ひよこの気持ち ひよこひよこってすぐ子ども扱いするんだもん ひよこだってやるときはやるんだぞ! …ちょっと怖いけど。 「もう、秋なんだねえ」 夏から秋にシフトチェンジしたコード邸の庭を眺めながら優しい風に髪を撫でられるまま、シグナルは縁側に座り込んでいた。 萩に薄に竜胆、桔梗なんかも咲かせてみたりして。秋はすべての生き物が豊穣をもたらす季節であり、来るべき冬にむかって命を繋ぎ、また内包する命の為にその身に栄養を蓄える時期でもある。夏と同様に今回もコード邸のシフトチェンジをお手伝いしたシグナルは仕事の成果を見ながら満足げだ。 萩はシロハナハギを植えた。その名のとおり白い花をつける萩で、たくさんの花をつけると下に垂れ下がっていく。花が散る様は細雪に散るデータにも似て、儚いながらに美しい。その横にまるで自生しているかのように竜胆と桔梗を植える。濃紫色の大きめな花をつけるオヤマリンドウとその変種であるシロバナリンドウ、そして『赤身がほしいよね』というシグナルのリクエストでモモイロイシヅチリンドウが咲いている。高さが全くばらばらだったが、そこはバランスよく配して、これでリンドウはおしまい。次の桔梗は紫と白の花を取り混ぜて植えた。緑の葉に紫が高貴に、白が可憐に色を添える。艶やかな秋の庭、その横にコードは僅かに薄を植えた。秋の情緒の代表格である薄を配さないのは手落ちだろう。靴脱ぎ石のそばにちょこんとシャジンを添える。釣鐘状の小さな紫の花で、まるでちいさなシグナルのようだとコードは笑った。 秋には青い花が少ない。紫色の花でも、特に青紫を多く選んだつもりでもこうなってしまう。 「あ、そういえば菊を植えなかったねえ」 「そういえばそうだな」 横に座っていたコードは指を顎に当てて考える。はて、どのあたりにどんな菊を配したらよいだろうか。結局、見栄えのするシュウメイギクを植えたものの、本来シュウメイギクとはアネモネの仲間で菊ではない。 「ん〜、秋って花が綺麗だから迷っちゃうね」 そういってシグナルは豊かな胸の前で腕を組んだ。ボーイッシュな雰囲気のシグナルだが、れっきとした女の子である。 「これだけ植えたんだ、もういいだろう」 「そう? それならいいけど」 それでもなお名残惜しそうなシグナルに微苦笑しつつ、コードはシグナルに手を差し伸べた。 「さ、疲れただろう、茶ぐらい入れてやるぞ」 「ありがとう、コード」 彼女の手を引き、コードは自室に入っていく。シグナルも黙ってついていく。 何時来ても、コードの部屋は塵ひとつなく(電脳空間だし)、理路整然と片付いた和風の部屋だ。初めて来たときは見るものすべてが珍しくてきょろきょろしてしまったけれど、何度か来ているうちにすっかり慣れてしまって、どこになにが置いてあるのか大体覚えてしまっている。 たとえば、あの文机は現実空間と通信するときのモニターが出るし、その前に置いてある半畳の畳はコードが座るためのもの。見当らないけど、コードが昼寝用に使う枕もそのへんにしまってあるはず。、いま自分が座ってるのは自分の為にもう一枚用意してもらった座蒲団。シグナルがここに来るようになってから、自分のものが着々と増えつつある。夏用の切子のグラスもそうだし、湯呑みだって作ってもらった。なんだかんだいってコードはすごく優しい。その優しさに恥ずかしそうに笑えるから、すごく幸せなのかもしれない。 「待たせたな」 「ううん、あ、手伝う」 おそろいの有田焼の湯のみに茶を注ぐ。一度コードに教わってから、どんな種類の茶葉が来てもこなせるようになったシグナルである。 「あれ? 今日のは初めて。なにこれ? 玉露…とはちょっと違うけど」 シグナルがそういうと、コードはほうと息を吐いた。 「わかったか。これは雁音だ」 「かりがね?」 聞いたことないな、と思いながら彼女はコードの解説を待っている。期待に漏れず、コードは茶葉から説明してくれた。 「これはな、製造再製過程で取り除かれる茎だけを集めた茎茶の一種で、雁音は玉露の茎だけを集めたものだ。よく玉露のものとわかったな」 「だってそんなかんじがしたもん」 「濃い緑で艶があるものほど上等なのだ。煎茶とは違った風味でうまいぞ、飲んでみろ」 「うん、いただきます」 シグナルが両手で大事そうに湯呑みを抱えて口にする。それを確かめるようにコードも口に含んだ。 「あ、なんか色のわりにはさっぱりしてておいしい〜」 「そうだろう、俺様秘蔵の一級品だぞ」 「え…」 一級品、と言われて、シグナルは一瞬だけ止まった。 「遠慮せんでいいぞ。とっておいても風味が落ちるだけだからな」 「そ、そう…」 電脳空間でも風味とかあるんだなぁ、とか単純に思いながら、けれど高級品なのでゆっくりゆっくり飲む。 「本当は…お前のためにとっておいたのだがな」 コードが呟いたのをシグナルは小首を傾げて問うた。聞こえなかったのだ。 「何か言った?」 「いや、なんでもない。それより菓子はどうだ、何か出してやろう」 「え、いいよ、コード。私、庭のお手伝いに来ただけで、お菓子食べに来たんじゃないから」 「なにを遠慮している、お前らしくもない」 今度は菓子皿を呼び出すコード。その中にぼとぼとと落ちてくるのは紙に包まれた最中、亀の形をした福の亀という和菓子だ。コードの影響ですっかり和菓子も大好きになってしまったシグナルだが、福の亀は特にお気に入りのお菓子だ。 「わぁ、ありがとう。私これ、大好き♪」 にっこり笑って手を伸ばすシグナルにコードは優しく微笑みかけながら静かに茶を飲んだ。 はむはむと最中を食むシグナルは嬉しそうに笑う。コードも小さく微笑んでいる。こんなふうに温かい時間が過ごせるなんて、昔は考えもしなかった。コードは最初に相棒となるはずだった<A−B BUNDLE>をその手で斬ってから、ずっとこの電脳空間で過ごしてきたのだ。 彼にとってシグナルは電脳空間から現実空間へと導いてくれた鮮やかな虹、しなやかな手、眩い光、そして愛しい温かさ。 彼女を眺めているだけで、そばにいられるだけでよかったのに。それ以上を望むことは果てしない贅沢だと思っていたのに。ある月夜に、シグナルに淡い恋心を打ち明けられてから、コードは彼女の望むままに恋人になった。いや、彼自身も彼女に恋をしていたことは、今となっては否めない。ふと目をやるとシグナルの口元が餡子で汚れているのに気がついた。手がかかる子どものようだが、どこか微笑ましい。 「こら、シグナル」 「んにゃ?」 コードが親指で汚れを拭ってやろうとしてそっと彼女の口もとに手を伸ばした。 「子どものようだな、口もとが汚れているぞ」 「え…やだ、ちょっと」 口もとに手を伸ばされてシグナルはキスされるのかと思ってドキッとした。 「なんだ」 「…なんか…拭くものちょうだい…」 「あ、ああ、そうだな」 コードは懐から懐紙を重ねて差し出した。手で拭ってやったところでその後どうするつもりだったのか、自分でもよくわからないまま手を見つめる。 「…取れた?」 「ああ、取れたぞ」 「ん、ありがとう…」 懐紙をくしゃくしゃと丸めて、そっと置く。シグナルは少し悲しそうに俯いた。その表情に気がついたコードはそっと覗いてみた。 「どうした、シグナル」 「私って…子どもっぽい?」 「なんだ、いきなり」 「だってコード、今そう言ったよ? いっつもひよこひよこって…」 「仕方ないだろう、お前はまだ起動して間もないのだから」 「私、いつまでも子ども扱いされるのは嫌! 私だって…」 そういうとシグナルはがばっと膝立ちになってコードの胸にすっと手を当てた。 「し、しぐなる?」 ついひらがなで呼んでしまうほどコードは困惑した。彼が困惑するなど、前代未聞ではあるまいか。当のシグナルはといえば熱っぽく潤んだ瞳で自分に迫ってきている。コードは添えられたままの手を退けることも出来ずに、冷や汗をかいてる。 「お、おい、何をする気だ!?」 「子どもじゃないってところ…見せてあげようと思って……」 「おいっ、こらっ!!」 わたわたとコードが暴れるが、シグナルに怪我をさせないようにと気を使っているせいか思うように彼女を退けられないでいる。そうこうしているうちにコードはシグナルに押し倒されてしまった。後頭部を軽く打ち付けたようだがそんなことはこの際どうでもいい。 「コード…」 「お、落ち着け、シグナルっ!!」 「私は落ち着いてるよ、それより…大人しくして…」 シグナルの唇がそっと降ってきた。柔らかいそれに自分から触れることがあっても、彼女から口づけられるのは初めてだ。 「んっ〜〜!!」 「ひどいじゃない、コード。私…コードになら、何をされたって平気なのに…」 「なんだとぅ?!」 なおも寄ってくるシグナルの肩をつかんで仰向けに寝かす。小さな悲鳴をあげて今度はシグナルがコードに押さえつけられる。紫の髪が板の間に零れ、不思議な流れを作る。その流れをひとすじすくって口づけた。 「お前がそのつもりなら、望むままにしてやろう。お前はまだ俺様の本気を知らんようだからな」 「…して」 「いやだといってもやめんからな」 そういうとコードはシグナルにくちづけた。何度も何度も、角度を変えて噛み付くように。ときどき舌を入れ、絡ませる。 「ん、んん…あ…」 ゆっくり唇を放すと、銀の糸がふたりを繋いだ。コードはそれを舌で拭うと今度はシグナルの耳朶を軽く食んだ。 「ひゃんっ」 シグナルの体がびくっと震える。何をされてもいいと言った割には震えているような気がするが…。こういうところはまだ子どもだと思いながらコードは構わず続けた。 「あ…コード…んっ…」 「シグナル…」 耳元で甘く囁いてやると、シグナルはきつく目を閉じた。コードの手が、するすると胸のあたりに伸びたのに気がついて、シグナルはコードの肩をつかんで押し返す。いつもは鳥形のコードを抱きしめていても平気なのにいざ触れられるとなると怖いような気がする…。そして本気で嫌がった。 「やっ…やっぱりやだぁ〜〜!!」 「お」 短く息をつきながら、シグナルは潤んだ瞳でコードを見つめた。コードは髪をかきあげるとふうとため息をついた。そしてほれ見ろと言わんばかりに腰を落ち着けてシグナルを見た。横たわったままのシグナルは恥ずかしそうに起き上がる。 「…怖いだろう?」 「…うん、怖かった」 彼女は目元をさっと払って俯いた。流石に自分のやったことが恥ずかしいらしい。コードはそっと彼女を抱き寄せ、膝の上に乗せた。 「うにゃっ、コードっ…」 「なんだ? シグナル」 「あの…怒ってる?」 おずおずお伺いを立てるとコードが意地悪そうに顔を覗き込んだ。 「怒っているように見えるか?」 「だって…あんな事したし…」 そういうと、コードはふっと小さく笑って彼女を抱き寄せた。シグナルは身を硬くしてコードの膝の上にちょこんと座ったままだ。 「シグナル…」 「…なあに?」 「俺様は…お前を大切に思っているぞ。もちろん、お前のことを…その…ほしいと思うことはあるが…まだ早いと思っている。お前がもう少し大人になったら、と思ってたのだが…」 「コード…私、またコードを待たせてるの?」 自分が生まれてくるまで。今度は大人になるまで。いったい、私は何度コードを待たせたらいいんだろう。そう思うと、目頭がじーんと熱くなって、泣いてしまいそうになる。シグナルのそんな様子に気がついたコードはさらにぎゅっと彼女を抱きしめた。 「何を馬鹿な。シグナル、俺様はお前が大人になるのを待つのは…つらくない」 「…どうして?」 「お前がいるからだ。ひとりで待つのとは違う」 美しい花を育てるように、いつか咲き誇るあなたに待ち焦がれて、恋焦がれて…。 「…ごめんなさい、コード」 「いや、どうということはない。それよりお前…」 「なに?」 「随分艶な顔をするな」 抱きしめていた腕の力を抜くと、それまでコードに縋っていたシグナルは後ろにぱたんと倒れこんでしまった。そのままコードも覆い被さってくる。 「うにゃあぁあっ〜」 ぎゅっと目を閉じる。ふわっと温かいものが頭の下に来たのに気がついて、シグナルはそっと目を開けた。 「どうした? こうやって昼寝をするのは平気だろうが?」 「〜〜〜…またからかう」 非難がましい目を向けつつも今回は自業自得だよね、と半分諦めつつ、シグナルはコードの腕を枕にそのままお昼寝に興じることにした。ちょっとだけ不機嫌そうなシグナルを小さく笑ってコードもまた彼女をゆるりと抱きしめて目を閉じた。 ぴよぴよぴよ ちょっとだけ…わかってくれた? ひよこの気持ち あのね、あのね… 私…あなたがいちばん、好きなんだよ 「ちっ、ですわぁ〜、もう少しでステキな画が撮れるところでしたのにぃ〜〜。でもまぁ、<A−S>にしては上出来ですわねぇ」 ある部屋でモニターを監視しながら舌打ちをしつつ、微笑んでいるネオングリーンの少女の姿があったという…。 ≪終≫ ≪ぴよぴよ≫ …C×S♀で、『子ども扱いしないで』っていうことで書いてみました。だんだん少女漫画になりつつある…やばい(・_・;) ちょっとだけ、裏に行くか? 18禁か? という方向に進んでみました(笑)。今更って気もしますがww でもまあ、シグナルちゃんも女の子だってことですな。けどコードのほうが何枚も上手だったということです。っていうか、オチ…娘が男を誘っているのを嬉々として眺めている母親って…(^^ゞぽりぽり。 |