる。そしてそのまま、ひくひくと全体が小刻みに動いていた。 福岡の乳房は軽く動くだけで全体がふるんと柔らかく揺れて、佐賀の眼を釘づけにさせる。 「………あ、これ、吸いたかと?」 佐賀の視線に気づいた福岡が、胸を掬い上げて佐賀の前に突き出してくる。誘われるまま、佐賀は乳首に吸いついた。 ボリュームと弾力に富む福岡の胸。佐賀は乳房の付け根から先端に向けて絞るように揉んでいき、乳首を激しく吸った。 「あっ、そんな吸っても、なんも出んばいっ!あ、あっ、中でっ、佐賀のがびく、びくんってしとるっ、あっ」 動いているのは福岡の内側だけではない。腰が、小刻みにだが上下し始めていた。あまり大きな動きではないが、腰を落とす時にほとんど自由落下であるため、奥底を突く衝撃は大きい。激しく動くため福岡の尻肉を掴む佐賀。その拍子に、指が一本尻穴へやや入った。ほんの浅い侵入にもかかわらず、後ろを徹底的に敏感にされている福岡は身体をひくつかせる。 「や、お尻、指っ、ぐりぐりって、駄目、」 中指を突き入れると尻穴自体が悦ぶように、つぷりと指を飲み込んでいき、すぐに根元まで入ってしまった。 薄い肉壁一つ隔てて、指と亀頭がお互いを認識する。前後の穴を同時に攻めながらの交わりは、脳をぐちゃぐちゃに溶かす破壊的なものだった。 溺れたい。壊れたい。壊したい。何もかも忘れてしまいたい。 「あっ!あっ!もっと強く、あっ、んっ、佐賀ぁ!」 膣の子宮口にぶつかる度に痛みに近い衝撃が佐賀の肉棒に走るが、先に限界が来たのは福岡だった。 「またっ、いっちゃ、佐賀、佐賀も、ねえ佐賀も」 「福岡」 ぎゅっと一際強く佐賀を抱きしめ、福岡が達した。完全に脱力した福岡の身体が、佐賀の身体にもたれかかってきた。福岡の甲高い声が、部屋の壁を反射して響いた。 「ね、ねぇ、佐賀、聞いてくれる?」 「ん」 ずっと心残りだったこと。今日ここで終わらせたいと思う。軽い倦怠感の中、福岡は佐賀の胸に抱かれながら言う。 「今日はホントありがと、明日からまた元気出すばい」 「それがよか」 佐賀のとろけそうな頬笑みに心が満ちていくのがわかる。 「佐賀が言ったこと、覚えとる?もしもこの先大喧嘩して離れても、最期は、本当に最期の最期のときは、一緒におりたいって」 「ああ」 佐賀が何か思い出したかようにうんうんと頷いた。 ロマンティックな最期なんて望んじゃいない。きっと壮絶なのだろうと思う、だってこんなに長く生きてきたのだから。でもこれだけは思う。たとえ体の一部がなくなっている状態でもいい。髪一本しか残らなかったとしてもそれでもいい。最期を一緒に迎えられるのなら。それはとても素晴らしいことだと思う。ただそれを受け止める気概がなかっただけ。だから返事がずっと遅れてしまった。 「福岡はまだ、あの約束覚えとっと?」 「うん」 「あ、んなのもう忘れてもええ」 「ううん、約束は守らせて」 そうこれだ。これなんだ。 ようやく福岡はあの日の返事をすることができた。そして導かれるように福岡は佐賀の首に指をかけた。すると佐賀が、あ、笑った。佐賀、笑ってくれた。思えば佐賀は一度も笑ってなかった。嬉しい。福岡は冷たい指先が首筋をなぞられている感覚をいとおしく思う。 甘いものは最初から望んじゃいない、自分も佐賀も。 |