「三重のえびふりゃー、もろた!」 「あ!こらぁ!」 三重が気付いた時にはすでにそのエビフライは愛知が咀嚼していた。うみゃー!と頬をおさえてぷるぷると悶えている。 「なかなかうみゃーでよ」 「もう。じゃあその卵焼きちょうだい」 「好きなのもっていくがええ」 愛知は三重の目の前に自分の弁当を差し出す。2人のお弁当の中身は同じなのは、三重が愛知の分の弁当もつくっているからだった。静岡と愛知の頭の上に乗っかってる岐阜は、そのほのぼのと2人の痴話げんかを見守っていた。 「三重っていつも近畿の人たちと食べてるよねぇ」 「んー、今日はみんなと都合つかんでなぁ。まあたまにはええかなぁって」 「ほー」 「三重は東海、これ豆知識だがね」 「近畿」 「ぎふー」 「東海」 「近畿やって」 「東海だって」 「お茶飲むー?」 「飲む!」 やかんは常備品。緑茶のないお昼ごはんは考えられません。静岡は机に並べたコップにお茶を注ぐ。 「岐阜もどーぞー」 「ぎっふー」 「コップが足らんがね」 「じゃあちょっと借りてくるわぁ、すぐ近くやし」 「ありがとうー」 「お安い御用さぁ」 三重はそう言って立ち上がり、コップの数を確認してぱたぱたと部屋から飛び出していった。 「ねえ愛知、お茶飲んだらちょっと遊ぼー」 「サッカー?」 「うん」 愛知はお茶を喉に通し、ふーと息を吐いて足を組んだ。何か思うところがあるのだろう、目を瞑り回答に時間をかける。つい最近の出来事が脳裏によぎっているのかもしれない。 「静岡がハンデつけてくれたらええ」 「じゃあ左足でやる」 「ただし10分」 「ええーもうちょっとやろうよ。ほんなんじゃパス練しかできないだに」 「たーけっ!やることでらあるんだがや」 「ほんなら手伝おうか?だって最近は愛知さ、」 「それはいくら静岡でも、口出しはいらにゃーがね」 「………うちは心配して言ってるだけだけん、なんでそういう言い方するんかなぁ。愛知はそういうとこ閉鎖的じゃんね」 「ああ?」 三重が来るまで2人はぐちぐちとねちっこい嫌味を言いあった。愛知の頭上にいる岐阜が振り回され、何度も落ちそうになっているのを他の岐阜たちがおろおろと右往左往していた。そんなこんなで三重がようやく戻ってくる。が、その2人のやりとりを見て三重は閉口した。 「なーに喧嘩しとんの」 「別に」 「なんもないよ」 2人はぷいっとそっぽを向いた。 「ええ?何なん?ねえ岐阜、何があったん?」 「ぎ、ぎふー」 「………もう、せっかくお菓子もらってきたのに」 岐阜はあたふたしながら事情を説明しようとするが、愛知がそれをさえぎる。三重はじとっと愛知を睨み、ため息をついた。 「あ、カナちゃん」 「カナちゃん言うな。んでどうした」 「これ」 階段でばったり会ったのは神奈川だった。関東の方へ用があったのだがちょうどいいやと静岡は分厚いファイルから茶封筒を取りだす。 「何?ラブレター?」 「これを東京さんに渡してくれたら嬉しいよ」 「ラブレターを?」 「東京さんにとってはそうかもしれないけどうちにとっては違う」 「どっちだよ」 ラブレターにしては封筒は没個性的で事務的であるし、静岡は恋する乙女の瞳をしていない。色々と悟ってしまった目だ。まあどっちでもいいかという結論に落ち着く。 「それよりしず、なんか落ち込んでる?」 「あれ、よくわかったねぇ。カナちゃんはエスパーだに」 本当に落ち込んでるのかよ、と神奈川は困ったように小さく呟く。会話が途切れてなんとなく気まずい。 神奈川は場所を変えようと提案して、自販機のあるあまり人気のないホールに移動した。そこにある大きな窓から見下ろすと、埼玉や群馬たちがサッカーをしていた。静岡は少し羨ましそうに見ている。 「で、どうした」 「愛知とちょっと喧嘩しただけ」 「なんで喧嘩した?」 「サッカーで、えっと、云々」 静岡が簡単に説明すると神奈川は呆れた顔をした。もっと深刻な事態だと思っていたようで、肩すかしを食わされたようだ。 「いいじゃん後で謝れば」 「………うん、そうするつもりだけんど、うまくいくといいなぁ」 「俺だったら向こうから謝るまでとことん無視するけどな」 「そういうのはよしたいよ」 喧嘩しても全然いいことないし。迷惑かけるだけだし。 最近の愛知は些細なことで機嫌が悪くなる。とても神経質になっている。その理由はよくわかるし、実際自分もその状況に巻き込まれている。だからこそ気分転換に誘ったのだけれど、と静岡は今思う。 「………あのね」 「ん?」 「今度一緒にサッカーやろう」 「いいけど」 静岡の表情が一気に明るくなった。興奮してその場でぴょんぴょん飛び跳ねて、神奈川の手を握る。 「ありがと!楽しみ!あと、あとね、野球もやろうねぇ。人数集めて、えっと、いつがいいかなぁ」 「なんか楽しそうじゃん」 「あんまこういうこと言えんで。愛知は忙しいし、山梨はちょっと誘いにくいし」 「最初から俺を誘えよな」 「そうだったねぇ」 「なんで笑ってんだよ」 「笑ってないよー」 「笑ってんじゃん、おい」 「くすぐったいー」 軽々と持ち上げられた静岡は神奈川を軽く抱きしめる。静岡の喉元あたりで神奈川がもぞもぞと動くものだからくすぐったく、くすくすと笑った。神奈川もつられて笑う。そんな2人の光景に苛立ったのか、いや決してそんなことはない、いつもの時間通り予鈴のチャイムが鳴った。 「あ、お昼休み終わっちゃうね。タコるのはいけないから早く行こう」 「は?タコ?」 「サボるっていう意味」 「あっそ」 静岡はいつもはすぐに気付く方だが今回は少し遅かった。神奈川は少し落ち込んでいるようで、静岡としては聞いてあげたいがあいにく時間がない。神奈川も何か言いたそうにしている。話を聞いてくれたのは神奈川も自分の話を聞いてもらいたかったから? 「あ、ねえカナちゃん本当は」 「放課後になったらメール入れろよ」 「ん?泊ってくの?」 「いい?」 「よいよ」 神奈川は静岡を下におろす。そのまま別れようとした静岡を神奈川は「ちょっと待て」と引き留める。少しかがんで、乱れたスカートのプリーツをととのえた。 「じゃあまた後でな。がんばれよ」 「うん」 少し神奈川が屈んで、静岡と軽くハイタッチ。そしてふと、静岡は気付いた。思えばそんなに深く悩むこともなかったのではないか。ただ、自分も愛知も少し疲れすぎていただけなのかもしれない。喧嘩なんてしょっちゅうだもの。それはもう、長い長い付き合いなのだから。 |