告白の場所


この気持ちがなんなのか知らないまま
でもやっと『好き』って言えた
そんな胸の鼓動が聞こえそうな 静かな夜…



大空に浮かぶ鏡を月という。太陽の光を反射して、それを優しく地上に下ろすのが役目だ。その月影の下に佇む少女がひとり。
彼女は人間ではない。紫色の偏光する長い髪を持ち、人工虹彩はアメジストに輝く。彼女の名前は<A-S SIGNAL>。シンクタンク・アトランダムが誇るAナンバーズ最新型のHFRだ。彼女の製作者は音井信之介、音井ブランドの創始者で、彼女はその末っ子に当たる。

満月の丘に。
今夜月の見える丘に。

彼女はひとり佇んでいた。木を背もたれにして寄りかかり、明るい瞳には不釣合いな憂いを湛えて溜め息をついている。
(どうしちゃったんだろ、私…壊れちゃったのかな…)
右手をそっと胸に添える。このところずっと…ここが痛い、胸が痛い。今までこんなことなかったのに。
メンテナンスの結果にも異常はない。どこにも異常はないのに、どうしてこんなに苦しいのかな…。
自覚した痛みが止まらなくて、思わず胸を抑えたままうずくまる。どうにもできなくて、どうしようもなくて…張り裂けそうなのに、わからない。
(誰かっ…助けてっ…)
「シグナル?! どうしたっ?!」
はるか上空から飛ぶような声が聞こえて、シグナルはゆっくりと顔を上げた。そこにいたのは月を背に飛ぶ桜色の鳥――彼女の半身、<A-C CODE>だ。現実空間においては自由の象徴、電脳空間においては儚さと刹那さを知る和風青年の姿をとる。シグナルは見知った顔に安心して起き上がった。ふうと息を吐いて座り込む。コードはゆるりと羽根をたたんで彼女のそばに寄った。
「どうしたの、コード」
「別に何ということはない。お前がふらふら出て行くところが見えたのでな」
「わざわざ来てくれたの?」
「お前もロボットとはいえ女だろう。こんな時間に一人歩きとは感心せんな」
うまく話をすりかえて、コードはちらとシグナルを見やる。月の光に照らし出される横顔がどこか頼りなさそうに見えた。
「ん…ちょっと散歩。眠れなくて…さ」
ははは、と小さく笑いながら彼女は目を伏せた。長いまつげが目元を覆う。深くなる影が彼女の苦しみを代弁しているかのようにみえて、コードは変わらぬ表情ながら心配になる。
「シグナル…」
「なあに?」
問いに応じる屈託のない…はずの笑顔。でも今は借り物のよう…。
「お前…どこか悪いのではないか? メンテナンスは」
「してもらったよ」
シグナルはコードの言葉を遮った。なんとかしなくちゃ、コードはもう感づいている、シグナルの変調を―――。
コードになら…ううん、コードじゃなくちゃ、話せない。
「ねえ、コード」
「なんだ?」
シグナルは膝を曲げ、その上にコードを抱き上げた。見つめる瞳――コードの瞳は月にも似た琥珀色の美しい目だ。
「私ね、やっぱりどこか変みたい…」
「…メンテナンスで何か見つかったか?」
「ううん、何もなかったよ。でもね、最近ずっとこうなの。胸が痛くって、張り裂けそうで…泣きたくなる…」
そういうとシグナルは握った拳を胸元に寄せた。
「……」
「…コードのことを考えてると、こうなる。今だってとってもどきどきしてる…」
「シグナル…」
「どうしてかな…痛いよ…コードぉ…」
ぽろぽろと零れる涙に、コードは戸惑った。
彼女はきっと……でも、これを自分が教えてもよいものだろか。自分の力で切り開く、それ以前に彼女を苦しめていたのは他ならぬ……。
「助けて…お願い、コード…私、どうしちゃったの? このまま壊れちゃうのかな…」
「シグナル!」
助け起こそうにもこの身は腕を持たぬ。抱きしめ、慰めようにも胸を持たぬ。
己で望んだ身でありながらこういうときには恨めしい。それでもコードは精いっぱい彼女を助けようと言葉をかける。
「シグナル、落ち着け、大丈夫だ」
「どうして? こんなに…つらいのに…」
涙だけを湛えるアメジストに映るコード。コードは彼女をじっと見つめたまま。
「シグナル…お前は…俺様をどう思っている?」
「どうって…」
「落ち着いてゆっくり考えてみろ、俺様はお前のなんだ?」
「コードは…コードは私の…」
「お前の?」
「…大切な人。みんな大切だけど…コードだけ、特別」
言葉にかえた瞬間、シグナルの中にすうっと何かが流れ込んできた。温かくて優しい、気持ちのいいもの。途端に胸の痛みがおさまっていくのがわかった。
気がついた――この気持ちに。痛かったのも、泣きたかったのも、これがなんなのか知らなかったから?
「――私…やっと気がついた。コードのこと…好きだよ」
はじめてあったときから感じてた。兄弟ではなく、生まれる前から約束された自分の半身。
強くて優しい、私だけのひと――。
「大好きだよ、コード」
涙の跡が残る顔で、それでもようやくにっこり笑ってシグナルはコードを抱きしめた。いつもはじたじたと暴れて脱出を図るコードも今日は大人しくその腕におさまっている。
「俺様も、お前が好きだ」
「え?」
「何度も言わせるな」
「コード…」
そっぽを向いてしまったコードが何となくおかしくて、シグナルは僅かに苦笑した。照れているに違いない。
シグナルが生まれてこなければ、コードはずっと電脳空間で待っているだけの存在だったに違いない。彼女が生まれてくれたからこそ、この美しき世界を知ることができたのだから。彼にとって彼女こそ、導きの手。
現実という名の自由を与えてくれた彼女こそ、憧れ。
 
太陽を見つめつづける向日葵のように
春を求め旅する燕のように
 
自分自身も彼女に恋をしていたのだ。
「ありがとう…」
ぎゅっと抱きしめられると、シグナルの鼓動を感じることができた。光変換性変軸結晶SIRIUSが情報を循環させる音だろうか、ひどく穏やかに流れている。
「大丈夫か」
「うん。コードが…いてくれるから」
「そうか」
安心したかのように息を吐き、コードはシグナルの腕の中でくるっと方向を変え、浮かぶ月を見つめた。シグナルもそれに倣う。
「綺麗だね……ねえ、コード」
「なんだ」
「またここでお月見しよう?」
ここはふたりの思い出の場所――思いを繋いだ、告白の場所
「…そうだな」
静かに抱き合うふたりに注ぐ月光は、淡い琥珀色に輝いて―――。



『好き』と言えた胸の鼓動が
聞こえちゃっても構わない
あなたも同じ気持ちだって、わかったから――



君と行く未来のための――告白の場所





≪終≫



≪うぐはぁっΣ( ̄□ ̄川)≫
はい、C×S♀でなれ初めです。今回のタイトルは緒方恵美さんのアルバム『HALF MOON』より『告白の場所』。シチュエーションもそんな感じで書いてみました。緒方さんはみのる&コード役の声優さんですので、興味のある方は聞いてみてくださいね(さりげなくCMでした♪)。
…なんか少女漫画だよなぁ(ぼそっ)。やりたかったんだもん、C×S♀で少女漫画やりたかったんだも〜ん、うえ〜〜〜〜ん(泣きながら逃走)。
 
 
 注: 文字用の領域がありません!

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