お月様と星の恋 あれはどこだったでしょう、どこか遠い遠い宇宙のなかに美しい月がありました。 月は太陽の光を浴びて輝くもの。眩しすぎる光を反射して、柔かい光に変えて地上に落としていました。それは太陽系にある月でした。 けれどこの月は、輝くことを知りませんでした。なぜなら光をくれるはずの太陽を、失っていたからです。遠い遠い原始の時代、太陽はその命を全うすることなく、また生まれることさえ許されず。お月様はただただ、太陽の光を待っていました。 お月様はいつも凛として、それでいてどこか飄々としていました。太陽を失った今、自分がどうすればいいのかわからないからです。お月様だけが、生きることを許されました。でもそんなこと、何の意味もないのです。輝くことを知らないお月様に温かい光を――誰もがそう望んでいました。 そんなある日です。お月様はふと、散歩に出かけました。ふらふらと、行く当てもなく彷徨います。 運命は、そこから始まっていました。 お月様は縹藍の衣に身を包んだ青年でした。桜色の髪に、冴え凍るような琥珀色の瞳を持っています。柳のように細い体がふらふらと宇宙を巡ります。しばらく歩いていると、お月様はふと足を止めました。なぜなら、昨日までなかったはずの星が生まれていたからです。紅く蒼く輝くその星は、お月様と違って自分で輝く術を知っていました。彼は生まれながらにして恒星だったのです。お月様は生まれたての彼をとても羨ましいと思いました。太陽がなくても、彼自身が太陽のように輝けるからです。そしてその光を美しいと思いました。 よく見るとその恒星の周りを小さな星がくるくると回っていました。自分と同じ衛星かと思っていると、実はその星も自分の力で輝いていました。そう、この小さな星は伴星でした。お月様が目にしているこの星は二つでひとつなのです。 小さな星は子どものようでした。きゃっきゃっと可愛らしい声ではしゃぐように大きな星の周りをくるくると回ります。大きな星は少女のようでした。あどけない笑顔は小さな星とよく似ていました。時々飛んでいってしまいそうになる小さな星をしっかりと捕まえています。 お月様はその様子をじっとみていました。すると小さな星が突然まわるのを止めました。 「どうしたの、ちびちゃん」 大きい星が言いました。 「こっちをじっとみている人がいますよ、大きいちゃん」 ちびに言われて、少年もそのほうを見ました。お月様はぎくっとして、背中を向けました。立ち去ろうと思ったのに、足が全く動きません。 「…誰?」 少女が声をかけます。お月様は覚悟を決めて振り向きました。そしてはっとしました。 ちびも少女も、大きさこそ違えど、全く同じ髪と瞳をしていたからです。淡く光る偏光紫の髪は豊かに、ぱっちりと大きな瞳は紫水晶の輝きを、そして生まれたてのあどけない笑顔を――お月様は一目見るなり、彼らのことに興味を持ちました。 「ねえ、誰なの?」 問われていたことに気がついて、お月様ははっと我に帰りました。 「俺様か。俺様はコード。月だ」 お月様――つまりコードは、そういいました。 「そう、私はシグナル。シグナル=シリウス」 「あたしもシグナルでっす。シグナル=ミラ。ちびって呼んでくださ〜い」 「…シグナルと、ちび、だな」 コードがそういうとふたりはにっこり笑いました。 「コードお兄さんは何をしてるんですか?」 「俺様か? 俺様は…ただの散歩だ」 「…太陽のそばにいなくていいの?」 シグナルが何気なく聞いた一言はコードに重くのしかかります。悪気があるわけではないでしょう、だからこそコードも感情を抑えて言いました。 「…太陽は……いない」 コードの声が寂しく響きました。 「コードお兄さん、寂しいんですね」 ちびの声も寂しいです。シグナルはそっとちびを抱きしめました。 「ごめんね、変なこと聞いちゃって」 「構わん、もう慣れた」 そういってコードが笑ってくれたので、ちびもシグナルもほっとしました。 「私たちもね、寂しいんだ」 「なぜだ、二人いつも一緒だろう? 何が寂しいことがある」 ふたりなのに寂しい? わからずにコードは首を傾げます。するとちびが言いました。 「あたしたちはずっとふたりだからです」 やっぱりよくわかりません。 「わからんな。ひとりのほうがずっと寂しいだろう。それにお前たちは自分で光ることができるではないか」 今度はシグナルが言いました。 「私たちはお互いしか知らないんだ。私はちびちゃんを、ちびちゃんは私のことだけ。生まれたときから私たちはふたりっきりなんだ。どうしていいのかわかんないし」 「あたしたちを見つけてくれたのはコード兄さんが初めてです♪」 ちびは嬉しそうにシグナルの腕を離れ、コードに抱きつきました。 「この宇宙は広いね。私たちここに生まれてからまだ仲間に会ってないんだ。私たちが光ってるってことは…生きてるってことは誰かに見つけてもらえないとわからないんだよ」 コードははっとしました。この子達はずっとふたりでいたので、二人以外の誰かがほしかったのです。自分が太陽を欲していたように。自分がここにいるんだということを知ってもらわないと、それは何より寂しいに違いありません。 「コードはどう?」 「ん?」 「さっき太陽がいないって言ってたけど、コードのこと気がついてくれてる人はいるの?」 シグナルがふわりと笑いかけました。 「ん…それは…いる」 「だったらいいじゃない、コードは寂しくないよ」 そういってシグナルはコードの腕にいたちびを引き取りました。小さな温かさが離れていくのをコードは少し寂しいと思いました。 けれどそれだけです。もう、これ以上寂しいと思うことはないと思いました。 次の日です。 コードはもう一度あの子達にあった場所に出かけました。 シグナルの周りを、ちびは相変わらずくるくると回っていました。そしてまたちびがコードを見つけました。 「あー、コードお兄さんでっす♪」 「あ、本当だ」 くるくる回っていたちびはコードを見つけるとぴょーんと飛んで抱きつきました。コードは難なく受け止めて抱きかかえます。 「今日はどうしたの?」 シグナルは小首を傾げました。そんなシグナルを見ながら、コードは自分の中の新しい感情に気がついていました。 「…お前たちを連れて行こうと思ってな」 「連れてくって…どこに?」 「…俺様のところだ。俺様のところには妹や仲間がいる。お前たちに会わせてやろうと思ってな」 「本当ですかぁ?」 「ああ、行くか?」 「わーい、行きます♪」 ちびは向日葵のような笑顔で喜びました。シグナルは嬉しそうなちびを撫でながら、同じように嬉しそうでした。 このふたりには適応力があるのでしょう、コードの妹や、仲間たちともすっかり打ち解けてしまいました。鮮やかに光る星は何者の心をも掴み、導くのでしょう。 「お兄様」 「エレクトラか」 ネオングリーンに輝く髪がふわりと揺れました。彼女は三人いるコードの妹のうち、いちばん上です。名前はエモーションですが、コードだけはエレクトラと呼んでいました。 「随分可愛らしい子供たちをお連れになりましたのね」 エモーションがにこりと笑いました。コードは苦笑します。 「ああ、まだ子供だがな。あれは鍛え方次第でいくらでも強く大きくなれる」 「…お兄様の太陽になってくださいますわ」 「…そう思うか」 兄の言葉に、エモーションは素直に頷きました。 「ええ、あの子の名前がそうです」 「名前…」 「シリウスは『焼き滅ぼすもの』、ミラは『不思議なもの』。そして…」 新緑の輝きを持って、エモーションは高らかに告げました。 「そしてシグナルは『兆し、あるいは導き』」 りんと鈴振る玉の声が響きました。瞬間、コードの周りに光が満ちていました。エモーションは笑顔を絶やさすに続けます。 「あの子達はふたりでひとり、永久に離れることはありません。お兄様は一度に二つも太陽を手に入れたのですわ」 「太陽を…」 満ちていく光の中、コードの背中に翼が生えます。髪と同じ桜色の翼です。エモーションはまあと目を見開いていました。 「翼まで手に入れられたのですね。素晴らしいこと」 「翼が生えたか…」 流石のコードもこの一連の事象を前になす術なく呆然としています。 「けれどお忘れなさいますな、お兄様」 「なんだ」 「あの子らは光り輝くもの。それゆえに妬み、あるいは愛し、欲するものが現れるかもしれません」 「わかっている、エレクトラ」 コードはそっと妹の髪を撫でました。零れた光は大地に落ち、やがて芽を吹き、草となり木となり、多くの命を育むものとなりました。 「同じ過ちは、二度としない。俺様が守る」 桜色の翼で羽ばたくと、今度は零れた羽が花になりました。 「よかったですこと…」 飛んでいくコードの姿を、エモーションはいつまでも見守っていました。 遊びつかれたちびはシグナルの膝の上でぐっすり眠っていました。コードがはるか上空から現れたことをシグナルはさして驚きもしません。 「驚かんのか」 「別に。コードに翼があるのは不思議じゃないもん」 「何故だ」 「鳥とか翼はね、平和と自由の象徴なんだ。その翼でどこまでも飛んでいける――それは自由で、平和なことなんだよ」 シグナルはちびの髪を撫でました。するときらきらと光が舞い、そこから希望が生まれました。コードはシグナルの隣に腰をおろしました。 「なるほど、そうかもしれん。しかし飛んでいるだけならいつか力尽きて落ちてしまうぞ。戻るところがないとやはり翼も無用の長物となる」 どこまでも自虐的なコードは言いました。するとシグナルはくすくす笑い出しました。コードはむっとします。 「何がおかしい」 「だって贅沢なんだもん」 「贅沢?」 「太陽も翼も取り戻したのに、これ以上何がほしいの?」 これ以上、何がほしいの――これ以上望むもの。それは、この太陽と翼を永遠に失わないこと、守っていけるだけの強さを――。コードはそう願いました。シグナルは言いました。 「コードはもう充分強いよ。ずっとずっと太陽を待ちつづけたんだから」 「それなら…」 「それなら?」 「お前を手放したくない。ずっとそばにいてくれるか」 「…うん」 だから私は君と出会う――きっとそのために生まれてきたんだから…。 コードはそっとシグナルの手を握ります。握った手から温かさが生まれ、触れ合う唇から恋が生まれ、二人の間に永遠が生まれました。 「離れないよ、コードがずっとそう願ってくれるなら…」 ふたりは静かに寄り添います。 その夜から月は満ち欠けしながら輝くことを知りました。 遠い遠い宇宙のどこかで お月様は星に恋をしました。 ≪終≫ ≪メルヘン…≫ 情熱的に踊るやつ…それはカルメン。某年のサッカーWカップに遅れてきたところ…それはカメルーン。笛吹き…それはハーメルン。 三角形の面積を求めるときの一要因…それは底辺。 ちがうって。メルヘンだって。要するにかわいいコーシグが書きたかっただけなんですよ。かわいくて美しいのが…。そうしたらこんな意味不明のお話に…。…ごめんなさい、もうこんなわけわかんないことしませんから許してください。 |