迷作御伽草子・瓜子姫 むかしむかしあるところにそれは仲のよい夫婦がおりました。夫の名はオラクル、妻の名はエモーション。ふたりは農作業と機織りで暮らしを立てており、それなりに慎ましく暮らしておりました。そんなふたりの悩み――それは結婚してもう5年だというのに子どもができないことでした。信心深いこの夫婦は子宝を授かるという神社にお参りに行ったり、薬草を飲んだりといろいろ試してみたのですがなかなか子どもを授かりません。このまま夫婦ふたりで、子どもはいないけれど仲良くやっていこうと半ば諦めかけたある日のことでした。 いつものとおりに農作業を終え、自宅への帰路についたオラクルは道に沿って流れる川にふと目をやりました。すると葦に引っかかった状態で姫瓜がひとつ、浮かんでいました。 「へえ、おいしそうだなぁ。そうだ、かえってエモーションと半分にしよう」 優しいオラクルはその瓜を掴むと大事そうに懐に抱いて持って帰りました。 「今帰ったよ」 「お帰りなさいませ、オラクル様」 エモーションの出迎えにオラクルはにこにこと笑顔で返しました。 「そうだ、エモーションにお土産だよ」 「まぁ、嬉しいこと。なんでしょうか」 「はい、瓜だよ」 オラクルは懐から瓜を取り出しました。優しい緑色はエモーションの瞳とよく似ているようです。エモーションはそれを受け取ると、夕飯の後で食べましょう、とたらいに冷やしておくことにしました。 それから差し向かいで夕飯を食べ、いよいよ食後に瓜をいただこうとエモーションがオラクルの目の前で小さな姫瓜に刃物をつきたてようとしたそのときです。 「あーっ、切っちゃだめ〜〜!!」 ふたりは耳を疑いました。 「…何かおっしゃいましたか、オラクル様」 「…エモーションこそ」 もしかして…この瓜が喋った? まさかと思いながらエモーションがもう一度刃物をつきたてます。 「だから切っちゃだめだってば!! 私が死んじゃう〜〜」 「「へ?」」 ふたりは目が点になりました。瓜が…本当にこの瓜が喋った? 「今から出て来ますからちょっと待っててくださいね」 そういうと瓜はふたりの目の前でぷくぷくと膨らんで…ぼんっ!! 破裂しました。 「きゃあっ!!」 「うわっ!!」 風が収まってからふたりはおそるおそる目を開けました。するとそこにはエモーションよりも幼い感じの少女が座っていました。踝まであるだろう髪は溢れるような光を放つ紫色で、瞳は高貴な紫水晶を思わせました。肌は雪のように白く、細い指先は魚のようにしなやかで、けれど美しいと表現するにはまだあどけない顔立ちをしていました。 「うわぁ…」 ふたりがあっけに取られている間に、瓜から出てきた少女は勝手に身の上を語りはじめました。 「えっと、オラクルさんと、エモーションさんですよね」 ふたりはこくこくと頷きました。 「はじめまして。瓜子姫の<A−S SIGNAL>です。おふたりの娘になるためにやってきました。不束者ですがよろしくお願いします」 「は、はぁ…」 礼儀正しく三つ指をつかれ、頭を下げられたふたりは顔を見合わせ、また頷きあいました。そして少女――シグナルに対していくつかの質問をすることにしました。 「…どうして瓜に入っていたの?」 「それが瓜子姫の決まりなんです。オラクルさんに拾ってもらおうと思ってずっと待ってたんです」 「はぁ…あ、私のことはオラクルでいいよ」 「はい、あ、でもこれからはお父様とお呼びしますね」 「…そ、そう」 オラクルの質問は意外とまともでした。しかしこの後どんな質問をしても彼女の答えは『それが瓜子姫の決まりだから』というものでした。瓜子姫の世界にもいろいろあるんだなぁ、とオラクルは変なところで感心していました。一方のエモーションのほうはやる気まんまんのご様子、シグナルの両手を自分の両手でぎゅっと掴んで目を輝かせています。 「感激ですわ!! 私、こういう娘がほしかったんですの〜〜、<A−S>でしたわね。これから仲良くやっていきましょうね♪」 「は、はい…」 シグナルにとっては、エモーションのようなリアクションははじめてだったらしく、ちょっと驚いています。大抵の人は瓜から人が出てきたというだけで驚くのですが、この夫婦はどこかずれているらしく、にこにこと微笑みながら瓜子姫・シグナルを娘として育てることにしました。 さて、もうひとり。忘れてはいけない人物がいます。 風になびく髪は桜色、ほっそりした体を縹藍の小袖で包んだ青年――冷たい気配をまとう、彼こそ、<A−C CODE>です。彼はこの村に古くから住んでいる天邪鬼、つまりは小鬼でした。けれど彼は別にこれといって悪さをするわけではなく、逆に村を守ってくれたり子どもの面倒をみてくれたりと、『もう少し素直だったらねぇ』というくらいで、なかなかの評判でした。 そんなコードはある日、村に突然現れた娘の話を聞いて、一目みておこうと思いました。村人が増えると何かと面倒事が起こっていけません。 「おい、オラトリオ」 「おりょ、師匠じゃないですかぁ。どうしたんすか?」 コードが呼び止めたのは村でも評判の好色一代男――もとい、女性に人気のあるオラトリオです。働かせれば人一倍きちんとできるのに女にはだらしがないオラトリオです。そしてどこをどう間違えたものか、彼はオラクルの従兄弟なのです。顔は全くそっくりなのに性格はまるで反対…それが村人の一致した意見でした。 閑話休題。コードはかなり上背のあるオラトリオをねめつけるように見上げていました。 「なんだ、お前は。また女のところか」 「やだなぁ、今日は違いますって」 今日は、ということは昨日そうだったのか…まあいい。コードは心の中でそういってから、オラトリオに聞いてみる事にしました。 「オラクルのところに娘がいるそうだな」 「さっすが師匠、早耳っすね。そうですよ、16歳くらいかな、可愛い女の子でしたよ♪」 「…もう誑し込んだのか」 「まだっす。エモーションがそりゃあもう、片時も放さないくらい可愛がってますから」 ほう、とコードは小さく感心して見せました。エモーションは小さいころから面倒をみてきた、妹のような存在です。そういう女の子はほかにあとふたりいましたが、二人とも嫁に行ってこの村にはいませんでした。そのエモーションが娘を育てて可愛がっている。コードにとっては何よりも嬉しいことです。しかしエモーションはまだ子どもを産んでいませんし、産んでいたとしても16歳というはずはありません。 「なんだ、養女でももらったのか? それにしては大きすぎると思うが」 コードの言葉に、オラトリオは面白そうに笑って見せました。ちちち、と指を振ってみせます。 「いえね、それが、瓜子姫なんですよ」 「瓜子姫?」 「なんでも、今から3日くらい前にオラクルが拾った瓜から生まれたらしいんすよ」 「ほう、ここにも来たのか」 「他所で聞いたことはありましたけど実物は初めてっすから。じゃ、いきやしょうか?」 「うむ」 そういうとコードはオラトリオのあとをさくさくと歩いていきました。 「おーい、オラクル。いるかぁ〜〜」 「はーい」 奥から女性の声がして、それからぱたぱたと駈けてくる音がしました。すっと引き戸が開いて現れた女性は、コードを見つけると嬉しそうに声を上げました。 「まぁ、お兄様、オラトリオ様も。いらっしゃいませ」 「うむ、大事ないか?」 「はい」 エモーションは幼いころからコードのことを兄のように慕っていました。結婚した今でもコードのことは『お兄様』と呼んでいるのです。コードはエモーションが元気そうにしているので安心しました。 「そうでしたわ。お兄様にもお目にかけておかなくては。今日はそれでいらしたんでしょう? さぁ、お上がりください」 勧められるとふたりは草履を脱いであがりこみました。通された部屋には生活の匂いがあって、それとなく不自由のない暮らしをしているようだとコードは思いました。この村そのものが、作物の出来がよい土地であるせいでしょうか、これまで夜逃げや身売りをした家をコードは見たことがありません。 「で、その娘はどこだ」 「今連れてきますわ」 エモーションは優雅に一礼すると、さっと次の間に消えました。なにやら話し声が聞こえます。随分幼い感じに聞こえます。すぐにエモーションは戻って来、その背後には紫色の光を帯びた少女が立っていました。 「さ、<A−S>。あちらがコードお兄様です。ご挨拶なさい」 「はい」 少女は小さく頷くと、コードの前に三つ指をついてしなりと頭を下げました。 「<A−S SIGNAL>です。お見知りおきを」 「……」 コードは二の句が告げません。この少女の美しさに見とれてしまっているのか、固まっています。 「…師匠? どうしたんすか」 「お兄様?」 呼ばれて、コードははっと我に返りました。見れば全員が自分をじーっと見つめているのです。コードはなんでもなかったかのように咳払いをし、シグナルを見ました。 「お前が瓜子姫か」 「うん、そうだよ」 にこっと微笑む笑顔に花が咲いています。挨拶は丁寧でしたが、その後は砕けた話し方です。どちらかと言えば、こちらが彼女の本当の話し方なのでしょう。のびのびとした雰囲気で、明るくて優しそうな娘です。 「俺様はコード。人間のように見えるが天邪鬼だ」 「うん、何となくわかった。これからよろしくね」 「ああ…」 これがふたりの、小さな恋のはじまりだということに、今はまだ誰も気がついていませんでした。 「コードぉ、どこぉ〜」 「ここだ、シグナル」 シグナルがふっと視線を上げると、木の枝に寝そべっていたコードが降りてきました。軽やかな足音で着地するコードに、シグナルは見とれていました。 「? どうした?」 「あっ、いや、なんでもない…それより、行こう。今日はお花畑に連れてってくれる約束だよ?」 「わかっている」 天邪鬼とは本来、いっていることとやっていることが逆になるものなのです。けれどコードはそこまで派手な天邪鬼ではないようです。この村の毒気のない人間たちに影響されたのでしょうか、ちょっぴり素直じゃないだけなのです。その証拠に、わかっているとぶっきらぼうに言い放ちながらも、コードはシグナルにあわせて歩いているのです。コードの横で、シグナルは嬉しそうに笑っていました。 少し歩いたところに小高い丘があって、そこはほぼ一年中、季節ごとの花がたくさん咲くのです。色とりどりに咲き乱れる花たちにシグナルは感嘆の声を上げました。 「うわあ…綺麗…」 ここは、コードが子どもたちを連れてくる場所でもありました。天邪鬼だと知っていて懐いてくる子どもたち――コードは何となく、それが嬉しいのです。その子どもが成長して子をなし、その子がまた自分のことを慕ってくる。そんなことが何年も続いていました。しかし嬉しいことばかりではありません、悲しいこともありました。生まれる前に死んでしまった子どももいれば、まだ幼かったのに病気や事故で死んでしまう子どももいました。そんな子どもも、コードはたくさん見送ってきました。その幼い命たちに捧げる花が、この場所なのです。御仏のそばにある子どもたちに平安を、そして今こうして地上に生きる子どもたちにも…。コードはそう願っていました。 「ねぇ、コード。ここって、特別な場所?」 シグナルが、くるりと振り向きました。流れる髪が、不思議な色彩を帯びています。それはどんな花もかなわぬ虹の輝きでした。 「…何故そう思う?」 「だってコード、そんな顔してるもん。それにわざわざ連れてきてくれたってことは、そういうことなんでしょう?」 草の上に座り込んでいたふたりは、風に揺れる花を見ていました。 「ここは…そうかもしれんな。俺様はここで、たくさんの命を見送ってきた。天寿を全うしたもの、まだ幼いのに逝ってしまったもの、生まれてくることさえかなわなかったもの……それこそ、数えきれんくらいな。そのたびに俺様はここにいた。せめて手向けてやろうと思ってな。そして残された命が、どうしているかみせてやろうと…。天邪鬼らしくないか」 そう、自嘲気味に話し終えたコードはそっとシグナルを見やりました。彼女は黙ってコードの話を聞いていました。 「そんなことないと思う。私もコードも人間じゃないけどさ、やっぱり、誰か死んじゃうのってやだもんね。元気でいてほしいもんね」 「シグナル…」 「…私が前にいた村でさ、あ、もう100年くらい前だけどね。ここみたいに豊かじゃなくってさ、親が泣く泣く子どもを…間引きしてたの。食べていけなくって。お母さんもお父さんも、すっごく泣いてた。この子が悪いんじゃないのに…許して、許してって。私が来てからは流石にそういうのはなくなったけどね」 瓜子姫が現れると村が豊かになる――瓜子姫は豊穣をもたらすという言い伝えが残っているところがあります。それは悲しい運命の人間を救おうという御仏の心なのでしょうか、それとも豊穣を願う人間の心なのでしょうか。 「私はさ、その村に豊穣をもたらすために天から降りてくるんだけど…今度はちょっと違うような気がしてるの」 「何故だ」 「だってこの村豊かじゃない。わりと平和だし。それなのに私がいるってことは…」 「そうかもしれんな、何か意味があるのかもしれん。たとえば…」 「たとえば?」 「…こういうことだな」 そういうとコードは、シグナルの肩を抱き寄せました。そしてふわっと、花びらのように薄い、桃色の唇に自分のそれを触れさせました。 触れていたのは、ほんの僅かだったでしょう。それでも互いの顔を染めるには充分すぎる時間でした。 「…コ、コード?」 くりっとした目を瞬かせながら、シグナルはコードを見つめていました。コードはただただ彼女を見つめ、そして微笑みました。 「お前がここに来たのは、この村を豊かにするためではなく…誰かに会うためなのかもしれん」 「それが…コード?」 琥珀色の瞳が、温かいです。肩を抱かれたまま、寄り添うようにシグナルはコードに問いかけます。けれどコードは自分がけしかけたくせにさも関係ないかのように答えます。 「さあな、それが誰かは自分で決めろ」 コードは天邪鬼です。自分の気持ちに素直になることは稀です。シグナルが確信できるのはそれだけでした。 「…じゃあ、コードにする。コードがいい。私、コードのこと好きだもん…」 彼女の心は決まっていました。はじめてあったときから、きっと始まっていたのかもしれません。気がついたのは、たった今のことですが…。 「何を勝手に」 「じゃあどうして口づけたりしたの?」 コードの心も、決まっていました。初めて彼女と会ったとき、言い知れぬ何かが、自分の中をめぐっていたからです。人の姿をしながら、人にあらざるもの。彼女も同じなのです。そして自分はきっと、この少女を待っていたからこそ、この村を離れなかったのではないか……と。彼女の肩を抱いたまま、コードはさらに彼女を抱き寄せました。シグナルは、自然とその胸に寄り添います。天邪鬼と瓜子姫――伝説では結ばれることのなかったふたりが、時代を越え、結ばれようとしているのでしょうか。 「シグナル…俺様は…その…」 「…私はね、コードのこと、大好きだよ」 「…俺様もだ」 シグナルに促されるように、コードは口を開きました。シグナルはその言葉に満足そうに微笑んでいます。 「そうだ、シグナル。笛を聞かせてやろう」 「うん」 コードは懐から白木の笛を取り出すと、それを口もとに当てました。高らかな、清らかな音が風に乗ります。その風に白い花弁がまるで雪のように舞いました。 「すごい、雪みたい…」 「そう、この笛の名は『細雪』だ。ただの笛ではないのだが…まあいい、おいおい教えてやろう。全部教えてはつまらんからな」 「うん♪」 そのまま、風に踊る花弁を眺めながら、ふたりは優しい気持ちで満たされていました。 けれど、ふたりを引き裂こうとする手は、もうすぐそこまで伸びていたのです…。 ある夜のことでした。オラトリオが町でよい酒をもらったのでオラクルのところで飲もう、ということになり、オラトリオとコードがオラクルの家にたどり着いたときのことでした。 「暗いな」 いつもならまだ灯りがついている時間でした。それなのにオラクルの家は真っ暗です。何かあったのかと思い、ふたりは勝手口のほうにまわってみました。勝手口は開いていました。表は閉まっているのにこれがおかしなことです。胸騒ぎがして、ふたりは声を張り上げました。すると中から憔悴しきったオラクルが出てきました。もともと色白ですが、今は真っ青と言ったほうがいいでしょう。 「オラクルっ、どうしたんだよ!!」 「エレクトラ!! 無事かっ!? シグナルっ?」 どかどかとあがりこんで、コードはふたりを見つけました。灯りをつけずに、エモーションとシグナルは泣いていました。 「エレクトラ、シグナル!!」 「コード…コードぉ…」 それまで静かに泣いていたシグナルは、恋人の顔を見るや、その胸に縋って大声で泣き始めました。 「何があった、シグナル」 「コード…私…やだ…」 「なにがだ、落ち着いて話してみろ、ん?」 コードが優しく問いかけますが、シグナルもエモーションも泣きじゃくったままで埒があきません。 「オラクル、何があったのだ」 オラトリオに支えられて立っているオラクルに、コードは問いかけます。今のところ、いちばん冷静なのがオラクルであるように見受けられたからです。 「……今日、お城から使いの方が見えてね」 「城から使いだと?」 「…シグナルを差し出せって言うんだ。それも…妾として」 オラトリオもコードも驚きました。コードは怒りさえ覚えています。確かに身分のない村の娘ならば妾になっても仕方のない、ということは多々あります。けれどシグナルは近隣でも評判の瓜子姫なのです。それを妾に差し出せだなどと。 「ふざけるにもほどがあるぜ、そんな話断っちまえよ、どうせ結婚するならシグナルがしたいやつとさせてやりゃいいじゃねえか」 町や村の娘ならば、武家と違ってそのあたりはわりと自由が利きます。よほどの大店か庄屋の家ではない限り、好きあったものが夫婦になれるものです。オラトリオはそれを踏まえて言いました。けれどオラクルは小さな声で言いました。 「…私だって、そうしたいさ。どこの世界に、娘を妾にしたい親がいるもんか」 「…断れない理由があるのだな」 シグナルを抱きしめたまま、コードが言うと、その胸の中からシグナルが答えました。 「私が拒否したら…村の人を……皆殺しにするって…」 「なんだと…それは本当か?!」 シグナルは無言で頷き、またコードの腕のなかで泣き出しました。 「私ひとりのわがままでみんなを見殺しになんか出来ない…でも…コードと離れ離れになるものいやなの…」 「それでお前は、行くと言うのか」 「それしか…ないもん。でも私は…どうなっても、どこにいても…コードのこと…」 「もういい、シグナル。わかっている…」 強く強く、抱きしめてください。あなたの泣き顔だけは、見たくないから。 コードはシグナルを落ち着かせようと、その細い腕に力を込めました。 それから一月後。シグナルがお城に上がる日がやってきました。役人が用意した籠にシグナル、特別に育ての両親も許されて同行します。事情を知っている村人たちはせめて見送りだけでもと、無理に笑っていました。それがシグナルにとっては悲しいほど痛いのですが、みんなの気持ちを無碍に出来なくて、彼女も無理に笑顔を作りました。 「お世話になりました」 駕籠に乗って遠ざかっていくシグナルに、村人はいつまでも手を振っていました。その中に、当然いなければならない人がいませんでした。 「それで、あの城主は人間ではないというのか」 「ええ。先代の城主は病気で亡くなっていて、その奥方の弟の息子、つまり甥が家督を相続しているんですが…あの男も、私たちと同じ天邪鬼ですよ」 「ではどこかですりかわったと?」 「ええ。多分。本物のほうはもう生きてはいないと思いますけれどね」 透き通るような黄金色の髪に濃緑の瞳。優しい女性のような顔をしながらそれでも彼は男の人――彼は<A−K KARMA>。コードと同じ天邪鬼で、隣の村に住んでいるのです。彼は天邪鬼らしからぬほど素直ですが、腹の底では何を企んで……もとい、考えているのかわからない人? でした。それでも何かと情報通なので、そのへんはコードも認めるところです。 「その天邪鬼が城主に取って代り、領地はおろかシグナルさえ手に入れようというのか。はっ、ふざけた話だな」 「そのことなんですけどね」 「なんだ、まだ何かあるのか」 コードが問い掛けると、カルマは顔を伏せ、何かを考えてからまた顔を上げました。 「彼女は100年ぶりにこの地上に降りてきてるんですよね」 「そう聞いているが…それが何か?」 「瓜子姫と我々天邪鬼はいつも結ばれないものです。ごくたまに仲良くなることもあるらしいですけどね」 カルマがにこやかに微笑みました。瓜子姫を愛していながら天邪鬼はいつも失敗して、殿様に取られてしまうというのが相場です。カルマはコードとシグナルの仲を知っていてからかっているのです。コードにもそれはわかったらしく、急に不機嫌になりました。いらいらしながらカルマに先を促します。 「シグナルさんは前回も殿様に見初められて結婚なさっていますよね。そして殿様がなくなってからは彼女も天寿を全うする形で天に帰っていく」 「…ではそのときに果たせなかった思いを今遂げようというのか?」 カルマは無言で頷きました。きっとその天邪鬼は遠い昔に果たせなかった思いを遂げようとしているだろう、そのことはわかります。古来より天邪鬼と瓜子姫が結ばれたという例はほとんどありませんでした。 「ええ、おかしな節がありますしね」 それはシグナルを名指ししていること。城主は一度もお忍びをしたことがないのにシグナルを見初めているのが変です。仮に下っ端の役人が目をつけたとしてもそこから先に手が着きそうなもので、いきなりお城ということはまずありません。 「全くもってふざけた話だ」 「本当ですね。で、コード、あなたはどうするんです?」 「ん? 俺様か。決まっているだろう、シグナルを助けに行く」 カルマはくすっと小さく笑いました。結ばれないと知っていて、何故彼女を助けに行こうとするのでしょう。それはきっとコードが…。けれどカルマはもう何も言いませんでした。彼も天邪鬼なのです。そしてカルマ自身もそうなのです。ひとつのことに意地になる――それが彼らの本質なのです。 カルマは黙ってコードの後についていきました。 そのころ城内では領主とシグナルが対面を済ませていました。白い下衣の上に明るい空色の打掛を着た彼女は今にも空に消えていきそうなほど美しいものでした。 一方の領主はといえば、年の頃は25,6歳。髪と目は同じ紺色で、知的…というよりは謀略的な印象を受けます。家臣も、シグナルの養親も遠ざけてふたりだけで部屋に残っています。鹿嚇しがかこーんと庭の静寂を破りました。 領主はすっと立ち上がると、シグナルの脇を抜けて庭を眺めるように立っていました。 「…ずっと、お会いしたいと思っていました」 「…それは…あのときからですか」 「…気づいていらっしゃいましたか」 「…忘れるわけないわ、あなたのその気配…忘れられるものじゃない」 シグナルは立ち上がって懐のものを手にしました。領主は振り向いて、そしてにやっと笑いました。 「おやめなさい、怪我をするだけだ」 「うるさいっ!! 私は…あなたのものにはならないわ、クオータ!!」 シグナルは懐から懐剣を取り出すとそれを包んでいた袋をあわてて取り除きました。けれど抜こうとしてもそれは一向に抜けないのです。 「うそっ…な、なんで抜けない…のっ…!」 「無駄無駄。それは作り物ですよ。随分軽いでしょう?」 そういうと領主――クオータは後ろ手に障子を閉め、近づいて懐剣を取り上げるとシグナルの目の前で簡単に折ってしまいました。呆然とするシグナルに見せ付けるかのように投げ捨てます。 「あ…あ…」 「観念なさい、こうして私が可愛がってあげますから…」 一歩一歩ゆっくりと近づいてくるクオータはまるで絶望そのもののようでした。村の人たちのために、愛しい人と別れて…それでみんなが生きていけるなら…そう思っていたのに。せめてここで、あの人が望んだように幸せになろうと思ったのに。くらくらと眩暈がして、立っていることさえ苦痛に感じられてなりません。恐怖で、シグナルは動けませんでした。 「いい子だ、そのまま大人しくしていてください…」 「そこまでだ」 希望の光が見えました。聞きなれた声にシグナルははっとして、目の前にいるクオータを突き飛ばし、必死で部屋の外に逃げました。 「コード!!」 「シグナル!!」 呼びかけた先に、縹藍の衣が翻っていました。シグナルは裸足で庭に降り立ち、愛しい人の胸に縋りました。 「コード…来てくれたの…」 「お前があんなつまらん男と一緒になるのを黙ってみておけなくなってな」 「嘘」 シグナルはそういって、今日はじめての、本当の笑顔を見せました。コードはやっぱり天邪鬼。彼が来てくれたから、もう大丈夫。シグナルは改めてクオータと対峙する気になりました。 「いちゃつくのは後にしましょう。とにかくクオータを何とかしないと」 「カルマまで来てくれたの?」 「ええ。でも、話はまたあとで」 「ほら、おいでなすった」 歯軋りするクオータは定番の『出あえ出あえ、曲者だ!!』というセリフをはき、それに伴って家臣たちがやってきました。何人か人間が混じっているようでしたがほとんどはクオータの使い魔でしょう。コードとカルマは周囲を囲まれてしまいましたがそれでも余裕でした。 「シグナル」 「なあに?」 「…やれるな?」 「…うん!」 シグナルがしっかり頷くと、コードは彼女に懐剣を渡しました。ずっしりとした感覚が、本物だと言っていました。すっと鞘を抜くと、白刃が日光のもとに輝きます。 「では行くか」 コードが草履を擦る音も聞こえればこそ。駆けつけた家臣たちはコードの一刀のもとに峰打ちにされました。ばたばたと倒れていきます。ああ、それなら安心。 カルマもシグナルも怪我をさせない程度に片付けていきました。ひとりふたりと倒れていく家臣たちを見ながら、クオータは奥の手に入ります。 「待て、こいつらがどうなってもいいのか?!」 家臣たちはすっかり伸びきっていました。シグナルが視線をやると、そこには縄で縛られたオラクルとエモーションがいたのです。シグナルは驚いて声を上げました。そして何故養親が呼ばれたのかやっとわかったのです。そう、シグナルを確実に手に入れるためにクオータが仕組んだ罠だったのです。 「父様、母様!!」 思わず駆け寄ろうとしたシグナルをコードが止めました。彼は至って冷静です。カルマも余裕の笑みを浮かべていました。 「放して、コード、ふたりがっ」 コードの腕の中でシグナルはじたばたと暴れました。けれどコードはその腕を放してくれません。 「コードっ! 母様はコードの妹も同然の人でしょう、見殺しにする気っ?!」 「大丈夫ですよ、シグナルさん」 「もうっ、カルマまでなにを落ち着いてるのよっ!!」 「もういいぞ、お前ら。ご苦労だったな」 「へ?」 シグナルは動くのをやめ、はっとコードを見ました。すると、コードの声に反応してオラクルとエモーション、そしてふたりを捕らえていた家臣がにやっと笑いました。そして体から煙を発し、小さな子鬼の姿になってしまったのです。コードは小さく鼻で笑い飛ばしました。 「エレクトラたちはとっくに城外に逃げておるわ。こんな簡単な術に気がつかんとは、城暮らしで相当鈍ったようだな」 「くっ……もう少しだったというのに…何故だ、何故邪魔をする!! お前も同じ天邪鬼だろう!! そこの娘とは結ばれぬ運命だ! それなのに何故その娘を助ける!!」 クオータは自分の刀を取ると乱暴に鞘を引き抜きました。もはや正気ではありません。 「やれやれ、これを使うことになろうとはな」 コードは答えませんでした。ふうっと息を吐くと、今まで持っていた刀を捨て、懐に手を入れました。取り出したのはあの笛――『細雪』です。シグナルはおろおろと事態を見守っていました。 「コード、笛なんかでどうするのっ?!」 「まあ、黙ってみていろ。カルマ、シグナルを頼むぞ」 「はい、わかりました。さ、シグナルさん」 「でも…」 まだ何かいい足りない様子のシグナルは、それでもコードの邪魔にならないようにと、カルマとともに静かに下がっていきました。 「カルマ…コードは…」 「大丈夫ですよ、信じてあげてください」 カルマはコードの笛について何か知っているようでしたが、面白そうに笑ってそれを眺めているだけです。シグナルははらはらしていましたが、今はコードを信じることにしました。大丈夫、コードなら…大丈夫。自分にそう言い聞かせていました。 「愚かな、そんな笛で何ができるっ!!」 気合一閃、クオータがコードめがけて切りかかってきました。それでもコードは動こうとはせず、ただ目を閉じてじっとしていました。コードの周囲を冷たい空気が取り巻き、触れる木の葉は微塵にとっていきます。研ぎ澄まされた刃物のように、やがてそれは形をなし、コードの手の中に姿を現しました。 「死ねえぇぇ!!」 上段から振り下ろされる刀を、コードは簡単に受け止めていました。 「な、なんだと…」 「これが俺様の愛刀『細雪』…俺様たち天邪鬼は本来毘沙門天の配下にあるもの。俺様は特に許されてこの剣を戴いている。お前とは根本から違うのだ」 コードは簡単にクオータの刀を払い飛ばしてしまいました。シグナルはそのときになってようやく思い出しました。コードが言っていた細雪の秘密、それが今目の前に現れたのです。カルマに守られたまま、シグナルは呆然としていました。普段は笛の形をして縹渺とした音色を奏でる『細雪』、その本来の姿は宝剣、氷の刃の『細雪』なのです。これまで瓜子姫として天邪鬼と接してきたシグナルにとってこれは初めてのことでした。 「コード…ただの天邪鬼じゃなかったんだ」 「当然だ」 コードは余裕で彼女に微笑みかけました。柔らかいその笑顔に、シグナルはちょっとだけときめいてしまいます。それでもコードはすぐに視線をクオータに戻しました。切っ先をクオータの喉もとに突きつけました。 「これで最後だ、もうこいつに手を出すな」 唇をかみ締め、クオータはコードを睨みつけました。コードはどこ吹く風ですが、シグナルは気が気ではありません。クオータがどこに武器を隠し持っているのかわからないからです。もちろんコードは警戒を解いてはいませんでした。 「…誰が…誰が貴様の言うことなどっ!!」 クオータは狂ったように走り出しました。コードは思わず刀を引いてしまいます。クオータはコードには目をくれず、シグナルにむかって一直線にむかっていました。可愛さあまって憎さ百倍とはこういうことでしょうか。 「カルマっ!」 シグナルは懐剣を構えましたが、カルマがそっとそれを制しました。ゆったりと微笑んでいます。純金の髪が片目を覆い隠しました。 「大丈夫ですよ、心配しないで」 「死ねっ!」 脇差を抜いてシグナルを狙うクオータを前にしても、カルマはなにもしていませんでした。シグナルは焦っていましたが、コードは余裕で刀を構え、クオータの背後に迫っていました。 ばちぃっ!! 雷のような衝撃がクオータを襲いました。カルマはなにもしていません、それなのにどうして? シグナルはカルマをそっと見ました。カルマの表情は冷たく冴えていました。彼の華奢な体に内在する炎が、緑色に瞳の中に密かに燃えていました。 「私も、ただの天邪鬼じゃないんですよ。コードと同じように毘沙門天から許されて戴いたものがあるんです」 シグナルはじっと目を凝らしてみました。すると自分たちの周囲を玻璃のようなものが包んでいたのです。 「流石だな、カルマ」 「たいしたことじゃありませんよ」 コードがすっと玻璃の盾に入ってきます。触れると危ないのにコードは何事もなかったかのようにシグナルのそばに寄りました。 「コード…大丈夫なの?」 「私のこの盾は攻撃性守護壁なんです。だから私に対して敵意を持たないものは普通にはいって来れるんですよ」 「すごい…」 「さ、和んでいないで仕上げといくか」 「そうですね」 うずくまったままのクオータはまだ脇差を持ったまま立ち上がっていました。狂気に歪む顔は恐ろしく、シグナルはもう見ていられませんでした。 「お前は…お前は、シグナルとは結ばれんのだぞ、それなのに…」 「わからんのか、愚かなやつ」 「な、なんだと…」 クオータの息は相当荒くなっていました。コードは冷ややかに彼を睨みつけるとざっと間合いを取りました。小柄なコードにとって刀の間合いはちょうどよいものでした。 「俺様は天邪鬼、確かに瓜子姫と結ばれる運命ではない。しかしそれはこれまでのことだ。これからはきっと変わる、いや、変えてみせる。それに、俺様はあいつが瓜子姫だから愛したのではない。あいつがシグナルだから…だ」 「コード…」 ほろりと漏れたコードの言葉に、シグナルは静かに顔を上げました。細い背中にどれだけの優しさと強さを背負っているのでしょう、天邪鬼らしからぬ天邪鬼にシグナルはいつしかその淡い恋心が確実なものになっているのを感じていました。 「あいつを、シグナルとして見ていないお前に未来はない。シグナル!! 目を閉じろ!!」 コードに言われるまま、シグナルは目を閉じました。カルマは彼女をかばうように肩を抱いています。 「これで最期だ!!」 「うわああああああっ!!」 向かってくるクオータの胴を、コードは薙ぎ払いました。一瞬、時間が止まりました。 静かに、静かに。風だけが吹いていました。 シグナルはおそるおそる顔を上げました。そしてすぐに目を背けました。クオータはコードの一太刀で絶命していたからです。人の姿を保てなくなったクオータは天邪鬼本来の姿にもどり、そして土くれになって消えていきました。 「シグナル、大丈夫か」 「コード…コードぉぉ…」 シグナルはよたよたと歩み寄るとコードの胸に縋って泣き始めました。 「ふえ〜〜〜ん、怖かったよぅ〜〜」 コードは泣きじゃくるシグナルをよしよしと慰めていました。カルマはやれやれ、と見ないふり。 やがて季節はめぐって…。 桜舞い散る春の冷たく強い風に打たれて、儚い調べは二度と戻らない日へ降り積もります。 少しだけ、後日談をしておきましょう。まずはお城。領主が突然消えてしまったのですからさあ大変。当然のように御家は御取り潰しになりました。新しい領主様は音井信之介といい、とてもよい人だとか。小国からやってきた彼には家臣が足りず、クオータに仕えていた家臣一同はそのまま召抱えられることとなり、失業者は出ませんでした。領主が変わるととかく面倒事が起こりますが、それを避けるための登用だったといってもいいでしょう。奥方も息子もいい人です。 オラクルとエモーションは一緒に来ていたオラトリオの誘導で無事に村へと辿り付き、シグナルとの再会を果たしました。今でもシグナルを娘として可愛がっていますが、一つだけ変わったことがありました。 「お前ら、あまり遠くへ行くなよ」 「はーい」 コードの言葉を聞いていたものやら、男の子たちは我先にと駆け出していきました。 「お姉ちゃん、今日はお花の首飾りを教えて〜」 「いいよ、じゃ座って」 女の子たちはシグナルの周囲を囲んで座りました。いくつか花を摘んで、それを編んでいます。小さな子にはまだ難しいですがそれでもみんなで手伝ってあげながら楽しいひとときを過ごしていました。 うららかな春の日。いつものように年端のいかない子どもたちを連れて、ふたりは花畑に来ていました。 「さ、行っておいで」 ひとつ首飾りを作ってしまうと女の子たちも駆け出していき、男の子たちと遊び始めます。やはり、あまり遠くに行かないようにといいおいてから、コードはシグナルの横に腰を下ろしました。 「可愛いね、子どもって」 「五月蝿いだけのようにも見えるがな。子どもが笑っていられるということは平和な証拠だ」 「そうだね」 「久しぶりに吹いてみるか」 そういうとコードは懐から細雪を取り出し、口元に当てました。ひゅーと高く鳴らすだけで、白い花弁が舞いました。子どもたちは誰もが足を止め、そこに佇んでいます。そして感嘆の声をあげ、わらわらとコードのもとに集まってきます。 「うわっ、すげぇ。にいちゃん、俺にも貸して」 「ん? 吹けるか?」 笛は仮の姿、本当は邪気を払う神剣なのに…。コードはなんでもないように子どもに貸し与えました。けれど子どもは吹くことが出来ません。そのあと何人かの子どもが挑戦しましたが、誰一人として鳴らすことは出来ませんでした。すると、女の子のひとりがシグナルに笛を差し出しました。 「お姉ちゃんは、できる?」 シグナルは曖昧に笑って笛を受け取ります。横目でコードに確認を取ると、彼女は柔らかい唇の下に笛を当てました。 「できるかなぁ」 ふうっと唇を震わせます。するとどうでしょう、澄んだ音が当たり一面に鳴り響き、コードがしたときと同じように雪のような花弁が舞いました。子どもたちは拍手してシグナルを称え、また遊びに行ってしまいました。きゃっきゃっと、弾む声が春の野を明るくします。 「…シグナル、お前、その笛が吹けたのか?」 コードが驚いたようにシグナルを見つめていました。彼女はそれが何か? といったふうにコードを見つめていました。 「あ、笛、返すね。大事なものだもんね」 シグナルは袖で笛を拭くと、両手でコードに返そうとしました。けれどコードは受け取らずに、もう一度吹いて見るように言いつけました。シグナルは言われるまま、もう一度笛を鳴らしました。今度は高く、長く。コードがするのと同じように白い花弁が舞うことをやめません。 「ねぇ、どうかした? この笛って割と簡単に音が出るけど?」 シグナルの言葉に、コードは珍しく大声で笑いました。まだ状況がつかめないシグナルはコードが笑っている理由がわかりませんでしたが、彼女自身には笑われる理由がないのでちょっとだけふくれてみせます。シグナルがむくれているのに気がついて、コードはやっと笑いを収めました。 「この笛はな、シグナル。俺様以外は誰も吹けないのだ。あのカルマもな」 「え? そうなの?」 この笛がかなり特別なものだということは知っています。シグナルも我が事ながら驚いてしまいました。そのときです。コードは子どもたちがみていないことをさっと確認してから、シグナルの肩を抱き寄せました。シグナルはちょっとびっくりしてしまいましたが、それでもコードに促されるまま、そっと寄り添いました。 「この笛が吹けたという事は、お前は相当特別なのだな」 コードは耳元で囁きました。 「コードだって特別だよ。瓜子姫と結ばれるなんて滅多にないんだよ」 「…自惚れおって」 「いいもん、自惚れでも」 そういうとふたりは顔を近づけ、唇を触れ合わせました。 この村で、あの事件の後たった一つだけ変わったこと。それは天邪鬼のコードが、瓜子姫のシグナルと結婚したことでした。 「こっちも結構気を使うよな」 「しかたないもん。お兄ちゃんとお姉ちゃんは結婚したんだから」 …ませた子どもたちがこっそり覗いているのにも気づかずにふたりはまだ肩寄せ合って春の夢の中でした。 このあとふたりは末永く幸せに暮らすのですが、ここまでにしておきましょう、邪魔しちゃ悪いですから。 古来より伝わる物語の締め括り、ここはやはり『めでたしめでたし』で、幕を引くことといたしましょう。 めでたしめでたし。 ≪終≫ ≪楽屋裏でっす♪≫ …迷作。本当に迷作。本当の『瓜子姫』は天邪鬼の妨害にもめげずに殿様と結婚するんですが、それじゃ面白くないので(ここはやっぱりコーシグ書きとして)書いてみました。そしたらはまるはまる(笑)。コードとカルマが天邪鬼っていう、ちょっとファンの方には叱られそうな話ですが、そこはそれ、迷作ってことでご容赦を。 書きあがってみたらほとんどコードが出張ってて…『あれ? これはC×S♀じゃなかったっけ?』と。時代設定もめちゃくちゃなんですが、そこは魔法の呪文♪ 『これは迷作御伽草子だ』 はい、皆さんご一緒に(りぴーとあふたぁみー)。……はい、ありがとうございました(笑)。 今回はほんとに楽しく書かせていただきました♪(それでもソフトは5回もフリーズしやがった…) |