Wisteria revolution



「もう、ちびちゃんてばまたコードに遊んでもらったでしょ」
「なにいってるんですか、大きいシグナルちゃんこそ」
「私が何したって言うのよぅ」
「コードお兄さんとキスしてたじゃないですかぁ」
「うっ…そ、それはぁ、大きい私の特権よ」
「じゃあ遊んでもらうのも小さいあたしの特権ですぅ〜」
アメジストの瞳にプリズムパープルの髪がおそろいのふたりは<A−S SIGNAL>。大きいほうは設定年齢16歳の少女、かたや小さいほうはどう見積もっても3歳以上には見えない幼女。本来の姿は16歳のほうだが、彼女が生まれてすぐに負ったバグのせいであるコマンドが発令されると強制的に幼女の姿になってしまうのだ。そんなふたりは互いに互いを知ることが出来ない。同一人物でありながら全く別人であるかのように日常を過ごしている。故に困ったことも起こる事となるのだ。
今彼女はその問題について話し合おうとしている。けれど自分の利害ばかりを述べて一向に先には進まない。
「…わかったわ、ちびちゃん。これからだってこのバグが治らない限り起こり得ることだわ。それでね、提案があるの」
「なんですかぁ?」
「あのね…」



それから数日後のある日。
「シグナル〜、シグナル〜」
「どうしたのよ、信彦」
リビングの床に座り込んで雑誌を読んでいたシグナルがくりんと振り向いた。呼んでいたのは弟の信彦。彼は『姉』の姿を見つけて、ちょっとだけがっかりしてみせた。
「あ、大きいほうじゃわかんないか」
そう、信彦は『ちび』のほうにご用だったのだ。シグナルは小首をかしげて弟の言葉を待つ。
「なあに? ちびちゃんにご用なの?」
「あ、うん。昨日ね、ちびにハサミをあげたんだ。折り紙切りたいっていうから」
「ああ、あれね」
シグナルは納得がいったらしく、ぽんと手を叩いた。驚いたのは信彦のほうだ。シグナルが強制的に変身するコマンド、それは信彦の『くしゃみ』だ。彼女が起動するときにくしゃみを連発していたせいで変身コマンドとして取り込んでしまっている。そしてどういうわけか大きいほうは小さいころの記憶を持っていない。しかし小さいほうは大きいときのことをよく覚えている。信彦が昨日ハサミをあげたのは『ちび』のほうだ。大きい『姉』ではない。覚えているはずはないのに何で知ってるんだろう??不思議に思いながら信彦は先を続ける。
「昨日あげたやつはちょっと大きくてちびには危ないかなと思ってさ。探してたらもっと可愛いのが見つかったから取り替えてあげようと思って」
信彦が手にしているハサミは小さくて、刃の所にカバーがついている。内側のぎざぎざが、かみ合わせると動物の歯のようになって可愛らしい。シグナルはちょっと待つように信彦に言い置いて、部屋の隅に置いてあるちびちゃん専用お道具箱を持ってきた。中から飾り気のない、大人向きのハサミを取り出して信彦に差し出す。
「はい、これでしょ」
「う、うん…」
信彦はハサミを受け取ると、持ってきた新しいのと交換してあげた。シグナルは新たにそれを受け取ると、先ほどまで入っていたハサミが場所に新しいのを入れる。
「ハサミはお道具箱の中っと」
ぱたん、と蓋を閉じるとシグナルはにっこり笑って弟の髪を撫でた。
「ありがとう、ちびちゃんに伝えておくね」
「うん、それはいいんだけどさぁ」
「? 何か変?」
「……なんでシグナルが知ってるの? ちびのお道具箱…」
信彦の疑問にシグナルはにっこり笑ってごまかした。有無を言わせないその笑顔に信彦もただ笑って返すしかない。
(どうしちゃったんだろ、シグナル。まさか…バグがちょっとだけ…治ってる?)
自分の推測に自信が持てぬまま、ほのぼのとすぎていく昼下がり。



シグナルとちびが逆転している。
この現象は音井家に一大センセーションを巻き起こした。ちびが格闘技をビデオに録画しているかと思ったら今度はシグナルのほうが幼児向けの番組をダビングしているのである。生来が優しい――ある意味天然ボケの――シグナルがもうひとりの自分のために、と思えば納得がいくかもしれないが。
「ねぇ、みんなどう思う?」
研究室で音井家在住のロボットが勢ぞろい…それに教授の助手であるクリスも参加しいている。
「ふん、くだらん」
そういって小さな頭をくるりとそっぽ向けたのが<A−C CODE>。Aナンバーズ中一番年増で頑固、ついでに高飛車…もとい、最古参で一本気があって高貴な雰囲気の鳥形ロボットだ。彼は生来持っているサポート機能をシグナルに貸している。それが縁でシグナルとは恋人関係にもある。
「ちびのほうは何かあったんじゃないかな」
「そうですねぇ、変…といえば言いすぎですけれど、落ち着いてきているのではないでしょうか」
冷静に意見を述べるのは<A−H HARMONY>と<A−K KARMA>。ハーモニーはコードに次ぐ古参メンバーで世界最初のHFR、一方のカルマはリュケイオン市長として作られた、実質的には人と同じサイズという意味でははじめてのHFRである。カルマはある事件をもとに市長を失職し、現在は音井家のハウスキーパーをしながらリハビリをしている最中である。そしてその事件の前後で苦しんでいた自分を何気ない優しさで救ってくれたシグナルに思いを寄せているのだ。
「本当にそう思うのならカルマ、お前はえらい」
冷ややかな突っ込みは<A−P PULSE>。シグナルのすぐ上の兄で、黒衣に身を包んだ世界最初の戦闘型ロボットだ。彼はシグナルの試作品として作成され、顔のモデルは19歳の正信だ。ついでに言っておくとシグナルの顔は16歳のときの正信である。パルスとシグナルが並んでいれば確実に兄妹に見えるし、正信とシグナルが一緒にいれば若い父娘か、下手をすればこれまた兄妹に見えないこともない。
それなりにいいたいことを言い合ったあとで、その輪の大部分を占めていた大男が口をはさんだ。
「どーでもいいけどよ」
一同ぴたりと止まり
「病人の耳元で会議すなっ!!」
そっぽ向いた。信彦がてててと歩み寄ってとりなす。
「いや〜、オラトリオもひとりじゃ寂しいだろうし、混ぜてあげようと思って」
「あーあー、ありがとねぇ〜」
彼は<A−O ORATORIO>。表向きは監察官だが、その実態は電脳空間屈指のデータ量と内容を誇る象牙の塔<ORA CLE>を守護する者である。その彼は近頃<ORACLE>をハックしたロボットによってデータを盗まれたあげくに取り逃がし、自身も重傷を負ってうまく動けないでいる。本体のオーバーホールからしてもらいたいのだがあいにく教授たちは留守だ、よってオラトリオの修理は延びに延びていた。しかし彼は彼でこの状況を楽しんでいる。自分の妹であるシグナルが結構世話を焼いてくれるのだ。電脳空間にいってオラトリオを手伝おうとしたシグナルは環境に適応しきれずにちびになってしまったし、何とか大きくなって敵にむかうことは出来たけれど何の役にも立たなかった。だから、ということだろう、熱心にオラトリオの様子を見に来てくれるのである。オラトリオもシグナルに思いを寄せている青年HFRのひとりだ。だから役得…とちょっとだけ思った。しかしその際に人型のコードにすっかり惚れこんでしまったシグナルにとってオラトリオはアウトオブ眼中だったし、オラクルや、ハッキングしてきたクオンタムとかいう気色の悪い(オラトリオ談)のもライバルとして増やしてしまった感じは否めない。
「みんな集まって何してるの?」
そこへ絶妙のタイミングで可愛らしい声が響いた。青年HFRは何事もなかったかのような笑顔で声の主を迎えた。
「ただいま。カルマぁ、おつかいのってこれでよかった?」
カルマは一瞬、ほんの一瞬だけ勝ち誇ったかのように微笑み、それとわからないようににこやかに微笑んで袋を受け取る。中身を確認してシグナルを労うと、それに応えるようにシグナルもにっこり笑う。
(可愛い…)
誰もがそう思ったとき、このメンバーの中で唯一の女性だったクリスだけはもうひとつの袋に注目していた。おつかいに行ったシグナルがカルマに渡さなかった分だ。そう、クリスは思い出していた。もともと買い物に行くのは自分で、そこにシグナルが現れて『買い物だったら私も行くから代わってあげるよ』と言われたので任せたのだ。じゃああれはシグナルが自分のために買ったもの。探究心の強いクリスはそのまま部屋を出ていこうとしたシグナルを呼び止めた。
「ちょい待ち、シグナル!!」
「な、なに? クリス…」
いつにないクリスの迫力にシグナルはたじろぎながらも対応する。同じような年頃のふたりだが、クリスのほうが人間として長く生きている分、経験は豊富だ。
「あんた、その袋は何?」
彼女の指摘に、一同の視線が釘付けになる。シグナルが自身のために買ったもの、男ならずとも興味を引かれるものではあるまいか。
「あ、これは…大した物じゃないの。ビデオテープと、ちびちゃん用のチョコレートと、ノート。普通でしょ?」
「それはそうだけど…」
ビデオテープはわかる。シグナルが大好きな格闘技を、あるいはちびのための放送を録画するためのものだろう。チョコレートのほうも『ちびちゃん用』と銘打たれてしまった以上、つっこみどころはない。しかしノート、ノートだけは用途がわからない。別にシグナルがノートを使ってはいけないということではないが、どうしても気になってしまう。オラトリオはさっと信彦と視線を合わせる。信彦は首を横に振った。信彦が頼んだものではないらしい。袋からのぞいているノートは信彦が使うには渋すぎる印象の表装だ。
じーっと視線を集中させていることに耐えかねて、シグナルは猛ダッシュでその場を逃げ出した。
「あっ! 逃げた!!」
ハーモニーが叫ぶ。
「信彦っ! 猫っ!!」
クリスがカントを放り投げ、信彦がそれをキャッチして……ハックシュン!!
「きゃあっ!!」
ぼんっと小さな炸裂音に白い閃光。その中から姿を現したのは小さくなったシグナル――ちびのシグナルだ。
「の、のぶひこ〜〜」
ちびは逃げることも忘れて、信彦に助けを求めるかのようにその場に留まった。しかし信彦も知りたいのだ、シグナルが何を隠しているのかを。
「ちび」
「う〜〜〜」
「シグナルが何を隠してのか…ばらしてくれたら…」
ばららっと、何処に隠し持っていたのか、ちびの前にチョコが山積みにされた。しかもちびはまだ食べていない、新製品ばかり。
「おお〜〜〜〜」
「さ、しゃべらないとあげないよ。どうする?」
こういう取引上手なところはまさに正信の子どもである。大量の、しかも未知なる誘惑を前に、ちびは涎とともに沈んだ。
「ま、まいりましたぁ〜〜、何でも言いますぅ〜〜」
こうしてちびは、ノートの使い方をしゃべってしまった。



大きいシグナルの言い訳は長かった。
「だから、その日にあったことを書いてもらってたの。私、小さいときのこと覚えてないから。ビデオを頼んだのだって、見逃したくないから…ちびちゃんと『見たい番組は早めに書いておこうね』って決めておいたの。だからちびちゃんが格闘ものとってくれて…。チョコはそのお礼にって…」
ひととおり言い訳を綴ったあとで、肩をすくめての上目遣いが男たちを軒並み拘束していく。
「そういうことなら…納得がいきましたね」
「そっか、シグナルはちびと交換日記してたってわけね」
「こうかんにっき?」
これには信彦が助け舟を出した。
「その日の出来事とか書いて日記を交換するんだよ」
「へぇ、交換日記っていうの」
「でもさぁ、それ、どうやって決めたの?」
「ちびちゃん宛てにお手紙書いたの。お返事ちょうだいって」
「文通から始めたんかい」
シグナルとちびが逆転していたわけではなく、彼女らはそれなりに日々を過ごす事に一生懸命だっただけのこと。可愛らしい小さな事件に、一日がすぎていく。ある日の出来事は彼女の日記の中になんと記されることだろうか。



※○月×日 ちびちゃんの日記
きょうはかるまくんとぼおるあそびをしました。3じかんふるばとるです。たのしかったです。そのあとぱるすおにいさんがめずらしくおきていたのでまたあそんでもらいました。こーどおにいさんがあたしのことをじゃまだとかいいながらあそんでくれます。うれしいです。おおきいちゃんとどっちがすきかってきいたらどっちもすきだっていってくれました。あたしも、とりのこーどおにいさんと、ひとのこーどおにいさんと、どっちもだいすきです♪
そうそう、おらとりおおにいさんがたくさんちょこをくれました。おおきいちゃんによろしくっていってました。『しょうひんをほしたらまずうまをによ』ということでしょうか。

※○月×+α日 Re:ちびちゃんの日記
今日ね、私もコードに聞いてみたの。私とちびちゃんと、どっちが好きかって。そしたらどっちも好きって言ってくれたよ。嬉しいよね。これからどんどん強くなって、もっともっと好きになってもらおうね。 頑張るぞ!! 
そっか、カルマとパルス兄に遊んでもらったの。二人とも優しいもんね。
それにしても、オラトリオ…ちびちゃんから手懐けるつもりなのかしら…『しょうひんをほしたらまずうまをによ』って、ちびちゃん、原型留めてないわ。『将を射んと欲すればまず馬を射よ』よ。まぁ、使いどころはあってるけどね。けど、そんなことで私たちの気持ちは変わらないもんね。ねえ、ちびちゃん。

『ねえ、ちびちゃん?』
もうひとりの自分に問い掛ける。そう、そんなことで気持ちが変わるほど、コードのことを簡単に好きになったわけじゃない。
自分の気持ちに正直になって、つらい胸のうちをやっと打ち明けて、そして結ばれたんだもの。
私も、あたしも、<A−S SIGNAL>なんだもん。
 
「…おやつの材料にでも使ってもらおう」
あのちびが目もくれなかったチョコの山。普段ならわき目も振らずに突進していくのにこれだけは受け取っておきながら一粒たりとも口にしなかったのだ。チョコはすべてが未開封だ。
侮ってはいけない。どんなに姿形は小さくとも彼女とて<A−S SIGNAL>、その本質は恋する女の子なのだ。
そっと見上げる空に一羽の鳥、鳥の子色に桜色。戦闘型として開発されたシグナルには、それが誰だかすぐにわかった。庭に下りて、かの鳥を待つ。
「コード」
「シグナルか」
散歩から戻ったコードはまずシグナルの肩に落ち着いた。桜色の羽根を優雅に折り畳む。コードは僅かながら彼女に身を寄せた。
コードも、鳥と人と――ひとつの人格に二つの姿を持ち合わせている。自分の意志でどちらにでもなれるが、そのためには世界を変えなくてはならない。彼自身も、もうひとつの自分とは直に会うことは出来ないのだ。
こんなにもよく似たふたりは澄み切った蒼い空の下で静かな幸せに浸っていた。



何が待っていても、きっと大丈夫。
だって私たちは<A−S SIGNAL>――TWIN SIGNALなんだから。
ひとりだけど、ひとりじゃない。




乙女の革命はいつだって――Wisteria revolution!!





 
≪終≫




≪藤色の革命≫
今回のタイトルを和訳するとそんな感じ。モチーフは特にありません。元ネタは第61話(GC10巻に収録)『シグナルとちびの…』。これを女の子ヴァージョンでやってみたのが今回のSSです。ちびちゃんだってれっきとした女の子なんだぞってことで、そのへんのところよろしく(←??)
…少女漫画。TSって確か少年漫画だったよな…と思ってみてももう遅い。こんな私を『やおいでも少女漫画でもいける』って事で『両刀使い』と言ってくれた友人のS・Tさん、今度飲みに行きましょうね♪(怒ってないですよ、事実だし…否定できないのも悲しいですが)
…一応、コーシグがメインです(いい忘れてたけど読んでたらわかりますよね〜)(^^ゞ注: 文字用の領域がありません!

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