恋をしようよ 繋いだ手から伝わるぬくもり 唇から零れる愛の詩 笑う角には福来る 恋をしよう 君に優しい恋をしようよ… 目を合わせるだけでなんとなくどきどきしてしまう、そっぽむいていしまう。これが『恋』なんだと知るまでには紆余曲折があったけれど、告白して良かったな、と思えるくらい毎日が充実している。 あどけない笑顔の少女が洗濯物を干している横で昼寝を決め込んでいるメタルバードが一羽。お気に入りの枝に桜色の羽根を休めているのを、少女は横目でちらりと見た。 少女の名前は<A−S SIGNAL> 鳥の名は<A−C CODE> ふたりはシンクタンク・アトランダムが誇るHFRの最新型と最古参で、メインロボットとサポートロボット、師匠と弟子、そしてつい最近恋人同士になった間柄だ。カシオペア博士が作ったロボットたちはカシオペアブランドと呼ばれ、コードを筆頭に<A−E>シリーズが続いている。三女の<AE−1β EUROPA>/ユーロパはT・Aと同じ名を持つファーストナンバー、<A−A ATRANDOM>と結ばれ、方や、長男のコードは最新型のシグナルと思いあうという、なんとも不思議な関係を築いている。 ま、それはそれとして。 そよそよと優しい風が吹きぬける天気のいい日。洗濯物を干し終わったシグナルがう〜んと背伸びをした。揺れるシーツから洗剤のいい香りがして、何となく気持ちいい。自分の仕事の成果を確認して木に止まっているコードに声をかけた。 「終わったよ、コード」 少女の少し高い声が耳につく。コードは琥珀色の瞳をゆっくりと開いた。自分を見上げてにっこり笑っているシグナルを目に止めて、コードはゆっくり嘆息した。 「やっと終わったか。ずいぶん手間取ったな」 「ちょっと量が多かったから」 からまった洗濯物というのは非常に面倒なものだ。洗濯機から取り出すときは便利でもいざ干すときになるとこれでもかといわんばかりにしっかり抱き合っていて、ほどくのに一苦労することがある。それにしわを伸ばしつつ干さなければならないわけで、シグナルはロボットでしかも戦闘型だから力の加減をしないと破ってしまうことがある。これまで何枚かだめにしているシグナルは洗濯物ひとつにさえ慎重になった。そんなこんなで時間がかかっているわけで、その間コードはじーっと待っているだけだ。 『鳥型の俺様になにを期待する』 そういわんばかりに。そもそもコードに手伝いを要請する根性を持ち合わせているものがいないだろう。よほどのことがない限りは現実空間におけるコードの役割は実生活においてはないということだ。 「まあいい。終わったならいくぞ」 桜色の羽根をひらめかせ、コードはシグナルを導いた。ばっと飛び去ろうとするコードのあとをシグナルは少し早足で追いかけた。 「待ってってば」 かごを抱えて、シグナルは玄関に入っていった。コードはその辺の開いている窓から中に入ってしまった。 ジャックポッドから繋がる異世界――電脳空間。 ここで、もうひとりのコードに会う。コードは本来HFRとして作られるはずだった。それが鳥型になったのには様々な経緯がある。まず、彼が最初にサポートするはずだった<A−B BUNDLE>が完成しなかったプロジェクトは凍結し、コードだけが残された。その後彼は電脳空間でずっと待っていたのだ、自分を呼ぶ声、導く光を――。 40年という歳月の中でようやく手に入れた光は未来しか知らぬ穢れなき心、紫色に光る水晶にすべてを集約した<A−S>だった。 そんな彼と恋に落ちたのはつい最近、自分の恋心に押しつぶされそうになっていたシグナルに告白されてのことだった。 『コードのこと、好きになっちゃった…』 泣きながらの告白に、コードは初めて自分の気持ちに気がついた。自分もこの子に恋をしてたことを。運命の名の下に結ばれ、添い遂げようと誓ったあの日から、すべては動き出している。コードとシグナルは融合できる。近しい者と、いつ恋に落ちてもおかしくはなかったのだ。問題はそれに何人、気がつくか、というだけで…。 漆黒の闇に縦横無尽に広がる格子の上に紫色の光、桜色に混じって下りていた。電脳空間になれていないシグナルを抱いて、コードが下りてきたのだ。光がだんだんと人型をなすと、コードにやんわりと抱かれて少し赤くなっているシグナルの姿が浮かび上がる。 「どうだ、異常はないか」 「うん…別に、どこも…」 シグナルがそっと身を引いた。初めて電脳空間に下りてきたとき、適応しきれずにちびの姿になってしまっていたわけだが、今はもうそんなことはない。いつまでもちびになっていては<A−S>の名が泣こう。もう慣れたのだからいつまでもコードと一緒に、というのも止めなければと思いつつ、それがなんだか心地よくて、『一人で行けるよ』と意地を張る気にもならない。ちょっと顔を上げると、コードがぱっとシグナルを放した。突然の解放に戸惑いはしたものの、コードがべたべたする性格ではないと知っているからシグナルも素直に放れる。そのまま、コードはシグナルの手首を掴んだ。 「行くぞ」 「ど、どこに?」 「俺様の邸だ。連れて行ったことがあるだろう」 「う、うん…」 ふたりは僅かな痕跡さえ残さず、その場を後にした。 鮮やかな月の下でシグナルは泣きながら訴えた。その思いは受け入れられ、こうして何事もない平穏な日々の中に身を置いている。優しい人たちに囲まれて、愛しい人と思いあって。未来しか知らぬ少女に与えられた小さな過去も二人で作ってきた。 最初は、ただ尊敬しかしてなかった。口も性格も悪いけれど、実力はちゃんとあって、毒づく言葉のひとつひとつに裏打ちされた経験があって。尊敬は何時しか憧れに変わり、その憧れは淡い恋心となって少女を包んだ。こういうことに疎いシグナルでも、自分の想いに自信がなかった。けれどコードに促されて、自分が自分であることの大切さを知ったのだ。 『俺様も、お前が好きだぞ』 他の誰でもない、自分が好きだといってくれたコードの言葉に、シグナルは思わず泣き出してしまったのだった。偽りのない言葉、琥珀色の瞳に映る真実だけが、自分を優しく導いてくれる。 庭に揺れる花を眺めながらシグナルは優しい気持ちになっていた。自分より強いものはいないのだと信じ、孤高の一匹狼を気取っていたあの頃が嘘のように、少女らしい少女になったと思う。まだまだ子ども扱いされることも多いが、子どもはあっというまに大人になる。今はまだ子どもであることを謳歌していろ、と、慰められているのか甘やかさせているのか、はたまたけなされているのかよくわからない言葉でぽんと頭をはたかれたときの心地よさがまだ身に染み込んでいる。 『そう、俺様は大人だからな』 いつになったら、コードと対等になれるかな。なんて膝を抱えてみながら考える。コードの歴史には到底追いつけないかもしれない。でも、望む限り、望まれる限り強く優しく生きていこう、コードもそれでいいと言ってくれるから。 「何を考えている」 「ん〜? 別に。ここって、いつ来ても綺麗だなって思って」 「そうではないだろう。別のことを考えていたな」 「…なんでわかるの」 「お前のことだからな」 ずずっと茶をすすりながらコードが言う。コードにはなにも隠せない。最近、そんな気がして何でも話してしまうのが…恋の魔法なのかな。 「ねえ、聞きたいこと、あるんだ…」 「なんだ」 「どうして私を待っててくれたの? 他にもAナンバーズいるじゃない。わざわざ私を待ってなくてもよかったわけでしょう?」 「…それもそうだな。別にお前でなくてもよかったわけだな」 「ひよっこひよっこって…やっぱり私じゃいやなんでしょ?」 「…何故そういうことを聞く?」 コードの瞳に僅かに怒りが灯ったのにも気づかないシグナルはその顔を曇らせて俯いた。 「だって…私、コードにつりあわないような気がして…コードの恋人になったのはいいけど、本当に私でいいのかなって…不安になっちゃって…」 「馬鹿か、お前は」 「馬鹿ってなによ、人がこんなに不安に…!!」 むっと顔を上げた瞬間、触れた柔らかいもの。シグナルは目を閉じるのも忘れてそのまま――口づけられたまま。そっと添えられたコードの手がふわふわした暖かさを伴っている。コードの唇が僅かに放れ、角度を変えて触れてきた。今度はゆっくり目を閉じる、その余裕がある。 「ん…」 自然と絡み合う舌先がなんだか甘いようでくすぐったい。突然のキスだったのにもう逆らう気持ちなど微塵もない、ただ、このまま甘えていたいような優しさ。 どちらともなく唇を放すと、今度は視線を絡めあう。優しい紫と、温かい琥珀の混ざる不思議な視線。 「コー…ド?」 シグナルは何気なくその名を舌先に乗せた。彼はただ微笑んでいるだけだ。 「シグナル」 「なに?」 「俺様はな、お前に未来を見た」 「私に?」 「そうだ。他には見えなかった未来を、だ。MIRAで造られると聞いてな。今でもはっきりと覚えているぞ」 未来が見えた瞬間を。自分を導く光を。 どんなときだってずっと一人で、それが運命だと知って生きてきたのに。 暗闇の中で目覚めた、『君』という存在に――生まれる前から恋焦がれていたのに。 「だから俺様には、お前でなくてはならんのだ」 未来しか知らない、穢れなき機械救世主。 これからふたりで造る未来が過去となって流れていくだろう。 手に手を取って、ふたりで進んでいくのだと 「お前が生まれたとき……まぁ、バグを抱えていたとは思いもよらなかったがな。それでも、お前がこうしてここにいることに、感謝している」 「コード…」 「だからお前が不安になることなど何一つとしてないのだ、俺様にはお前だけだ」 そういうとコードは、その言葉を流し込むようにもう一度シグナルに口づけようとした。それをシグナルが慌てて抑える。ちょっと待ってと言わんばかりに。コードは不機嫌そうな顔をしてシグナルを僅かに睨んだ。まだなにか言いたげな顔のシグナルはコードを窺うようにみる。不安が拭えないでいるからだ。ちょっとだけ、念を押してみる。 「ほんとに、ほんとに私でいいの?」 「…お前、俺様に浮気でもしてほしいのか?」 「そんなことないっ!!」 「なら黙っていろ…」 文字通りの口封じを施して、二人は優しく抱き合っていた。 なにを不安になることがある? こんなに君を思っているのに 笑顔ひとつ、言葉ひとつで君が笑ってくれるなら 何ひとつ惜しむことはない――自分のすべてはあなたのもの、あなたが望む限り――yours ever 君に優しい恋をしよう ≪終≫ ≪私には優しくない(笑)≫ え〜とね、コーシグで、『ほんとに私でいいの?』って感じの話です。『告白の場所』の続きです。そりゃ、コードと恋人になったのはいいけど、不安だよねえ。恋人とはつりあっていたいじゃないですか、ということで。シグナルちゃん、そういう気持ちは強いと思うの。最初、タイトルは『君に優しい恋をしよう』にするつもりだったんですけど『君〜』で始まる作品がやたらと多いことに気がついて、んで結局このタイトルです。今回書きながらmyツボに嵌ったのは『文字通りの口封じ』ってところかな。使い古されたネタではありますけどね。 んじゃ、そういうことで寝ます。お疲れ様でした(^_^)/ ̄ |