薫風の宵



今年も綺麗に花開いたのは紫色の花。
あなたを思わせる初夏の花は何故にこうも紫なのか。



「ほら、もっと飲まんか」
「もういいよ、私そんなに強くないから」
「俺様の酒が飲めんと言うのか?」
「…いただきます」
白磁の徳利から清酒が白い杯になみなみと注がれると、シグナルはそれに少しずつ手をつけた。
ひょんなことからコードの邸に招待されて、藤の花は今が盛りだからとついでのように花見をはじめて。漆塗りの膳の上に少々のつまみとすでに殻になった徳利が転がっていた。
珍しくコードが酔っている。顔は素面だから一見するとわかりにくいが、いつもは気難しいコードが妙に優しいものだからこれは酔っていると推察したシグナルである。それは間違ってはいないだろう。コードがずいっと杯を出す。無言で注げと言っているのだ。無残に転がっている徳利を目で数えてからシグナルがやんわりとコードに意見する。
「コード、もう止めた方が…」
「じゃかあしい! これしきで酔う俺様ではないわ! さっさと注がんか!」
「は、はいっ!!」
すっかりお酌にまわってしまったシグナルはとうとう空になった何本目かの徳利を振る。まだちゃぷちゃぷと音がするものの、大して期待できる量ではあるまい。
「なんだ、もう空か?」
「うん」
「しかたない、これも開けるか」
コードの横からどーんと一升瓶が出てくる。なれた手つきで一升瓶を数本の徳利に変え、シグナルに持たせた。まだまだ飲むつもりらしい。シグナルのこめかみにひとすじの汗が流れている。
「これはな、俺様秘蔵の一級品だ。遠慮は要らん、飲め」
一級品と言われたら遠慮なく飲めないよと思ったが、コードの機嫌を損ねるとあとが怖い。コードが徳利を持って待っているので、シグナルは自分の杯を空にして差し出した。注がれた酒は先ほどと同じように澄んでいて、清酒独特の匂いがした。舌の先でぺろりと舐めてみると、それだけで酔ってしまいそうなほど強い酒だとわかった。ちらとコードを見やれば手酌で勝手にやっている。花見なんだか酒宴なんだか正直わからなくなってきた。
「シグナル」
「なあに?」
コードがふらりと立ち上がった。何となく足元がおぼついていないのでそっとそばによる。コードは藤棚の下に入っていった。
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。それより見ろ」
言われて見上げると、こぼれんばかりの藤の花が大地に戻るかのように下がっていた。鮮やかな紫が咲き誇る。
「うわ…綺麗…」
「藤の花は今が盛りだ」
そういうとコードが一房手にした。少し長めに切り取ると、それをすっとシグナルの髪にさした。シグナルの側頭部に藤の花が揺れる。それを見たコードが珍しく笑い出した。何で笑われているのかわからないシグナルはむっとした。
「何がおかしいんだよ」
「…似合っているぞ」
「へ?」
わかるのは自分が髪に花をさしていることくらいだ。それがどう似合っているのかがわからないからただ混乱するしかない。
「お前は藤の花に似ているな」
「そうかな?」
「ああ、似ている。藤は不死に通じるめでたい花だ。繁栄を象徴する花でもある」
「そうなんだ…」
シグナルはただただ感心するしかなかった。花ひとつにも名をつけ、意味を持たせる。はるか昔よりこの花に思いを寄せてきた人間の心を今密かに思いやる。藤だけではない。菖蒲、杜若、桐、紫陽花、なぎ、露草――初夏に咲く花々はみな麗しい禁色の紫。どれにつけてもあなたを思わせる。
(それほどまでに自分はこの相棒を求めている)
コードの邸の庭に咲く花の中にシグナルを思わせないものはない。



花簪は風に揺れ 散りゆく姿の艶やかさ
蝶は空へと舞い立ちて 月は朧に満たされる



君よ 咲き誇ろう 美しく花開いて



藤棚の下に立つふたりもどことなく美しい花のようで。紫の花に囲まれるシグナルをコードはそっと抱きしめた。思わぬ行為にシグナルがびっくりして声をかけた。
「コード??」
「…逝くな」
「え?」
「…俺様をおいて逝くな」
「コード…」
「花に…浚われるかと思ったぞ」
シグナルは黙ってコードを抱き返した。知っている。自分が生まれるまでコードがどういう思いで今まで過ごしてきたのか。完全に分かり合えるわけじゃないけど、でも。コードは一度失うことのつらさを知っているから、自分には消えてほしくないんだと願っている。もちろん、消えたくない。
もしも消えるときが来るとすれば。それはあなたと共に――そう、約束したよね。
「コード…大丈夫。私はコードを置いていなくなったりしないから」
「…シグナル」
シグナルは微笑んだ。なにも言わずに。ただ、コードを抱きしめ、自分もその腕の中に安らぎを覚える。抱きしめあうふたりの周囲を申し訳なさそうに一陣の風が舞った。
「消えるなよ」
「うん…」
重ねた唇が情事の幕を開けた。





「は…んん…」
床の間に鎮座している一輪挿しに生けてあるのは先ほどまでシグナルの髪に揺れていた藤の花だ。床に届かない花房が何処か哀れを誘う。
コードの唇がシグナルの首筋に落とされ、柔らかくそこを愛撫する。たったそれだけなのにシグナルの表情が変わる。浮かされた花のように恍惚とした顔でコードを受け入れる。滑らかな肌の上をコードの繊手が滑るたびにシグナルからは言い知れぬ香りが漂った。細いその身を朱に染め、熱っぽく潤んだ瞳で与えられる行為すべてを見つめる。柔らかな乳房をなで上げ、ぷつっと立ち上がった胸の突起を舌の先で転がしてやるとシグナルの唇から嬌声があがった。
「あ…そこ…」
「……いいのか?」
「うん…」
反応を楽しむかのようにコードはシグナルが感じやすい場所を探し出しては弄ぶ。そのたびにシグナルの手が真っ白な敷布を握り締めた。
「はぁぁん……あっ…やぁ、そこは…」
「感じるのだろう?」
「ん…」
腰骨あたりを撫でていた手がするりと丸みへとのびる。脚へ向かうラインをなぞる手が最奥の疼きを確信させる。体位を変えられても僅かに声を上げるだけ。明らかに相思相愛の上での行為だ。うつ伏せにされたシグナルの脚の間にはすでにコードがいる。高く上げた腰の、谷の奥に潜む秘所に触れるために柔らかな丸みの少し下を弄る。現れた花びらはひくついてコードを待っている。迷わずそこに舌を這わせると、シグナルの体が小さく震えた。はじめてこうしたときは羞恥のあまりに泣き出してしまったシグナルも、今ではこうしてちゃんとコードを受け入れられる。解す目的で侵入してくる舌と指が気持ちよくて仕方ない。
「ん…や、コード、もっと…」
「わかっている、だが、ちゃんと慣らしておかないとあとがきついぞ」
「でも…はやく…ほし…」
「もう少し我慢しろ」
「やだ、もう我慢できないよぅ」
限界を訴えるシグナルの秘裂は熱く湿っていた。吐き出される寸前の欲望がわずかに溢れている。コードは割れ目を広げながらシグナルの胎内に指を入れ、簡単にかき回した。それだけでシグナルは嬌声を放つ。顔を布団に押し付けて声を殺し、震える体を何とか納めようとしている。その姿がいやに官能的で――とめどなく溢れる嬌声がコードを煽り立て、それがシグナルを愛撫する源となって二人の間を循環する。ぺちゃぺちゃと湿った音が室内を満たし、ふたりを煽り立てる。
「もういいな、いくぞ」
「うん、来てぇ」
甘えたような声で呟くシグナルの瞳は透明な涙をたくさんためていた。アメジストの大きな瞳から零れるか零れないか、微妙なラインを保っている。コードが熱く脈打つ自分自身をシグナルの花びらに宛がう。シグナルの体が小さく跳ねた。コードが少しずつ侵入してくる。僅かな痛みと大きな快感がじわりじわりと体を支配する。ゆっくりとした動きで入ってくるコードが熱くてたまらない。シグナルの口からはうまく飲みきれなかった唾液が銀の雫となって敷布にしみを作った。
「あっ、あううっ」
コードは一度自身を全部シグナルに入れてしまってから動き始める。そうすればシグナルが喜ぶからだ。細い腰を掻き抱くようにして律動を刻む。緩急をつけた動きに従うようにシグナルの内壁がコードを締め付ける。が、抜き差しがままならないほどではないのでそのままにさせている。ぐちゅぐちゅと音を立てて繋がった部分はどうしようもないほどの涙を流し続けた。
「あっ、ああん…はっ…コード、コードぉ…」
「シグナル…っ…」
コードがシグナルの腰を抱えたまま抱き起こした。思わぬ衝撃にシグナルは声を上げる。
「ひゃあっ!」
そしてそのまま突き上げられる。胸を弄り、小さな秘芯に触れられる。揺さぶられるままに、もうどうでもよくなって今自分がどんな格好なのか気にもならない。
「はあっ、はあっ…」
「よさそうだな、シグナル」
「んっ…いいよ…コードとだもん…」
「…可愛いことを言うな」
耳元を舐め上げられ、頬に口づけられる。再び体位を変えると、今度はコードと向き合う。なんとなく口づけて、じっとその瞳を見つめる。琥珀色の瞳に映る自分がどんなに艶かしいのか、自身ではわからない。それほど情事に溺れきっている。
コードの動きに合わせてシグナルも腰を揺らめかす。そうすればもっとコードを感じられることを体が覚えつつあった。仰け反る首は白く、コードは思わず舌を這わせた。
「んん…やっ、コードぉ…」
太ももでコードをはさみこんでしまっている。足を高く上げられ、コードがより早く深く侵入してくるのがわかる。自分もコードももう限界まで来ているのだ。
「いっちゃう……いっちゃうよぉ」
「シグナル…」
「コードぉ…」
呼び合ったのが最後。コードはシグナルの体内に熱い飛沫を注ぎ込み、シグナルは嬌声を上げて果てた。




「ん…」
もぞもぞと布団の中で動く。コードは同じ布団に入ったまま煙草盆を引き寄せ、煙管に火をつけていた。
「やっぱりコードにはかなわないや」
「ん?」
ぽつんと呟かれたひとことが気になってコードは横になったままのシグナルを見つめた。情事の後の疲れが残る顔でシグナルが恥ずかしそうに微笑んだ。
「結局コードにいいようにあしらわれちゃうんだもん」
「ふん、ひよっこが」
コードが煙を吐く。ゆらゆらと揺れて、虚空に消える。ぽん、と縁で煙管を叩いて灰を落とす。その動き一つ一つをシグナルはつぶさに眺めていた。
「いやか? 俺様と寝るのは」
「…いやじゃないよ」
「じゃあ、文句をいうな」
煙草盆を遠ざけ、シグナルが身を隠している布団の中に潜り込む。少し紅くなって僅かに逃げようとするシグナルを簡単に抱き込んで柔らかい唇を啄むように奪う。
「これもまぁ…美しいな」
コードの呟きの真意を聞く間もなく、シグナルの意識はコードだけに注がれた。





君よ 咲き誇ろう 美しく花開いて

紫の花の中に君の笑顔を見る
薫風の宵の中に咲き乱れる君を抱く


藤花の 房は開けり 初夏の…




≪終≫





≪ちょっとコメント≫
ういー! エロだよー。エロ。今度はコード兄さんが酔っ払いだよー(氏ね)
季節はずれだけどさー、書きたかったんだお〜〜!! 
シグナルちゃんがどんどんエロい子になっていきますが、みんな嫌いか? 好きだろ?ww 俺は好きだおww
え、あ、ちょっとやだ、石投げちゃいやん☆
すみません、ちょっと吊ってきます。ぶらーん
注: 文字用の領域がありません!

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