公私混同
「何であんた、仕事が終わったら静かになっとーと?」
嶋本にそう問いかけたのは、胡座を掻いた嶋本の膝の上に頭を陣取った石井。
ここは、嶋本の部屋。
ひよこ――今年のトッキュー新人隊の中の一人である彼。
彼は教官である嶋本の部屋に、いつの間にか来るようになってしまっており。そしてなぜか、いつの間にか、自分に甘えるようになってしまった。
それはおそらく、嶋本が石井に情をかけて――決してそれは部下に対する範囲を越えるものではなかったが――ある種の情を抱いてしまったからだろう。そしてそれに石井もつけこんで、甘えたがりの性を発揮したせいだ。
長男である嶋本は、昔から弟妹や従兄弟に甘えられている。だから年下の男に甘えられることに多少の戸惑いはあっても、それほどの嫌悪感を覚えることはない。
しかし、最初の時点で突き放すべきだったのかもしれない。最近、とみにそう思う。
調子に乗らせたら乗らせた分だけ甘えてくる男に、ほとんどデフォルトの表情――眉を吊り上げ、眉間にしわを刻む――を嶋本は見せつける。
「――俺の喉、潰したん忘れたんか」
「うんにゃ」
しかし石井は、目を座らせる嶋本と対照的に、目元を緩ませる。
挑発的とも取れるその言葉と表情の組み合せに、嶋本の眉はきつく寄るけれど。
「……アホらし」
そんな言葉で、眉間の力も、肩の力も抜いてしまう。
嶋本は、癖のある嶋本のものとは違う、石井のストレートな髪に指を指し入れる。そのまま髪を梳きながら、形のいい頭を撫でる。
その手つきに、石井は猫のように気持ち良さそうに目を細める。
そして、
「こがん甘えさせてくれとーに、何で嶋本教官は訓練中厳しかとです?」
少しくらい俺の評価甘くしてくれとっても、バチ当たらんと思いますよ。
そんなことを、挑戦的な目をして――まるで嶋本を試すように問いかける。
何を言わせたい――甘くしてやる、愛してる、とでも?
けれど、そんな安い挑発に、嶋本が乗るわけもない。
びしっと、軽く斜めに流された髪ごしに、額にデコピンを食らわせる。
「公私混同したくないんじゃボケ」
そんなことしたら隊長からも神さんからバチも当たりまくるわ。
別の意味で挑発に乗ってやって、そして教えてやる。
「それにお前は、上の人間に甘くされるの嫌いやろ」
自覚ないんか?
石井はひよこ隊内で実力も一番だが、その分プライドも高い。そんな石井に評価を甘くつける――侮るような行動を取ったら、それこそ軽蔑されるか切れられるか。それは分からないが、ロクなことにならないのは確かだ。
まあ、石井がどのような行動を取ろうが、嶋本の行動が変えられることはない。それが嶋本という私の人間であり、公の人間だ。
けれど。
問いかけに全く反応しない石井に、多少不安になる――伝わったか?
真田隊長並に端的な、分かりにくい……ともすれば反対の意味に誤解される言葉を向けた。段々と嶋本もそう思ってきて。
けれど、石井の表情が変わることで、自分の意図が伝わったことを知った――嘘くさい、いつもの笑みではなく、本気の笑顔に。
「俺は、俺のことよー見とるあんたば好いとーよ?」
「……仕事やからな」
甘い声で、じっと目を見つめる彼から、嶋本は目をそらす。
「そいでも」
嬉しい。とは続けずに、それでも充分に言葉の続きが分かる顔を、石井は浮かべて。
温かい体温に、ヒナが親鳥に甘えるように、身を寄せた。
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時期的には、嶋本さんのしごきにひよこたちが慣れてきたころです。
美人さんとでこぽんに突進してる辺り。
それにしてもメグ弁(=佐賀弁)難しい……。