ある冬の日のこと。
乾いて血が滲んでいるそれが何故か気になった。 遠くで冬の匂いがする。風で冷やされた長めの髪が揺れる。 柵越しのグラウンドの砂が舞い上がっているのがみえた。 「不二?どうしたの?」 一点をずっとみていた僕にかの人が問う。 「ね、痛くないの?」 ちょんちょんと自分の唇を指で叩いた。 僕のはまだ油の被膜に覆 われていたせいか水分は失われておらず幾分かかさついていただけだったけれど 。 言われた本人もかさついて傷ついたその唇に気付いたようだ。 「リップ塗る?」 テニスバッグのポケットから小さな缶を取り出して僕より早く大人の体裁に成長中の男の手の平に乗せた。 顔に?の文字を浮かべていた河村だけどややあってそれが何か気付いた。 「缶のなんてあるんだ」 「普段使ってなかったっけ?」 英二とか乾とかはよく使っているみたいだけど。 逆にみないのが大石と手塚くらいで。 「いや、筒状じゃないものは初めて」 「最近のはスティック型以外にもあるんだって」 そういって缶を河村に渡す。礼をいいつつそれを使おうとする河村だったけど。 次の瞬間、思わず目を見開いた。 だって可愛過ぎるよ。 小指で、なんて使うんだ…… 僕から受け取った缶入りのリップをなぜか小指で掬った河村に。 あまりにも似合わないその動作に笑ってしまった。 いや……意外と似合ってるかも。 「不二!」 「ごめん」 ……けどおかしくて 「不二ぃ〜」 笑われて肩を落とす河村がおかしくて堪らない。 ……可愛くて。 あ…… それに気付いた途端、自然と手が伸びた。 はみ出したリップクリームを指で拭った。 僕の指で河村の。 何故か二人とも押し黙ってしまって。 コートの向こうから英二の僕たちを呼ぶ声が聞こえて、慌てて身体を必要以上に離した。 いつの間にか休憩時間も終わっていたらしい。 そんなある冬の日のこと。 (09/02/14) |