なんでオレがこんな格好しなきゃいけないんだよ!





エイミーと呼ばないでっ!





菊丸英二14歳。絶対絶命のピンチだった。

「菊丸…いいか。多数決で決まったことだ」

学級委員の田中のセリフに。
オレは追い詰められていた。

文化祭6組ではメイド喫茶店を開くことになった。
但し、給仕するのは男子で。
というバカげた案が通ったのはオレが腹痛で休んだ日のホームルームだったそうだ。
前日に桃たちとピザの食べ放題で何ピース食えるのかなんて挑戦するんじゃなかった。
……あいつと張り合っていたら胃袋に穴が開くかんな〜。

「だからなんでオレがメイドなワケ?」

まさか男子全員がするわけじゃないだろ!?
と言ってみたら返されたのはもっと嫌な予感のするものだった。

「女子からの熱いリクエストだっ!」

んなリクエスト聞かなくていいじゃんかっ!
そうは思うものの3−6の女子は強かった。なぜか気の強いのが集まってんだよな……。
正直、味方につければすごく頼もしいものの敵に回すと恐ろしい集団が集まっている。

「菊丸、昼焼きそばパン三日分」
「っ……断る!」
「菊ちゃん、ピクニックもつけちゃうよ」

首謀者はお前かぁ!小岩井……
田中の後ろから女子のボスがでてくる。

「英二、諦めなよ」
「ん?」

小岩井の横から見知った顔が笑ってる。
不二までぇっ!

「高校になったらもうメイド服なんて着れないよ」

着られなくていいよ……

「うーん…大盤振る舞いだ!焼きそばパン一週間!+ピクニック好きな味一週間!+秘蔵のDVD!」

どうだ!と胸を張る田中に。
田中は男子の間ではエロス神とまで言われた男で……
その神が言う秘蔵とは!
破格の待遇に思わず食いついてしまった……だってお年頃の男の子ですから!
うーオレのバカ……






「英二とこは何やるんだ?」

昼休み五時間目のリーダーで使う辞書を忘れてしまった。
昼飯を食べ終わったし大石に借りにいったら嫌なことを話しかけられた。

せっかく忘れてたのにっ!

これならタカさんに借りに行けばよかった。
でも大石のクラス、リーダーが少し早く進んでるからついでにノートも借りて行くと便利なんだよなぁ……

「劇とか?」
「や…えっと飲食だよん!」

下手に隠すと余計に怪しまれるから最低限の情報だけ渡す。
大石は俺の様子にも気付かず、いつものように笑っていう。

「へぇ、じゃ俺もクラスのほう手が空いたら遊びにいくよ」
「…っ!……いいか!大石。おまえはくるな!絶対くるなよ!ゴールデンペアーの約束だっ」

と大石の肩をバンバン叩きつつ言った。
まぁ黄金ペアなんて、元だけど。
でもさ、高等部にあがってもオレたちはペアを組むから。そしたらまた新しい伝説の始まりなんだぜ。
オレの勢いに飲まれた大石は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたけど頷いた。
ピュアっていいよね!
大石のクラスが何をするのか聞きそびれたけどまぁいっか!






「英二、よく似合ってるよ」
「ども……」

そういう不二はちょっとデカい以外違和感がない。
いや、女子換算にするとデカい分見栄えがする。
女にはつきにくいような筋肉があっても元々が華奢なんだよなー。
頭に生やした白いフリフリもなー。なんで似合ってるんだよ……そら恐ろしい男だ。
……オレは回りの人間がオレに対しても同じ認識を抱いていることに気付かなかった。

しかし、大石にはくるなとはいったけれど。
アイツの耳に本当のことが入るのも時間の問題で、意外とそういうネタが好きな大石はくるんじゃないかと不安だった。

「英二……こういうのはね、恥ずかしがったら負けなんだよ」

不二の言葉に我に返る。
負けとか勝ちとかそいう問題じゃねーよ……
女子に化粧してもらった不二はいつものように微笑んでいた。
準備は着々と進んでいて誰かが用意してきた衣装だの化粧だのの調整をしていた。

「不二君、テニス部なのに焼けてなくてキレー」
「本当。髪もサラサラだし落としたままにしておこうか」
「だねー」

ただオレは口をパクパクさせるのみだ。

「ふふふ、菊ちゃん諦めた?」
「そうだよ。菊丸君、不二君はともかく小暮君だってノリノリだったよ」
「英二もノリノリかと思ってたのに珍しいねー」

小暮?あいつは色物担当だろ!?
わりとノリノリで準備するメイド候補たちにそういえず押し黙る。
小暮のぴらぴらのスカートを手でつまんだ。
野球部主将の小暮は180cm85キロのナイスガイだ。さぞかしこういう服が似合うだろうよ。
ネタとしてなっ!
口に出して反論できないまま、女子に囲まれる。次々と顔をいじられて。

うわぁ……この粉が嫌なんだよな……

「ほら!目を閉じて!」

諦めていわれるままに身を任せる。
塗ったくられた後、唇に紅とグロス。
キスした後でつくヤツと違って直に塗られるそれはかなり違和感がある。
拭いたいけど拭うと怒られるんだろうなぁーあぁーもぅ!

「おー可愛い!」
「ホント!」

自画自賛する女子たちに鏡を渡され覗き込んでみると、俺の顔はねえちゃんそっくりになっていた。
というか、コイツらねえちゃんより化粧ウマイかも?
少しキツイ感じのオレの目が、オレンジの彩りによってやけに強調されて自分でいうのもなんだけど色っぽい。

「菊丸君、衣装もきてみてよ」

渡された衣装を着てみたけど……。

「このスカート丈たんなくない?」

履かせられたスカートを指で掴む。オレに用意された衣装は無駄に胸元が強調されたラインで、スカートも短い。
不二のは襟付きの丈の長いスカートでヒラヒラしていた。

「菊ちゃん結構タッパあるもんね〜」
「大丈夫!本番だとフリフリかぼちゃパンツはくから!」
「木村……それ大丈夫じゃない……」

力なく呟くも女子の作戦会議にかき消されて。
こうしてオレの中学最後の文化祭はとんでもなく幕開けたのだった。





もっとも合唱や劇なんかの出し物系じゃない分マシか……一人だけ女装とかよりマシかもしんない。
去年の大石を思い出して笑ってしまった。白雪姫だもんなー。
どこのクラスもウケをとるには、女装が一番手っ取り早いことを知っていた。
そして、テニス部にはその洗礼を受けたものが多かった。
今年はオレが受けちゃったワケだけど。
女装には参っちゃったけど、看板や内装の準備は楽しかった。
放課後に皆で残ってわいわいとはしゃぐ姿は三年間を共に過ごした仲間たちとだったから。
オレは中学最後の文化祭を思いっきり楽しむことにした。

大きな真っ白いキャンバスに思いっきりペンキを伸ばすと気持ちイイ!
菊丸画伯におまかせあれ〜ってね!

「乾ぃー」

窓の外を見覚えのあるシルエットが通ったから、半開きだった窓を開け手を振る。

「英二じゃないか」
「……なんでニヤニヤしてんだよ」
「失礼なこの顔は元からだよ。それより聞いたよ。六組はなかなかやるじゃないか。メイド喫茶だって?」

心なしか眼鏡の光具合が違う。
そうだ……乾はマニアだったんだ。

「乾、それ以上いうと殴るからな」
「何故だ、メイドは素晴らしいものだぞ!あのカチューシャ!フリフリのエプロン!加えてご主人様呼び!最高じゃねぇの!」

最後のほうキャラが違うんじゃね?
メイドについて熱く語り始めた乾に”障らぬ乾に祟りなし”と窓を閉めた。






「エイミーちゃんご指名ですっ!」

げっ、桃ぉ?なんでくるんだよ!
朝一番にやってきたバカ二人がいた。
なんかパクパクとサカナみたいに口を開けてやがる。

「あのなぁ桃っ!池田っ!注文はっ!?」
「英二先輩すごいっス!」

やってきた後輩たちに呆れつつ、注文を聞く。
何がすごいんだ……
こいつらもしや自分のクラスほっぽってきたんじゃないだろうなぁ。
ほぼ引退したとはいえ、直接の後輩だし気になったけど、そういう心配するのはオレのキャラじゃない。

「ダメよ!エイミーちゃん!後輩君でもご主人様って呼ばないと」

待機用に仕切られたカーテンの向こうからお叱りを受けた。
耐えろ!オレ!これもすべて報酬のためだ。

「エイミーちゃんっスか?」

だからその名前で呼ぶな。触るな。蹴るぞ、桃。
未だに不機嫌なオレと違って……不二は楽しそうだった。

「エイミー、これ。タルトと紅茶4番テーブルに」
「ほいほーい」

桃たちを奥に押し込み、4番テーブルへと向かった。
教室の戸がまた開いて新しい客がきた。

げっ、タカさん!

「うわぁ……不二と英二?かわいいねぇ」

タカさんがいるということは……
アイツもいるんじゃないか、とドキドキしたものの、タカさんは一人だった。
奥から不二が出てきて寄ってくる。

「ご主人様、ごきげんよう」
「あ、ごきげんよう。不二、似合ってる……可愛いよ」

素直にオウム返しするタカさんの方が可愛いと思うが突っ込まないようにする。
下手に突っ込むと後で何されるものやら……
不二は河村の返事に満足したように頷いて言った。

「今日もフジコって呼んでよ。河村」

何か仕出かねない男が美女の笑みを浮かべている。
ふっ不二ノリノリだな……ラケットを持たないタカさんに無茶いいやがる。

「フジコちゃん……」
「ふふっ、ご主人様。ご注文は?和風と洋風どっちもあるよ。それとも僕にする?」

あーあ。
タカさん固まったじゃないか……不二はタカさんをからかうの好きだかんなー。
からかわれるのは好きじゃない不二が、タカさんにからかわれても怒らないのは、タカさんをからかうのが好きだからなのかなぁ?
タカさんの接待は不二に任してオレは次の客の元に急いだ。







数十分後、やってきた意外な客に驚く。
にゃ?アレって不二の弟君じゃね?
弟君は兄をみて固まっていた。
まぁそりゃそうだ。オレだって兄ちゃんがメイドの格好してたら吃驚するもんなぁ。

「あ、兄貴なにしてんだよ!」
「メイド喫茶だよ」

間髪入れずに答える不二(兄)に弟君の後ろにはバカ澤と観月だっけ?
三人できたのか……ルドルフのヤツらがいた。
バカ……じゃなかった赤澤、オレちょっとコイツ苦手なんだよね。
都大会のときのブレ球思い出してクラクラしそうだ。観月のほうが馬鹿にしたように笑っていった。

「ああ……不二君。その格好とてもお似合いですよ。流石ですね」

内容は褒めているけど口調がビミョーだった。

「………………」

ヤバッ…!ここで不二に開眼させるわけにいかないっ!
だけど、不二をとめることのできるタカさんももう自分のクラスに帰った後だし、どうするか……
不二の唇が動こうとしたとき、助け船を出したのは意外な人物だった。

「ん?観月、このカッコならきっとお前のほうが似合うぞ」

ブラウンが言った。
青褪める不二弟と途端に目を細める不二兄とが見える。
コイツ……試合でもパートナーにバカ呼ばわりされてただけあるかもしんない。

大バカだっ!

青褪めた観月が赤澤のシャツを引っ張ってどこかへいった。
不二弟も慌ててそれを追いかけていく。
なんとか脱出した危機にオレは安堵のため息を吐いた。

はぁああああああああーー!ヒヤヒヤしたぜっ
未だに後ろで黒い空気をまとってる可憐なメイドのことは気にしないことにした。
その方がきっと幸せだ。






色々あったけどあと三十分で休憩が取れる。
懸念していた来客がないのでほっとする。このまま乗り切れそうだ。
休憩と言うか実質はこの後はフリーもらったから、化粧落として服着替えて最後の片付け時間まで遊びまくろう。
そう決心して最後になるだろう客に「いらっしゃいませ〜」と笑顔で振り替えった。
そこには黒髪の可愛らしい女の子がいた。

「け、けいちゃん!?」
「えいじくん?」
「なぁにぃ〜菊丸ー彼女かぁ?」

同じくメイド姿の清水(吹奏楽部)が笑いながらいう。
コイツも背が低くてほせぇから似合ってるんだよな……
そいつから突っ込みが入ったから訂正する。
どうみても年齢がやばいだろう。目の前にいるのはどうみても幼女で。
オレ、ロリコンじゃないし!いや、この子に限っては年齢以外でもやばいけど。

「いや、大石の妹ちゃんだよーん」
「大石って二組の!?おまえの相棒の?」
「そそっ!似てるしょ」

まてよ……この子がいるということは当然――

「景子!あまり先にいくんじゃない!」

よく聞き覚えのある声に続いて、今日一番会いたくなかったヤツがきた。
そりゃ当然だ。誰がこんな姿を見せたいものか。
大石はオレのテニスの頼りになる相棒で、且つ最大のライバルだ。
オレにだってプライドはあるんだ。
こんな姿は見られたくない。
見られたくない理由はもう一つあった。
みられたくないと言うかこんな格好をして大石の隣にいたくない。
大石はオレを認識するとすぐにわかったのか……関心したようにしげしげと見つめてくる。

うー。
逃げ出したい。
だけど、ここで逃げたら報酬がっ!
プライドと欲望。
オレは欲望に負けてしまった。
まぁ仕方ないよな!男の子ですから!

大石を取りあえず席に案内する。
動揺は隠せてるだろうか。向こうにいる不二の笑みが深くなったのが分かる。

「エイミーちゃん、大石君にオーダーとってー」

この声は大石ファンのよっちゃんかな。
よっちゃんの台詞を聞いた大石が呟いた。

「エイミー……」
「いうな」

大石の口を塞ぐようにメニューを押しつける。
大石はそれを慣れた様子で受け取りつつ、妹に手渡す。

「英二だからエイミーなのか?」
「だからいうなって!」

あー恥ずかしいっ!

「でも英二。なかなか可愛いぞ」
「殴るよ?」

オレたちのやりとりをみていたけいちゃんがいった。

「今日のえいじくんはきりん組のゆりちゃんよりかわいいよ!」

無邪気に褒めて来る妹ちゃんにふざけた口調をわざと作っていう。

「けいちゃんっ、そりゃないよ〜!女の子より可愛かったらオレお婿にいけなくなっちゃう〜」

正直、出し物がコレに決まった途端、いつも文化祭なんか呼んでいた身内は呼ばなかった。
特に姉ちゃんたちに知られたら身の破滅だ!
きっとそのネタでずっと遊ばれるだろう。だってメイドだぜ……

「大丈夫だよ!えいじくん」
「む?」

けいちゃんは大石似の人の良さそうな笑みを浮かべて。

「おむこさんがむりならお兄ちゃんのおよめさんになるといいよ」

そう無邪気に笑う妹ちゃんに身体の力が抜けた。
カーテン越しから女子の黄色い悲鳴が聞こえるのは空耳としておこう。

だから嫌だったんだ……。
誰だよ……大石とオレがデキている説を流したヤツは。
こんな格好して大石がそばにいるとまた噂されるじゃないか。
しかもこんなナリじゃオレが彼女役だろうよ……

……がっくりと肩を落としたオレに大石が追い討ちをかける。

「英二は男だから嫁は無理だな……」

と冷静に呟く大石の頭をお盆ではたいた。







「なんだ英二。もう着替えちゃったの?」

未だメイド服を着ている不二に

「あったり前田のクラッカ〜じゃお先〜」

と返し、さっさと教室をでようとすると

「英二、後でいいものあげるよ」

そう微笑む不二に不思議に思ったけど。
焼きそば・イカ焼き・射的・金魚掬い…etc
遊びにでる高揚感に包まれたオレは詳しく聞かず教室を飛び出した。

こうしてオレの中学最後文化祭は無事(?)に幕を下ろしたのだった。









数日後のオレの誕生日、不二から丁寧に包装された物体をプレゼントと手渡された。
包みをあけると額縁に写真。

これは……っ!

いつの間に撮ったのかあの日の写真だった。
姉ちゃんたちそっくりのオレと満面の笑みの大石とオレたちに親愛の表情をしている妹ちゃん。

「ふふっ、親子みたいでしょ?」

何かが繋がった気がしたけど、追及するととんでもないことになりそうな予感がしたから泣きたい気持ちで礼をいった。

犯人はお前か……不二ぃ〜!










(09/04/04)





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