素直な君でいて 愚か者への警告 弱き者への救援信号 そう、私、シグナル! Aナンバーズ<A−S SIGNAL> 身長:160センチ 体重:50Kg 設定年齢:16歳 性別:女性 髪の色:プリズムパープル 瞳の色:アメジスト 性格:好戦的で正義感溢れる天然ボケのロボット 仕様:特殊金属MIRAと光変換性偏軸結晶SIRIUS搭載 電脳空間対応プログラム搭載 戦闘型 ここは<ORACLE>。人類のあらゆる叡智を詰め込んだこの聖地は崇高なる預言者が住まう。時代をさかのぼる古風なローブに身を包んだ管理人が守護者とともに書類を片付けている横で刀を抜いて眺めている二人。 「細雪は電脳空間における最強のアタックプログラムかもしれん。この刀身に触れて霧散しないものはない」 「…でもDr.クエーサーのロボットは切れなかったよね」 刀を握る青年の横で少女が悲しそうに目を伏せた。 「人格こそ持っていないが、俺様の長年の相棒でもある」 「そんな大事なものを貸してくれたのに私ったら…」 ぐすぐすと泣き出した少女を青年は慌てて宥めにかかる。 先日<ORACLE>がDr.クエーサーのロボットと名乗る者に侵入され、データを奪われてしまった。そのときの無茶なシフトがもとで彼女の兄であり、ここの守護者である<A−O ORATORIO>は深手を負って未だにボディに戻れないでいる。しかも盗まれたデータはMIRAとSIRIUS、どちらも彼女にとっては――ひいては彼女を巡る者たちにとっては大切なデータである。彼女は守りきれなかった自分が悔しくて悔しくて仕方がないのだ。あのときのことを思い出してはしゅんとし、あるいは闘志を燃やす。 オラトリオはこのとおり現実空間に戻ると苦痛を訴えるし、オラクルもとても悔しそうだ。現実空間でも彼女のもうひとりの兄<A−P PULSE>も知らない女性型・戦闘型ロボットと戦っていた。 外見とはうらはらに喧嘩は大好きだが、誰かを傷つけるのを何よりも嫌うのが彼女の性質である。しかしDr.クエーサーのロボットだけは絶対に許さない。彼女のアメジストの瞳は来るべき決戦に日に向けてめらめらと燃える前にぽろぽろと涙をこぼした。 「泣くでない、俺様が泣かしたようではないか」 「ごめん。でも私、全然役に立たなかったし…」 「そんなことはない。お前はお前なりに頑張ったではないか」 「でも…」 青年がふうと下を向く。桜色の前髪が目元を覆った。彼は<A−C CODE>。現実空間では鳥形だが、ここ電脳空間ではヒューマンフォームを取る。シグナルのサポートロボットであり、お師匠様、さらに恋人である。コードはもはや自分の手におえぬと思った。 「シグナル、そんなふうに思っちゃだめだよ。お前がいてくれたから私はずっとクオンタムと対峙できたんだからね」 「ほえ?」 少女――シグナルが顔を上げた。じっとオラクルを見つめる。そこに彼女の兄であるオラトリオもやってきた。頭をくしゃっとなでてくれる。 「そうだぜ、おめぇが来てくれたから助かった部分もあるんだぜ。だから気にすんな」 「ん。わかった。私、がんばって強くなるね!」 涙を拭いてにっこり笑ったシグナルに一同がほっとした。彼女に泣き顔は似合わない。いつも元気いっぱいに笑ってくれるから――自分たちはその笑顔に救われているのだから。だからあなたを悲しませるすべてを許さない。 「さ、シグナル。お茶にしようか」 「え? あるの?」 「もちろん」 オラクルがにっこり微笑んでカウンターに消えた。ティーカップを4つ並べて白磁のティーポットから紅茶を注ぐ。紅茶独特の香りと湯気が昇る。シグナルはそれを不思議そうに眺めていた。そんな視線に気がついてオラクルも不思議そうに首をかしげた。 「どうかしたかい?」 彼女は小さく首を振って小さく笑った。 「ううん。ここってコンピューターの中なのに匂いとかあるんだなぁって思って」 「変かな?」 「そうじゃないけど」 オラクルが差し出すカップを受け取る。礼を言ってシグナルが口に運ぶとそれは確かに紅茶の味がした。ほんのりとした温かさが手に残ってシグナルはますますびっくりした。 「味まであるんだ。おいしいね」 「そうかい? よかった」 「俺や師匠はけっこうあっちとこっちを行き来してるからな、ギャップが大きいと疲れるんであわせてもらってるんだよ」 「ふーん」 「私はこうやって現実空間のことを知るんだよ」 「あ、そうなんだ。じゃあ、私がもっといろいろ教えてあげるね」 「楽しみだな」 ぽわーとした空気を打ち砕くようにコードがシグナルのそばによる。 「ま、五感を鍛えるのも大事な鍛錬だ。経験をつまないと強いロボットになれんぞ」 「うん。頑張る! というわけで誰か特訓して欲しいんだけど…」 シグナルがちょこんと首をかしげておねだりする。必殺上目遣いを使われた日には誰もがうんと頷いてしまう。稼動して間もない彼女は生まれながらの天真爛漫さで男たちを魅了しているのだが彼女にはその自覚がないからこれはもう罪作りである。三人は頷きかけて止まった。 オラトリオはまだ修理が終わっておらず、電脳空間に縛られたままである。それはオラクルも同じことで。コードにいたっては現実空間では鳥型なので体術の訓練はできない。パルスはシグナルの可愛さの前に手もあげられない。カルマは調整のためにリュケイオンに戻ってしまったし、ハーモニーではサイズが違いすぎた。ということは、現在シグナルを特訓できるHFRはいないことになる。そこでコードがはたと思いついた。 「俺様のように戦い方を教えてくれるかどうかはわからんが強いのは間違いないな」 強い、という言葉にシグナルがぴくっと反応する。オラトリオも気がついたらしい、額に汗が浮かんでいる。 「師匠、それってまさか…」 オラトリオがあげる二つ名にコードはいちいち頷いた。 「…誰、それ」 シグナルは見当がつかずにまた小首をかしげてきょとんとしていた。 そのとき、現実空間から<ORACLE>へ呼び出しがかかった。 「で、姉さんは俺にこれをどうしろと?」 「花とは愛でるものだ、鑑賞するがいい」 紫のプリンセスラインのコートをきっちりと着こなす大姉上が調整台に座っているオラトリオを見下ろした。白い額に下ろした黒髪が涼しげな美貌を彩る。 <A−L LAVENDER>は女性高官専用SPとして要請された女性型ロボットである。鋭敏な五感を持ち、非常時には全回路を集中してことにあたるため制限がない。つまり、力の加減ができないのである。暁のデストロイヤーの異名をとる所以がここにある。 音井ブランド特有の上品な深い紫の瞳はラヴェンダーの名にふさわしい。彼女以後の音井ブランドの瞳は改造を施されたパルスを除いてはみな紫色である。 「食したければ食すがいい。味は保障せんがな」 「いえ…遠慮しやす」 オラトリオの膝に抱えられた花束はシグナルが受け取った。 「花瓶に生けたらいいよね。私、生けてくるね」 にっこり笑って花束を抱え、シグナルは研究室を後にした。残った三人が今回の侵入事件について語り合う。 じゃーーーーー。 花瓶に水を程よく注いで丁寧に花を生ける。なるべくラッピングされたままの状態で入れないと不器用な自分が綺麗に飾れるとは思わない。慎重に花瓶とにらめっこしながら花を落とす。すとん、と花が納まるとシグナルはほっと息をついた。 「よし。研究室に持っていってあげよう」 るんるんで研究室に向かうシグナルの笑顔の前には花さえ霞んでしまう。今が盛りの紫を誇る華は枯れることを知らぬ。 「おまたせ〜(^∇^)」 「お、サンキュな、シグナル」 えへ。シグナルが笑ってみせるとオラトリオの顔がだらしなく歪んだ。 「お前は妹にまで手を出すのか…」 「まだ何にもしちゃいませんって」 「ではこれからするつもりなのだな?」 コードの嘴がぎらっと光る。あの嘴でつつかれ、爪で引き裂かれる。ある意味では細雪同様危険だ。オラトリオは身の危険を感じて引きつった笑いを返す。姉たちが何を話しているのかわからないシグナルはきょとんと立っている。その肩にコードが止まる。いつもはシグナルの柔らかなFカップを感じながらでれっと歪みそうになる顔を一生懸命抑えているのだが今日は来客とあってシグナルも肩に乗せているだけだ。コードがほっとしていることにシグナルは気がついていない。 「まあ、しばらくは滞在するつもりだ。時間はあるからな」 「え? 本当?」 「ああ」 リュケイオンで初めて出会ったときにはお互い簡単に挨拶をしただけでゆっくり話もできなかった。その姉がしばらくここにいるというのだからシグナルは喜んだ。信彦の姉として設定されたシグナルは家族や友人を大切にする。もちろん、遠く離れているユーロパたちやマリエルたちも例外ではない。こと、普段は世界中を飛び回っているラヴェンダーと一緒にいられるということが彼女には嬉しかった。 「ならラヴェンダー、お前の妹を鍛えてやったらどうだ?」 「何? シグナルをか?」 「コード、ラヴェンダーは戦闘型じゃないよ?」 シグナルが慌ててコードとラヴェンダーを見やった。しかし同じ長子同士、実に淡々としている。 「俺様やカルマ、オラトリオも戦闘型ではいないぞ」 「それはそうなんだけど…」 「シグナル、姉さんは強いぞ」 「ん〜〜〜〜」 シグナルがふと思い当たった。あのときコードたちがいっていた「強い人」とはラヴェンダーのことだったのだ。 「ラヴェンダー姉さん」 シグナルがぺこりと頭を下げた。 「よし、シグナル。かかって来い」 「うん、いくよ」 「来い」 たああああああっ! 気合を発してシグナルがラヴェンダーに殴りかかる。しかしSPとして要請された彼女にとってシグナルの攻撃は力量不足に過ぎた。まっすぐに飛んでくるため受けるのも避けるもの簡単である。 「甘いぞ」 「きゃあっ!」 ラヴェンダーは簡単に妹をあしらった。そして溜め息をつく。 「パワーは悪くはないな。しかしシグナル、本気でかかって来んか。それでは特訓になるまい」 「ん〜、でも〜」 「でもなんだ」 シグナルが上目遣いにラヴェンダーを見る。その顔には複雑な心境を滲ませているようだ。 「ラヴェンダーは女の人だし、悪いやつじゃないから殴れないもん…」 妹がかかって来れない理由は「優しさ」にあった。強くありたいと願いながら、けれど誰かを傷つけるのはいやなのだ。たとえそれが特訓であっても。 故に彼女の真の強さを知るものは限られてくるだろう。その優しさ故に彼女の力は封印されたに等しい。 「シグナル、優しいのもいいが、犯罪は起こした時点で犯罪だ。危険は潜んでいる時点でもう危険なのだ。わかるな?」 「うん…」 シグナルが少し哀しそうに頷いたのを見てラヴェンダーは何か引っかかるものを感じた。自分はこの妹のことをまだよく知らないのだ。特訓は彼女のことを知ってからでもいいだろう。ラヴェンダーはシグナルを伴って研究所に戻った。 「あ、シグナルさん、お邪魔しています。ラヴェンダーさん、お久しぶりですね」 「エララか。久しいな。教授はいらっしゃるか?」 「ええ、研究室のほうに」 家主が逆転した形だが誰も気にとめなかった。紫のドレスを翻し、ラヴェンダーは研究室に向かう。「お前は研究室に入るな!」と叫ぶ信之介の声にエララは僅かに微笑みを零したが、シグナルの元気がないのに気がついてそっとその顔を覗いた。 「シグナルさん? どうかなさいましたか?」 エララの問いかけにシグナルははっと顔を上げてにっこり笑ってみせた。しかし、その笑顔が無理をして作ったもののように思えてエララは少し心配になった。 「シグナルさん、何か悩みがおありですか?」 「ん…」 ふたりはリビングに向かいながらさっきの特訓の一部始終を話した。 「というわけで折角特訓してくれるって言ってくれてるのに私ったらダメですね。戦闘型なのに弱いし…」 シグナルがしょんぼりしてしまった。エララはそんなシグナルの手を取った。 「エララさん?」 「シグナルさんは弱くないですよ」 「そんなことないですよ」 「いいえ、お強いです。人が傷つく痛みとか悲しみを知っているのも強さですよ」 握られた手に力がこもった。彼女は看護ロボットとして製作された。また、環境適応実験の対象として双子の妹ユーロパがいるのだが、作られてしばらくしてから引き離されてしまった。そんな彼女だからシグナルの気持ちもよくわかるのだ。 本当なら――誰も傷つかず、悲しまず、恨まずにすむのがいちばんなのに。 「シグナルさん。リュケイオンでユーロパとアトランダムさんを助けてくださったのはシグナルさんですよ。他のどなたでもありませんわ」 「エララさん…」 「そのまま。そのままでよろしいんですよ。私、優しいシグナルさん、大好きですもん」 エララの励ましがシグナルの胸を打った。じーんと目頭が熱くなって、泣きたくなってしまう。シグナルは僅かに潤んだ目元をそっと拭うとにこっと笑って見せた。 「ありがとうございます、エララさん。私もエララさん、大好きです」 シグナルにとってエララは悩み事を話せるお姉さんのような存在なのだ。 にこにこにこにこ。花のように笑いあうふたりを見ながら、コードはふうと息を吐いた。 コンコンコン。夜もとっぷりふけた頃、ラヴェンダーのいる客間のドアをノックする者がいる。 「誰だ?」 それは一種の許可ととっていいだろう、ドアを開けたのは麗しい紫の髪を二つに分け、三つ編みにしたシグナルだ。紺色のリボンできゅっと結わえている。 「シグナルか、どうした?」 「一緒に寝てもいい?」 見れば彼女は自分の三分の一はあろうかと思われる枕を抱いていた。 「ひとりで寝れんのか?」 「だって…折角ラヴェンダーがいるんだもん。もっとお話したいなって思ったの」 ダメ? と小首を傾げられてラヴェンダーは苦笑した。自分ができた頃には兄弟姉妹はおろかAナンバーズ自体がそんなにいなかったのだ。それがいまや自分は音井ブランドの長姉として君臨している。Aナンバーズも最新型である妹シグナルを加え、14体が稼動している。ラヴェンダーはシグナルを招き寄せた。シグナルはぱっと笑って姉のもとに駆け寄った。 「ありがとう、ラヴェンダー」 シグナルはもぞもぞとベッドの中に入った。えへへと笑うシグナルは稼動したばかりとは思えないほど表情豊かだ。 「いつもはひとりで寝ているのだろう?」 「ううん、コードがいるよ。止まり木で寝てるけど」 「コードはどうした」 「カシオペア博士に呼ばれて降りていったよ」 ラヴェンダーは即座に状況を理解した。あのオラトリオが夜這いをしてシグナルを困らせているのだろう。だからこそコードがシグナルと同じ部屋で寝ているのだ。コードは鳥型だからどうこうできないだろうから、という人選だろうことも彼女は予想した。しかしそれにはシグナル自身の意思もあることをラヴェンダーはまだ知らない。コード不在の折をオラトリオが見逃すとは思えない。逃げこむのならここがいちばんいい。 もっとも、それはそれとしてシグナルは純粋に姉と過ごしたかったのだ。 「ラヴェンダーはSPなんだよね」 「そうだ」 「大変でしょ? 私はよく知らないけど危ないお仕事なんだよね?」 「まあそうだな。投げられるのがパイやケチャップならまだよいが拳銃を持って遠くから狙う者もいる」 シグナルが驚き、つらそうに顔を伏せた。その顔を見ながらラヴェンダーは昼間オラトリオと話していたことを思い出していた。 ロボット離れした柔軟さ――ロボットらしくないロボット<A−S SIGNAL> 彼女の行動、言動がロボットだと思えないことがある。今のように他人を気遣い、誰かのために泣き、笑う。何が彼女をそうさせるのか。それは誰にもわからないだろう――そう、シグナル本人でさえも。 「大丈夫だ、シグナル。私はそう簡単に死んだりはしない。もしそんなことになれば私を作ってくださった教授にご迷惑がかかるからな」 「私だって心配してるからね」 「ああ、ありがとう。さあ、もう寝ろ」 「うん。おやすみなさい」 ラヴェンダーが明かりを消して横たわった。シグナルはもう寝息を立てている。 「ずいぶんと寝つきがよいのだな」 妹に布団を着せ掛けて、ラヴェンダーも休止モードに入った。麗しの切り札<A−S>はあどけない寝顔で安らかに明日を思う。 それから数日後、音井家に一本の訃報が届けられる。Dr.クエーサーが爆発事故で亡くなったのだ。 「あの、教授…」 「出かける支度をしなさい、みんなもな」 それが新たな宣戦布告だった。決戦の地、シンガポールへ。 「コード!」 シグナルが愛しい人の名を呼び、白銀の光を纏う。 「今わかったわ、誰と戦うべきなのか…」 私は生きる、生きてみせる。 不完全ならそれでもいい、それでも支えあって生きていけたら… 伝えよう 私の思いを 素直な私の思いを ≪終≫ ≪あとがきっ!≫ 今回の製作風景。電話にて。 Tさん:ラヴェンダーとシグナルって美人姉妹だよね(笑) 如月:シグナルは男だよ Tさん:女の子にしちゃえば? 如月:ラヴェ×シグナル? Tさん:うわー、見たいような見たくないような… 如月:じゃあ、10巻あたりの特訓風景でも。 Tさん:あ、いいじゃん。コーシグも入れてね というわけです。Tさん、いつもネタ提供ありがとうございます。ラヴェ&シグが美人姉妹だと言うのは私も認めます(苦笑)。 |