平行線



なんの曲だっけ……

聞こえてきたメロディーに思わず足を止めた。
その日はテスト期間中で部活動もよほどのことがない限り生徒は残っていないはずだった。
時刻はそろそろ日が落ちて空が真っ赤に染まっていく頃、まばらにいる生徒も帰り支度をしている者ばかりで。
大石もつい先ほどまでクラスメイト数人と図書館で勉強しており、予定していた範囲まで終わったため帰宅しようとしたところ、音楽室の前を通ったのは本当に偶然だった。
この曲は……聞こえてきたメロディにしばらく浸る。
誰が弾いているのか気になってそっと開いている窓から音楽室を伺うとそこにいたのは……

「不二?」

演奏者の名前を思わず口に出した途端、音が鳴り止む。

「ごめん……続けてくれないか」

そういってそっと中へと入った。
ピアノを弾いていたのは、同じ学年の同じテニス部の友だった。
声を掛けた人物を認識した不二は頷き続きを弾き出した――。






余韻に浸ってる不二に拍手を向けて尋ねる。

「不二、ピアノ弾けるのか?」
「まぁね……この曲は特別だけど」

そういって不二はなぜだか寂しそうに笑った。
片づけを始めた不二に続けて更に問う。

「さっきの曲好きなのか?」
「うん、好きだよ」

窓から入るきつくなった緋色が不二を背後から照らし大石にその表情を読ませない。
ゆったりと流れる刻の中で、大石は続けることばに困っていた。
はっきり言うとテニス以外不二とは自分には接点がない。
決して嫌いなわけではないし、ウマが合わないというわけではない。
純粋にこうして二人きりになったりする機会に何を話して良いのか困るのだ。
いうなれば話題がないのだ。
大石は何となく自分と不二の間にある越えられないラインの存在を意識していた。

自分は努力型の人間だ。それを大石は嫌いではない。
天才型への憧憬はあるものの他人は他人。自分は自分。
しっかりアイデンティティを確立している大石には、不二に嫉妬する必要もまたその理由もなかった。
それに不二が努力してなかったとはいわない。
もう三年も一緒に放課、そして数多くの休日を一緒に過ごしていて、十分そんなことは理解していた。
だけどその三年で、徹底的に自分との違いを見せ付けられた後で、二人は部活の友人、その一線を越えることはなかったのだ。
大石はもう一人の天才型の人間とも親交を深めていたが、こちらは部活以外でも親友の名に相応しい交友を結んでいた。

自分と不二。

足りないのは何か分からないが、そのラインに気付いても大石はそのラインを超えることはしなかった。
それは目の前にいる男も同じに違いない。

沈黙を破ったのは不二だった。

「英二がいってたよ」

一層笑みを深めて続ける。気のせいかその表情は寂しそうだった。

「僕と大石似てるって」
「は?」
「そこでそんな顔しないでよ」

傷ついちゃうな僕といいつつも、いつも通り真の感情を見せない笑みを浮かべている不二に、大石は友の一人がいつかいっていた言葉を思い出す。

「そういえばタカさんも似たようなこといってたな……」
「へぇ」

面白そうに考え込んだ男と困惑したままの男がいた。
お互い、より仲の良い友が自分たちをそう言うのであれば、それはそうなんだろうと納得しかけた二人であるが……

「いったいどこが似てるんだろうね?」
「だな……」
「……僕はキミが嫌いじゃないよ」
「そりゃ光栄」

このまま並んで一つの目標を目指す仲間として。
いつか交わることも越えることもあるかもしれないが、今はこのままでいこうか。
いつの間にか外は闇に包まれていた。












(09/02/28)





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