我が上なる星空と我が内なる道徳法則 小さな手をつないで夜道を抜けていく。 「アリーナ王子、どちらに行かれるのですか?」 不安げな表情を見せるクリフトに暖かなランプの灯りを向けて、アリーナは悪戯っぽい少年の顔をした。 「君に見せたいものがあるんだ」 「見せたいものってなんですか?」 「来ればわかるよ」 そういって駆け出した小さな足音ふたつ。 つないだ手のぬくもりはずっと忘れない。 「もうそんな季節なんだ…」 王宮の庭の片隅でクリフトは屈んで小さな花を眺めていた。白く高貴なその花は実は珍しいものでもなんでもない、月光花と呼ばれるこの花は園芸種として一般に広く愛されている。この王宮内ではなくなった先の王妃が好んでいたらしい。 そして優しいその花は彼女の記憶の中に小さな明かりを灯している。 王宮の庭先ではちょっぴりしか咲かない、けれど外に出ればもっとたくさん咲いていると知ったアリーナ王子が満月の夜に自分を連れ出して見せてくれたのだ。 当然、城の中では王子がいなくなったと大騒ぎになっており、帰ってきたときには二人そろってブライに叱られたのだった。 あのころは、まだ何も知らない子供だった。 腰まで伸びた藍色の髪は光の加減で黒のようにも見える。緩やかに波打つそれが彼女の肌により白さを添え、ぱっちり大きな瞳は曇ることのないスカイブルーを湛えている。美しさよりも愛らしさが際立つ彼女の評判は城内でも名高く、神の愛娘というあだ名さえつけられるほど熱心に神に仕える暮らしをしている。 …つもりだったのだが、幼いころの因縁というものはそうそう生活を変えはしない。 宮廷内が騒がしいのはいつものこと。 もう少ししたら侍女があわててここに駆け込んでくるだろう。ゆっくり花を愛でる暇もない。 「3・2・1」 カウントと同時に庭先に続く扉が開かれた。数名の侍女がばたばたと走りこんできた。 「またですか…」 「もうしわけありません。また、でございます。どうかブライ様とアリーナ王子を止めてくださいませ」 侍女たちに泣きつかれたクリフトはゆっくりした動作で立ち上がるとやれやれとため息をついた。 「で、お二人はいまどちらに?」 「王子の私室にいらっしゃいます。が、周囲は足の踏み場もない有様でして…」 「わかりました。掃除係を呼んでください」 そういうとクリフトは緑の髪を翻して喧騒の真ん中に飛び込むべく歩みを進めた。 進んでいくにつれて残骸がひどくなっていく。最初に暴れたらしいところにはすでに修理の担当者が仕事にかかっていた。 「今日はまだましなほうかな」 サントハイム城の予算のうち、城の修理代が年々増えていく。財務大臣でさえなんとかしてくれとクリフトに泣きつく始末。 いつしかアリーナ王子のことはクリフトに任せておけばいいや、という感覚さえ広がっている。 実際のところアリーナが言うことを聞くのは父王でもなく、ブライでもなく、クリフトその人なのだからしょうがない。 アリーナの私室の前にもはや扉はなく、衛兵が申し訳程度に立っている。衛兵はクリフトの姿を認めるとほっとして声をかけていた。 「クリフト様、こちらでございます」 「お役目ご苦労様です。今はどのようなご様子ですか?」 「お二人ともお静かにしていらっしゃるようです」 クリフトがそっと足を踏み入れると室内はすでに見るも無残な有様で座る場所さえない。 「ずいぶん派手にやらかしましたね」 声をかけるとブライは味方がきたとばかりに相好を崩した。ブライにとってクリフトは孫娘のようにかわいい存在でもある。 「おお、クリフト殿。このバカ王子が相変わらずで困っておりまして」 「このジジイが頭硬くって〜〜」 放っておくとまた騒動になるのでクリフトは黙って剣を抜いた。 「それ以上言うと私にも考えがありますよ」 にっこり笑って剣を構える彼女にブライもアリーナも黙り込む。切れる剣ではないが叩き潰すくらいなら簡単にできる。 その恐ろしさを一度経験しているだけあってもはや反論する気にもならない。 「で、今日はいったい何事です?」 ようやく発言を許された二人は互いに顔を見合わせた。 「外に出たいんだよな〜〜」 「だから王子、それは無理ですと申し上げております」 「そこを何とかするのがブライの役目だろ?」 「お止めするのがブライ様のお役目ですよ」 なにかを微妙に勘違いしている王子にクリフトの鋭いつっこみが入る。ブライがにやりと笑うのが気に入らなくて、アリーナはちょっとむっとして見せた。 「あとはお任せしましたぞ、クリフト殿」 「はい、ブライ様」 老兵は去りゆくのみとばかりにブライはよっこらしょと杖を突きながらアリーナの私室を後にした。 クリフトは剣をしまうとアリーナのそばに腰を下ろした。 「あまりわがままを言ってブライ様を困らせてはいけませんよ。もうお年なんですから」 「わかってるんだけどさ。どうしても外に出てみたいんだ。狩りとか、そんなレベルの話じゃなくってさ」 「アリーナ様…」 クリフトは一瞬、困惑したような表情を見せた。 「城の中からじゃ分からない民の暮らしがあるんだ。私はそれを見てみたいだけなんだよ。思いつきで言ってるんじゃない」 瓦礫に埋もれた部屋でアリーナは真面目な顔でクリフトを見据えた。 小さいころから何にでも一途に進んでいく王子に、彼女はいつだってついていった。 自分たちがまだ幼くて、何の責任も負っていなかったころは。けれどふたりとももう18才になった。この国では立派な大人として扱われる。自分の言動が思いつきだろうが熟考したものだろうがその責めを負わなくてはならない。 「お気持ちは分かります。一度はやってみたいんですよね」 「そう。お忍びってやつ」 やっぱりクリフトは分かってくれると、アリーナは少年らしい笑顔を見せた。 だけどここで甘い顔をしてはいけないのだ。 「でもその前に」 「ん?」 「民を思いやるお気持ちはよーく分かりましたので。どうか臣下をも労わってくださいませ」 「…どういうこと?」 まだよく分かっていないアリーナに向かってクリフトはにっこり笑いかけた。 「いつもいつもお部屋をこんなにして、侍女たちが困っておりますよ。先日も財務大臣に何とかしてくれと言われました。修理費だってただではありませんよ、すべて民が納めてくれた税金で」 「わーかった。わかったよ。片付けるよ」 小言はもうたくさんとばかりにアリーナは両手を上げて立ち上がった。とりあえず手近なテーブルから起こしていく。 「私も手伝います。終わったらお茶にいたしましょう」 ガタンバタンと賑やかな音を立てながら二人で部屋を片付けていった。 片づけが終わったころにはすっかり夜になっていた。北の空に導となる星が中天を過たず輝き、その周囲に小粒を散らしたように星が瞬いている。 「お、終わった…」 「でもよろしゅうございました。寝床はちゃんと確保できましたね」 「うん…でも疲れたぁ」 ぽふ、と小気味いい音を立ててアリーナはベッドに仰向けに転がった。短く切りそろえられた亜麻色の髪がさらりと衣擦れの音を立てて投げ出された。 「暴れなければこんなに疲れることもありませんよ」 クリフトは横たわったままのアリーナに近寄るとベッドの端に腰掛けて彼の額にそっと触れた。 「もうお休みください。なんだかんだ言ってもお疲れになられたでしょうから」 アリーナの額に当てられているクリフトの手が心地いい。アリーナは思わず目を細めた。 「なんか気持ちいい…魔法使ってる?」 「いいえ、私ごときではたいした魔法を使うことはできません。ただ触れているだけですよ」 「でも気持ちい…」 言い終わらないうちにアリーナのまぶたがゆっくりと閉じられた。やがてすやすやと規則正しい寝息をたて始めた。 「お休みなさいませ、アリーナ様」 眠ってしまった王子から手を離し、そっと上掛けをかけてやる。それから部屋の明かりを消し、そっと抜け出した。 誰もいない静かな廊下を自室に向かって進んでいく。途中で何度か警備の兵に止められたがすぐに通してくれた。 与えられている私室は10畳ほどだが一人部屋で、この城に勤めている侍女や衛兵の部屋の中では広いほうだ。 新参者の中にはアリーナが彼女を特別扱いしてこの部屋を与えたのだと口さがなく言う者もいたが実はそうではない。ここはもともとクリフト一家の部屋である。 彼女の母親は先の王妃の侍女の一人で、夫は同じく王妃付きの衛兵だった。程なくふたりは王と王妃に許されて結婚し、クリフトが生まれた。そしてそれからしばらくして親子で使うようにとこの部屋を与えられていたのだ。 クリフトが生まれた同じ年に数ヵ月遅れてアリーナ王子が誕生し、母親はその乳母となった。 アリーナとクリフトはいわば乳兄弟である。 その後、クリフトが5歳のときに父親が急な病でこの世を去り、母親も10歳のときに亡くなった。 天涯孤独となったクリフトを心配した王妃が彼女に神に仕える道を勧め、現在に至っている。部屋はそのとき王妃から正式にクリフトに与えられた物だ。アリーナからではない。 「そういえば、あの日だったんだ…」 ふと窓の外に目を落とし、彼女は遠く記憶を馳せた。 現れるのは8年前のあの日。 母親を亡くして悲しんでいるクリフトの元に突然やってきたアリーナは黙って彼女の腕を引っ張った。 こっそりと廊下を進み、秘密の抜け穴を通って外に出る。それから小さな手をつないで夜道を抜けていく。 「アリーナ王子、どちらに行かれるのですか?」 不安げな表情を見せるクリフトに暖かなランプの灯りを向けて、アリーナは悪戯っぽい少年の顔をした。 「君に見せたいものがあるんだ」 「見せたいものってなんですか?」 「来ればわかるよ」 すっかり城外に出てしまうとクリフトは少し不安になった。実は生まれてから一度も城の外に出たことはなかったのだ。 「アリーナ様…戻りましょう、クリフトは怖いです…」 クリフトは両手でアリーナを引き止めた。でもアリーナはそっと彼女を抱きしめた。 「大丈夫だよ、何があっても私が守ってあげる」 そういってアリーナはクリフトの額に柔らかな唇を押し当てた。 「アリーナ様…」 「行こう、クリフト。もうすぐだからさ」 もう迷わなかった。なぜか不思議と怖くなくなった。アリーナに手を引かれるまま歩いた先にたくさんの月光花が咲き乱れていた。 「うわあ…こんなにたくさん…」 「すごいでしょ。侍女が話していたの聞いたんだ。お城の北に月光花がたくさん咲く場所があるんだって。ほら、あれ」 アリーナが遠く指差す空に導きの星。 「ブライが教えてくれたんだ。あの星さえ見つけられれば道には迷わないって。ちゃんと北にいけるんだって」 月の光と星の輝きに応えるように月光花はきらきらと光る。 見入っていたクリフトの手を、アリーナが少し強く握った。 「ねぇ、クリフト」 「なんですか?」 「泣かないでほしいんだ。お母さんが死んじゃって悲しいのは仕方ないよね。私だって乳母が死んじゃったんだから悲しいもん。だから、泣いて泣いてもう涙も出ないってくらい泣いたら、笑ってほしいんだ」 「アリーナ様…」 「クリフトは、私が一生守ってあげる。お嫁さんにもしてあげる」 一気に言ったアリーナははあはあ言いながらもう一度クリフトをぎゅっと抱きしめた。 幼い腕の中で感じたのは、運命だったのかもしれない。でもこのときの二人には分からなかった。 ただ、交わした約束を果たせればいいと思っていた。 「アリーナ様、クリフトは…」 「約束する」 そういうとアリーナはちょっとだけクリフトから離れた。そして一本の月光花を摘んで彼女に差し出した。 「お嫁さんはお花を持つんだよ」 「本当に、アリーナ様のお嫁さんにしてくださいますか?」 「本当だよ。本当の本当の本当」 本当に、今思えばなんて戯言。でもあのときのクリフトには本当に幸せな誓いの言葉。 「では、クリフトはアリーナ様のお言葉に従います。今は母がなくなってすごく…っ…悲しい……っ、でもっ…でもっ…」 「クリフト…」 「きっと、元気になります。元気になって、アリーナ様のよき妻になります」 「うん…」 そしてほんの真似事だった。その意味の知らないで、そっと口づけあった。 あれから8年たってから、指でそっと唇に触れてみる。初めての口づけの相手がアリーナだったことは生涯の思い出だ。 これから先、アリーナは王として由緒正しい家柄の姫君を妻として迎える。私は神の巫女として一生を終える。 それでいい、あの約束は果たされるべきではない――ただひとつを除いて。 わが上なる星空は思い出を語る、けれど我が内なる道徳法則はその誓いを捨てよという。 『我はあなたの盾、あなたの剣』 これだけを守れ、という。 アリーナはお忍びで旅に出たいといっている。けれど今外は危険な状態にあると聞く。 これまで温厚だったモンスターたちが突然凶暴化し、町や村を襲っているという。うわさではどこかの国の小さな村がモンスターの集団に襲われ、全滅したらしい。 モンスターたちの凶暴化にはある一人の男が関わっているそうだが詳しいことも分からない。 こんな状態ではアリーナ様を城外にお出しするわけにはいかない。 王子を守ると誓った彼女にできることは何とかお忍びをやめさせること、それだけ。 ふと、クリフトは思い出したかのようにランプを持って部屋を出た。 薄暗い廊下の先は立ち入り禁止になっていて衛兵もいない。 「ここだわ」 幼い二人が城外に抜け出た秘密の通路がここにある。もっとも子供一人抜け出すのがやっとで、今のアリーナやクリフトでは出るに出られない。 「こんなに小さな穴だったかしら」 「それだけ私たちが育ったんだよ」 背後にゆるい明かりを感じてクリフトははっとして振り返った。同じように手にランプを持ったアリーナが普段着のまま彼女の後ろに立っていた。 「眠られたんじゃなかったのですか?」 「ちょっと寝たらすぐ目が覚めちゃってね、今度は寝付かれなくなったんだ」 「そうですか」 クリフトはその場をアリーナに譲るように立ち上がった。アリーナはその場に膝を着いてしゃがみこむとゆっくりと穴の周囲をなで始めた。 「本当に小さいな」 「ここから抜け出したんでしたね」 「そう、君を元気付けようと思ってね」 クリフトは微苦笑した。あのあと結局衛兵の一人に見つかってブライに通報され、城の中に戻された。そしてふたりそろって朝ごはん抜きという罰を受けたのだった。 「アリーナ様のおかげで不思議と寂しくありませんでした。クリフトは幸せ者です」 「そう思ってくれてるとうれしいよ、クリフト」 アリーナがすっくと立ち上がる。そして何を思ったのかいきなり壁を蹴りだした。ぼろぼろと音を立てて壁が崩れていく。ここは奥まった場所のためか、騒ぎを聞きつけてやってくるものもいない。 クリフトは驚いてアリーナの腕をつかんだ。アリーナはその手を見つめ、それからクリフトを見つめた。足は蹴るのをやめている。 「何をなさっているのです、アリーナ王子!?」 「ここを広げるんだよ。そうすれば出られる」 「出られるって…」 ああ、もうそこまで。 クリフトはアリーナの決心の固さを知った。こんな夜中にここへ来て穴を広げようだなんて、余程のことだろう。 「ねぇ、クリフト」 「はい?」 アリーナは自分の腕に添えられていた彼女の手に自分の手を重ねた。 「今、近隣諸国が…いや、近隣だけじゃない、この世界中がおかしくなっていることは知っているだろう?」 「モンスターの暴動のことですね」 「そう、だから行きたいんだ。力のない、民のために」 クリフトはあっと小さく叫んだ。彼は王族としての役目を果たそうとしているのだと気がついた。 彼の言っていることは正しい。けれどそれを言えば必ずとめられてしまう。なぜなら彼はこの国の唯一の王子だからだ。 アリーナが旅先で死ぬことがあればこの国は絶えてしまう。 「もう、国がどうとか言っている場合じゃないんだよ。問題はいかに民が安泰に過ごせるかってことさ。父上や亡くなられた母上には申し訳ないと思うんだけど、それでも私はこの世界のために戦いたいんだよ」 クリフトの手をぎゅっと握るアリーナの手は力強く温かだった。 そして心がこういうのだ――彼とともにあれ、と。 草の海をすべり、月の砂漠を渡る。 空に鳥を、雲に風を、そして君に花を。 そんな世界を守る旅に彼一人だけを行かせるわけには行かない。止められないなら、そうするしかない。 「お覚悟の程、承りました。アリーナ様」 「クリフト?」 「私もお連れくださいませ」 一瞬、アリーナは何を言われたのか分からない気がした。ややあってようやく理解したけれど承諾できるものではない。 「ついてくるって…こと?」 「はい」 空色の瞳が力強くアリーナを捉えた。 「危険なんだよ、クリフト」 「分かっております。けれど私は神の巫女である前にアリーナ様の臣下でございます」 そういうと彼女はアリーナの手を解いて膝を突いた。長い藍色の髪がさらりと床に触れる。 「我はあなたの盾、あなたの剣――そう、誓いました。神ではなく、アリーナ様、あなたに」 「クリフト…」 「アリーナ様のためならば神への信仰など捨てましょう。私にとってアリーナ様こそ我が命。どうかお連れになってください。そしてご存分に使命を果たされてください」 微笑む彼女に、もはや迷いなどなかった。 アリーナは跪拝する彼女の手をとって立たせるとその場でぎゅっと抱きしめた。 「クリフト…私は…」 「アリーナ様…わたしはすべてあなたのもの。この身、この心すべて…」 許されていいはずがない、一国の王子と一介の巫女と。 アリーナはクリフトに口づけた。 何もかも、捨ててしまってもいい。 神を裏切るのが罪だというのならその罰は一切私が引きうけましょう、だからこの身が朽ちるまでどうか、どうか…。 クリフトはアリーナの口づけを受けながらただそれだけを祈った。 「あっ…う…んっ」 クリフトの部屋のベッドは二人で寝るには狭いが、抱き合うには十分な広さと強度があった。 部屋に入るなりアリーナはクリフトを背中から抱きしめ、細い首筋に口づけながら服の上から乳房を弄った。 「あ…アリーナ様…あっ」 「アリーナでいいよ、クリフト」 「アリーナ…様っ…」 耳元での囁きは吐息に変えられてクリフトの耳をくすぐった。 「知らなかった、けっこう大きいんだね」 「いやっ…言わないで…くださっ……んっ!」 身をよじるクリフトを簡単に抱き込んだままアリーナは寝台に飛び込んだ。 「きゃっ!!」 ぼふ、と大きな音を立てて飛びこんだ二人の体重を支えてスプリングがうるさいほど鳴った。 「あ、アリーナ様っ!!」 クリフトが抗議の声をあげる前にアリーナの手はクリフトの服のボタンをはずしにかかっていた。声を上げた自分が少し恥ずかしくなったクリフトは黙ってアリーナの手元を眺めている。まもなくあらわにされた二つの乳房がふるりと揺れた。 「…綺麗」 「や…恥ずかしい…」 「とっても綺麗だよ、ほら」 アリーナは乳房の先でつんととがっている桃色の乳首を口に含むとそれを子供のように吸い上げた。そして開いた片手でもう一方の乳首を転がした。 「あ! はあっ!! ああっ、んんっ」 「すごくいい…かわいいよ、クリフト」 「やんっ…からかわないでくださいっ…」 真っ赤に染まった顔を背けたクリフトから少し離れて、アリーナは自分の服をすべて脱ぎ捨てた。クリフトも背中を向けるように自分の服を脱ぎ始めた。 いつかこうなるだろうと、覚悟していた。 こうなってはいけないんだと、強く戒めてもきた。 でも、そんな迷いは先ほどの口づけとともに捨てた。 すべてがアリーナとともにあるためなら何も怖くなかった――そう、神罰でさえも。 「…クリフト」 「アリーナ様…」 振り返ったクリフトは長い藍色の髪に己を包んでいるかのように見えた。 「やっぱり、綺麗だ。ああ、もうそんな言葉しか出てこないよ」 「アリーナ様…クリフトは、末永くおそばにおります…」 伸ばした腕がお互いを求めて。 触れ合う肌が泡沫の熱を伝えて。 あの日、月の下にいた小さな男の子と女の子はもういない。 アリーナはクリフトをそっと横たわらせると優しく重なるようにもう一度口づけた。 「うん……はふ…あ…」 互いの舌を絡めあい、口内へ深く進入する。クリフトは抵抗できなくてなされるがままになっていた。 「…どこで覚えられたんです、こんなこと…」 「侍女たちは口さがないからね」 そういうとアリーナはクリフトの首筋から鎖骨へと唇を下ろし、再度柔らかな乳房に顔をうずめた。 「すべすべで気持ちいい…」 よほど気に入ったのか、アリーナはしばらくの間肌の感触を楽しむと起き上がってクリフトをじっと見つめた。 「アリーナ様?」 「足…開いてくれる?」 「は、はい…」 アリーナの求めにクリフトは消え入りそうな声で応じた。 まだ何も知らない女の秘裂にアリーナはゆっくりと指を近づける。そっと触れただけなのにクリフトの体がびくんとはねた。 驚いたアリーナはあわてて体を離した。 「あっ、ごめん! 痛くした?」 「いいえ…少し驚いただけです…」 続けてくださいという彼女の言葉に、アリーナはもう一度ゆっくりと指を這わせた。小さな秘蕾を指先で捕まえて転がすとクリフトの体が反応しているのが分かる。 「ここ…いい?」 「んっ……分かりませんっ…でもっ…」 「でも?」 「変にっ…んんっ…なりそっ…あはっ…あっ…」 クリフトは体中を薄紅に染めていた。触れられている部分がだんだん熱を持ってきてその熱さから逃れるように身を捩る。 「んっ…やっ…」 やがて彼女の秘裂からとろりとした透明な液が少しずつ出て来始めた。アリーナがそれをそっと手に取る。 ぬるりとしているそれを彼女の肉芽に塗りつけた。 「あっ…やっ、な、なにをっ…あんっ!」 アリーナの指の滑りがよくなって、なおも激しくクリフトの秘蕾を攻めたてた。 「はあぁん、ああっ、も、もういやぁっ…はああっ!!」 「クリフト…」 「アリーナ様っ…も、もう……はあああっ!!」 クリフトの体がはねて、びくびくと震える。秘裂がごぽりと音を立てて愛液を吐き出した。 「はぁっ…はぁっ…」 少しぐったりと横たわるクリフトの髪を優しく撫で、その額に口付けるアリーナの瞳は彼女を真剣に見つめている。 「クリフト」 「アリーナ様っ…」 「…今から、君とひとつになるけど…大丈夫だね?」 アリーナはクリフトの手にそっと自分の肉棒を握らせた。 クリフトは少し驚いたものの、熱く脈打つそれがアリーナのものだからと恐れもせずに手に乗せた。 「アリーナ様…」 「…怖かったらやめるよ?」 「いいえ、大丈夫です。私はアリーナ様のすべてを受け入れるとお約束いたしましたから」 そういってにっこり笑ったクリフトが、誰よりも愛しかった。 「じゃあ…挿れるからね」 「はい…」 クリフトは頬を染めてアリーナの行動を見ている。彼はクリフトの足元に来るとそっと膝に手をかけて開いた。 「あ…」 「…行くよ」 「はい…」 ちゅぷ、と軽い水音を立ててアリーナの先端が彼女の秘裂に触れた。クリフトの体がぴくんと震えた。 アリーナは彼女を気遣ってゆっくりゆっくりと身を進めていく。じわりとこすれる感覚は互いを刺激した。 けれど今まで男性を取り込んだことのないその入り口は侵入者によって傷つけられ、鮮血を流している。 「あっ…んっ…いたっ…痛いっ…」 「あっ…クリフト…やめようか?」 経験がないのはアリーナも同じことで、苦しんでいるクリフトを見ておろおろしている。 でも彼女は大丈夫だからと続けさせた。 「初めてのときは…んっ…みんな痛いものだと…」 「誰にそんなことを?」 「侍女たちは…んふっ…お、臆面もっ…っ…ありませんっ…からっ…」 城の倫理はいったいどうなってるんだ、と言えた立場ではないが、少し考えてしまう。 「大丈夫です、慣れてきましたから…」 鮮血と白濁した愛液が混ざってクリフトの内腿はピンク色に染まる。それが流れてシーツにしみを作った。 「じゃ、動くよ」 「はい…」 アリーナは少しきついクリフトの内側から自身を少しだけ抜こうと身を引いた。それも束の間のことでまたすぐに内奥を目指して侵入する。 それを繰り返すうちに互いの呼吸が荒々しくなってきた。 「んっ…クリフトの中は…すごく柔らかいっ…」 「はふぅっ…ひんっ…あっ…あはあぁんっ…」 クリフトは今の声が自分のものだと分かるとさっと口を封じた。 (やだ…なんて声っ…!) クリフトは強く目を閉じた。いくらアリーナとの行為の最中とはいえ、何てはしたない声をあげたのだろう、体が羞恥に震えている。 抱かれているよりも、恥ずかしかった。 「…クリフト」 「アリーナ様…私っ……」 「いいんじゃない? はしたないことしてるんだし。それにとってもいい声だった。聞かせて、クリフト…」 「あ…アリーナ様…」 「君のことは、私がずっと守るから」 つながったまま、優しい言葉をかけてくれるアリーナに、クリフトは迷わず抱きついた。 「アリーナ様」 「なんだい?」 「クリフトは…今から乱れます。でも…嫌いにならないでくださいね」 クリフトは消え入りそうな声で囁いた。 「嫌いになんかなれないよ。私はいろんなクリフトが知りたい。いつも綺麗で凛としている君もいいけど、愛されて乱れる君も知りたいんだ」 言うなり、アリーナは先ほど以上に腰を動かし始めた。クリフトもつられるように自然と腰を揺らめかす。 ――互いに上るべき絶頂を求めて。 「ああんっ、あっ…アリーナ様ぁ…うっ…うふうっ…」 「いいっ…いいよ、クリフト…くっ…」 「ああっ、アリーナ様っ! アリーナ様ああ!!」 クリフトは高い嬌声を上げながら弓なりに体を仰け反らせた。アリーナはその拍子にクリフトの中から抜け、張り詰めた肉棒から白い精液を吐き出した。 「うわっ…」 それはぐったりと横たわるクリフトの上に降り注いだ。 「あ…」 疲れきった彼女にはそれが何なのか分からなかった。アリーナもその場にへなへなとへたり込んだ。 射精の経験はあるが、女性との交わりで射精するのは初めてだ。 「クリフト…ごめん…」 「アリーナ様…謝らないでください、これはクリフトが望んだことです」 涙で潤む瞳で見つめられて、アリーナは少し申し訳なくなって、きょろきょろと周囲を見回した。 水差しを見つけるとそれを洗面器に注ぎ、布を浸す。少しゆるく絞ってクリフトの体に当てた。 ひやりとした感触にクリフトは声を上げる。 「な、何をなさっているんです?」 「いや、拭いてあげようと思って」 「そんな、もったいないっ」 アリーナの行為は嬉しいけれどそこまでさせてはいけないと、クリフトは起き上がろうとした。 しかし、体が言うことを聞いてくれなかった。 「無茶しちゃいけないよ。動けないんだろう? 私に任せて」 「すみません…」 クリフトはアリーナの好きにさせることにした。心遣いが細やかで、丹念に精液をぬぐってくれる。 何度か繰り返すとクリフトの体はすっかり綺麗になった。上掛けをかけてやるとクリフトはそれを大事そうに胸元に寄せた。 「ありがとうございます、アリーナ様」 「無茶させちゃった?」 「…いいえ。クリフトはとても幸せです」 アリーナは裸のままクリフトの横に潜り込んだ。そしてそのまま抱きしめる。 「アリーナ様」 「何、クリフト」 クリフトが耳元でそっと囁いた。アリーナはふっと顔を上げる。 「旅に出るのは、もう少し…あと2、3日伸ばしませんか?」 「え、なんでさ」 本当ならすぐにでも旅に出たいのに、クリフトも分かってくれたはずなのに。彼女の言いたいことが分からないアリーナは困惑して、微笑む彼女を見つめていた。 「明日じゃいけないの?」 「何の準備もせずに旅に出るのは危険です。それに…」 「それに?」 あとは言いにくいとばかりに頬を染めたクリフトの様子を見ても何がなんだか分からない。 「それに、何なの。クリフト」 「あ、アリーナ様がたくさん愛してくださいましたから、私、体中が痛くて…。お供できそうにないんです…」 最後のほうはほとんど聞き取れないような声だったが、ようやくクリフトの言いたいことが理解できたアリーナは幸せそうに苦笑した。 「じゃあ、伸ばすよ。確かに準備は大事だし…それに、私にもクリフトは必要だからね」 「すみません、アリーナ様」 「いいんだ。クリフトのほうが大事だから」 ゆら、とランプのあかりがゆれて二人だけを朧に照らし出した。 「…大好きだよ、クリフト」 「…はい」 「はいじゃなくて、何か言ってよ」 「私も、アリーナ様が大好きですよ」 幼い二人はもうどこにもいない。いるのは恋を知った一組の男と女、それだけ。 くすくす笑うクリフトに、アリーナはそっと額に口づけた。 「ついて来てくれるね、私の旅に」 「どこまでもお供いたします」 その言葉に、アリーナは決意を固めるように目を閉じた。 そしてクリフトに覆いかぶさるようにして再び唇を重ねあった。 これもすべて何者かの定めるところによりて結ばれし者 そして運命は今この時よりめぐり来る そして数日後。 「遅いなぁ、クリフト」 約束のときは早朝、場所はあの花畑。 旅立つのなら晴れた日がいいと、クリフトが決めた日が今日だ。彼女の天気予報は高確率で的中する。 天の気を読むのは容易なことではありません、なんて言ってたっけ。 山の端からうっすらと太陽の光が見えるがまだ姿を現していない。 「んー、どうしたのかなぁ…」 様子を見に戻ろうと振り返ったアリーナの視界に大きな剣を背負い、荷物を抱えて走ってくるクリフトの影が見えた。 「! クリフト!」 「すみません、アリーナ様」 アリーナはこっちこっちと手を振った。そして違和感に気が付く。なんかいやなトンガリが見えている。 「もしかして、クリフト…」 「すみません、王子。ブライ様に見つかってしまいました…」 「…あちゃー」 アリーナはこりゃ参ったとばかりに自分の額を叩いた。クリフトはただただ恐縮している。 「アリーナ王子! クリフト殿を唆し冒険の旅に出ようなどとは!」 「唆しただなんて人聞きの悪い。私はクリフトに話をしただけだ」 いつもの言い合いになることを覚悟したクリフトは、今度ばかりはアリーナを支持するつもりだ。 『我はあなたの盾、あなたの剣』――そう、どこまでもついていくと決めたのだから。 ところが今回は違った。 ブライはひげを撫でながら普段の彼なら絶対に言わないことを言い出した。 「わしも冒険の旅についていきますぞ!」 「へ?」 「ブ、ブライ様!?」 二人は驚いて顔を見合わせた。が、ブライもすっかり旅支度でやる気満々だ。 「だ、大丈夫なのか、ブライ…」 「なあに、若い者には負けはしませんぞ」 さあ、と先導を切ったのはあろうことかブライその人で、アリーナはすっかりお株を奪われた。 何か、釈然としない。 「結局自分も旅をしたかったんじゃん…」 「そ、そうみたいですね」 意気揚々と歩いていくブライの後を追うように二人も歩き出した。 「ありがとう、クリフト」 「王子?」 クリフトは横に並んでいるアリーナを見上げた。アリーナの顔は城内で見せるものとは違う、覚悟を決めた男の顔だった。 「本当は、一人じゃ心細かったんだ。クリフトが来てくれて、本当に嬉しいよ」 「…小さいころ、約束しましたから」 「約束? …そうか。そうだよね」 「はい」 一歩ずつ大地をふみしめて、風を感じながら進んでいこう。 あの日の約束が永遠ならきっとどこまでもいけるはずだから。 『ずっとずっと一緒だよ』 「クリフト…」 アリーナはそう言って彼女の手をとった。クリフトもそっと握り返す。 「私の全てをかけて、お守りいたします」 「遅いですぞ、お二人とも!」 振り返ったブライに見つからないよう、二人はぱっと手を離した。 「遅いって言ったって私たちがスピードを上げたらブライはついてこれないって」 「若い者には負けませぬのじゃ!」 「まぁまぁ、慎重に進みましょう、何があるか分かりませんから」 喧嘩するアリーナとブライ、宥め役のクリフトと、いつもの3人がそろって。 王子たちの冒険の旅は今始まったばかり。 つないだ指先から思い出す 君を守るためにこの世に生を受けたこと これこそ、我が上なる星空と我が内なる道徳法則 ≪終≫ ≪さえてぺかぺか≫ ちっとも反省しない挙句、してもこの程度。どうなってんだよ、俺の脳は。 えーっと、DQ4『おてんば姫の冒険』で、アリーナが王子、クリフトがオニャノコです。このふたりは公認ですよね(笑) しかしまぁ、オニャノコクリフトの書きやすかったこと。アリーナ王子の書きにくかったことorn これ書いちゃったら続きが必要なんか…とちょっとため息ついてみたりして。 リクエストがたくさん来たら考えよう←をいをい |