「京都のことなんだがな」

駿河は茶を気管支につまらせたらしく、げほっごほぉっと盛大にせき込んだ。江戸は彼女を冷たい目で見る。

「なに動揺してんだ」
「だってもう決着したのかと思って、うちが出る場面はもうないものだって思ってて」

駿河は「ありのままを話してみてください」と、口を拭きながら聞き出す。

「………色んなものを贈った。金じゃない、俺が選んだものだよ。あの人が気に入るとは思えないが、俺が選んだものだから意味があると思った。あと、歌もたくさん読んだ」
「………江戸さん」

すぐに心を開くとは思わなかった、けれど江戸はもう耐えきれないようで、言葉が次々に溢れ出ていた。

「見返りは求めてねぇよ、だがなぁ、これだけやって何もわからねぇ。馬鹿らしくて、悲しくてしょうがねぇ。無間地獄だ。早いところ手を引きてぇんだよ」
「諦めちゃうんですか」
「あの人にとっちゃぁ、俺はふられる価値のねぇ男だ。そういうことだ」
「待ってくださいよ。江戸はんにはそれだけの力があるだけん、なんで使わんのですかね?」
「………」
「こーゆー時は直接ぶつけていくのがいいんだで。もしかして嫌われるのが怖いんですか」
「怖くねぇよ」
「怖くない男なんていないですって。怖くない女もいない。それが普通だでね、見栄張らんでもえーだ。………その、喋りすぎました、だけん、うちはそう思います………しかしまあ外が騒がしいような」

人が騒ぐ声やらどたどたと何やら焦って走っているような足音、それらがこの一番奥の部屋に向かってきている。

「ずいぶん豪快な曲者だな」
「あ、多分これは」

「江戸ぉ!!!」

たぁんっと板障子を開け放たれた。障子の向こうには、ぜぇぜぇと息を切らせて鎧、兜、弓や刀を装備した尾張が仁王立ちをしていた。「うちが呼んだんです」と駿河は苦笑いをしながら言った。

「江戸、なんかあったんかね!!えぇ!?なんだって毒を盛られたってぇ!?」

血相を変えて尾張は声を張り上げた。廊下の方にはお供も大勢引き連れている様子だった。

「いやぁ違うねぇ、まあ色々とあってねぇ、ただ恋煩いで政務が滞っているっていうかねぇ」
「は?」
「まあそういうこった」
「座って尾張」

座布団を引っ張り出してそこに座るよう駿河はのんびり勧めた。とにかく大事はないということがわかった尾張は、とりあえず座って、気持ちを静めた。

「………ま、まあ無事そうでよかったがね。それで、え?政務に手がつかないって?恋煩い?そりゃあまずかろう。江戸、その人と一通りのことはしたのかね」
「は?」
「まだか?済んだか?ああもうこの際どっちでもええ、よしそのまま押し倒せ。そんで万事解決。お茶ごちそうさま」

せっかく飛んできたっちゅーのにどういうこった、とぶつぶつ文句を垂れながら、弓やら刀やらをしょって立ち上がる。土産だと言って一太刀江戸に押し付けて、尾張はお供の方々と一緒に去って行った。本当に嵐が去ったように、辺りは静かになった。

「………と、とにかく押せ押せだら?」
「押し倒したら殺されるに決まってるだろうが」

こんなに項垂れて気弱な江戸は久々だ。今年の珍景百選に選ばれるんじゃないか。駿河は笑いを必死にこらえていた。
どうしても決着がつかなくても、なぁにまた機会はやってくるだろうと、楽観的に駿河は考えながら江戸の背を押した。








込入った相談がある、しかし決して周りにばれないように内密でおこしやすと、旧知の仲である京都からの文が届いたとき、大阪は本当に何か大事があったのではないかと心配した。しかし久々に会う京都がのんびりと構えていたので、さほどむつかしい話ではないということがわかって少し安堵した。大坂は京都の悩みは他人事ではないのだから。

「なんや急に呼び出して」
「そこにお座りやす」
「あ、どもども。さーて稀代の名医、大坂ちゃんが聞いたるわ」
「そんな肩書初めて聞きましたけどぉ、まあおおきに」

京都ははんなり、指をついて大坂に頭を下げた。京都がこう、殊勝というか、下手に出ている光景はなんとも表現し難い。

「で、悩みってなんなん?」
「最近、胸がきゅうっとします」
「ほう、きゅうっと。例えばどんな時?」
「………これを見る時」

これというのは、棚に隠してあった色々な贈りものだった。着物や茶道具や櫛や絵。

「なんやそれ」
「関東の田舎者が送ってきたものや」
「江戸か」

京都は頷く。そしてその中の一番地味だが上品な櫛を手に取った。

「これを見ると、胸がきゅうってなります。なんやろ、………大坂?大阪どないしました?」
「だーもう!じれっこいわ!恋やろ!!恋に落ちたんやろ!!京都が落とせないおのこなんているわけないやん」
「あんたは買いかぶりすぎや」
「いーやいや、うちが男やったら絶対自分に惚れとるわ」
「………あ、おおきに」

大坂の冗談を京都はかなり真面目にとったようだった。真摯にお礼を言われて大坂は少し面食らう。

「あ、そうや京都。明日、江戸が京へ上るとか聞いたんやけど」

いい機会やないの?と大阪は尋ねる。京都はお茶をたてながら「残念やけど誤診やったな」と小さな声で言った。

「とにかく、今会えば分かるんやないの」
「ほんま?」
「ほんまほんま」

京都の物静かで少し恐ろしい目が、今ではきらきらと輝いている。そこまで熱烈な恋心を抱いておきながら誰かに言わなければ気付かないなんて、そんなことあるのだろうか。







「よくもまぁここまで来ぃはって」
「今の俺には不可能はねぇんだよ」

京都の私室の一つ、ここまでくる 随分とはぐらかされた。露骨に嫌うようなそぶりをするものもいた。途中、大坂にばったりと会ってここまで案内してくれた。その頃にはもうとっくに夜が深くなってしまっていた。京都は寝巻、それだけでは寒いらしく一枚羽織って、布団の横に座っていた。

「皆が幸せになれる案が1つある」
「なんやろか」
「俺があんたを押し倒せば万事解決だ」

もう少し柔らかい表現にすればよかっただろうか、と江戸は少し悩んだが、回りくどいのは苦手だった。京都はすぐに口を開かず、ただじっと、江戸を長いこと見つめてようやく口を開いた。

「………誰がそんなことを。………そやろ、な、そやろなぁ、あんたがそんなこと思いつくわけない………だってそうやろ………。やめておくれやす!いやいや抱かれるのは厭や」
「嫌じゃねぇよ」
「………嘘はあきまへんって」

くそっ、と江戸は少し悪態をつきながら、京都に近づき手首をぐいとつかみ抱き寄せる。

「これ以上、はぐらかさないで欲しいんだ、もう、つらすぎて、死にてぇくらいだ」
「江戸っ!」

京都は江戸を諌めた。しかし江戸はやめない。力では圧倒的に江戸に利がある。情けなんてかけていたら、ずっとずっとこのままだ。このまま悶々として、その内この気持ちも自然消滅してしまう。それだけはいやだった。きっとそれは京都も同じだと江戸は信じていた。

「好きだよ。本当に好きだ、何度あんたを襲っちまおうかと思ったか。でも駄目なんだよ。絶対にそれはあっちゃいけねぇんだよ。わかってる、自分の身分くらいわかってらぁ。でもわかる。京都さん、あんたが俺のことを好いてくれてるって、わかるんだよ。わかるからつれぇんだよ。これが俺の勘違いだってんなら言ってくれ、どうか俺を嫌ってくれよ」

自分が支離滅裂なことを言っていると、江戸もわかっている。しかし京都は一言一言、取りこぼさぬように江戸の告白に聞き入っていた。

「…………嫌ってくれなんて言われたの、初めてや。………今はあんたの気持にはうまく答えられまへん、けど、これだけは知って欲しいのや。うちはあんたに惚れとりますよ。せやけどその事実を受け入れるのにずいぶん時間がかかるのや。今もまだ無理どす。………白黒つけるのが怖い」
「気持ちはわかるよ。その白黒つけるのに、あと、どれくらいかかる?」
「関東者は気が早いんやな」

京都ははぐらかす様に袖で口元を覆って笑う。ああこれじゃあ駄目だと、江戸は思う。もしも自分が何もしなければ、このまま帰らないといけない。臆することはないのだ。

「もう既成事実つくるっきゃねぇなぁ」
「うん?」
「皆に心配かけちまってんだよ。ここは我慢してくんねぇかね」
「うちがお上に泣きついたらどないしますの」
「乱暴されたって言えばいい」
「………食えないお方や」

京都はとても穏やかに微笑んだ。好きな人にいいように乱暴されて、いやな女なんていないのだ。そして京都はゆっくりと自分から江戸に触れる。









帯も着物も全て取っ払い、京都は生まれたばかりの姿になった。ゆらゆらした蝋燭の火がぼんやりと彼女の身体を照らす。綺麗だと思う。
無理に押し倒して、京都の身体は少し固い。少しは落ち着いたとは思うが。緊張を解きほぐすように、下から持ち上げて胸を揉む。指に力を入れれば簡単に沈み込むほど柔らかく、一定以上押し込めば強い弾力を感じさせてくれる極上の胸。辛抱できず、胸の先端に吸いついた。

「あ、ああっ」

京都が声を上げる。京都はそれ以上は何も言わず江戸に身を任せきっている。安堵した江戸は、左右の胸に交互に吸いつく。京都の勘所を押さえた愛撫に、一度唇が触れるたびに、京都のくぐもった声が聞こえた。

江戸は自分の指を口に含んで唾液で濡らし、目の前に差し出された形のいい尻を掴み、そこから続く秘部へと指を滑らせる。当たり前だが閉じきった襞は江戸の侵入を硬く拒んでいるようだった。優しく愛撫をくわえ、舌でほぐしながら徐々に襞を開いていく。その過程で江戸の中でふと疑問が浮かぶ。京都の花弁はあまりにも鮮やかで、そういった外部からの刺激に慣れていない。もしや、もしかしなくても。

「………京都さん、もしかして初めてとか?」

闇夜の中でも京都の顔が赤らむのがわかった。

「な、なんやの、その喜びようは!そうや、初めてどす。こいうのはうちには必要あらしまへん。ずっとそうやったの!……あ、うちがもしおぼこやなかったら、江戸はんはがっくりしはったの?」
「いや、いや。どっちでもいいんだよ」

神聖不可侵そのものだった、しかしそちらの経験は豊富だろうと江戸は思っていた。少し意外だっただけで、そして気持ちが昂った。ただそれだけの話だ。

江戸はみどりの髪に口づけて、正常位でゆっくりと腰を進める。誰も受け入れたことのないそこに入るのは江戸も痛いが、きっと京都はもっと痛いのだろう。血が出たかもしれない。

「あっ、ふっ、………っ」
「痛いかい?でもこれであんたは俺の女だ」
「………っ、あっ」
「あんたの気持ちはよぅくわかってる、けど文句は言わせねぇ、あんたは、京都さんは、俺の」

中がなじむまで待って、誰も触れたことのないそのしとやかな肌に口づけて、舐めて、愛して。乳房を揉みしだき、がちがちに硬くなった一物を引いて、そして秘めやかな柔肉に一気に押し込む。京都は一際高い声で鳴いた。

「………夢みたいだよ、本当に」

 むしろ、夢であってほしい。夢でなければならない。

けれど今こうして、組み敷いているのは京都で、あの、あの理想の人で。今ここにいるのは、ただの男と女なのだと考えられたらどんなに楽だろう。いつまで逃げなければいけないのだろう。一歩進めたと思ったら、また道が伸びて。ずっとこの繰り返しだ。気が遠くなる。本当にいつまで2人はこれを続けるのだろうか。どちらもこんなことを望んでいない、しかしきっと必要だからこんなまどろっこしいことをするのだ。

何故必要なのかわかれば少しは楽になるのに。それを知る術をまだ江戸は知らない。

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