君がいた夏



034/100 手を繋ぐ → 男子高校生の言い訳




「貴……」
呼びかけた声は、人込みの中に消える。

自分たちの住む町から二時間もかからずに着く、この下町情緒と「和」に溢れた街。
そこで行われる花火大会。約二万発の打ち上げ玉が夜空に上がり、花を咲かせる。その中には、コンクールの為の二百発も含まれているが、少年とその同行者はそれを知らずに楽しんでいる。

――いや、楽しんでいた、というのが正しいだろう。

少年は、男友達と女友達二人との計四人で、花火大会に来ていた。けれど、花火に見とれているうちに、彼らとはぐれてしまっていた。
不安と情けなさで、少年は眉を寄せる。
(……カッコ悪い……)
迷子になるなよ、と散々うるさく同行者たちに言っていたのに、結局迷子になったのは説教していた自分だったのだ。

自分の思う方向に行くことすら難しい、人の流れに流されるしかない、ひどい人込み。
宏一はただ流されるまま、歩みを進めて。

――宏一!
耳に飛び込んできた自分の名前。けれど、この五月蝿さの中では、聞こえるはずがない。
そう思いながら、名を呼ばれた少年は辺りを見回す。
「……貴史」
零れた呟きは、誰にも聞き取られずに喧騒に消えていく。

無理矢理人の間を抜け、宏一は名を呼んだ男の傍に寄っていく。
同じ年くらいの少年は、宏一がそばに辿りつく前に、宏一よりリーチのある腕を延ばして細い腕を掴んで引き寄せた。

茶色の短い髪を立てた少年は、怒鳴り声を上げる。
「何やってんだよ!」
「悪い、ぼーっとしてた!」
しかしそれは怒りの為ではない。尋常でない人出の中で、お互いの声は怒鳴り合わないと聞えないのだ。
「ば〜〜〜っか!」

だが思いっきり顔を歪ませて、吐き捨てるように言われれば、さすがに宏一の腹も立つ。
込み上げた怒りの感情のままに、体は動いてしまった。
「な、――危ないだろ馬鹿!」
思わず振り上げた手は、貴文の手に掴まれる。
彼の腕は細いようで、しっかりと締まった筋肉がついていて、力強かった。
「――――っ」
「何やってんだよ!」

しかしその手を払って、宏一は怒鳴る。
「……初音たちは?!」
「――先行かせた!」
「何でだよ!?」
彼は宏一の問いに、躊躇いを一瞬見せながらも言う。
「いい加減妹離れしろっつーの!あいつら付き合ってんだよ!」
「はあ?」
見当違いの事を言われ、宏一は呆れた顔を見せる。

そしてその内容を遅れて認識し、目を見張る。
「付き合ってるって――?」
おそらく宏一の声は、貴文に届かなかっただろう。
けれど呆然とした宏一の表情に、彼の感情は簡単に伝わった。

焦りを顔に浮かべる貴文。
「――後で!!」
そう言って宏一の手を掴む。
繋ぐというには、あまりにも一方的なそれ。
突然のそれに、宏一は驚いた顔を崩せなくなってしまう。
それに貴文は眉を寄せて笑う。
「――迷子になんないですむだろ!」
そう言って彼は宏一の手を引っ張って歩いていく。

戸惑う宏一の方にも振り返らない。ただ手をひかれるまま宏一は、貴文の後をついていく。
手の先から伝わる温度に、宏一が緊張しているのも、おそらく彼は知らない。
どんどん繋がれた手に意識が集中してしまうのに、宏一は無理矢理思考を別の方向に向ける。

――初音。
それは幼なじみの少女の名だ。
彼女とは家も近所だったし、一年近く誕生日がずれている彼女を、二人とも一人っ子だった宏一と貴文は妹代わりに可愛がっていた。

その彼女が、女友達のはずの美月と付き合っている。
突拍子もない、ふざけた冗談だと思う。彼女らは自分を介して出会って、だからある意味彼女らにとって恩人で。

――冗談じゃない。
苛立ちと共にそう思った。
宏一は同性愛者たち――ホモとかレズという人種を嫌っていた。幼なじみの貴文に、同性である貴文に思いを向けているにも関わらず――いや、むしろ己がその思いを抱えているからこそ、はっきりとした嫌悪感を持っていた。
それはある意味自己嫌悪であり、同族嫌悪である。自分のそういった面を受け入れられない彼は、彼女らも受け入れられなかった。

好きな相手と手を繋いでいるにも関わらず、真っ暗な気持ちで宏一は歩く。
ざわざわとした人込みの中で、
「――見えた!」
幼なじみの声に顔を上げれば、今まではビルの影に隠れて見えなかった、空に咲く綺麗な花。

それに宏一は泣きそうになる。
――あの花火のようになれればいいのに。
あの花火のように綺麗な思い出になれたらいいのに。
彼女たちのように、何も考えられないほどに、情熱に流されてしまえばいいのに。

宏一は、切なさに泣きそうになる。

貴文の一番そばにいるのは、自分なのに。いつか、貴文に彼女ができたら、自分は彼の一番そばにいる事はできなくなる。その仮定は、高校生の自分たちからは、そう遠くない。
こんなに好きなのに、ずっとそばにいる事はできない。
けれど今は貴文のそばに自分がいれているのだと、花火に見惚れる友人と繋いでいる手を、縋るような気持ちで握っていた。










楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル