伊作を除いた四人が向かったのは、忍術学園の保健室。
他人が見たらまるで――いや完全に泥棒の体で、四人は保健室を探し回っていた。
「見つかったか?」
「いや」
「まだー」
仙蔵の呼びかけに、文次郎と小平太が答える。
長次からの返答はないが、返事がないということは見つかっていないということだろう。彼の無口さに慣れている三人は、彼に文句をいうこともなく、探索を続けていく。
しかし、無遠慮にこちらの方まで転がってくる包帯や何やらに、仙蔵は眉を寄せる。
顔を上げ、犯人に忠告する。
「小平太、探すのはいいが片付けないか?」
「えー」
めんどくさい、と顔中に描いてある小平太に、仙蔵はその整った顔に苦笑を浮かべる。
「後で泥棒騒ぎとかになったら面倒だろう」
「つーか長次がお前の片付けに回ってて、労力無駄になってるしよ」
その小平太の所業に気付いていたくせに、口火を切らなかった男が文句を言う。後で片付けてやるつもりでもあったのだろうか、それは仙蔵にも分からないけれど。
そして被害者長次もまた、何も言わずに顔を上げて小平太を見つめる。
三人に見つめられて、静かな分小平太も彼らの要求に従わざるを得ない。
「わかったよ!片付けるよ!」
「静かにしろ、見つかる」
喚くようなそれを仙蔵は冷静に抑え、文次郎は遠慮なく小平太を押さえ込む。
「つかどこからどこまで探したか分かってんのか?」
容赦ないそれに完全に黙って、小平太は片付けに専念する。
静かになる保健室。
学園内であるものの忍び込むのと同様のことをしているという状況は、必要以上の言葉を交わすことを彼らに禁じさせた。
ただ、物を探る音だけが密やかに響く。
「―――あ」
その中、殊更響き渡った感のある小平太の声に、三人は再び彼を注視する。
漏れるのは、小平太にしては抑えた声。
「これ、かも」
それに真剣さを覚え、三人は小平太の元ににじり寄る。
俯いた目線の先にあるのは、先程小山があった場所。
そこには、先程まで投げ出されたものの下に埋まっていたのだろう、一冊の本が投げ出されていた。
表紙の文字を見れば、『保健委員会日報』。
「……委員会誌とは、違う感じだよな」
会計委員長を務める文次郎が呟くのに、同じように各委員会委員長を務める他の三人が頷き。
……早々と本打ちが出てしまったのに、四人とも停止する。
つまらん、と思いつつも、仙蔵は横に座っている小平太に問う。
「何で手に取らないんだ?」
いつもの小平太なら、見つけた瞬間に皆に見せびらかすかのように掲げるだろう。
そう疑問に思って問う仙蔵に、また珍しくも眉を寄せたままで小平太が答える。
「いや、何か。……触りたくないかも」
その言葉を裏付けるのは、危険を避ける野性の勘なのか。
舐められない小平太のそれに、さすがに仙蔵も、また長次も怖れた。
しかし、そんな怪談めいたことを信じない――むしろそれを克服しようとする者が、そこにはいた。
「くっだらねぇ、びびってねえでさっさと見るぞ」
日報を手に取り、遠慮ない手付きで紙をめくる。
「……何だこりゃあ」
下に隈が入った目つきの悪い目を見開き、そして渋面でばっさばっさと無作為に紙をめくる。
その尋常じゃない様子に、小平太が問う。
「何が書いてあんの?」
内容を問う声に、文次郎は黙って本を差し出す。
覗き込んだ小平太が、呆然、といった声を上げる。
「……日記?」
文次郎が持っている本を、皆が斜めから覗き込んでいるだけであるから、少々見にくいが。
明らかに、内容は日付とごく私的な内容が数人の筆者によって綴られたもの――日記であった。
「不幸が綴られた、日記だな」
仙蔵は静かな声で、端的に評する。
そう、それは日記だった。そして、その紙の束に一番その名を多く記すのは。
「……伊作………」
さすがに長年保健委員長を務めていない。
普段は日常としてとらえて気にもしてはいないが、一筋縄ではいかないその不運さ。それを改めて文章にして淡々と示されると、同情めいた気持ちが浮かんでこないでもない。
覗きこんだ面々は、思わず哀れんだ顔を見せる。
「……馬鹿くせー」
吐き捨てられた言葉に、仙蔵は文次郎を見つめる。
いつもより凶悪度を増した、不機嫌な顔つきを男は見せている。
「こんなもんのために、忍びこんで探しまくったのかよ」
誰もが思いつつ、顔に出しつつ、口にしなかった一言を遠慮せずに言うのに、仙蔵は一瞬呆れる。
溜息をつく。
「片付けるか」
暇つぶしの会の終了を継げる言葉を口にし、仙蔵は床に置かれた本を手に取る。
「だねー」
「小平太は自分の散らかした分絶対にやれ」
「言われなくったってわかってるってばー」
自分が引き起こしたこととはいえ、保健室のすさまじい乱れように、仙蔵は少し気が遠くなる。
楽しい宴の後には、面倒な片づけが必要なのだった。
数日後。
文次郎は普段より一層ぼろぼろの姿で、保健室で伊作の手当てを受けていた。
怪我が絶えないのは、小平太同様に(多少の指向の違いはあっても)いつでも自主鍛練を欠かさない文次郎には、珍しいことではなかった。
けれど、
「何でか最近、変に事故に巻き込まれるんだよな」
と文次郎も言うように、まるで伊作の日常のような日々を最近送っていた。
しかし伊作にとって日常であっても、立て続けに抛火矢と手裏剣とバレーボールが飛んで来てそれを防ぎ叩き落したところに、地雷があっただの――そんな体験は文次郎にとっては非日常体験である。それを、彼は怖れていた。
そんな彼の言葉に、眉を寄せる伊作。
「……もしかして、触った?」
「何をだよ」
しかし、文次郎の手当てをする手は止まらない。
文次郎は一度問いつつも、伊作の返事が来る前に察して再び口を開く。
「待て、俺は保健委員会に入った訳でも、その日記を書いた訳でもないんだぞ」
「だよね」
でも、と前置きして、伊作は包帯を巻きながら告げる。
「僕は知らないけど、伝染力すごいらしいし」
その言葉に、包帯が実にきれいに巻かれるのを見つめていた文次郎の目が、据わる。
「伊作」
「……何」
顔を見ないながらも、置かれた沈黙に、伊作は相手の感情を悟る。
顔を上げれば、予想通りの顔がそこにあって、伊作はごまかし笑いを浮かべる。
もちろん、今更そんな愛想で和らいでくれるような相手ではない。
「お前知ってたんだな」
「いや、だって、眠かったし、仙蔵も」
「問答無用!」
焦る伊作の言い訳も聞かず、文次郎は懐に手を突っ込む。
のぞくきらめきに気付いた伊作は、即座に逃げ出した。
まあ伊作の場合、不運と言っても、見てわかる通り、八割方は己の注意不足、自業自得だ。
しかし、一つの疑問がこの文章を読んだ者の心に浮かぶだろう。
――伝説を受け継ぐ保健委員会の委員長である善法寺伊作と、伝説に巻き込まれた男・潮江文次郎。
この二人は、一生不運でい続けるのか。
……それは、私の知る所ではない。
立花仙蔵企画・実行兼文章 『プロジェクト139』 完
追記 : 伊作は三日間ほど、顔を見るたびに追い掛け回されたらしい。