ロストマン 042/100 メモリーカード → ゲーム 記録
記憶 忘れて苛つく男と、忘れても笑う男の愛情。 こいつはいつも自分勝手だ。 爪を噛みながら、自分の事を棚に上げて有路は思う。 人の家に来て。 人のゲームをして。 人の食いモン食って。 自分を無視する男の背中に、有路は蹴りを入れる。 保科は眉を寄せて振り向く。 何 「……何人ん家勝手に入ってんだよ」 保科は笑う。 「お前が鍵よこしたんだよ」 「人のゲーム勝手にやりやがって」 有路は、紙切れが貼りつけてあるPS2を指差す。 「それは俺が持ってきたんだよ。ソフトも」 「ヨーグルト勝手に食いやがって」 険のある目つきで有路は保科を睨むけれど、依然として彼の目は優しいままだ。 「それは俺が大量に買ってきたんだって」 彼は淡々と事実だけを述べる。 「そんなの知らねえ」 「忘れてんならしょうがないけどさ」 あくまでも穏やかな保科に、有路は苛つく。 「――忘れてんのはてめえだろッ」 有路は、強く保科を睨んで叫ぶ。 かんしゃくを起こした男の目を、保科は見つめる。 眼鏡の奥から、有路を見つめる。 「無視しやがって!」 「……だから拗ねてんだ」 笑う保科に、有路はただ彼を睨む。 「――分かったんならやめろ」 先程よりは抑えた声で言う有路を抱き寄せ、保科はその手で彼の頭を撫でる。 「ちょっと待て、もーすぐセーブポイントだから」 「ざけんな」 しかし有路はその手を払い、立ち上がる。 保科が自分を見ているのを感じながら、有路は台所に向かう。 紙切れがたくさん貼りつけてある棚を開き、ポテトチップを取り出す。 そして振り向いたが、保科は背を向けテレビゲームに没頭していた。 有路はポテトチップの袋に目を戻し、そして棚の紙切れに目をやる。 そして何か迷うように目をさまよわせ。 結局何もせずに、ポテトチップの袋の口を力を入れて開けた。 保科に抱かれたのは一週間前の土曜だ。 サークルの飲みの帰り、一人暮らしの彼の家にいつものように泊まった。 酔って陽気になっていたのだろうか、冗談で保科が口付けた。 酔っていないのに、言い訳の出来ない状態だというのに、何も言わずに応えた有路。 有路がゲイだと公言しているのにも関わらず、惚れられるかもしれないと分かっていながらも、有路を抱いた保科。 どちらの方が性質が悪いのだろうか。 何も言わなかった有路と、有路を抱いてしまった保科。 一週間考えても、気まずさに一週間サークルを休んで考えても、有路には分からなかった。 でも、好きだとは言いたかった。 酔っての事だと言われても。 保科がヘテロセクシャルだと知っていても。 思いは告げたかったのだ。 そして、事故に遭った。 保科はいつも自分勝手だ。 有路は乱暴に食器を洗う。 大きな手が、青白い手を取る。 「乱暴に洗うなって」 「……うっせえよ」 有路は、保科のつり目を睨みつけて、手を払う。 有路の指先が、知らぬ間に空いていたポテトチップの袋に触れる。 手を伸ばして、ぐしゃりと握りつぶす。 「……苛つくなよ」 「苛つくなよ?」 保科の言葉に、険を増す有路の目。 「ポテトチップ勝手に食いやがって!」 「ポテトチップ?」 保科は怪訝そうな顔をして、有路の手元を見る。 そして棚を見て、メモを剥がしに行く。 「お前が勝手に食っただけ」 「そんなの知らねえ」 「そりゃしょうがないな」 普通の事のように言う彼に惑う。 「……何だよそれ」 「……事故に遭ったの覚えてるか?」 覚えている。 覚えているけれど、有路に病院に運び込まれた記憶は存在しなかった。 「それで、頭打ってお前は何も覚えてらんなくなったんだよ」 保科は有路に歩み寄りながら、そう言う。 保科のマグカップや茶碗が家にあるのは、幸福な夢ではなく。 足元が崩れていくような感覚に陥る有路を、保科は抱きしめる。 保科の耳元に、この前までは存在しなかったピアスがいくつかあるのに気付く。 「……保科」 泣きそうになりながら彼の名を呼ぶ。 彼の慈しむようなキスを目元や頬に受けながら、有路は囁きを零す。 「……好きだ」 一体この告白は何回繰り返されたのだろう。 病状:前向性健忘 ← |