嫌な予感というものは意外と当たるものだ。逆の場合は滅多にない。
静岡はプライベート用の携帯を何気なく開いた。すると画面を見るなり、さっと血の気が引いた。

「あ!!」
「ん?」
「どうしたん?」
「今日予定入ってた。あと、留守電が30件あるだに」

三重は「どーれどれ」と静岡が差し出した携帯電話の画面を覗き込んだ。瞬時、三重はなにかのセンサーが反応したのか、その予定というものが仕事とは関係ないものだと判断した。
殺伐としたオフィスに流れる新鮮かつ甘酸っぱい空気!しずちゃんに訪れる恋!
きゃーきゃーと三重は静岡に抱きつきつつ小さく叫ぶ。

「ひゃー!めっさ熱烈やー!すごいなぁしずちゃん!」
「ちゃとかけ直せぇ静岡!ゴールは待っとらん」
「う、うん、ちょっと電話かけてくる」

三重は静岡が席を離れてどこか静かな場所に移動するのを見送る。そしてふと視線を戻せば、相も変わらず今にでもパソコンにプロポーズするのかと思うくらい画面を凝視して全くその場所から動かない愛知。

「ちょっと愛知、寝た方がいいんじゃない?」
「平気、愛してる三重」
「よし、寝なさい。寝ろ。うちが許す」
「………じゃ、うん、15分後に起こしてちょーだあ」

ブランド物の腕時計を三重に預け、愛知はごろりとソファに寝転がる。横になった瞬間に愛知はいびきをかいた。最近繰り広げられる不眠自慢大会を是としない三重は「1時間くらいは寝かせてあげよう」と思いつつ「ここは任せて、あんたは寝なさい!」と愛知に頬笑みかけた。





「もしもし?カナちゃん?」
『………』
「ごめんね、忘れてたよ。今愛知の家だけん、すぐそっちいったほうがいーかね」
『………どっちでもいい』

不機嫌そうな雰囲気が電話越しでもよく伝わってきていた。これじゃあなかなか機嫌を直してくれそうもないと静岡は思った。

「じゃあそっちいくね」
『………30分以内』
「新幹線でも微妙だよ」

出来るだけ早くそっちに向かうと約束して電話を切った。静岡はデスクの書類やパソコン周辺機器をかたずけながら、なるだけ早く向こうに着く交通手段を頭の中で計算した。
手帳だけは手書きのものを使い続けている静岡であるが、今日の日付欄にはしっかりと今日のことが書いてあった。しかし静岡の筆跡ではない。この文字を書いた人物は、神奈川は、これで静岡に伝えたのだと思っているのだ。
今朝はたまたま手帳を確認しなかった静岡も悪い。ただ静岡は予定は全部頭に詰め込んでいるので手帳はあまり利用しない。

新幹線を使いタクシーを拾い、ようやく待ち合わせ場所の喫茶店に着いた。約束の時間は少し過ぎていた。

「もうご飯食べた?」
「おう」
「ほら、カナちゃんの好きなお菓子買ってきたよ」
「買ってくる暇あったらさっさと来いよ」
「………あ、うん。ごめん」

神奈川は頬杖をついて外ばかり眺めている。静岡は今日もうすぐで3桁に上りそうなため息を押し殺した。

「もうご飯食べた?」
「満腹」
「ならちょっと歩く?」
「ここはもう飽きた」
「じゃあおうちに帰る?」

滞在時間は数分しかないが、店を出ることになった。静岡は水一口も口につけていないのだから、会計は全部神奈川がカードで済ませていた。
ちらっと見えた額を見ると、結構な桁までいっていた。本当にずっと待っていたのだとわかる。それはわかるが、電話するとかなんなりしてほしかったなぁと静岡は思った。





自宅でデートをするのはあまり浪漫がないかもしれない。思い出になりにくい。ただ、低予算でお財布には優しい。もちろんその時の経済的負担を考慮すれば一定期間我慢するのも致し方がないことだ。しかし、そればっかりというものもいかがなものだろうか。

せめてクリスマスとか、初詣とか、バレンタインとか、誕生日とかはちゃんとしたデートはしたい。恋人同士で過ごせたならきっと素敵な思い出になる。静岡も全く憧れないわけがない。


さて先程から最低限の会話しか行われないのは如何なものか。静岡は思い切ってビングのテレビの電源を切った。

「しず?」
「今日みたいなことが起きないようにね、直接言ってね」
「言ったじゃん」
「いつ?」
「あ、それ、手帳」
「あのねぇ、それは言ったとは言わないよ。ねえ、カナちゃん。ちゃんと目を見て話そう」
「わかったよ」

渋々といった感じで神奈川は静岡と向き合った。
ようやく神奈川と会話ができると静岡は安堵した。もう二度と口を聞いてくれないかとも思った。


静岡は神奈川のことが好きだ。神奈川はしっかりした弟、又は近所の男の子くらいの認識しかなかった。ただし今は違う。
だから、自覚した時のショックは大きかった。感情に比例するように拒むようになった。
きっと自覚さえしなければ、今日のような失敗はなかったと思う。
でもそれは時間の問題だった。いつかは来る話。

「今日、すっごく待たせちゃったことは悪いと思うけんど、うちだって待ってたんだよ」
「は?」
「ずっと待ってた、家で待ってた。いつ来てもいいようにって、準備して。来ないってわかっててもね、カナちゃんの分用意してたよ。もしかしたら来るかもしれないって。ひょっこり顔を出してくれるかもしれないって。馬鹿だなぁ、うち、本当ばかだなぁ。そういうの、ただ都合のいいように動いてるだけな気がして、いやじゃないけど、むなしいとか、思っちゃって、つ、つらくて」

静岡は全部言い切らない内に泣き崩れてしまった。神奈川は困惑しながらも、ティッシュで涙と鼻水をぬぐった。頭を撫でて静岡を宥める。

「それさ、普通のことじゃん」
「普通?」
「………しずは俺のこと好きか?」
「うん。うちはカナちゃんが好き。かっこいいところも、我儘な所も、気障ったらしい所も、ねちっこいところも、全部好き」
「それなんか、マイナス要素が多くないか」
「当たり前じゃん、そういうところが好きになっちゃったんだもん」

静岡は顔を赤くして俯く。

「じゃ、それでいい。好きな相手が喜ぶことをしたいとか思うのは普通だし、結果が得られなきゃ嫌になるだろ。そんだけだ」
「カナちゃんも?」

神奈川は頷いた。そして言葉にしようと口を動かす。しかしうまく出てこないのか、そのまま静岡を抱き寄せた。

「………ごめんな、いつになんのかわかんなかったから。俺もずっと待ってた」
「謝らんで」
「ごめん」
「うちもごめんね。うん、うちはお姉さんだで、しゃんとしないと」
「姉はやめろよ」
「じゃあ何がいい?」

神奈川は迷わず即答する。

「恋人」
「ずいぶん年齢差があるねぇ」
「気にすんな」

当人が気にしなければいいんだ、と神奈川は笑い顔を近づける。そのまま唇を合わせた。ふわふわした柔らかい唇。自分の舌に残る煙草の味を伝えるように舌を動かした。反射的に強張った静岡の身体をなだめるように撫でた。
ヘアゴムでまとめた髪をほどき、さらさらとした髪の毛を撫でる。

押し倒されるのに時間はかからなかった。神奈川が伸ばしてくる手は少し性的な動きをしていた。
静岡はこういう日が来ると覚悟はしていたが、いざ目の前にすると恐ろしいのか、いちいち拒もうとする。

「ご、ごめんね、全部は出来ないよ」
「愛があれば出来るだろ」
「え」
「任せとけ」

衣服を脱がされたり、キスされたり、耳元で言葉を囁かれたり。まるで温かい海に抱かれているような気がした。今度、2人で海に遊びに行きたいと言うと神奈川は少し面食らった顔をしたが、了承した。

途中、「あーよかった、なんかエロい下着穿いてたら絶対萎えてたわ」と神奈川が呟いたが「幼すぎるのもなぁ」とも呟いた。なにやら悩んでるようだった。

神奈川は静岡の骨格の1つ1つの感触を唇で確かめていき、腰まで到ればまた上っていく。何度か繰り返したところで静岡の身体から硬さが抜けた。
しばらくそれを受け入れるだけだった静岡が自分から手を伸ばし、神奈川のシャツのボタンを外しにかかる。

「しず?」
「今うちは本当に怒ってるから、こういうのは、勢いでやらないと」
「怒ってんのか」
「怒らない女の子の方が珍しいら」

今度は静岡からキスをした。すると今度は神奈川が唇を割って舌を絡めた。舌同士の合間から空気が入ってはくちゅくちゅと水音を立てる。

健康的な肌に、少しふっくらと膨らんでいる胸は柔らかい。すぐに手に馴染んだ。指先に力を込めれば込めるだけ形を変える。そして空いた手で、下の方へ手を伸ばていった。ぷにぷにとした太ももを何度か撫でる。そこを使うのかと思いきや、そこよりもっと上、尿道から尻にかけてゆっくりと指でなぞる。
ここですでに、もうギブアップしたいと思った静岡だが、一度任せたのだからギリギリまで我慢しようと思った。


不思議な時間が過ぎていく。
時計の針の音と吐息の音、それと股の方から聞こえてくる何か水っぽい音。

「………、カナちゃん、いえ、神奈川さん」
「なんだよ」

もじもじと静岡は手で顔を覆いながら、指の隙間から神奈川を見上げた。

「あの、もう終わりにしよう」
「はい?静岡さん?」
「ごめんね、これが限界だに」

神奈川はあるだけの知識を総動員させて愛撫を繰り返した。秘裂は奥まで愛液でまあまあ染みわたっている。これだけ労力を消費したというのにここでやめろという静岡の申し出には神奈川は不服のようだった。

「あとは気持ちだろ」
「え、あ、ちょっ」

神奈川は静岡の身体を手で支えながら腰に体重をかけて進めていく。奥にたどり着けば、一度止まる。挿入でやや乱れた静岡の呼吸が整ったところで、一気に動かした。
ぞくりと、指とは比べ物にならない何かが静岡に来る。快感ではなく恐怖に近いものだった。生まれて初めての痛みに静岡は悶え苦しむ。少しでも神奈川が察することができればよかったのだが、本人はとっくに情欲で脳が支配されているようだ。

「ひ、いた、いい、っ、あ、カナちゃん、ね、キス、して、ね、どこ、カナちゃ」
「静岡」

静岡はひきつれた声をあげ全身を硬直させた。さすがに器が小さすぎる。きつすぎる。全然進まない。キスをすれば楽になるわけでもない、けれど静岡はねだらずにはいられなかった。

「ん、カナちゃん、ね、ゆっくりして、ゆっくり、ふっ、ぅんっ」
「あ、しず」
「あそこが、あ、ぐちゅぐちゅしてなんか、生き物みたいで、あっ、きもちわるい、やだぁ、カナちゃぁ」
「っ、おい、いちいち実況すんな、恐がんな、逃げるな」

幾分動きがゆっくりになって落ち着いてきたせいか、次第に悲痛の叫びはなくなった。
静岡はずいぶんと火照った頬で神奈川の名前を呼ぶ。すると神奈川から返ってきたのはとてつもなく幸せそうな、そしてどこかにやにやした笑顔だけだった。

ああそうだ。その通りだ。
静岡はここで1つ悟り、しょうもない願望はもうさっさと捨てることにした。

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