望月の漁港でとれた釜揚げシラスをたっぷりご飯にかける、それだけで至福の食卓。ちょうどその日、テレビで流れていた野球中継はベイスターズと巨人の対戦だった。6回裏まではベイスターズが1点リードしていていい調子だった。その時まで神奈川の機嫌はよかった。その時までは。
結局ベイスターズは逆転負けだった。静岡はどっちが勝ってもなんてことはない。(これがサッカーだったら話は変わってくる)神奈川は案の定愚痴たれた。“そいつ”のあれが気に入らない、“そいつ”のそれがおかしい、“そいつ”はこうあるべきだ……。つまりあまり構ってもらえなくて寂しくてしょうがない。神奈川は“そいつ”で頭がいっぱいであるということだ。静岡は愚痴を聞き流しながら仮説を立てる。

「つまりカナちゃんはその人が好きってことだに。うんうん、カナちゃんも成長したねぇ」
「はぁ?」

静岡はほろりと流れた涙をハンカチで拭う。姉ぶんなよ、そうだねおねーさまじゃないね、いやだから、いやいや。

「つーかないわ。マジでない。俺が誰か好きになる?おかしいじゃんか。この俺につりあうってのが前提だろ?つーか俺より美しいやつなんていんの?いねーよ。あ、デザートある?」
「冷蔵庫のぞいてみー」

神奈川は鼻歌交じりに冷蔵庫を開ける。抹茶といちごのプリンが入っているはずだ。特に迷うことなく神奈川はいちご味を選ぶ。静岡は抹茶味。口に運ぶととけてしまうようなやわかいプリン。あまりの甘さとおいしさに頭の中もとろけそうになる。こんなに幸せでいいのだろうかと罪悪感さえ抱いてしまう。

「プリンうめぇな」
「んー」
「しずがつくった?」
「うん」
「そっか」

そんなに手間をかけてつくったわけではないんだけどなぁ。でも喜んでくれるならいいか。静岡はへらっと笑う。

「よし、プリンいっぱいあるし山梨呼ぶか」
「えーと、山梨ならさっきまで一緒だったからわるいよー。今度にしよう。ほんじゃあ、東京呼ぶ?」
「………しずは斜め上すぎる」

神奈川はため息をつき頭を抱える。何かに憑かれたかのように忙しい忙しいとぶつぶつ呟いていた東京が来るはずはない、まさか真に受けられるとは思わなかった。最初の仮説は正しかったんだなぁと静岡は苦笑しつつ、神奈川の恥ずかしすぎる悩ましいポーズから目をそらした。

「しずは山梨と仲いいんだな」
「富士山つながりだに。うちは好きだけど、向こうはどうだろー?でもカナちゃんも山梨と仲いいだに」
「そ、そっか。よかった。山梨っていい奴じゃん?無理に付き合わせてるかなぁと思ってさ。なんだ、そっか………」

その、こっぱずかしいところをもうちょい抑えればもっと仲良くなれそうだと思ったが静岡は黙っていた。

「あ、杏仁豆腐もってきたから後で食えよ」
「先に言ってくれればいいのに。今食べちゃだめ?」
「や。今回はあんま自信ねぇから、目の前で食べられてるとこ見たくない」
「カナちゃんがつくったの?」

さっき冷蔵庫の中にいれといたから、と小さくぼそぼそと。どうしてそんなに恥ずかしがるのだろう。杏仁豆腐。神奈川がつくった杏仁豆腐。なんとなくつくりたくなったけど大量につくりすぎて困ってしまったとかそんな感じだったのだろうか。にしてもあのカナちゃんが台所に立つ日が来たなんて………、やはり気になってしまうのが性。静岡はちらちらと冷蔵庫に視線をやる。

「今食べちゃだめー?」
「………」

神奈川は顔を赤らめてあーとかうーとか変な声をあげ、静岡を自分の膝の上に乗っけた。そして身動きができないように抱え込む。

「………しずのプリン、もうねーの?」
「食べちゃった。抹茶はもうないよ。ごめんね」

しょんねぇと、神奈川は雛鳥が親鳥に餌をねだるように、ついばむ様に静岡に口づけた。生温い舌が口内に入りこみ、甘いものをすくい取っていく。抹茶はそんなに好きではなかったような。そんなに食べたかったのなら言ってくれればよかったのにとぼんやりと考える。

「抹茶もたまにならいいな」
「おおー、カナちゃん大人になったねぇ」
「うっせー」

からかいからかわれて、いつものことだ。いつもの調子。いつものことなのに、それでもお互い目を合わせられそうになかった。

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