ヒヨコ少尉と無能大佐。 マスタング大佐の部下には、きんいろのヒヨコが一匹います。 時には「軍の狗」と称される軍人の中でも、それを差し引いてなお犬に喩えられることの多い部下でしたが、それでも大佐は彼を見るたびヒヨコだヒヨコだと思っていました。 その最大の理由は、彼の髪です。 金髪なのは鷹の眼を持つ副官の中尉と同じでしたが、彼女よりも艶のない金色というより黄色や茶色に近いような髪の色は、あの親鳥の後をぴいぴい鳴きながらついていく雛鳥にそっくりなのです。 さらに他の部分より伸ばされた前髪は、いつも重力に逆らってまるでとさかのようにつんつんと天を指しています。 この二つが揃っているのですから、ついヒヨコを連想してしまうのも無理もないことだと大佐は常々思っていました。 まあ、ヒヨコにしては随分と背が高く(何と大佐自身よりもです)、ヒヨコのくせにどんなエサよりタバコの煙が好きという変わった部下でしたが、それでも大佐の中で彼はヒヨコとして位置づけられていたのです。 さて、大佐は現在とても困っていました。 原因はそのヒヨコの部下です。 今、そのヒヨコは大変真剣な表情で大佐の机の前に直立しています。 咥えタバコは相変わらずでしたが、いつもは茫洋としたやる気のないようにも見受けられる青のタレ目は、今ばかりは瞬きさえしていません。 そして大佐が困惑したのは、ヒヨコが珍しく真面目にしていることに対してだけではありませんでした。 ヒヨコの、あの、つんつん立っていながらも実際触ってみると意外な柔らかさで思わずほんわかしてしまうとさかが、何と真っ赤に染まっているのです。 こころなしか金色だったときよりも長く、硬くなっているような気もします。 そして前髪以外の部分も、こちらは真っ白に染まっていたのでした。 このカラーリングは、アレです。 ヒヨコが成長したニワトリの姿に他なりません。 大佐は表面上はいつものポーカーフェイスでしたが、内心非常にショックを受けていました。 あのヒヨコの柔らかい前髪を、大佐はことの他気に入っていたのです。 ヒヨコのくせにタバコを吸うとは何事だ、せめてニワトリになってから吸いたまえ、とからかったこともある大佐でしたが、実際ニワトリになられてみると言葉では言い尽くせないほどの衝撃です。 「大佐」 「…な、何だね」 昔ヒヨコ現在ニワトリの部下に返す声は、思わず上擦ってしまいます。 相手は気にした様子もなく、背後に回していた手をすっと大佐の眼前に差し出しました。 その手のひらにのせられていたのは、大きくて無骨な手には似合わない真っ白なタマゴでした。 大佐は無言でそれを凝視しながら、これは何だろうかと国家錬金術師の膨大な知識の詰まる脳をフル活動させました。 大きさ、形状、そして認めたくはありませんが現在の部下の姿からして、これは間違いなくニワトリの卵です。 一体どうしてこんなものを持っているのでしょうか。 その点については恐ろしさのあまり大佐は考えるのを放棄しました。 しかしそのかい空しく、一転してにっこりと満面の笑みを浮かべたニワトリ少尉の口が開かれます。 「大佐の子です」 そうして手渡された卵は、産みたてなのかほっこり温かでした。 * * * * 「ハボーーーック!!!!」 バタバタと廊下を走る音が聞こえたかと思うと、絶叫と共に東方司令部の仕事部屋の扉が勢いよく開かれました。 一同目を点にして見つめる中、闖入者はデスクワークに励んでいたハボック少尉にがばっと飛び付きます。 驚いたハボックが自分の腰にタックルをかました相手を見下ろすと、それは執務室で期限ぎりぎりの書類に追われていたはずの上司でした。 上司は開口一番叫びます。 「ハボック、お前メスだったのか!!?」 「…は?」 この上司の奇天烈な言動には慣れていたはずの少尉でしたが、これにはさすがに返す言葉もありません。 そんなハボックにも気付かず、大佐は、お前はずっとヒヨコのままでいてくれだのもうタバコには何も言わないからだのこれから私は卵を食べないだの、少尉にはよく分からない事をつらつら言い続けています。 その頬にはサボって昼寝でもしていたのか、机の跡がくっきりついていました。 ハボックの正面、つまり大佐の背後から、ジャキリと鷹の眼の美人中尉が撃鉄を起こす音が聞こえてきます。 「大佐、変な夢見たのは分かりましたからさっさと仕事してくださいね」 とりあえずハボックはあの銃の射程範囲から逃れるために、このサボり魔な上司を引き剥がしにかかりました。 -------------------------------------------- 友人の万葉野縁さまのサイト『feuillage』から、 おかしな大佐とヒヨコハボック。 おかしくて可愛くて爆笑して、 つい拍手で持って帰って飾っていい?と聞いたら、こころよく了承を! ちなみに大佐はヒエラルキー一番下だそうで(苦笑 本当にありがとうございました! うちにハボロイもロイハボもないのに、ということは禁句です。 ← |