思えばひどく泥酔して自己管理を怠ったあたしが悪かったのだろう。ロビーのソファーに寝転がって大きないびきをかいていい夢を見ていた。とても落ち着く夢。むにゃむにゃと何か呟いていると、誰かの手が自分の顔に触れた。鈍い頭をなんとか叩き起こす。知ってるにおい。知らない人だったらすぐに飛び起きていただろうから、こうして安心して寝ていられるのはきっと九州の誰かで。あああったかいけん、この手はあったかい、安心する。

「ありがと佐賀」

ほんの一瞬その温かい手がわずかに動いた気がする。しかしその手は優しく福岡の体を抱き起こしてくれた。そんなぼんやりとした記憶。





ああついに今日か。手帳を開くと今日の日付にはピンク色の印。それは自分と佐賀だけがわかる。福岡は幸せそうにため息をついた。
念の為連絡を入れる。もしかしたら仕事の予定が入ってしまったとかあるかもしれないから。

「………繋がらん」

福岡は首をかしげた。
まあ電波が悪いのだろうと判断して携帯を鞄の中に放り投げた。
もう一度鏡の前に立ち全身を確認後、約束の場所へ行く。ホテルの名前はちゃんと手帳に書いてある。

今日は休日。
一日中一緒にいようって約束した。
たくさん楽しいことをしたい。たくさん面白いものを見たい。たくさんすごいことをしたい。
何をしようかと考えるだけで胸が躍る。




しかしその約束の場所には、ソファーに座って本を読んでいる長崎がいた。部屋を間違えたのだろうか。有頂天になりすぎていて注意力が散漫であった。福岡は自分に駄目出しをした。

「ごめん長崎、部屋間違えたよ」
「いや、合ってるよ。それに佐賀はこんよ」
「ええ?」

福岡は聞き返した。長崎は返事の代わりに己の携帯の画面を開く。するとそこには送信済みのメール。宛先は佐賀のメールアドレス。そして添付された写真。

いつだ。いつのことだ。

今日は一日中一緒にいようって約束したのに。約束したのに。福岡の中で何かが崩れていく。電話に出なかったのはこういうことなのか。ああそうかわかった。でもどうして。どうして長崎が。どうして。

「なして?ねぇなしてそんなことすると!?長崎、なあ長崎返事せぇ!!流石のあたしも許さんちゃ、なんか文句あるならちゃんと言え!ああ!?ふざくんな!!いい加減くらすぞきさん!!ええ!!?長崎っ!」
「福岡、自業自得って言葉知ってる?」

福岡はぐいっと腕を掴まれる長崎が自分の方へと引き寄せる。至近距離に長崎の笑顔があった。


「仮に福岡が佐賀と付き合っていたとして、まあ相手があの佐賀でも他の男に隙を見せすぎるのもどうかと思うばい」

ゆっくりとした口調。まるで長崎に窘められているようだ。福岡は我慢がならなかった。

「佐賀に会う!」
「どうぞ?」

強く拘束されていた手は案外簡単に振り払えた。

「あ、散々妨害して止めんの?」
「彼さぁ、福岡のこと信じてくれるかな。信じてくれたとしてもばってん福岡に対する信頼はこれで地に落ちた。何やっても逆効果だと思うけん行かん方がええ。ばってん福岡が行くって言うなら俺は止めんよ」

あまりにも切れ味の鋭い送り言葉だった。福岡の表情が強張る。

「俺はここで待っとるけん、さあいってらっしゃーい」

完全に馬鹿にされている。

一度その横っ面をぶん殴らないと気が済まないが、一分一秒を争う、少しでも遅れたらきっと終わってしまう。唇をきゅっと噛み、福岡は床に投げつけた鞄を拾って部屋を出た。





「あ」
「ん?」
「福岡さんだ」

静岡の頭の何倍もあるパフェをあと一口で平らげようとしたまさにその瞬間、静岡がぽつりとつぶやく。
いつもの快活さはどこへやら、ウインドウ越しに見える福岡は途方に暮れた様子だった。

「何かあったんかな」
「そんな感じだな」
「困ってるよねぇ、助けてあげた方がいいら」
「余計なお世話じゃね?」

そりゃそうだろうけど、と静岡は少し悩みながら最後の一口。

「ほっとけんよ、次郎長親分に怒られちゃうもん」
「ああ清水の」
「義理と人情だに」
「でも流石の次郎長親分も男女のいさかいごとには口をはさまないだろ、っておい、しず!」

先に伝票を持って会計を済ませようとする静岡。神奈川は焦って遅れて席を立つ。静岡に払わせるなんてそんな真似はさせない。お姉ちゃんが払ってあげるよーとか言っているがそれは神奈川にとっては笑えない冗談である。


「福岡ー」
「福岡さん」

噴水の前で意気消沈している福岡に静岡と神奈川は出来る限りの笑顔で声をかけた。福岡は右手に携帯電話を握りしめたまま暗く沈んで、顔をあげようともしなかった。

「どうしたー男にでもふられたかー」
「その聞き方は駄目だにカナちゃん」
「………あ、ごめん。聞いとらんかった。何?」
「重症だな」
「うーん」

よっこいしょと静岡は福岡の隣に座った。
お茶の除菌フィールドの効果からか、福岡は少し口角をあげて笑った。

「ゆっくりでよいよ、話してみー。少しは軽くなるかもしれんし。うちらでよければなんでも聞くよ、守秘義務はしっかりあるだに」
「………ごめん静岡、神奈川。ほんと、大したことなかよ」
「誰かと電話してた?」
「ん、うん。ずっと留守中。拒否されてるかもしれん。なんか相手を、佐賀を勘違いさせて、なんか喧嘩になっちゃって、それでなんとか誤解を解こうって思っとるばってん携帯繋がらん。どこにいるかもわからん。そんでちょっと、安心しちょる自分がおる。嫌ばい、こんな自分は嫌ばい」

もうどうしたらいいかわからない。福岡はしょげてしまい、また俯いてしまう。

「じゃあ福岡さん、今すぐ会わなきゃ。会えるならすぐに会わなきゃ。会って色々と確かめ合わないと、わからないことってあると思うんだで」
「ありがとうばってん、もうどんな顔すればいいかわからんもん」
「そこんとこはええと、福岡さんすごく美人だから大丈夫だら。どんな顔しても美人で可愛いですー」

静岡はにこにこと笑って福岡の手を握る。隣の神奈川もうんうんと頷いていた。

「佐賀だろ?待ってろ、30分以内に見つけてやる」
「わあ流石カナちゃん!いい男だねぇ!」
「当たり前じゃん」

神奈川は静岡はぐっとこぶしをつくり、携帯をかけようとするが、その前に福岡に一言伝えるためにまたこちらの方へ戻ってきた。

「福岡は美人ってくだりは全面同意。まあ今回の事情はよくわかんねぇけどさ。少なくとも俺は100パーセント好きなやつのこと信じてるけどな。信じられなくなったら所詮その程度ってことじゃん?」
「はあ」

元気出してって言っているんだよ、と静岡はフォローを入れる。

「静岡、ありがと」
「どういたしましてー」
「それにしても神奈川はいい男ばい。ばってん、ちょっと気障ったらしかと」
「でしょう。でもってちょっとねちっこくて」
「ああ、なんかわかるとよ」

女2人、くすくすと笑って額をくっつける。
静岡がなんとか励ましてくれている、福岡はそれがとてもうれしい。しかし福岡は上の空だった。気になるのは当然佐賀。佐賀のはず。それなのになぜだろう。

 (待っとる)

長崎のあの笑顔が頭から離れない。何でだろう。ああ、もうよくわからない。

「2人ともちょっといいか、ちょっと、実力行使言ってくる」
「物騒なことせんでね」

おう、と威勢よく腕を高く上げて神奈川が走りだした。そしてその数十分後、色々とひと悶着あったであろう神奈川と佐賀がやってきた。

気まずい男女が1組。
そしてまったく場違いな姉弟が1組。

「じゃあ俺ら行くから」
「がんばってくださいー」

神奈川と静岡は手をつないでそそくさと退散した。すでにもう出すぎた真似をしていることはわかっている。




「ここじゃなんだしホテルの部屋に戻ろ」

佐賀は何も言わずに歩きだした。福岡は黙ってついていった。

「佐賀」
「………」
「見たんよね、あの写真。あたしが言っても説得力ないかもしんない、ばってんホントになんも無かったけん」

福岡は大きく息をはいて空を仰いで気持ちを整理する。ああ、いい天気だ。

「あたしは佐賀が好き。これもほんなこつ。まあ時々は意地はるよ、ばってん基本的には変わらん。えっと、その、無理せんでいいから、佐賀は佐賀のままでいてほしいばい」
「………福岡、もう何言っても無駄ばい」
「あ、佐賀、あの」
「おいには最初から福岡しかおらん」

佐賀、と福岡は何か言いかける。
佐賀の後ろ姿を目に入れた瞬間、言葉が詰まってもう何も考えられなくなって、福岡は溢れ出ようとする涙をぐっとこらえた。

そしてホテルの部屋に着いた。ドアの前。

手を繋ぎたい。福岡はちょんと自分の指を佐賀の手にくっつけると、佐賀はしっかりと握り返してくれた。


「で、仲直り?」

よかったね、とまったく感情のこもってない声で長崎は言った。佐賀はわなわなとふるえていた。今にもとびかかりそうな勢いであったが福岡はそれをなんとしても遮る。殴るのは自分の役目だ、むしろ自分がまず先に殴らないと駄目だ。

「んー安心しとる?ははは、俺があきらめるわけなかとよ」
「は?あ、いや、長崎さん?」
「なーに言っとるの。誰が恋のキューピッドになるって?ええ?時間はたっぷりあるけん。佐賀、俺にぜーんぶ持ってかれんようにせいぜい気張れぇ」

じゃあ大いに楽しんでねと長崎は言葉をかけて、さっとさりげなく福岡の額に口づけて部屋を出た。佐賀と長崎の視線が交差して、それの意味はなんなのか。はたして単純明快なものなのだろうか。

とにかくここで福岡の中にある緊張した糸がぷっつりと切れた。綺麗に切れた。ベッドの近くまでふらふらと歩いていき、ぼふんとそのまま倒れ込む。

「ああー!どうしよー!あたしの鋼の心臓が揺らぎそうー」
「ななななな何言っちょるか福岡!」

あわてる佐賀をよそに福岡はまるで放心状態で呟く。

「会わなきゃわからん、まったくその通りだったばい。あたし、あんたといると頭がおかしくなりそう。あんたのために何が出来るかとか考えとる。これは恋?そうなの?少々ポエチックに言ってみました。あはは。それで困ったことに、うーん」
「どうした」
「長崎のときも同じばい」

特別な気持ち、それを2人に対して抱いている。こういうことはあるのだろうか。ありえるのだろうか。

「節操無い女じゃ」
「ええその通り、わたくしはとても悩みましたとも。でも最近は素でそういう性格なのかと思います」
「開き直るか」

佐賀は疲れたように笑った。

「あたしのこと嫌いになった?」
「嫌わん」
「………よかった」

福岡はようやくやわらかい表情を見せる。

先ほどまで自信を持って「佐賀が好きだ」って言えるはずだったのに、何でだろう。どうして。佐賀だけが好き。これは違う。「佐賀を愛しています」ああこれは重すぎる、まだしっくりこない。福岡は内心とても悩む。

しかしまあきっとそれはその内わかるだろうとも思う。もやもやが気になるのなら近いうちになんとかぶっ壊しにいけばいい。

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