「起きた?」 「今何時」 「夕方の5時」 ずいぶんと長い間寝てしまった。自分の顔を覗き込んでいる静岡。庭から差し込む夕陽を受けて、オレンジ色にきらきら輝いていた。眩しい。しばらく目が離せなかった。ああまるで彼女は光そのものだ、そしてどこか懐かしい。本当に昔の昔、自分が置き忘れてしまったもので。神奈川はまるで自分が詩人になったようだ。しかしいやはや、いつの間に彼女はこんなにきれいになったんだろう。これは反射した眼鏡のせいだろうか。あ、そうだそのせいか。 神奈川は深く息を吐きながら起き上がる。寝転がっていた近くには脱ぎ捨てたコートや荷物が一つにまとまっていた。 「ねーカナちゃん、うちに焼津ってあるよね」 「うん、俺んちだな」 「うちのだで。でー、その由来知ってる?」 日本武尊が東征で相模国に到着したとき、国造に騙されて野原に火をつけられて絶体絶命の事態となる。その時、叔母の倭比売にもらった命剣で草をなぎ払い、火打ち石で向い火をつけてその危機を脱した。 その焼き払われた地が、今の焼津だという。 「古事記だっけ。俺んとことしずんとこ、ごっちゃにしてる話じゃん」 「うん」 相模国、もとい神奈川には焼津という地名はない。駿河国の焼津の由来と、国造の反逆を一緒くたにした話だ。 「まあこの話とはそんなに関係ないけどさー。カナちゃんは出来る子だでね、いつもなんとかなってる。でもなんとなくうちは心配だなぁということで、これ、カナちゃんにあげる」 「お?」 渡されたのは日本武尊が叔母にもらった草薙剣ではなく、ガンダムのプラモ。RX78の1/100スケールと思いきやMk-2だった。 「これ、いつ役立つんだよ。どうせなら東京にやった方が喜ぶだろ」 「やーだね、恥ずかしがって。大事なのは気持ちだよ。それに男の子はこういうの好きだら」 「ま、東京の奴ほどじゃねーけどさ。しずも大変じゃね」 「うーん」 がんばって働いてればなんとかなるさ、と静岡はへらへら笑った。飾らず楽観的な性格は少しうらやましい。 「カナちゃん泊ってく?帰る?」 「どうすっかな」 風呂に入っただけなのに今日は変に疲れた。このまましずの家で飯食って風呂入って寝るのもいい。しかし少し遊びたいような気分だ。結局静岡はどんちゃん騒ぎに参加していない。よし、こうしよう。 「しずが俺んち来いよ」 「えー」 「ガンプラごときで俺の機嫌は直んねぇーよ。しずもその出不精直せよ」 面倒くさそうだったが、強引に引っ張れば静岡はついてくれるだろう。 「俺の車に乗っけてやるよ」 「んー、スズキ?ホンダ?トヨタ?」 「イタ車」 すると静岡は露骨に嫌そうな顔をした。 「だってさ、今年の新作はあんまカッコよくねーもん」 「カナちゃん、時代はエコだよ。えーと、一瞬痛い方の車かと思ってびっくりしたよ」 「んなの乗らねぇよバカ、イメージ的に」 「だよねぇ。カナちゃんがそういうの乗らないだに。そういうところは変わらんねぇ」 「………しずもな」 色々なものが変わっていくがしずは変わらない。しずはしずだ。ちょっと抜けてるところも、ちょっとのんびりしてるところも、ちょっとダサいところも、全部変わってほしくない。静岡がいつも自分の隣にいることが当然のことだ。自然なことだ。 「あ、カナちゃんの家にいくなら中華食べたいよ」 「おごってやるよ」 「やったー!そんじゃあちょっと待っててー」 静岡にもらったガンプラは車のお守りにしよう。イタリア製の車には不釣り合いで御利益もあるかもわからないが、静岡は喜ぶだろう。それで彼女はずっと笑っていればいい。 トタトタと静岡が自分の部屋に荷物を取りにいってる間、神奈川は自分の荷物から車のキーを漁った。 |