紫藤〜君恋しと詠う花



ある夜のことだった。
トッカリタウンにある音井ロボット研究所から、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
聞こえてきた、というのは多少語弊があるが少なくともそんな雰囲気であったことは否定できない。
普通ならなんだなんだと騒ぎ立てるところではあるが、その部屋には彼女と一人の男性しかいなかったし、防音設備がしっかりしているので外に漏れることはなかった。
それにその悲鳴は恐怖や驚愕によるものではなく、歓喜の声であった。
「若先生、本当にいいんですかぁ?」
紫苑色の長い髪を揺らしながらその女の子は飛び上がらんばかりに足をバタバタさせて喜んだ。
「はいはい、落ち着いてシグナル」
「だって、だって、すごく嬉しいです」
少し興奮状態の少女を面白そうに見つめて、若先生と呼ばれた男性――音井正信はメガネをはずした。本来なら全く必要のないメガネである。
彼の前にいる少女は人間ではない。彼女は正信の父である音井信之助が作った世界初MIRA製のロボット、<A−S SIGNAL>である。
正信はシグナルを自分の研究部屋に呼び出し、ひとつのプログラムを差し出した。
「君も前々から欲しがっていたし、電脳空間にいる以上は必要だからね」
「ありがとうございます、若先生」
シグナルは渡されたディスクを丁寧に自分の胸に抱きしめた。
「だいぶ前に作ってコードに渡した細雪をベースに作ってるからね。君に合うといいんだけど」
「そんな、作っていただけただけで嬉しいです。このプラグラムを使いこなせるように頑張ります!」
そういうとシグナルは何度も頭を下げて彼の研究部屋を後にした。
ずっと欲しかった電脳空間での攻撃用プログラム。シグナルは緩んだ頬を元に戻せなかった。
シグナルは早速見せに行こうと電脳空間に下りる準備をする。先にディスクを挿入してデータを送り、自分にもジャックポッドをにケーブルを繋いで意識を闇の中に落とす。
すべてが流れていくような感覚が終わって目を開けると、そこはもう既に電脳空間だった。ネオン色に光る格子の間に漂うような浮遊感が消えると、シグナルはきょろきょろと辺りを見回した。
彼女の目の前に、ふわふわと小さな光が浮いていた。
「あ…これがあのプログラムなんだ…」
シグナルはその光にそっと手を触れた。その光は彼女を拒むことなく、その手の中に落ち着くと白木で誂えられた小太刀の姿になった。
正信は、プログラムの造詣はシグナルに使いやすい形に変わるのだといっていた。細雪を扱える彼女にとってそれが最良の形だとプログラムが判断したのだろう。シグナルはその小太刀をそっと抱きしめた。
「これが私の…」
白木の小太刀に、名前はまだない。
「これからよろしくね」
シグナルはその小太刀を大事に元のプログラムに戻した。



「へぇ、これがねぇ」
「うん。若先生が作ってくれたの。コードの細雪の…妹分かな」
「シグナルが使うんだもんね」
電脳空間における学術機関専用空間である<ORACLE>には、その主人であるオラクルと、恋人のエモーション、それにコードもいた。3人はシグナルが披露してくれた新しい攻撃用プログラムをまじまじと見つめた。コードは特に熱心に見つめている。
「小太刀か」
「うん。細雪をベースにしたって若先生が」
シグナルはコードの横で嬉しそうに笑った。
彼女にとってコードは同じMIRAで作られた同素体であると同時に大切な恋人でもある。それはコードにしても同じ事で、二人は相思相愛といえた。
コードがシグナルの許しを得てその小太刀をすらりと抜いた。鮮やかな刀紋がまるで花びらを散らしたかのように広がっている。作りはなかなかに見事だ。
「出来はいいな」
「私、頑張ってこれを使いこなせるようになる!」
シグナルの力強い瞳に、コードは優しく笑いかけた。新しい小太刀を鞘に仕舞うと、シグナルに返す。彼女はしっかりと受け取った。
「まあまあ、お揃いでよろしいこと。そうですわ、今度は私とお揃いのプロテクトを作りませんこと?」
「あ、いいですね」
シグナルをはさむようにエモーションが隣にやってきた。女の子同士の話になるとコードはそっとそばを離れた。それを見透かしていたオラクルが彼の前にそっと茶を出した。
「話に混ざらないんだね」
「買い物の話だろ。関わると荷物持ちにされるからな。それに似合うかと聞かれてもよくわからんし」
コードがそういうとオラクルはくすくすと笑った。彼はいつだって穏やかに笑っている。
「コードにも苦手なものがあるんだね」
「…まあな」
エモーションとシグナルはカタログを広げて華やかに笑い合っている。自分が電脳空間にいた頃はプロテクトというとごつくて可愛らしさなどという概念からは無縁のものだったが、最近では様々なものが出ている。まるで服でも選ぶ感覚だ。
「時代は変わったな」
「そう…かな」
オラクルがなんとなく同意できないのは、彼も生まれてからまだ10年強といい若さだからである。いや、システム自体はわりと以前からあったのだが<ORACLE>という図書館の形状を為し、学術以外のデータを吸収できるようになってからの年月はまだ浅い。
対してコードは40年以上の稼動年数を誇っている。本来人間形態に作られるはずだったコードはメインロボットのバンドルが廃棄させてからというもの、この電脳空間で暮らしてきた。シグナルはそんな彼の新しい相棒である。
新しいAナンバーズは既存のロボットにほとんど好意を持って迎えられた。中には好意以上の感情を見せる者もいたがシグナルには届かなかった。
「ねぇ、コード。コードもお買い物に行こうよ」
「俺様は行かんぞ。お前らの買い物は長いだろうが」
「デザインなんかどうでもいいよ。プロテクトはデザインより性能でしょ? それを見てほしいの」
行こうよとまるで幼子のように袖を引くシグナルにコードはとうとう折れた。
「わかったから引っ張るな」
「わーい」
シグナルは声を上げて喜んだ。なんのことはない、シグナルの後ろでエモーションがものすごい顔で睨みを利かせていたのだ。うんと言わないわけにはいかない。
あんな妹ではなかったのにと、コードは頭を抱えた。エモーションはシグナルのこととなると豹変する妹になっていた。



あらかじめ目星をつけていた二人の買い物は意外なほど早く終わった。
「ありがとう、コード。ついてきてくれて」
「んー…」
にっこり笑ったシグナルに、コードはかける言葉が見つからなかった。しかし、こんな笑顔が見られるならたまには付き合ってやるのも悪くはないと思った。
「プロテクトは使うことに意味があるんだからな。大事にとっておくなよ」
「わかってるよ」
コードはくるりと後ろを振り向いた。エモーションがぎくりと肩をこわばらせた。彼女は50着目のプロテクトを購入したのだ。そのうちどれもこれもがたった一度袖を通しただけでほとんどお蔵入りになっているのを、彼は知っていた。
「まあ、プロテクトが必要な場所にはあまり行くんじゃないぞ。特にシグナル、お前はまだ不慣れだからな」
コードの言葉にシグナルはこっくり頷いた。電脳空間を知り尽くしているといっても過言ではない彼の言葉はシグナルにとって大事な教えであった。
「エレクトラ、お前はこれからどうする? <ORACLE>に戻るなら送るが」
「お兄様方はいかがなさいますの?」
「俺様か?」
エモーションが小首を傾げると、コードは口元をにっとあげる。シグナルだけがきょとんとしていた。
「わかりましたわ。お熱いことで」
そういうとエモーションは少し呆れたように微苦笑した。兄の言わんとしていることがわかったのである。3人は一度< ORACLE>に戻るとエモーションをおいて外に出た。
「エモーションさんとオラクル、仲がよさそうで良かったね」
「そうだな」
コードはもともと二人の交際を認める気はなかったのだが、シグナルの説得と二人の熱意に負けてしぶしぶ許した。
幸せそうに微笑む妹を見るたびにこれで良かったのだと思うようになったのは、やはり自分にもシグナルという愛しい存在があるからだ。
思いあうことは何よりも大事なことだと忘れかけていた。それを思い出させてくれたのは今自分のそばで笑っているシグナルだ。
「それでコード。私たちはこれからどうするの?」
「ん? そうだな」
コードは立ち止まって、シグナルの耳に囁いた。途端、シグナルの顔は真っ赤になった。そして呆然とコードを見詰めていた。
現実空間は既に夜。
「こ、コード…」
「なんだ、いやか?」
「い、イヤじゃないけど…」
泣きそうに俯くシグナルの肩をそっと抱いて、コードは再び囁いた。
「買い物に付き合ったんだからな。俺様にも付きあえ」
コードは有無を言わさずに彼女を連れて自分の屋敷に戻った。
二人で庭に降り立つと、コードはシグナルを抱き上げたまま廊下に上がる。シグナルはコードを見つめていた。それしか出来なかった。
彼は行儀悪くも足で障子を開けると部屋に入り、またしても足で閉めた。シグナルは下ろさなかった。
「コード…」
「黙っていろ」
彼は<ORACLE>からここまで、一度もシグナルを離さなかった。
まるで赤子にするかのように彼女を抱き上げたままその場に座り、柔らかな頬を撫でる。指先に艶やかな紫の髪が触れた。
「シグナル…」
左腕に抱いたシグナルはなんの不安もなくコードを見つめる。それが彼には嬉しかった。
シグナルはそっと腕を伸ばし、コードに抱きついた。
「コード…私…」
言葉など、要らない。
ただ触れたいという気持ちだけ――まずは唇からはじめよう。
二人はどちらともなく目を閉じて唇を触れ合わせた。
「ん…」
夜は深く、二人の絆も深く強く。
「あ…」
「くっ…」
愛しています、君だけを。



それから数日後のある日。弟の信彦を学校に送り出すと、シグナルは暇になった。コードはメンテナンスのためにシグナルの相手が出来ない。仕方がないので彼女は一人で<ORACLE>に遊びに行った。
<ORACLE>はいつもと変わりない佇まいでそこにあった。
「やっほー、オラクル」
シグナルが<ORACLE>に入ったときには、オラクルも一人だった。
「やぁ、シグナル。今日は一人なの?」
「そうなの。コードはメンテナンスでさ。終わったら来るって言ってたよ。オラクルこそ、一人なの?」
そういうとオラクルは苦笑した。
「コードみたいにいつもエモーションがいてくれるわけじゃないんだよ。オラトリオは外で仕事しているし、エモーションも今日はカシオペア博士の仕事を手伝っているってさっきメールもらったし」
「そうなんだ」
シグナルはカウンターの前に現れた椅子に腰掛けた。ここはお茶の出る図書館なのである。
「まあ、コードが来るまでお茶でも飲んでて」
オラクルが彼女のためにお茶を入れてあげようと背を向けたそのとき。
彼の全身が硬直した。
「オラクル?」
シグナルが呼びかけた途端、オラクルは叫び声をあげてその場に膝を着いた。我が身を抱き、がくがくと震えている。
破壊者――ハッカーだ! <ORACLE>に集う知識という名の財宝を狙う略奪者が彼を侵食しようとしているのだ!
以前にもこういう事態に遭遇したことのあるシグナルはカウンターを飛び越えてオラクルを覗き込んだ。
「オラクル! ハッカーね!?」
オラクルはこっくりと頷いた。人の姿を持つ前から侵略者の脅威にさらされ、略奪されていくのを見ているしか出来なかったオラクルに、それはトラウマとなって残った。
その略奪者からオラクルと<ORACLE>を守るために作られたのがシグナルの兄、<A−O ORATORIO>である。
<ORACLE>の異変は彼にも届いているはずだ。
「大丈夫よ、すぐにオラトリオが来てくれるわ」
シグナルはそっと彼の背中に手を伸ばした。彼は苦しい中にも笑顔を作ってくれた。
そこでシグナルははっと思いついた。オラトリオの到着を待つことはない、自分には攻撃プログラムがある。
名前はまだ付けていないけれど、こういうときにこそ使うものだ。
シグナルはしっかりと頷いてオラクルのそばを離れた。
「シグナル…?」
「私が、ウイルスを退治するわ! そしたらオラクルは楽になれるでしょ!?」
「待って、シグナル…」
オラクルが止めるのも聞こえないほど、彼女は既に遠ざかっていた。
行ってはいけないと、オラクルは言いたかったのに。


シグナルが外に出ると<ORACLE>の周囲には無数のウイルスがのたうちまわっていた。ワームという種類だ。
「こんなに…」
ワームの一体が<ORACLE>の外側のプロテクトを破ろうと体を叩きつけていた。一番外側の防御壁には既に亀裂が入っていた。あるものは白い粘液を吐き出して壁を溶かそうとしている。が、<ORACLE>自身のプロテクトはそれしきのことでは破壊されないように出来ている。
シグナルは一匹も中に入れないようにと、<ORACLE>の外に転移した。
彼女が現れると、それまで壁を壊すことに躍起になっていたワームたちは一斉にシグナルに向き直った。彼らにはシグナルが新しい餌に見えたのだ。
うじょうじょと嫌な音を立てて近づいてくるワームに、シグナルは体が震えるのを感じた。
シグナルもお化けの類は大嫌いだ。それでも必死に立っていたのは<ORACLE>とオラクルを守りたいと思ったからだ。
(せめて…コードかオラトリオが来るまで…!)
シグナルは両手を広げてプログラムを呼び出した。紫色に光るそれは小太刀の姿になって彼女の手に握られた。柄を逆手に握り、刃を敵に向けて構えるのが小太刀の基本的な構えだ。
ワームは構わずにシグナルに向かってきた。シグナルが向かってくるワームの先端を切り裂いた。ワームは紫色の花弁のように散っていく。
消えた同胞の姿にワームの群れは一瞬たじろぎを見せたがまたすぐに目の前にある美しい餌に群がった。
シグナルは片っ端からワームを切り裂いた。その度にワームは花弁になって消えていく。
まるで藤の花が散るようだった。
紫苑色の髪を靡かせ戦う彼女の姿はこの電脳世界における至宝だった。
だが、数が違いすぎた。
シグナルが目の前の一匹を切り裂いた時、背後からにゅるりと粘液に濡れた細い触手が絡み付いてきた。
「きゃあっ!!」
腰の辺りにぐるりと巻き付き、ぬるぬると滑る触手が彼女の体を這い回る。
「いやっ…くっ…」
シグナルは必死でその触手を引き離そうとしたが手が滑ってうまくいかない。そしてもう一匹のワームが彼女の小太刀を弾き落とした。
そのまま彼女の右腕を拘束する。
(しまった…!)
ワームがシグナルの体を持ち上げる。他のワームもシグナルの腕や足に絡み付いて自由を奪った。
「いやあっ! やめてっ!!」
うにうにと蠢く触手の先端がシグナルの首に絡み、ぎゅっと締め上げる。
「うぐっ…! か…はっ…」
首を絞められて呼吸もままならないシグナルの乳房の上に細い触手が覆いかぶさった。そしてまるで乳房をなで上げるかのように動く。柔らかな先端がぷっつりと立ち上がった乳首を服の上から吸い上げるように刺激した。
「んんう!! んんん〜〜〜!!」
ぐっと首を締め付ける触手が揺るむと、間髪いれずに今度は口の中に入ってきた。
口の中の触手が邪魔で声が出せない。口内を蹂躙され、喉の奥まで深く挿入される。シグナルはあまりの苦しさに涙をこぼしていた。
「んっ、んぐっ!!」
触手はぐいぐいと抜き差しを繰り返す。そして喉の奥になにか生暖かい粘質の液を吐き出した。
「うぐうっ…ごえっ…」
触手はすべての液体を吐き出すまでシグナルの口から離れなかった。
口の中いっぱいに広がる甘ったるい液体を、シグナルは飲み込むしか出来なかった。粘つく感覚が喉深く彼女を犯す。
「はあっ…はああっ…」
端から零れるのは触手が吐き出した残液だ。
シグナルはもう抵抗することも出来ずにぐったりとしていた。が、ワームは彼女を攻めるのをやめなかった。
「ああ、もうっ…」
服の上からでも充分なほどの刺激を受け、シグナルは嬌声を上げた。
「ああんっ、やっ…んふっ…」
触手は柔らかい乳房を揉み、先端の乳首を締め付けたりつついたりとやりたい放題だ。
「あああっ!! いやあっ!!」
がくんと顎が上がると、何本もの太いワームの先端が前で大きく膨らみ、顔をめがけて白濁した液を吐き出した。
シグナルの体の上に大量にかかったそれは触手のすべりを良くする。同時にシグナルから力を奪うのだ。
彼女はもう、ワームとその触手が与える刺激に反応するしか出来なかった。
足に絡み付いていたワームがシグナルの足を広げさせた。流石のシグナルもこれには精一杯抵抗を見せた。
「いやっ、それだけはっ…」
ワームは力任せに彼女の足を開くと中心の近くをすっと撫でた。シグナルの体がびくっと揺れる。
「いやっ、いやああああっ!!」
ワームは彼女の女陰に直接触れようと入り口を探す。が、彼女はきっちりと服を着込んでいる隙間もない。それだけが今の救いだった。
「はあっ…誰かっ…」
先端が襞で覆われた少し太めの触手が彼女の恥丘から胸の谷間にのっそりと横たわった。
「ああっ…あああっ…」
じゅるじゅるといやらしい音を立てながらその触手はシグナルの体をゆっくりと擦りあげる。
「あふっ、あんっだめっ!!」
触手が再び彼女の口に入ろうとしたそのとき。
彼女の体は不意に自由になった。
体中を這い回っていた触手は一本もなく、浮いていた体はただ落下の最中だった。
落ちていくどろどろの体を、誰かが受け止めてくれた。
シグナルはゆっくり目を開けた。
彼女の目に飛び込んできたのは鮮やかな桜と、荘厳な縹色だった。朦朧とする意識の中で自分を受け止めてくれたのが誰なのか、シグナルにはよくわかっていた。
「コード…?」
彼は何も言わずに、ただシグナルを抱き上げていた。
「師匠、シグナルを中に!」
「わかっとる」
コードは餌をとられていきり立っているワームたちを片手で簡単に薙ぎ払った。
細雪の名のとおり、切られたワームは雪のように霧散した。
そんなコードの腕を、シグナルはぎゅっと握る。
「コード…私…」
「しゃべるな」
そういうとコードはシグナルを<ORACLE>の中に放り込んだ。中といっても5層ある障壁のうちの一番外側と次の壁の間に、である。それ以上は<ORACLE>に影響するかもしれないので入れない。ワームに侵食されかけたプログラムを洗浄する必要があるだろう。
「コード…」
シグナルは力なく壁にもたれかかるとじっとコードを見つめた。
琥珀色の瞳が、怒りに燃えていた。
「俺様のシグナルに狼藉を働いた罪は重いぞ」
「ハードまでこてんぱんにぶっ壊さねえと気がすまないなぁ…」
言葉が終わった途端、二人は鬼神のごとく蠢くワームたちを切り裂いた。
荒れ狂う雪の中に狂乱のオペラが展開する。
ワームたちはどうすることも出来ずにただその身を切り裂かれるばかり。そんな中でコードはワームたちの中にぽっかり開いた部分があるのを見つけた。
コードはその部分に飛び込んだ。
そしてそこにあるものをぐっと握るとワームの頭を踏んで飛び退った。
「これは…」
手にしたのはシグナルの小太刀だった。彼女はこれで懸命に戦っていたのだろう。
コードはぎゅっと目を閉じ、声を張り上げた。
「オラトリオ! そこを退け!!」
彼の声に、オラトリオはばっと飛び上がった。コードはばっと地面を蹴ると細雪を最大出力でワームの群れに投げ込んだ。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
あまりの眩しさにオラトリオは大きな袖で顔を覆った。衝撃が彼のコートを激しく揺らす。
「ちょっと、師匠!?」
衝撃が収まると、オラトリオは恐る恐るあたりを見回した。そこには信じられないほど美しい光景が広がっていた。
魑魅魍魎は消え失せて、雪がきらきらと舞う。
その中心にコードがいた。
「師匠…」
愛するシグナルを傷つけられたという憤怒が、コードを動かしたのだ。
オラトリオは足元に落ちてきた小さな破片を杖の先で割り壊した。これがワームを動かすリモートプログラムだ。
「解析せんでよかったのか?」
「やりましたよ。今からハードを叩き壊してきます」
そういうとオラトリオはポケットから錠剤を取り出した。
「なんだ?」
「俺が万が一の時に備えて持っているワクチンです。シグナルにやってください」
コードはオラトリオがくれた錠剤をしっかりと握り締め、遥か上空に消えたオラトリオを見送った。
シグナルは壁にもたれかかったまま気を失っていた。どろどろに濡れた体を抱き起こし、錠剤を口に押し込んだ。
「ん…」
しかし気を失っていた彼女はその薬を嚥下できなかった。唇からポロリと零れてしまう。
コードは薬を口に含み、唾液を絡ませた。そして彼女に口づけ、舌で押し込んだ。濡れた錠剤はするりと彼女の口に入り、喉を通った。
「コード! シグナルさんは!?」
走り寄ってきたのは海老茶のケープを着た<A−K KARMA>だった。彼は<ORACLE>の異変とシグナルの窮地を聞きつけて駆けつけてくれたのだ。だが既にハッカーの排除は終わった後だった。それでも今は人手があったほうがいい。
「カルマ、シグナルの洗浄の用意を頼む。今ワクチンを飲ませた」
「わかりました。音井教授に連絡します」
そういうとカルマは<ORACLE>に戻ってそこから連絡を入れてくれた。そして二人に<ORACLE>に入れる程度の洗浄を施した。
オラクルは抱えられて戻ってきたシグナルを見てきつく目を閉じた。
「シグナル…」
長い髪が藤の花のように揺れていた。
ついさっきまで微笑んでいた彼女のあまりの変わり様を、直視できなかった。
「シグナルは、私を助けようと…飛び出してくれて…」
「こいつはそういうやつだ。誰かを助けるためなら自分はどうなっても構わんらしい…」
コードはソファにシグナルを寝かせると、跪いてそっと頬を撫でた。
それが、コードには悔しかった。
わかっていたはずだ、それがシグナルという生き方なのだと。そしてその度に傷つき、自分だけが無傷で取り残されるのだ、と。
「馬鹿が…」
コードは、その場にうずくまった。
「コード…」
オラクルも、泣きたかったのかもしれない。
コードは奥歯をかみ締め、誰にも聞かれない嗚咽を漏らした。



検査の結果、シグナルのプログラムに重篤な損傷はなかった。
そしてオラトリオのために開発されていた洗浄プログラムによる治療を経てすっかり元気になっていた。
しかし無茶なことをしたことを叱られた。せっかく正信に作ってもらった攻撃用プログラムも一時的に没収され、数日の間コードの屋敷での療養を余儀なくされた。
「つまんない…」
淡い紫の浴衣に紺色の帯を締めたシグナルは、縁側に座って足をぶらぶらさせていた。
「つまんないよぉ〜〜」
「うるさいっ、自業自得だっ!!」
コードの拳が軽くシグナルの頭を小突いた。
「あいたっ」
「ちったぁ大人しく出来んのか、お前は」
だってぇ、と言いながらシグナルは潤む瞳でコードを見つめた。コードはシグナルの横にどっかと腰を下ろした。
「信彦にも会いたいもん…」
電脳空間に下りたまま、あれから一度もあっていない。随分心配させているだろうと、シグナルは訴えてみた。
「信彦には俺様が会ってきた。元気だと言ったらなんも心配しとらんかったぞ」
「信彦、元気だった?」
「ああ」
「そっかぁ…」
シグナルは空を見つめた。初夏の眩しい空にシグナルは目を細めた。
「…ごめんね、コード」
「ん?」
「私、またやっちゃったね…」
シグナルは膝の上で拳をぎゅっと握った。
オラクルを守ろうとして、コードをひとりに仕掛けた。それも、今度が初めてではない。
Dr.クエーサーとクオータが企てたAナンバーズ殲滅計画を阻止しようと、暴発するシリウスの放つ衝撃の中に飛び込んだ。
MIRAで出来たシグナルもそれには耐え切れなかったのだろう、少女の体は機械の塊になって四散していた。
やっと修理を終えて大人しくしているかと思えば今度はこれだ。
「俺様は休まる暇もないな」
「コード…」
「今度こそ愛想をつかした…と言いたいところだがな」
コードはふっと庭先に下りた。そして藤棚に入ると盛りの一枝を手に戻ってきた。
「この花が咲き続けるようにお前も戻ってくると、約束できるなら…」
「…できるなら?」
彼はシグナルに藤の枝を渡すと、彼女の前に跪いた。古の、騎士のように。
「…何度でも愛してやる」
「コード…」
シグナルは真摯に自分を見つめてくる琥珀色の瞳に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
裏切るつもりも、捨てるつもりもない。ただ誰かを守ろうとして自分が傷つくのを、シグナルは苦痛と感じたことはない。
でもコードにはそれが苦痛だと知っていた。知っていたのにまたやってしまった。今度こそ愛想をつかされても仕方がないと思っていたのに、コードはまだ自分を愛してくれるのだと言う。
「私っ…私っ…」
「どうなんだ?」
「コードと、ずっと一緒にいたいよ…」
藤の花を抱いたシグナルは頬を赤く染め、涙で瞳を潤ませながらこっくりと頷いた。
互いに差し伸べた手をとり、立ち上がる。
微笑みあって部屋に上がると、シグナルは抱いていた藤の花を床の間にある花瓶に挿した。僅かに畳に届かない。
コードは後ろ手に障子を閉めて、シグナルにそっと近づいた。背中からぎゅっと抱きしめる。
「シグナル…」
藤の花は畳に届かないけれど、シグナルは手を伸ばせばそこにいる。
「コード…ん…」
コードの手が、合わせ目から入り、シグナルの優しい乳房を握った。そして耳朶を柔らかく食み、自分のほうを向かせる。
シグナルははにかみながらコードの頬にそっと手を伸ばした。
「コード」
「なんだ?」
「…私が無茶したら、また助けてね。私はどうなっても、何度も戻ってくるよ」
「先に無茶をさせんようにせんとな」
そういうとコードはシグナルをゆっくりと横たえ、自分はその上に覆いかぶさった。
両手を彼女の脇につき、首筋に口づける。シグナルから小さな嬌声が漏れた。
「コード…あっ…んっ…」
「シグナル…」
帯は緩めず、合わせ目を大きく開いてシグナルの乳房に手を這わせた。こんもりと張って豊かな彼女の乳房に顔を埋める。乳房と乳房の間に舌を這わせ、手で柔らかく揉み込んでいく。
シグナルはぎゅっと身を竦め、コードの愛撫を受け止めている。
「あっ、あっ」
身を捩るシグナルを少し乱暴に引き戻しながらコードは彼女の肌に手を這わせた。
「こぉっ…どっ…」
「どうした? 具合でも悪いか?」
コードはシグナルの体からばっと顔を上げた。欲しいと願ったけれど彼女はまだ一応療養中なのだ。
しかしシグナルは首を横に振った。
そして彼の首に手を伸ばし、抱きつく。
「…もっと、して」
囁いた彼女の言葉に、コードは何も言わなかった。ただ彼女の腰の手を回し、するっとなで上げた。
「んっ…」
そのまま内腿を撫で、女陰に近いきわどい部分に触れた。秘裂は僅かに濡れていた。
「なんだ、もういいのか?」
「だってコード…」
コードはシグナルの秘裂に指を差し込むと、ぐちゅぐちゅと音を立てながら抜き差しを繰り返した。
「んっ、んんっ!」
激しくかき混ぜるように動かすと、シグナルは溜まらずに声を上げた。拍子にびくっと体を痙攣させる。
「あ、ああああ…ふぅんっ、やっ、ああっ」
指を増やして女陰を弄り、足を高く上げさせて脛を舐める。シグナルは顔を真っ赤にしていた。声を抑えようと口元に当てた手が震えている。
コードはシグナルをそっと抱きあげて自分の上に跨らせた。
「あ…コード…」
「いいな、挿入るぞ」
「…来て」
コードは自分の男根に手を添えると、彼女の入り口を擦るように位置を定めてゆっくりと入っていった。
シグナルはうんっと体を仰け反らせる。そしてその反動でぎゅっと体を縮めた。
「あ、あああっ、あっ…!」
ずん、と深い刺激が奥まで届くと、シグナルははあっと息を吐いた。そしてどちらともなく腰を揺らした。
「はああっ、コードぉっ!」
すすり泣くかのような嬌声がコードの耳をくすぐった。汗ばんだ肌に覆われた乳房がふるんと揺れている。コードはそんな彼女をしっかりと抱いていた。背中に手を回し、それを下に滑らせて腰を支える。
「あんっ、こっ、コードぉん…」
潤む瞳は鮮やかな紫。
守りたいのはその笑顔。
コードは激しく腰を揺らした。突き上げてくる肉棒がシグナルの膣内を擦りあげるたびにシグナルは羞恥と快楽で体を震わせた。
「コードっ、やああっ、やっ、あっ…うぐっ……はっ、はっ…」
「シグナルっ…!!」
シグナルはぎゅっとコードに抱きついたまま離れようとはしなかった。首筋に腕を回し、僅かに体を離してふと下を向けば繋がっている部分が見えた。
「やっ…」
無意識のうちに力を入れてしまい、シグナルの膣はコードを締め付けた。肉襞がコードを柔らかく締めて刺激する。
「うっ…」
「んんっ!! あっ、ああああっ!!」
シグナルの体が大きく跳ねた。びくんびくんっと数回痙攣すると今度は細かく体を震わせた。
「はっ…あっ…」
シグナルの膣内のコードはまだ堅くて熱い。
コードはシグナルから男根を抜かずにそのまま後ろに倒し、彼女に再び覆いかぶさった。
「え? あ、ちょっと、やっ…」
「まだ、終わりじゃないぞ」
そういうとコードはシグナルの片足を担ぎ、もう一方の脚の上に自分の脚を乗せて絡み合った。
「こ、コード」
「もっとして欲しいんだろう?」
コードがゆっくり腰を揺らすと、シグナルの乳房も緩やかに揺れた。
「んっ! んっ!」
「声を抑えるな」
「だって…あんっ」
緩急のついた揺さぶりに、シグナルもコードもあっという間に二度目の絶頂を迎えた。
「あっ、だめっ…私っ、わたしぃっ!!」
「くっ…な、中に出すぞっ!」
「コードぉっ!!」
一際高い声を上げてシグナルは快楽の頂に達した。コードの熱いものが膣内でびくびくと震え、それから弾けた。
胎内に流れる温かい精液の感触にシグナルは再び小さく身を捩った。
「はあっ…」
ずるりと引き抜くと、ぬるぬるに光る性器を銀の糸が繋いでいた。
「シグナル…」
「コード…」
見詰め合って、抱き合うだけでいい。
言葉なんて、今はきっと要らない。



「白藤…」
「なにが?」
療養中のシグナルのために敷かれていた布団の上で、コードは上半身だけを起こすうつ伏せの姿勢で横になっていた。
煙管に火をつけ、刻み煙草を噴かす。ゆらゆらと揺れる紫煙を見つめながらシグナルはコードの呟きを尋ねた。
コードは煙草盆の縁にキセルを打ち付けて灰を落とすと、新しい煙草を詰めた。
「お前のプログラムの名前だ。今正信が改造を加えとる」
「…白藤かぁ。綺麗な名前だね」
シグナルもコードと同じ姿勢になり、彼の腕に触れた。
白藤とは襲(かさね)という色目の名前で、表が薄紫、裏が濃紫で表される。
シグナルの髪が薄紫で大きな瞳が濃紫だ。コードはなんとなくそのことを思い出した。
「若先生にも迷惑をかけちゃった…」
「なに、あれは大して気にもしとらんぞ」
「だといいけど…」
コードはふうっと煙を吐き出した。
「それよりシグナル」
「なに?」
「お前は俺様のものだからな」
「わかってるよ」
シグナルは腕を下ろし、枕の上に頭を乗せた。
コードは煙草盆を遠ざけ、彼女の横に寝た。そしてシグナルをその腕に中に抱きいれた。
幸せそうに微笑むシグナルを見て、コードも笑みをこぼす。
彼女の額に口づけて自らも目を閉じた。



藤の花は愛しさを呼ぶ花
その色を身にまとう君を
愛しいと叫ぶ晩春の日



どうしても君を失いたくないから
願いを託す
この藤の花に





≪終≫





≪あとがきという名のお詫び≫
…今回は初っ端から謝っておきます。すみませんでしたぁ! _| ̄|○ ヘコヘコ
いつかやろうと思ってたんですが、なんかふっ切れたみたいです。シグナルを触手に襲わせてみたり、抜かずに二発目とかやってみたかったのです。
でも触手に襲われるのは、服は脱がさなかったわ、未遂だわで、結局そこまでしか出来ない自分がなんとなく…愛のないえちーは嫌なんですと、わがままを言ってみる。それだけです。
あっ、石投げちゃ嫌だっ\(゜ロ\)(/ロ゜)/アタフタ注: 文字用の領域がありません!

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