昔は要人を招いての立食パーティーが連日のように行われていたが、不況のせいか時代のせいか、そういう機会は減ってきた気がする。今夜、神戸は胸元のあいたかなり女性的なドレスをえらんだ。それを丹波たちは「下品だ」と顔をしかめていたが。「似合ってるのを着ればいいやないの」と神戸はいつも抗議する。「このドレスはあなたにしか似合わない!」って言われたら誰でも嬉しいものだと思う。 それは前置きとして、今、神戸はホテルで用意された部屋を一室ずつ探しまわっていた。彼女の探し物は思ったよりもすぐに見つかった。控室のソファにちょこんと腰掛けたいつも通りの着物の淡路は、本を読んでいるわけでもなく、ただぼうっとしているようだった。 先程までいたはずの淡路がどこにも見当たらないものだから、もしかしてホテルで迷ってしまったのかと神戸は心配して探しに来たのだった。 「なぁ淡路、皆向こうにおるけど混ざらんの」 「………楽しい?」 「え?」 「神戸は楽しいんか、こういうの」 のんびりとした口調で淡路は笑って、神戸に尋ねる。 「………楽しいも何も、仕事やもん」 こういう場所では人間関係を築くのが主な仕事。新しい情報や人脈を見つけることもできる。必要なのは社交術。神戸は家族の中でも一番やり手であると自負している。それと、神戸についてくるのは美しさという付加価値。 「そうやね、食べるのも仕事やねぇ」 「もう、そう言う意味やなくてさぁ」 「囲炉裏の周りで丸くなって、皆でおしゃべりしながら鍋つついて、なんかな昔が懐かしいって思うようになってん。神戸は、それが懐かしゅうない?」 いつもどこか眠たそうな淡路の目、でも今はその、彼女が懐かしいというその時代を映しているのだろう。………そんなに懐かしいものだろうか。皆で鍋を囲って箸をつついて。ああそういえば、なかなか輪に入れなかった神戸を一番気遣ってくれたのは淡路だった気がする。「大丈夫や、心配ない」と、その時とても心細かった神戸が一番聞きたかった言葉を言ってくれたのも、淡路だった。淡路は小さくても頼りになる子なのだと、改めて神戸は思った。 「………なあ淡路、お腹すいたやろ。なんかとってくる?………あ、ちょ、ちょっと」 「ご飯食べてくる」 「あ、ちょ、淡路、ま、待っとん!………もうっ!!」 食欲に負けたのか神戸がうるさいと思ったのか、淡路はちょろちょろとすばしっこく、部屋を出て行ってしまった。 「ああ………鍋ねぇ。囲炉裏ねぇ」 随分田舎で家庭的な発案だ。鍋の中身は素朴な方がいいのか、今身に脂が乗った魚はなんだっけ………。頭の中で考えを巡らせながら、神戸も会場に戻っていった。ああそうだ、こういうときにぴったりな言葉がある。神戸はにやっと、それはそれは素敵な笑みを浮かべた。 「ねぇ播磨、悪いけど淡路のこと見ててくんない」 「えーけど、神戸どっか行くんか」 「………ね、囲炉裏売ってる店知らん?」 「はぁ?」 知らんよねやっぱり、神戸は少し残念そうに呟いてささっと会場のお偉いさんに挨拶をして回った。そして「すぐ戻るから」と言って荷物をまとめてホテルを出て行った。 「思い立ったが吉日って言うやろ!」とよくわからないことを言いながら。 やがて立食パーティーはお開きになり、会場は閑散としていた。播磨は神戸に頼まれた通り、淡路を見ていたがやっぱりいつの間にかどこかへ言ってしまった。案外タフなのだから一人でも大丈夫なはずだが、少し心配になる気持ちはわからないでもないと播磨は思った。 「………んでな、神戸が変なこと言い出してん」 会場の片づけを手伝いながら、播磨は丹波と但馬に愚痴を垂れる。 「ええ?」 「あの娘はいつも変や、変わっとる」 「但馬、それは言えとるな」 丹波はくっくとのどの奥を鳴らした。 「ところで淡路知らんか」 「さっきまでその変ちょろちょろしとったで、まー淡路なら平気やろ」 「やー…俺が神戸にうるさく言われるんやけどな」 はぁ、とため息をつく播磨に丹波と但馬は顔を見合わせた。播磨は「なんや」と不機嫌そうな目で2人を睨む。 「播磨は父ちゃんかいな」 「わては、どっちかちゅーと兄ちゃんって感じやって思うわぁ」 「2人ともからかうのはやめぇ」 けらけらと笑っていると、ずぅっと下ーーーの方より数度の咳払いと「男衆、あてんしょんぷりーず」と、子どもの声が聞こえてきた。 「どわっ!!淡路、お前いつからいたんや」 「小さくて見えんかったわ」 小さい、との言葉に淡路は少し機嫌を損ねたのか不快そうな顔をした。 「あとうちが小さいだけやなくて、あんたらがでかすぎるだけやないの。さっきからいたんやで。………そんで神戸がな、『皆、私の家に集合!今すぐなう!』だそうやって」 「なんやろ?」 「ゲームやるのか?」 「あの娘、また突拍子のないことを………」 よし、と丹波は扇子をぽんっと、播磨の肩を軽く叩いた。 「播磨の車で行こか」 「うちも賛成」 「俺も俺も」 「………へえへえ、どこまでも付き合いますよ」 半ばあきらめ、そしておどけながら播磨は言う。すぐにどっと笑いがおこり、中で淡路も楽しげに笑っていた。 きっとおそらく、神戸が準備をして待っている。囲炉裏は無理だろうからただの鍋だろうけど、………まあまあ上出来だろう。ただただ淡路は、神戸の気持ちが嬉しいのだった。 |