君がため



降り止まない雨の中を濡れて歩こう
長い髪を伝い落ちる雫に不安のかけらを見ないように
 
逃げ出したくなるような夜に抱きしめていてくれるのは誰?
つまらないことで一緒に笑いあえるのは誰?

雨が降る
愛も罪も夢も闇もすべてを消し、再生させる雨が降る…



黒い雲の流れが速い。さっきから風が強くなってきた。
散歩の途中だったコードは天候の変化をいち早く察知して旋回した。現実の鳥には珍しい桜色の羽根を翻し、研究所へ戻る。この羽ばたきひとつでさえ、何処か遠い場所の未来の天候を変えてしまう。蝶の羽ばたきひとつで気流が変化する。小さな変化が後に大きな気象の変化をもたらすのだ。これをバタフライ効果と言い、気をつけていれば主に数学上で実感できる。
コードが研究所にたどり着いたときはぽつりと落ちてきて、それがしとしとからどさーにかわるまで5分と要さなかっただろう。
「コード、濡れなかった?」
25年来の付き合いとなるみのるはDr.カシオペアの養女であり、コードにとっては妹同様の存在である。そのみのるが真っ白なタオルを持っている。
「いや、俺様は大丈夫だ」
「そう?」
みのるはにっこり笑って、それからはたと思いついたように首をかしげた。
「シグナルちゃん見なかった? おつかいに行ったきり戻ってないのよ」
「…どこまで行ったんだ?」
「ちょっと遠いのよ、降られてないといいけど…」
コードは誰にも聞こえないように舌打ちした。Aナンバーズのロボットは雨に濡れたくらいで故障するほどやわではない。もしそうならAナンバーなどもらえない。しかしコードが舌打ちした理由はそうではない。
今朝、天気予報で言っていたのだ。午後からの降水確率は90%だと。それはほとんど『傘持っていきなさい』といっているに等しい。大方シグナルはそんなことはすっかり忘れていただろうし、勧められても持っていかないだろう。そういうやつなのだ。そしてコードの予想があたる確率は100%である。
「みのる、それを貸せ」
「ええ」
みのるが差し出すタオルを爪でしっかり掴むと、コードは玄関先に飛んでいった。彼女にはコードがどうするつもりなのかはちゃんとわかっていたから何も言わなかった。

「ただいま〜、すっごい雨〜〜」
びしょびしょに濡れてしまった少女が立っている。手を振りながら雨粒を飛ばし、細い指先がぺっとり張り付いた前髪を鬱陶しそうに払いのけた。彼女こそ、シンクタンク・アトランダムが誇る最高傑作であり最新作、<A−S SIGNAL>である。
「馬鹿か、お前は。雨が降るといっておっただろうが」
「それまでに戻ってこれると思ったんだもん」
口を尖らせ反論する少女をみて、コードははっとした。偏光する紫の髪に露がきらりと、複雑な光を放っている。普段はあどけない笑顔のこの子が意外と妖艶な姿を持っていることにコードは少し戸惑った。しっとりとした色香がにおい立つようで――それはもう知っていることだ、知っているのにさらにドキリとさせられる。日々、美しく咲き誇る。枯れることを知らぬ華は艶やかな紫色だ。
「どうかした?」
「あ、いや、なんでもない。それより、そんななりで入ってくるな。床が濡れる」
そういうとコードはシグナルにタオルを渡した。簡単に礼を言ってシグナルはがしがしと頭を拭いた。
「あら、シグナルちゃん、やっぱり濡れちゃったのね」
「はい、あ、でもこれは無事です」
しっかり抱いてきましたから、と誇らしげにおつかいの成果を見せる。彼女の言うとおり、それは僅かに湿ってはいたが、不快感を覚えるほどではない。みのるはシグナルをねぎらってキッチンに消えた。
髪の先まで丹念に拭き、マットでしっかり足の裏をこすってからシグナルはコードとともにリビングに入る。いつもは次兄パルスに占領されているソファが空いている。シグナルはそこに腰をおろすとコードを膝の上に抱きかかえた。普段はそこらへんに止まっているコードだが、ふいにシグナルとふたりきりになるとまるでそこにいるのが当然であるかのように陣取るのである。誰もが欲しがるシグナルの、誰もが夢見る膝(正確には太もも)はある意味ではコード専用の玉座となったし、シグナルも小さい子どもや動物などの例外を除けばコード以外に座らせる気はない。ましてや膝枕をする気もないのである。
要するに恋仲である。サポートする、されるという関係からお互いがお互いを求め、なくてはならない存在となった。
「さっきはタオルありがと、コード♪」
コードの頭にシグナルの唇がふわっとふれる。コードは鳥型だから口づけられない。かわりにそっと頬を寄せた。
「心配したのだぞ」
「ごめん」
困ったような笑顔でシグナルが微笑んだ。さきほど見せた妖艶さはすっかり消えて、いつものあどけない彼に戻る。しばらくシグナルの膝の上に安住していたコードはドアノブに僅かに触れた音を聞きつけてさっと飛び上がって近くに止まった。彼がそうするときは大抵邪魔が入るときである。シグナルはさっきまで感じていた快い重力と温かさが消えたことに少々おかんむりのご様子だが、人前でベタベタするのを嫌うコードだから仕方がない。
「およ、師匠とシグナルか」
リビングに入ってきた人影をみて、二人は露骨にいやそうな顔をした。
「…そんなにいやそうな顔しなくたっていいじゃん。もしかして俺、邪魔?」
「もしかしなくても邪魔。図体でかいんだから」
その図体でかい人もHFRである。<A−O ORATORIO>は音井ブランドの長兄で電脳空間における学術機関専用空間<ORACLE>の守護者だ。そんな彼もシグナルを狙う(コード曰く)魔手のうちの一本である。女好きで通っていたはずの彼がどこでどう勘違いしたやら自分の妹であるシグナルに恋をし、事々にちょっかいを出してくるのだ。ラブラブ街道驀進中のふたりにしてみれば鬱陶しいことこの上ない。
「まあまあ、そんなこといわねえで、お兄ちゃんにもちゅーしてくれ」
そういうとオラトリオはシグナルの横に座り、そのまま覆い被さろうとした。シグナルは顔を真っ赤にして果敢に抵抗するし、コードも放ってはおかない。
「なんでキスしなくちゃいけないのよっ!!」
「放れんかっ!! この馬鹿もんがっ! 昼間っから何を考えている!!」
「いえね、シグナルの経験値をあげてやろうかと思いまして」
「そんな経験いらないから放してっ!!」
シグナルの瞳が潤み始め、コードの嘴がぎらっと光ったとき、流石のオラトリオもまずいと感じてシグナルから退いた。このままシグナルに泣かれてはこの家にいるHFR残り2体まで現れて、自分をぼこぼこにするだろう。負けるつもりはないが、如何せん数が違う。シグナルの泣き声が彼らの闘志、あるいは殺意に火をつけるのだから。現に目の前のコードは静かに怒っており、どす黒い殺気を放っている。
「冗談ですよ、冗談」
両手を上げて降参するオラトリオを思いっきり不審の目で見ながら雨の降りしきる午後は過ぎてゆく。

「全く、オラトリオってば馬鹿なんだから」
「今更遅いのだと自覚せんのだからな」
「…コード」
「なんだ?」
「それって、私のこと好きってことだよね」
「……」
黙ってそっぽ向いたコードの横で、シグナルが嬉しそうに笑っている。





「あ〜、今日も雨なんだ〜」
「仕方がない。梅雨だからな」
「梅雨って、雨が降りやすい今ごろのことだよね」
窓の外を窺いながらシグナルがつまらなそうに呟いた。雨が続いているせいで信彦と外に遊びにいけないし、ゲームにも飽きてしまっていたからいい加減ストレスがたまってきたのだ。さらに男たちが喧嘩を止められているのはこの梅雨時に風通しのいい家屋になるのを音井家の全員が嫌がったためである。
「暇なら電脳空間にでも下りてみるか」
「あ、いいね」
退屈しきっていたシグナルはコードの提案にすぐに飛び乗った。コードを肩に乗せ、研究室へ急ぐ。ケーブルを繋ぎ、果てしない闇の中へ落ちてゆく。
そこにはもうひとつの現実がある――電脳空間、そして至高の預言者にも似たものが住まう、ここぞ、<ORACLE>。

「やっほー☆ オラクル、元気?」
「やあ、シグナル、コードも」
「ああ」
カウンターで書き物をしていたオラクルがにこやかに笑って出迎えてくれた。あの兄と同じ顔なであるはずなのに性格が違うせいか、似ているとは思わない。
「よく来てくれたね。今日は仕事も来客も少ないし、ちょっと退屈しててさ」
「私もそうなんだぁ。雨降ってて外に出られないしさ」
「日本は今梅雨だもんね」
オラクルの腕に白磁のティーポットが握られており、そこから薫り高い緑茶が注がれる。茶菓子にはくずきりや水無月が出てくる。この時期には腐るからという理由で倦厭されやすい生菓子もここではなんら問題ない。オラクルの心づくしをいただいてから、ちょっと世間話をしたり、オラクルが最近入手したとかいうゲームをしたり。その間コードは黙って眺めている。本当ならシグナルが自分以外と仲良くしているのを見ると落ち着かないのだ。けれどそれはシグナルが優しいからこそ誰とでも仲良くできるのであって、彼女の基本プログラムを考慮すれば致し方ないことである。それにそこで不機嫌をぶつけるほどコードは子どもではない。
『必ず自分のそばにいる』
そう約束したから。さらに言えばコードはオラクルならば大丈夫だと思っているのである。あの馬鹿ほど強引なまねはしないし、誰かを傷つけたりするようなことのないオラクルである。嫌がるシグナルをどうこうしないだろうと(勝手に)思っている。できたてシグナルと世間知らずオラクルと似たもの同士が仲良く遊んでいるだけのことだ。
しばらくそうして時間を過ごしているともう夕方になる。オラクルとシグナルは名残惜しそうに見つめ合い、にっこり笑ってから互いに手を振って別れる。
「また遊びに来るね」
「ああ、待っているからね」
「うん♪ じゃあね」
「いくぞ」
「待ってよ、コード」
コードの信号を追ってシグナルも光の柱となった。紫色のノイズが紅から赤へ、蒼から青へと変化して消えてゆく。完全に消えてしまうのを見届けて、オラクルはふっと溜め息をついた。急に静かになってしまって、一気に淋しくなる。けれど彼はそれくらいではへこまない。そうこうしているうちにも仕事が届けられている。ファイルを開きながら急ぎではないと確認するとオラクルは一冊のファイルを取り出した。プライベートなもののようである。
「今日のシグナルも可愛かったなぁ」
言いながら彼の手はひとつの動画をその中に安置した。
『シグナルの成長日記』
そう書かれた――アルバムの中に今日のシグナルが修まった。カメラワークはもちろんオラクル自身である。強引な手段に出ないものはこうして密かに恋い慕うのだということにコードが気づいたのは少し先のことである。





徒然なるままに日暮し、時が流れる。
「あれ? コード、今からメンテナンスなの?」
紫の瞳がじっとコードを見ている。調整台の上でたくさんのケーブルにつながれたコードの姿が鳥篭の中にいる鳥のように見えてシグナルは少しだけぎくっとした。しかしそれも一瞬でシグナルはすぐに微笑んでみせた。いかに強いとは言えコードもロボットだ。そのボディに使われているのは自分と同じMIRAであり、扱えるのは信之介だけである。ロボットも人間もひとりでは生きてはいけない。支えあってこそ、生きてゆける。それにコードはメンテナンスを受けるのだ。自分の愛しい人が少しでも長生きしてくれるようにと願いながら教授たちはメンテも気を抜かないでいてくれる。それはとてつもなくありがたいことだと思う。
「ああ、お前はどうしている?」
コードは自分が動けない間にシグナルが誰かにちょっかいを出されはしないかと気が気ではないが、仕方がない。
「ん〜、<ORACLE>にいるよ」
「そうか、オラトリオには気をつけろよ」
「うん!」
力いっぱい頷いたシグナルだが、コードの不安は消えたわけではなかった。あのオラトリオのことだ、シグナルをものにするためなら手段は選ばないだろう。
「気をつけていくんだぞ」
「うん。コードもすぐ来てね」
絶対だよ、と念を押してシグナルはとなりのコンピュータルームに消えた。桜色の羽根を僅かに広げ、コードは目を閉じた。

絶対だよ、早く来てね…


無限に広がる闇の中に浮かぶ白亜の図書館。洋風な門構えの左右には鮮やかな緑の植え込みが映える。ここが電脳空間だとは信じがたいほど現実空間とは違和感がない。オラトリオやコードのように現実空間と電脳空間を頻繁に行き来している者にとってギャップの大きさは疲労となる。ゆえにここは現実空間にあわせてCGが製作される。便宜上CGといったが、ここに広がるすべてもまた現実なのだ。ここでの死は現実にも死をもたらす。
シグナルは目的地である<ORACLE>に辿りつ…く。
寸前。
背後に忍び寄った影に気がつかずに。伸びた手が自分の口を塞いだ。
「んんっ?!」
振りほどこうとして振り返った瞬間、鳩尾に鈍い痛みを感じて気を失った。
「あ…」
ぐったりと崩れ落ちるシグナルの細い体を抱き上げてその影は不敵に笑った。長い紫の髪が床に届きそうで届かない。白く整った顔に僅かに唇を寄せる。
「わりいな、でも…どうしても…」
恋という形のために壊れるものがあること――知っているのに。

「ん…」
シグナルが目を覚ますと、そこは見慣れぬ空間だった。現実空間とも電脳空間ともつかない。のろのろと起き上がってドアノブをまわしたが開かなかった。きっと外からロックされていて、中からは開かないようになっているのだろう。ということは監禁するために誂えた部屋だろうか。ほかにおかしいところはないかとみてまわったがこの部屋にはベッドがあるだけで他にはなにもなかった。わかるのはここが電脳空間であるということだ。意識がはっきりしてきてわかった。現実空間とは異なる浮遊感が抜けていないから。
一度誘拐されたことのあるシグナルは二度までも誘拐されたことにショックを受けたが、そんなことを言っている場合ではない。まさか<ORACLE>の前で浚われるなんて思っても見なかった――そう、油断していた。いったい誰が、何のために?
こんなばかげたこと…早く<ORACLE>に戻らなくちゃ。
シグナルの瞳がきっとドアを睨み据えた。もしかしたらあのドアはダミーで、どこかに出口があるのかもしれない。ちょっと歩いてみては立ち止まり、壁に耳をつけてみる。かつてオラトリオがしたようにプログラムのゆがみを探そうと試みるものの、微妙な違いがわからない。
「無駄だぜ、おめえにわかるようなちゃちなプログラムを組むわけねえだろ?」
どこから入ってきたのか、シグナルは聞きなれた声の主を睨んだ。
「オラトリオ…」
名を呼べば男くさい顔が笑う。鈍い金色の髪に自分によく似た濃紫の瞳。彼はシグナルに近づいた。それとは正反対にシグナルはじりじりと後ろに下がる。一歩、また一歩と近づいてくるオラトリオから逃げようとして、シグナルのかかとが壁を蹴った。
「もう後はないぜ、観念しな」
「なんでこんなところにっ!」
逃げられないと悟ったシグナルが時間を稼ごうと説得を試みた。しかしそれはオラトリオも予想していたらしい、聞く耳は捨てたかのようにシグナルを追いつめた。
「そりゃ、愚問だぜ。俺はいつだってお前が欲しい。俺のもんになれ。悪いようにはしねえよ」
「だからいやだって言ってるでしょ!!」
「だからこうして力ずくで迫ってんだろうが」
「なっ…」
恐怖に満ちた顔でオラトリオを見つめる瞳はすっかり萎縮してした。獲物を追いつめた狩人の優越感にも似た感覚を覚えながらオラトリオはシグナルを壁に押さえつけ、その小さな唇を奪った。コードにしか許さなかったそれをオラトリオが触れ、啄んでいる。
「ん…んんんっ」
歯列をなぞり、舌を絡めとる。息をつく暇もない激しいキスの中で、シグナルの意識に靄がかかる。強く閉じた目はじわりと潤み始め、留まりきれない雫が僅かにまつげを濡らす。
「ん…や…」
崩れ落ちそうになるシグナルを抱きかかえ、オラトリオはその細い体をベッドに乗せ、自分はシグナルに覆い被さった。そしてもう一度唇を奪う。くちゃくちゃと聞こえる粘着質の音にシグナルは一瞬何もかもを忘れそうになった。けれどすぐにコードを思い浮かべてオラトリオから逃れようと試みた。
オラトリオを押し返す。しかし、体格差がありすぎてどうしようもない。簡単に抱き込まれて耳や首筋を刺激される。
「やだっ…やめて…」
「よく言うぜ、師匠とはいいことしてるんだろ?」
「違っ…あっ…」
「ほれみろ、他の男にこうされたって感じるんだろうが」
潤んだ瞳が攻撃的に自分を見る。言い知れぬ色香が感じられてオラトリオはシグナルを押さえつける力を強めた。シグナルが痛がって嫌がってみせてもそれはオラトリオを刺激するだけ。やがてシグナルの視界が涙で歪み始めた。
(助けてっ…コードっ…)

早く…絶対だよ…

「オラトリオ、貴様何をしている…」
シグナルがはっと顔を上げた。オラトリオも苦虫を噛み潰したような表情で声の方向を見る。桜色の美しい髪をなびかせ、細雪の抜き身を下げたコードが立っている。
「コード!!」
自分を押さえつけていた力が弱まったところでシグナルは力いっぱいオラトリオを突き飛ばした。オラトリオはよろけることなく、しかしシグナルには逃げられてしまった。シグナルは泣き顔のままコードの背後に逃げ込んだ。
「…どうしてここが?」
オラトリオはがコードを睨み据えた。身長差はかなりあるはずなのだが、コードのほうが稼動年数の長いぶん、迫力は引けを取らない。
「俺様はシグナルのサポートロボットだ。こいつの居場所などわからないはずはない。ましてやここは電脳空間だ」
「そっすか…」
オラトリオの視線がコードを通り越してシグナルに注がれる。シグナルはびくっと震えてコードの背中を掴んだ。すっかり怯えているシグナルを抱きしめ、コードは言葉を募る。
「こいつに手を出すなと、何度言ったらわかる」
「別に師匠のもんじゃないでしょう?」
「お前のものでもなかろう」
コードの腕の中で子猫のように怯えきっているシグナルは顔を上げない。
「俺はシグナルに誘われたんすけどね」
「何?」
「嘘よ、そんなっ…」
「シグナル!」
とんでもないことを言われて、反論しようとしたシグナルがコードに止められた。
「こいつがお前を誘うわけはないだろう。誘っていたらこんなに怯えはしない。見ろ、今はお前をみてこんなに怯えているではないか」
ぽろぽろと零れる涙がシグナルの白磁の頬を伝う。
「これで最後だ。二度とシグナルに手を出すな」
「…いやですね。諦めませんよ、俺は」
そういうと彼は二人の脇をすっと抜けた。今回はこれで引くということだろう。紫の柱となって消えてゆくオラトリオを見送って今度はシグナルに向き直った。まだしゃくりあげるシグナルをベッドに座らせる。
「馬鹿もんが。あれほど気をつけろと言っただろう」
「だってまさか<ORACLE>の前で浚われるなんて思わないよぅ」
ぐずぐずと泣きじゃくるシグナルの背中にそっと手を廻し、優しく撫でた。
「シグナル」
「なぁに?」
コードの唇がシグナルの目尻に触れ、涙を吸い取った。
「…好きだぞ。誰にもお前を渡さない。お前は俺様のものだ」
「…うん」
見うめあう瞳に真実だけが映る。

たとえ誰かに汚されても
純白の翼を折られても
美しい瞳を曇らせても

どうなろうともあなただけ

愛している――――と


「傷の手当てをせんとな」
「私どこも怪我してないよ?」
「しただろう」
「??」
「ここだ…」
コードの唇がシグナルのそれに優しく触れた。手当てと称したキスが長く柔らかく続いてゆく。もう離れられない、離れたくない。
唇を放す。漏れる息さえ愛しくて。
「ごめんね、コード…」
「…気にするな」
抱き合うふたりに優しい明日が来ますように…。





その後、この事件は音井家在住のHFRや電脳空間の住人に知れ渡ることとなるが、全員が『シグナルがかわいそう』という見解に落ち着いたため、オラトリオはしばらく総スカンを喰らった。
「なあ〜、シグナルちゃ〜ん、そろそろ許してくんない? このままじゃおにーさん、お仕事できねえ…」
「コードに聞いたら?」
「ししょ〜」
「シグナルが許すと言えば考えよう」
「そんな〜〜〜」
音井家は今日も平和で、コーシグは今日もらぶらぶでっす♪






≪終≫




≪愛のあるキスをしよう≫
はいはいは〜い、今回はコードVSオラトリオというコンセプトで書いてみましたww
@ 表用コーシグ
A 雨に濡れるシグナル
B オラトリオの横槍
OKですか? 
これ、原案ではもっとすごい方向に走っていったんです。ええ、それこそ本当にオラトリオ兄さんがシグナルちゃんを食ってしまおうとww
でもだいぶセーブしました。仕事中にせっせとプロットを立て、歪みそうになる顔を一生懸命抑えてました(^^;)。
喜んでいただけます?ああ、もう! そうよ、私が悪いのよ――!!(逃走) 

注: 文字用の領域がありません!

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