君の翼 もしも君がいなくなったら どうやって生きていけばいいのだろう それを思うだけで 心が潰れそうだ 君の翼になりたくて 今日まで生きてきたんだ これから先もずっと 君の翼でいたいんだ 「パルス! 逃げて!」 「シグナル! 何をする! 死ぬ気か!!」 向かっていく妹を止めるまもなく、パルスはシグナルにむかって手を伸ばす。けれどそれも彼女には届かず、空しく宙を彷徨った。 Dr.クエーサーとの最終決戦――その最後の最後で彼は作り掛けのSIRIUSを爆発させるという暴挙に出た。 ほとんど完成状態にあったそれはシグナルの胸にあるものと寸分違わぬ輝きを放つ。ここ一帯は吹き飛ぶだろう威力を持っているSIRIUSを何とかして止めなくてはならない。 シグナルはとっさに走り出していた。 「あれはSIRIUS…だったらMIRA製の私以外には止められないわ」 青白い光に向かって飛んでゆく。その背中には純白の翼が見える。眩い光の中で、彼女はもうひとつ助けたい命を自分から断ち切った。 「コードも…逃げて…」 「シグナル!!」 彼女の姿が白銀のジャンヌ・ダルクからひとりの少女へと変わった。自分と融合していたコードを切り離したのだ。 勢いに飲まれるようにコードは後方に流されてゆく。それを確認するように振り向いた彼女は微笑んでいた。 「シグナル!! シグナル――!!」 コードの声が聞こえなくなる。臨界点に達したSIRIUSがすべてを吹き飛ばす。 そこで目が覚める。コードは電脳空間にある自分の邸で仮眠を取っていた。 眠れば必ずあの夢を見る――最後に見た彼女の笑顔を。自分を切り離して消えてしまった最愛の人の影を。 そして――無残な姿で発見されたまま、二度と帰ってこない悪夢を。 コードは起き上がって溜め息をついた。 彼女が命懸けでSIRIUSを制御してくれたおかげで誰も怪我をしなかった。たった一人…彼女を除いて。 爆風がおさまったあとで、コードとパルス、カルマはシグナルを探した。彼女が死んだとは思わない、思いたくない。 丁寧に瓦礫を退け、そこで見たものは…がらくたのように横たわる残酷な機械の姿。 喜怒哀楽を余すところなく表現した頬はなく、麗しい紫の髪もちぎれ飛んだ。自分たちに優しく触れた手は機械の骨格のみを残し、自分を抱いた豊かな胸もない。 痛ましいその姿を直視することはできず、コードは目を背けた。しかしこのまま彼女を放っては置けない。 なんとしてでも助けなければ…命を賭けて、その身を捨てて自分たちを守ってくれたシグナル。今度は自分たちが彼女を助ける番だ。 幸いにして。彼女を愛したもの達の手によってシグナルのボディは確実に修理が施された。プログラムもたいした損傷はなく、ショックが大きいせいで眠っているだけだ。 彼女は未だ目覚めない。ボディの修理はもう間もなく終わろうというのに、シグナルの意識が回復しないのだ。 コードの気分が重いのはそのせいで、さらにシグナルが自分を断ち切ってしまったことも堪えた。 邸を出て、T・Aの電脳空間を目指す。そこにシグナルはいる。今もエモーションが彼女についているはずだ。 「エレクトラ」 そっと中に入り、声をかける。エモーションが振り返って微笑んだ。その顔に少々の疲れが見えていた。 「お兄様」 エモーションは立ち上がって兄を見た。彼もまた同じように疲れている。長い間ずっと待っていたパートナーが生きるか死ぬかの瀬戸際にある。ともにあることの望みながら自分がここに無事でいることが何よりも我慢ならないらしい、日を空けずにシグナルの容態を見に来ている。 「シグナルの様子はどうだ?」 「容態は安定しています。あとは意識が回復すればよいのですけれど…」 ここ数日繰り返されたやりとりにコードはわからないように舌打ちした。エモーションはにこやかに笑う。 「大丈夫です、お兄様、<A−S>はきっと戻ってまいります。私、信じていますわ」 「…そうだな」 頼りないほど細い腕が妹の頭に伸ばされ、そのまま優しく撫でられた。 エモーションはシグナルにとっては育ての母、言い換えればシグナルは彼女の娘ということになる。彼女もまた、シグナルのことが心配でたまらないのだ。 コードと違い、エモーションはプログラムの身、こうして見守ってやるしかできないのだ。コードは疲れているだろう妹を思いやり、かえって少し休むように告げた。 「大丈夫だ、シグナルは俺様がみている」 「わかりましたわ、お兄様。何かございましたらすぐにお知らせくださいませね」 「うむ」 コードが頷くとエモーションの姿は掻き消えた。 病室に二人きりになる。こうしてみる彼女はただ深い眠りにあるだけのように見えた。 いまにも目を覚ましそうだというのに…。こんこんと眠りつづけるシグナルにコードは優しく話し掛けた。 「…なあ、シグナル、早く目を覚ませ。…約束しただろう、お前を嫁にもらってやると。このまま俺様をひとりにするのか?」 そっと、手を握る――温かい、手。 「そんなことは許さんからな、シグナル…」 そっと、身を乗り出す――触れるのは優しい肌。 「目覚めろ…」 そっと、口づける――何度も愛を誓った唇に。 奇跡が 唇から舞い降りる――それは古の御伽ばなしのような瞬間。 シグナルの瞼が僅かに動いた。コードがはっと目を見張る。まるで美しい花が咲くような、雛鳥が生まれる瞬間を見つめるような高揚感がコードの中を駆け巡る。 「シグ…ナル?」 ゆるりと開かれる紫水晶の瞳にぼんやりとコードを映す。コードの顔が涙を堪えるように歪んだ。 「コード? あれ?…ここは…」 「無茶しおって…ばかもんが」 「電脳空間なの? みんなは?」 我が身よりも先に周囲を心配する。コードは彼女を起こし、抱きしめた。 「みな無事だ。お前のおかげだ…お前の修理にいちばん時間がかかったのだぞ」 「そうなんだ…」 シグナルはゆるりとコードの胸に身を寄せた。こんなふうに寄り添うのは何日振りだろうか、ひどく懐かしい気がする。 コードは僅かに目尻にたまった涙を拭い、シグナルの顔を直視した。 「さあ、説教はあとだ、早く現実空間に戻って信彦たちを安心させてやれ。俺様もついてゆく」 「うん…」 そういうとコードはエモーションに一報を入れてからシグナルを伴って現実空間に急いだ。 それから数日後のコードの邸。 「あれから変わりないか」 「うん、電脳空間にはちゃんと下りれるし、経過は順調だって」 「それはよかったな」 「うん」 いつものように微笑む彼女を見る。コードは憑き物が落ちたかのように穏やかだった。縁側に座って庭を眺めながら二人は僅かに距離をとる。 「シグナル…」 「なあに?」 「お前は何故…俺様を切った」 「コード…」 シグナルが僅かに硬直した。そう、コードの説教がまだ残っていたのだ。これまで散々賞賛とお叱りを受けてきた彼女だけにコードの言葉が突き刺さる。 あの戦いの中、自分と一緒なら死んでもかまわないとさえ言ってくれたコードを最後の最後で逃がしたのは…。 「死んでほしくなかったの…」 シグナルはぽつりと呟いた。膝の上に握った拳が震えている。 「ばかな、お前とともに滅ぶのならかまわないと…俺様はそう言ったはずだ!」 いつの間に自分のそばに来ていたのか、コードが自分の肩に手をかけ揺さぶっている。 「それは…」 「…俺様をまたひとりにするのか」 「コード!」 「俺様を置いて、ひとりで逝く気だったのか!」 シグナルは弾かれたように頭を振った。必死にコードの言葉を否定する。 「違う、違うよ、コード…」 彼女の目に透明な雫が溜まりはじめた。シグナルはそれを拭いもせずに目の前にいる恋人を強い力で見つめ続けた。 「私は、死ぬつもりなんてなかった。ちゃんとSIRIUSを止めて、コードのところに戻ってくるつもりだった…」 「シグナル…」 コードもいつしか彼女の肩を掴む力を緩めていた。 「死ぬつもりはなかったけど…でもどうなるかわからなかったから…」 言い終わらないうちに、シグナルはコードの胸の中に納められていた。 彼女は…自分を守ってくれた。そして戻ってくるつもりだったと。だから…帰るべき場所として自分を切り離したのだ。結果として彼女の言うとおりになった。 けれど、自分がどんなに心配したことか、胸を痛めたことか。 教授も言ったように、今回は運がよかっただけなのかもしれない。下手をしたら本当に帰れなくなっていたかもしれないのだ。 それを思うと、コードの中に言い知れぬ思いが湧き上がる。 「馬鹿者…馬鹿者…」 コードの頬に一筋の涙が伝う。シグナルのジャケットに僅かな湿り気を帯びる。 「コード…コード…」 シグナルも声を上げて泣き出した。小さな肩が嗚咽に震えている。 「ごめんなさい、ごめんなさい、コード…」 「…馬鹿が」 シグナルを抱きしめ、コードはゆるりと目を閉じた。もう二度と、この子を離すまいと新たな思いを胸に誓う。 「シグナル…」 「ん?」 優しい呼びかけにシグナルは泣き顔のまま顔を上げた。コードが見たことのないような穏やかな表情で笑っている。 「俺様がどんなにお前を愛しているか、これから教えてやる」 「…うん」 白い雪の上に炎が燃えた。 「大丈夫か」 「うん…」 横になったままシグナルの髪を撫でる。彼女はコードの腕を枕に、守られるように抱かれていた。 白く若いその肌にコードという男の存在を確かに刻み込んだ。その身をそっとコードに寄せる。彼は満足げに彼女を包んだ。 柔らかな頬に触れ、その感触を確かめる。裸のまま、布団のなかでふたりは愛を囁きあう。 「…愛している、シグナル。お前は俺様のものだ」 「…私も、コードのこと、愛してる」 「これから何があってもお前は俺様が守る。生きるときも、死ぬときも一緒だ」 「死がふたりを別とうとも、ずっと一緒だよ…」 「…そうだな」 シグナルはそっと目を閉じた。今感じられる温かさがずっと続けばいい。そう感じながら僅かな眠りに落ちてゆく。 そんな彼女の瞼にそっと唇を寄せ、コードは彼女を手放すまいとしっかり抱きしめた。 君よ 愛しい愛しい君よ 強くなろう 俺様はもっと強くなろう 君よ 愛しい愛しい君よ 私の声を届けよう あなたの声に応えよう 互いが互いを支える翼になりたい 君の翼に… ≪終≫ ≪今日の日付≫ 死んでも言えません。いや、別に締め切りとか言うんじゃないですけどね。 C×S♀で、最終回直後。女の子だってことを考慮してSIRIUSはとられないままにしておきました。いや、だって女の子でしょ? 胸掴んじゃうからね(笑)。 クオータもアトランダムに任せちゃおかんでしょ(爆笑)。これをやってしまうとギャグになっちゃうのでやめました。 今回はコーシグなんだもん。まあ、そんなこといってる間にシグナルはコードに取られちゃったよ。あはは。 タイトルは結城比呂さんのアルバム『Prism』に収録の『君の翼』より(腹抱えて笑い中)。タイトル思いつかなかったんだもん( ̄〜 ̄;;)。 |