サンタクロースになりたい




真っ赤な衣装に、雪のような白いひげのおじいさんが
クリスマスの夜にプレゼントをくれるんだって。
みんなが寝静まったあとにひょっこり現れてさ、枕もとにプレゼントをおいていくんだよ


ゆっくりと12月の灯りが灯りはじめ、慌しく踊る町を誰もが好きになっていく。町のいたるところにクリスマスを祝う雰囲気が漂い、それから一週間近くもすればもう新しい年になるという年末は、この忙しさを楽しむ余裕すらあるというもの。年末調整を頭に抱え、道行く人はサラリーマンだろうか。
とはいうものの、ここトッカリタウンはそういった繁華街から少々離れたところに位置しているため、喧騒から逃れるように静かだ。テレビで様子をみていた姉弟が楽しそうに笑いあった。
「クリスマスかぁ、ほんと、もうすぐなんだねぇ」
西洋の神の御子がお生まれになった日はどういうわけか仏教徒が大半を占めるであろう日本にも伝来し、その本筋を大きく逸脱してどうやら『飲めや歌えやの宴会をする日』として定着してしまっている。しかし誰にも罪はないであろう、ましてやこのふたりには。
「来週はもうクリスマスイヴだね」
「イヴって、前夜祭ってことだよね」
24日がクリスマスイヴで、25日はクリスマス。音井家における今年のクリスマスはちょっと豪勢だ。まずメンバーが多い。信之介と、その息子夫婦である正信とみのるが現在一緒に暮らしているし、当然そのまた息子である信彦もいる。さらにロボットたちも大勢いるのだ。音井教授が作成した『音井ブランド』と称されるシグナル、パルスに、Aナンバーズ最古参のコードがいる。その妹であるエララも、クリスマスには招待するつもりだ。そしてハウスキーパーとして活躍しているカルマの料理も期待するところだろう。カルマは先ほどからクリスマスに出す料理の研究に余念がない。雑誌やテレビはこまめにチェックしているのだ。今のケーキおいしそうだったね、と言おうものなら自分のデータを最大に駆使して、そのまま再現して見せるだろう。カルマがここまで燃えているのには理由があった。
ここに、初めてクリスマスなるものを体験する女性がいるからだ。
シグナルは稼動してからはじめてのクリスマスだ。未知なるイベントに心弾ませている彼女をみて熱心にならないようならそこまでの恋心だ、一生の記憶に残るようなクリスマスにしてあげたいと思ってこそ、その男の真価が発揮されるものであろう。カルマは今その状態にある。たとえ、彼女が別の男のことを思っていたとしても…。
「俺、クリスマスも仕事なのよねぇ〜ん」
おねえ言葉でシグナルの背後に立ったのは彼女の兄である<A−O ORATORIO>だ。彼は一応監察官としての仕事があって世界中を飛び回っている。アイボリーのコートの下に真紅の軍服をまとう。その名が示す聖譚曲はクリスマスには欠かせないだろうに、その歌い手は仕事で近日中にもここを去ってしまう。
「オラトリオは大変だねぇ」
大型犬のように擦り寄ってくるオラトリオを、シグナルはよしよしと撫でてあげた。いつもなら嫌がって袖にしてしまうのだが、クリスマスまで仕事となると流石にかわいそうになってきたからだ。
「そーいってくれるのはシグナルちゃんだけ。このかわいそーなおにーさんに何かくれません?」
「何かって?」
「ちゅーとか」
「…あげない」
かわりにでこピン一発を見舞ってシグナルはオラトリオから離れた。同情した自分が馬鹿だった…とばかりにテレビに視線を戻してふと思う。家族みんなで楽しむのもいいけど、恋人とふたりでっていうのも捨てがたい、と。どちらをとっても大変なことに変わりはないな、と思う。

「シグナルちゃんは、コードとお祝いしたいんじゃないの? クリスマス」
「ど、どうしてわかるんですかっ!!」
夕飯のお手伝いをしながら、シグナルはびっくりして声を上げた。みのるはニコニコと笑っている。
「恋人とクリスマスっていうのは女の子なら誰でも憧れるものよ」
「みのるさんも?」
シグナルが目をぱちくりさせながらみのるに問い掛けている。みのるは若く見えるがもう36歳、11歳になる信彦のれっきとした母親なのだ。シグナルにとっては姉のようでもあり母のようでもある。そして恋の相談にも乗ってくれる心の先生でもある。対してみのるはロボット心理学者だ、うら若いシグナルがコードと恋に落ちて、その行方を温かく見守っているのである。25年前に失ってしまった家族――それと引き換えに手に入れた優しい子どもたち。母となったみのるにはそれが何よりの楽しみだ。
「そうよ。正信さんと過ごしたいなぁって思ったことがあったの。でもカシオペアのお母様が忙しい時間を割いてくれているし、コードとエルもいてくれたでしょ。正信さんにだってお義父様やカルマ君がいるでしょ? だからね、家族は家族で過ごして、そのあとぎりぎりまで二人の時間を作ったのよ」
「なるほど。でもコードがよく許してくれましたね」
妹のこと、そしてシグナルのこととなると目の色を変えるコードのことである。遅い時間まで妹であるみのるが帰ってこなかったらそれこそ烈火の如く怒り狂うのが目に見えている。最近は随分柔軟になったのかな、と思うのは間違いではあるまい。コードが妹たちに対して目くじらを立てないのは…いや、立てられないのはシグナルが目隠しになっているせいだ。彼女がコードを引きとめている間、妹たちは自分が思う人と素敵な時間をもてるようになったのである。
「そのときはエルがアリバイを作ってくれたの。私が寝てる時間の映像を、今のものだっていってコードに見せたんですって。それで私、本当は正信さんに会ってたのに部屋で休んでたことになってるの。今でも知らないはずよ」
「へえ…」
「だから、シグナルちゃんも電脳空間でコードとクリスマスをお祝いしたら?」
「…いいのかな」
「もちろんよ。こっちでもちゃんとしたあとならね♪」
そこにカルマが戻ってきて話はそこまでになった。カルマが知ったなら――否、カルマに限定しないが――即メンテ行きなのは確実だからだ。密かに目配せしあい、にこりと笑いあうふたりにカルマが
「楽しそうですね、何を話していらっしゃったんです?」
と問い掛けても、シグナルは電光石火スマイルで返す。カルマはたちまち心奪われ、フライパンを電熱器に掛けたままぼーっとしていた。

流れ流れてクリスマスの夜。
「それでは<A−S>、お兄様をよろしく」
「はい。エモーションさんも、オラクルを」
「わかっておりますわ」
かねてからの打ち合わせどおり、シグナルは信彦を寝かしつけたあと、電脳空間へと降りていた。日付が変わるまでの、短い時間だけど、ふたりだけのクリスマス。
シグナルはコードと、エモーションはオラクルと。
この組み合わせにコードは当然憤慨した。
「何故エレクトラがオラクルと一緒なんだ?」
きりきりと眉を上げるコードに、シグナルがとりなす。
「だってオラクルひとりじゃかわいそうだよ」
「だったら俺様たちもここに残ればいいだろう」
ここで、4人で祝えばいいというと今度はシグナルが目を潤ませる。彼女の本領を発揮するときが来た。
「…コードは私とふたりじゃいやなんだ……」
泣きそうになっているシグナルに目を留め、コードはいよいよ立つ瀬を無くす。まるでいじめっ子が女の子を泣かしている図だ。シグナルを『娘』と可愛がるエモーションの視線が痛い。だいだい、シグナルはエレクトラのことで泣いているのではなかったのか? 俺様が責められるいわれはないと思うが…。しかしそんなことを冷静に考えている場合ではない。シグナルは紫色の瞳にたくさんの涙をためて今にも零しそうだ。
「そういうことをいっているのではない」
コードが諦めてシグナルを宥めにかかる。するとシグナルは今までの涙はどこへやら、けろっとコードに向き直る。
「じゃあいいじゃない。行こうよ」
また…騙された。うるっと泣いて見せると可愛いから何かをねだるときはそうしたほうが誰でも言うこと聞いてくれるぞ…と、オラトリオが教えていたような、いないような…。実際、シグナルの涙に引っかかった連中はたくさんいる。そう教えたオラトリオさえ騙されることが多いのだ。天真爛漫に笑ってくれるからこそ、その泣き顔に騙されてしまうのだ。それでもいいと思えるほど、のめりこんでしまっている連中は、もはや救いがたいが。
「…オラクル」
「なんだい?」
「…今夜一晩だけ、エレクトラをお前に預ける。疵物にでもしてみろ、そのときは…」
「そ、そのときは?」
「…殺す」
クリスマスに似つかわしくない、物騒な言葉が<ORACLE>内を駆け抜けた。




「コードぉ…」
邸へむかう途中、いくら呼びかけてもコードは返事どころか振り返りもしなかった。
『…怒ったのかな』
当然といえば当然だ。エモーションとずっと一緒に過ごしていたコードは、誰よりもまずエモーションのことが心配でならないのだ。彼が電脳空間を離れてからも、それは変わっていない。現実空間に出られないオラクルとエモーションが仲良くなるのは当然のようにも思えたがコードはそうは思わないらしい。さっきのも説得というか、騙したような感じがして、シグナルは急に申し訳なくなって立ち止まった。
ぽろぽろと、声もなく流す涙は本当に悲しくてたまらなくなって……。
「…シグナル」
肩を抱かれて、シグナルははっと顔を上げた。琥珀色の瞳が優しく自分を見つめている。
「コード…怒ってるでしょう?」
「…まあな、お前の涙に騙されたようなものだからな」
「…<ORACLE>に戻る?」
「今更邪魔もなかろう。今夜だけ、お前に免じて許してやることにした。俺様たちも…その……行くぞ」
コードはさっさと行ってしまう。シグナルは涙を拭くと、にっこり笑ってコードのあとを追った。
和風の庭に植えた寒椿が赤く咲き誇る。コードがぱちんと指を鳴らすと、何もないところから白いものがちらちらと降り注いだ。
「雪だぁ…」
「積もるまで少しかかるからな、そんなところに突っ立ってないでこっちに来い」
「はーい♪」
縁側に腰掛けると、コードがいつもどおりに茶を入れてくれた。
「あ、茶ではいかんか」
入れてしまった後でコードが声を上げた。こういったイベントに関心が薄いコードはどうしたらいいのかよくわからないでいる。けれどそれはシグナルも同じことなので笑ってみせた。先ほどまで盛んに飲み食いしていたからこれ以上はもういらないのだ。
「いいよ、コード。さっきまでたくさん騒いだからさ、お茶がいい」
「そうか? それならいいが…」
コードはぽりぽりと頭を掻いた。シグナルはゆっくり湯呑みを取り上げる。
「メリークリスマス、コード」
「ああ…」
それからふたりでお茶をすすって茶菓子をつつく。雪に覆われる庭を眺めながら、ふたりは静かに息をついた。
「ねぇ、コード」
「ん?」
「…私…本当に悪いことしたって思ってるの」
「エレクトラのことか? だったらもう気にするな」
「そうじゃなくて…私、本当は…コードとふたりっきりになりたくて…エモーションさんがオラクルのこと…好きなの知ってたから…」
「エレクトラを遠ざけるためか」
「…ごめんなさい」
シグナルがしゅんと頭を下げる。するとコードが豪快に笑った。
「なんだ、そんなこと。素直にふたりになりたいといえばよかろうに」
「いっ、言えないもん…」
「何故?」
「コードが…うんっていってくれるかなって…」
「馬鹿だな、お前は」
そういうとコードはシグナルをそっと抱き寄せた。シグナルはびっくりして、目を瞬いている。
「コ、コード…」
「愛しているぞ、シグナル…」
そういって寄せようとしたコードの唇を、シグナルはとっさに手で塞いだ。コードはむっとしてその手を払いのけた。
「何のつもりだ」
「だって、今日はクリスマスだよ」
「だからなんだ?」
「私から…しちゃだめ?」
真っ赤になってぼそぼそと呟いて、必殺技の上目遣い。有無を唱えることができず、コードは珍しく赤くなってこっくりと頷くしかなかった。コードの腕を離れ、シグナルは改めて膝立ちになってコードを抱きしめた。鳥形のときと違って、人型のコードを抱きしめるのは初めてで…自分の胸に桜色の髪と、白い顔と…琥珀色の瞳を埋める。僅かな呼吸さえも鼓動を高めていく。それはコードも同じことで…。人型でシグナルに抱きしめられるのは、彼女の体に触れるに等しい。
真っ赤なまま、ふたりは顔を合わせ、シグナルはゆっくりとコードの唇に触れた。
ふわりふわりと角度を変えて何度も触れ合う。温かいキスの合間に庭は白く覆われた。
「…これ、クリスマスプレゼントってことで…」
「ん…」
そういうとコードはずるっと崩れるようにシグナルの膝に突っ伏した。
「きゃあっ!! コード、どうしたのっ!!」
「ついでだ、この膝枕も貸せ」
「ん、いいけど…」
コードは彼女の膝を枕に横になった。流石のコードも豊かな胸に顔を埋めていて、無事でいられるわけがない。それを悟られないように静かに横になっておくことにしたのだ。
ちらちらと舞う雪を眺めながら、こういうのもまあ悪くないかと思ってみたりして…。
「ねえ、コード」
「ん?」
「こういうのも…気恥ずかしいけどなんか…いいねぇ」
「そうだな」
 

 
聖なる夜にあなたとふたり
あなただけに愛を捧げる、あなただけのサンタクロースになりたくて…



「ししょ〜、いらっしゃいますかぁ?」
「ここだ、オラトリオ」
縁側に寝そべったまま、コードはオラトリオを呼びつけた。
「コード、お行儀悪いよ」
「かまわんだろう、何の用だ?」
「いやー、<ORACLE>にいってもつまんねえから、こっちならって……!!!!!」
オラトリオが仰天したのは当然だ。仲睦まじいとかそういうレベルではない。コードはすっかりシグナルの亭主面で、シグナル自身もすっかりはまってしまっているからだ。動き方によってはシグナルのふくよかな体にあたってしまう〜〜!!! シグナルに懸想している連中にとってはなんとも羨ましく、そして憎らしい――愛憎入り混じった光景であろう。
「な…な…何してんすかっ!! 人の妹に〜〜〜〜」
「実の妹に手を出すよりはよかろう。それに何もしておらん、膝を貸してもらっているだけだ。なあ、シグナル」
コードが上目遣いでシグナルを見上げた。彼女はにっこり笑いかけて、それからコードを膝に乗せたままオラトリオに向き直った。
「そうだよ〜オラトリオ。それより折角ふたりっきりだったのに…」
「そーゆー問題じゃねえ!! ふたりっきりだと〜〜…俺も混ぜて」
オラトリオが懇願するのもどこ吹く風で、コードは膝を占領したままだ。
 


結局オラトリオも混ぜてあげて三人で仲良く(?)クリスマスを過ごしたのだった。
「あれ? オラトリオ、仕事じゃなかった?」
「はやく終わらせてこっちに来たんだよ…」
「終わらせんでもよかっただろうに」
「師匠冷たい…」



真っ白な雪に、温かい人たち
これからもずっと一緒にいられるといいよね…

Merry,Merry Cristmas!!

 



≪終≫




≪膝枕でGO!≫
C×S♀で、クリスマスです。どこがやねん、とか突っ込まないように。だってコーシグでっていうのは難しいんだもん。結局、今回は
@シグナルがコードに膝枕をしてあげる
Aシグナルがコード専用のサンタとしてキスをプレゼントする
Bなんとかしてエモーションを遠ざけておく(オラトリオも同じ)
というのが目標だったのです。書いているうちに『やっぱ邪魔が入ったほうが面白いか』などと考えてしまいまして…。だめですね…。
というわけで皆さん、よいクリスマスを!(←とってつけたかのよう…)

注: 文字用の領域がありません!

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