覚えていますか? あの日の事を。 多分、あの瞬間から。 俺の人生は変わったと思う。 だから、あの日が。 俺にとっての記念日。
「……なんで俺がこんな事をやらなきゃいけないんっスかね」 太腿に感じる重みに、納得がいかないとハボックが唸る。 「まぁまぁ…それにしても、やっぱり固いな」 「だったら退いてくださいよ」 呆れるハボックを宥めるように声をかけたのは、本来東方にいるはずのない人物。 マース・ヒューズだった。 ヒューズがいきなり東方を訪れるのは、そう珍しい事ではない。 いつも連絡を寄こさず、ひょっこりと現れるヒューズに、皆は「またか」と苦笑いを浮かべるだけだ。 もちろん、ハボックもその内の一人で。 唯一怒り狂ってるのは、親友のロイ・マスタングだけだろう。 「なぜ、お前がまた来てるんだ!?」 「仕事仕事」 「仕事ならちゃんとやれ!」 「お前にだけは言われたくない」 マスタングが怒鳴るのも仕方がないだろう。 仕事で来たと言いながらも、ヒューズは司令室のソファにハボックを座らせ、その膝に頭を乗せて新聞を読んでいた。 ブラブラと気だるそうにソファから足を投げ出している姿が、マスタングにとっては気に入らないものなのだろう。 ちゃんと仕事をやれと言われた事に対して、新聞から目を離さぬまま、あっさりとヒューズが言う。 その言葉が、マスタングを苛立たせた。 「本当に、なにしに来たんだお前」 「だから、仕事だっての」 「信じられん」 「俺も…」 この状況からしてどこが仕事なのかと、マスタングもハボックも疑った。 けれどヒューズは何も言わず、新聞を一枚捲っただけ。 「「?」」 いつもとは違う、不可解な行動に二人は首を捻った。 まだ納得がいかないのか、マスタングがヒューズに向かって口を開く。 その瞬間を狙っていたかのように、ヒューズがマスタングの言葉を遮った。 「そういえば、お前さっきまでここにいなかっただろう?」 「?……あぁ」 それがどうしたんだと、マスタングが問う。 ヒューズはやっと新聞から目を離してマスタングを見ると、ニヤリと笑った。 「さっきな、ホークアイ中尉が来てお前がどこへ行ったのかと聞かれたぞ……ありゃかなり怒っていたな」 「……」 「美人が無言で銃持つと怖いよな」 「……ハボック少尉」 「はい?」 いきなり名を呼ばれ、慌ててヒューズからマスタングへと視線をやる。 どこか顔色の悪いそれに、勘の良いハボックはすぐに察した。 「……またですか」 「いいか、中尉が来ても私を見なかったと言っておけ」 「どうせ見つかったら怒られるんですから、今のうちに書類片付けちゃえば良いじゃないですか」 どうやらマスタングは書類を溜め込んで、先程まで逃げていたらしい。 それをハボックに見つかって捕まり。 連行されるかのように司令室へと戻ってきたら、ヒューズがいた。 そのヒューズからの報告。 ホークアイ中尉はかなり怒っているらしい。 そしてほとぼりが冷めるまで、マスタングはまた逃げるようだ。 「やる気がでない」 ハボックの言葉に、マスタングは胸を張って答えた。 本当に、こんな上司についていって良いのかと、ハボックは思ったのだが、そう思っている間にもマスタングはすでに扉の前まで歩いてた。 「まぁ、そう言う事だ、ハボック少尉。ヒューズの面倒とホークアイ中尉が来た時の対応はよろしく頼むぞ」 「あ、それ卑怯っスよ」 「上官命令」 「……職権濫用」 「うるさい。私がルールブックだ。私の意見に従え」 「……yes sir」 渋々敬礼しながら答えたハボックに、マスタングは満足そうに頷くと、あっという間にいなくなった。 (こういう時だけは行動早いよな) あまりの素早さに、唖然としていたハボック。 しかしその興味はすぐに消え去り、自分の膝を枕代わりにして新聞を読み耽ってる人物に目をやる。 「で、結局なにしに来たんですか?」 「仕事」 「仕事以外にアンタが中央離れられない事くらい、俺だって知ってますよ」 問題はそこではなくて。 「なんで大佐を追い出すような真似するんっスか?」 「……バレたか?」 「大佐はどうかは知りませんけど、俺からすれば…バレバレです」 新聞から顔を覗かせて見上げてくるヒューズに、ハボックは苦笑しながら答えた。 そんなハボックに、ヒューズが今まで見ていた新聞を渡す。 「?」 「今日、何日だ?」 ヒューズに言われた言葉と同時に、新聞に書かれている日付を確認してハボックは固まる。 別に、今日が何日だったのかとか忘れていた訳ではない。 そこまでボケていると思っていないし。 それにハボックにとって、今日はある意味特別な日なのだから。 ただ、固まったのは。 ヒューズが今日が何の日か覚えていたと言う事に驚いたせいだ。 「え、と…中佐?」 「やっぱ覚えてねぇよな」 「いや、そうじゃなくて…」 苦笑いを浮かべるヒューズに、ハボックは慌てて弁解する。 (どうしよう…) 恐らく仕事が主な理由だとは思うのだが、それでもマスタングを司令室から追い出して、こんな話を始めるヒューズにハボックは思わず口元を手で押さえる。 (すげぇ……嬉しいかも) 緩む口元を隠しながら瞳を伏せるハボックに、ヒューズは不思議そうに見た。 「どうした?」 「あ、いえ…なんでも」 「なんでもって言う割には…」 口元を押さえていた手を無理矢理剥がして、ヒューズが意地悪く言う。 「変な顔だな」 「…うるさいっスよ」 悔しそうにハボックは言いながら、ヒューズの眼鏡を仕返しとばかりに外す。 恐らく、彼の視力なら自分の顔などぼやけて見えるのだろうと思いながら、少しだけヒューズの顔に自分の顔を近づける。 「中佐は、今日が何の日か覚えてるんですか?」 「初物頂いた日」 「……」 まぁ、確かにその通りだなとハボックは思う。 一年前の今日、ハボックはヒューズに抱かれた。 しかもお互い酔っている状態で。 最初こそ慌てたハボックだったが、それを切っ掛けに相手が気になる存在へと変わったのは事実だ。 けれど。 (初物扱いはないだろ?) 「あー、そりゃ良かったですね」 自然とキツクなる口調に、もちろんヒューズが気づかないわけがない。 「お前は?」 投げやりに答えたハボックが面白いのか、笑いを堪えながらヒューズが問う。 ヒューズを軽く睨みながらも、ハボックは言ってやった。 「その初物を頂いた相手を意識し始めた日、ですかね」 「……じゃあ、俺も」 「なんスか、それ」 キッパリと言い放つ相手に、怒りもどこかへ消え去ったかのように、思わず笑ってしまう。 そんなハボックの頬にヒューズが優しく触れ、その手に軽くハボックが手を添える。 「とりあえず、今日は俺らにとっての記念日っつーことで」 「嫌な記念日っスね」 顔を見合わせ笑いあい。 二人の中に、こんな穏やかな日があってもいいなと思いながら。 キスをした。 end ――――――――――――― 『TRY AGAIN』未空さんの、10000hitフリー小説を持ち帰らせていただきました。 ヒューズ絡みの記念日ネタ大好きなので、未空さんのヒュハボで見れて嬉しいです。 男前なヒューズ中佐と、可愛いハボック少尉がステキな小説サイトはこちら。 ← |