それはとてもよい風景 〜紫陽花の頃 赤い花なの? 青い花なの? それとも紫? いろんな色があるこの花を、まるで心変わりのように表しても そこにあるのは間違いなく紫陽花で 「シグナルちゃん、今暇かしら?」 リビングでくつろいでいたシグナルはみのるに声をかけられてうにゅと顔を上げた。雨が降っていて外で遊べない信彦がすでにクリアしてしまったゲームをもう一度プレイしているのを後ろから眺めていたのだ。信彦もつられてそちらを向いたが、すぐにゲームに戻ってしまった。 シグナルはさっと立ちあがると、とてとてとみのるの前で微笑んだ。 「なんですか、みのるさん?」 「うん、この雨の中を申し訳ないんだけどおつかいに行ってほしいの」 「はい、いいですよ」 シグナルは快諾して、みのるから財布と買い物のメモを受け取った。 「じゃあ、行ってきます」 「お願いね」 可愛らしい声でお気に入りの傘をつかむと、ふっとその肩に止まる存在を目の端に捉えた。桜色の羽根は季節を越えて彼女のそばにある。シグナルは笑顔をいっそう華やかにした。 「コード」 「俺様も行く。退屈でかなわんからな」 そういうと彼はそれが当たり前であるかのようにシグナルの右肩に陣取った。 シグナルはコードと一緒におつかいに出かけた。みのるが通販で買ってくれた紫色の傘の下にコードと二人散歩するのがシグナルの小さな夢で、彼女は実は雨が降るのを待っていた。梅雨の季節に入ってようやく雨の日々となったわけだが、肝心のコードをなかなか散歩に誘うことが出来ずに悶々としていたのだった。 それが今日は何を思ったのか、おつかいに出る自分についてきてくれたのだ。 いつもならひとりですいっと散歩に出て、帰ってきて。おつかいなんてついてきてくれたこともなかったのに。 (どういう風の吹き回しなんだろう…) と、考えもしたのだがコードがそばにいてくれるというだけでそんなことはすでにどうでもよくなっていた。 スーパーに行くためには突き当たりを右に曲がらなければならない。 シグナルはいつものとおりに曲がろうとして、突然コードに止められた。 「シグナル」 「なに? こっちのほうがスーパーに近いのに」 「いいから左に行け」 「遠回りになるのに…こっちになにかあるの?」 シグナルの問いに、コードは答えなかった。ただ行けと言うだけだ。シグナルはコードの言うとおりに角を左に曲がって、次の角を右に曲がった。 曲がったところで、シグナルはふと足を止めた。 「うわぁ…」 「紫陽花が盛りだな」 コードがぽつりとつぶやいたその言葉に、シグナルはちらっと右肩の彼を見つめた。 「もしかして、これを私に見せたくて連れてきてくれたの?」 コードはなにも言わずに、こっくりと頷いた…ように見えた。薄紅色や濃藍色、白色、紫苑色の花が小さな鞠を形作るように咲いている。ひとつではなく、群生しているその花はこの季節になくてはならない。 シグナルはその花にそっと触れてみた。花弁独特の柔らかさにほんのり雨の香りを放つ。 「綺麗だね」 「お前はどの色が好きだ?」 「え…急に言われてもなぁ…」 シグナルも世の女の子の例に漏れず、花は好きだ。眺めていれば優しい気持ちになるし、枯れてしまえばどことなく寂しくて悲しい。 薄紅の紫陽花も可愛いが、初夏の花は紫が多い。シグナルは紫の花を選びかけて、ふっと指先を濃藍色の花に変えた。 「これ。この青いのがいいな」 「ほう、これか」 コードの言葉にシグナルははにかむように答えた。 「うん。コードの着物の色によく似てるから」 コードは少しあきれ気味に笑った。出会ってからというもの、彼女の基準はいつもコードなのだ。 好きな花は桜、それはコードの髪の色。 好きな色は濃藍、それはコードの着物の色。 今や彼女の中にコードという存在は切っても切り離せないものになった。切り離そうとすれば壊れてしまうほどに、深く熱く。 けれどそれはコードだって同じ事なのだ。 「じゃあ、コードはどれが好き?」 「俺様か? 俺様は…」 言いかけて、コードはやはり自嘲気味に笑った。 「俺様は、紫がいいな」 好きな花は藤、それはシグナルの髪の色。 好きな色は紫、それはシグナルの瞳の色。 今やコードの中にシグナルという存在はなくてはならないものになった。なくしかけたあの日、自分も黄泉に連れていけと願ったほどに。 互いを象徴する色を選びあって、二人は笑いあった。 「紫陽花って、心変わりとか冷たいあなたっていう花言葉があるんだってみのるさん、言ってた」 シグナルの指先が雨で冷えた花びらに触れた。紫陽花は装飾花と呼ばれる種類の花である。花びらに見えるのは実は異常発達したがくと呼ばれる部分で、おしべとめしべは退化しているために実をつけることはない。かわりにその奥に隠れた両性花が結実して種となるのである。が、目立たないためにほとんど知られていない。 「でも、どんなに色を替えても紫陽花は紫陽花なんだよね」 「…そうだな」 花に見えるけど、花じゃない。 人に見えるけど、人じゃない。 どんな姿であっても、思いあう心がそこにあるならそれでいい。 「…行こうか。みのるさんが待ってるから」 「ああ…」 シグナルはゆっくりと歩き出した。 その変わらぬ後ろ姿を、紫陽花だけが見送っていた。 雨が降ります しとしとと 花が咲きます しずしずと 涙が零れます はらはらと 紫陽花の花が 咲いています―― しっとりと潤う景色も嫌いじゃない。雨に濡れて光る初夏の花も綺麗だと思う。 お使いから帰ったふたりはそのまま時間を過ごし、夜になって電脳空間にあるコードの屋敷へやってきた。 「もう紫陽花が咲いてるね」 「ああ、このまえからな。やはりこの次期には似合いの花だろう」 電脳空間に降る雨は幻。ただ情緒を沿えるためだけの映像と音が庭先を湿らせている。コードの傍らに寄り添っていたシグナルは煙る庭先をじっと見つめていた。偏光する紫の髪がぼんやりと薄暗い部屋を照らす。 「どうした?」 「…少し、寒い」 そういってシグナルはコードの肩にこつんと頭を乗せた。迷わずコードは、シグナルの肩を抱く。 「あんなに温めあったというのにまだ寒いか」 「…うん」 シグナルが頷くと、コードは細い顎を掴んで上を向かせ、そのまま口づけた。薄く柔かい唇は繰り返される口付けで赤くなっていく。 「ん…」 角度を変えて何度も、今度は深く噛み付くように。ときどき舌を絡ませると、どちらともなく吸い付いてくる。混ざる唾液が甘いとさえ思う。口付けの合間にコードはするりとシグナルの胸元に手を伸ばす。赤く色づいた果実を捕まえるとそれを弄ぶ。指先で転がしたり、はさんだりといたずらな手は止まらない。柔らかで張りのある乳房ごともみ上げるとシグナルは身をよじった。彼女の息が上がってくると口づけを止めて、その胸元に顔を寄せる。 「あんっ…」 シグナルがぴくりと反応を見せる。 ――こうして体を重ねるのは何度目だろう。 以前抱いたときは、まだ藤の花が盛りだった。高みから下がってくる藤は禁色の紫であり、『不死』の象徴である。その姿がシグナルに似ているからと、コードは彼女を求めたのだった。シグナルは素直に応じてくれた。 「や…あっ…」 今は紫陽花の花が咲いている。偏光するシグナルの髪のように、雨に濡れて色を変える。 「んんっ…コード…ぉ…」 「…シグナル」 熱く潤んだ瞳に吸い込まれるよう…。温めあうという名目のこの行為に愛以外の何もない。コードはシグナルの足を肩に抱えると、奥に隠れた秘裂に己がものを差し入れようと身を進める。度重なる行為に慣れた秘裂はするりとコードを飲み込んだ。 シグナルの顎が上がる。 「んくっ…あっ…」 コードは一気に押し入らずにシグナルが落ち着くのを待った。ゆっくり身を進めると、それに合わせるようにシグナルもゆるりと呼吸をしながらコードを受け入れる。 「ん…んっ…」 「シグナル、いいか?」 「うん…もっと、深く…」 請われるままに律動を刻めばシグナルは嬌声を上げる。きらきらと光る汗が蠱惑的にコードを誘う。 「は…あぁん、コード…」 シグナルが差し出している腕を自分の背に回し、抱き起こす。体位が変わる瞬間にもシグナルは小さく声を上げた。愛しいものの名を何度も呼び、与えられる快楽に没頭しているようでその実自分もコードを愛そうと必死になる。 「好きっ…ああっ…好きだよっ…」 登りつめそうになる瞬間、ぎゅっと抱きついて。もう離さないでと、何度も願った。 「シグナルっ…」 「コードっ…」 熱い飛沫が体内に注がれる瞬間、シグナルも秘裂から愛液を放った。 「んあ…はぁ…」 まだひくひくと蠢くコードの熱いものを感じて、シグナルは動かなかった。いや、動けないといったほうがいいかもしれない。繋がったままのキスはいやらしいくらいの水音を立てた。銀の雫が互いの舌を繋ぐ。 コードはゆっくりとシグナルを横たえてから自身を引き抜いた。抜いた瞬間少し溢れたような気がしたが、特別なことではないので放っておいた。 まだ肩で息をしているシグナルはぐったりしているものの気を失ってはいなかった。零れ落ちそうなアメジストの瞳にたまった涙を拭っている。 「大丈夫か?」 「ん、へーき」 「そうか」 そう言ってコードはシグナルの髪を梳いた。瑠璃紺の闇の中に淡い光を放つ。一糸纏わぬ姿だったふたりは情事の前まで来ていた浴衣を肩から羽織った。シグナルも起き上がってコードに倣う。こぼれる胸元がいやに眩しかった。 「紫陽花、綺麗だね」 「ああ…」 お前のほうが綺麗だとは、言わない。 「シグナル…」 「なあに?」 「もうすこししたら、ライラックも咲く。蓮も開く」 「じゃあ、一緒に見よう? ね?」 本当はお前の笑顔だけ、見ていたい…。 コードが黙って頷くと、シグナルははんなりと笑った。そっと肩を抱けばゆるりと寄り添う。 『移り気なあなたへ』と、移ろいやすい男女の情を花言葉に持つ紫陽花だが、それはうわべだけのこと、本来はひっそりと愛しあう奥ゆかしい花なのかもしれない。 雨のそぼ降る初夏の庭に紫陽花が咲いています 「コード」 「なんだ?」 「…好き」 小さく呟いたシグナルをぎゅっと抱きしめ、誰が聞いているわけでもあるまいにコードも耳元で囁いた。 「俺様も、だ」 雨が降ります しとしとと 花が咲きます しずしずと 涙が零れます はらはらと 紫陽花の花が 咲いています―― それを眺める恋人たちは穏やかに微笑みあい ああ なんだかとてもいい風景だね ≪終≫ ≪紫陽花の頃≫ そろそろ終わりなんですけど、コーシグでひとつ書いてみたい、お題みたいなものでした。 なんかもー、ひたすらいちゃいちゃしているかんじで書きたかったのです。短いですが_| ̄|○ 次もなんか花物できてみようかしら、と思わんでもない。 |