My Favorite Place 〜For A-S 恋人の腕の中は 私だけに許された陽だまり 温かくて優しい 私のお気に入りの場所 風のない日だった。ぽかぽかととても天気のいい日で、こんな日は洗濯物が乾くのも早い。 塀の上でカントは大欠伸でうにゅ〜んと背伸びをしていた。 そんな普通の昼下がり。 「さぁって、これでおっしまいっと」 カタンとキーボードを叩く。ファイル→名前を付けて保存―(名付け中)→保存。パソコン独特の音を立てて一連のコマンドに従ったデータがCDに保存されていく。膨大な量ではあるが、CDに入りきらないほどではない。手際よく処理を済ませると白い手袋に包まれた手がパソコンからCDを取り出す。ボタンを押せばうにゅと吐き出されるディスクをしまい、オラトリオはパソコンの電源を落とした。 「仕事は終わったし、あとは…」 るん♪とスキップ的足取り(効果音付き)でオラトリオはコンピューター・ルームをあとにした。向かった先はリビング。彼の恋人がいるだろう場所。 確か、リビングにいるはずだ。信彦が学校にいっている間、シグナルはひまでひまで仕方がない。今日はおとなしくしている。あ、そうそう、パルスはメンテだっけね。ということは、シグナルは奥様よろしくワイドショーでも見ているのだろう。 (さあ、おにいちゃんが思う存分(いろんなことして)遊んであげような) 括弧書きが少し気になるが、ともかく、オラトリオはリビングにつながるドアを開けた。 「しーぐなーるちゃ〜…ん?!」 オラトリオの顔色が変わった。愛しい愛しい妹がプリズム・パープルの長い髪をカーペットの上に投げ出し、うつ伏せに倒れているではないか! 「シグナル! シグナル!」 オラトリオは慌てて駆け寄り、細い体を抱き起こして揺すった。 「う、にゅ…」 ゆっくりとアメジストの瞳が開かれた。まだうつろで、焦点が合っていない。 「あれー? オラトリオ、どうしたの?」 うにゅうにゅと目をこすりながら、シグナルは体を起こした。どうやら、眠っていただけらしい。 「びっくりさせんな、ぶっ倒れてるのかと思っちまった」 「ごめんごめん」 温かかったからつい寝ちゃったとシグナルは笑ってみせる。その顔がとてもかわいらしくて思わずぎゅっと抱きしめてしまう。 「苦しいよぉ」 やんわりと押される腕の力を少し緩めてオラトリオはかわいいかわいい妹を膝の上に座らせた。大きな体にこれまた決して小さくはないはずのシグナルがちょこんと収まった。 「寝るんならベッドかソファに行けよ」 そういってシグナルをソファに連れて行こうとしたそのとき。 「ここがいい」 シグナルの手がオラトリオのコートをそっと握った。 「だめ?」 膝の上がいいなんていわれてオラトリオが拒否するだろうか。その答えはNoである。あどけない顔でシンプルなおねだりをする恋人にオラトリオの理性は消滅しかけた。が、昼間から事に及ぼうとするほど馬鹿ではない。だだっ広いこの家の何処かに必ず誰かいるのだから。 コートをくいくい引っ張って返事を求めるシグナルの唇に自分のそれを落とす。柔らかく触れたそれはほんのりと温かかった。 「しゃあねえな」 うれしそうに困ってみせるオラトリオはシグナルを優しく抱きなおした。 「ありがとう、オラトリオ」 そういって幼い恋人は再び眠りについた。アイボリーの揺りかごの中でシグナルは幸せそうに眠っている。 「こういうのも…悪かねえな」 そうつぶやいて、眠っている恋人の瞼に軽くキスをする。小さく身をよじる姿に笑みを隠せない。 温かな日差しが二人を包んだ。 「ただいまー…って、シグナル寝てるの?」 「よ、信彦」 首だけ振り返って声の主を見た。学校から帰ってきたのだろう、かばんを背負ったまま、信彦はオラトリオの腕の中を見た。シグナルはまだ目覚めそうにない。 「よく寝てるね」 起こさないようにひそひそと語りかけるあたり、家族を大切にする音井家ならではの優しさが感じられた。 「疲れない?」 「うんにゃ。こいつ軽いし…それに…」 「それに?」 「大事な妹だからなぁ」 流石に言葉を選んで、オラトリオは眠りつづける恋人を見つめた。 「信彦さん、おやつがありますよ」 リビングのドアを開けて声をかけたカルマに信彦が静かに、と人差し指を口に当てた。カルマは慌てて右手で口を覆い、何事かと歩み寄った。 そして、納得した。オラトリオの腕の中というのが少々気に入らないが、シグナルのかわいい寝顔の前にはそんなことたいしたことではないような気さえしてくる。 (かわいい…) カルマはくすりと笑みをこぼした。 「ただいまぁ」 3時を境に音井家はだんだん騒がしくなる。夕飯の支度とか、朝干した洗濯物だとか。 今にシグナルもたたき起こされるだろう。 それまでしばし、安らかに眠るといい。 ずっとずっと、こうしててやるから…。 シグナルが目を覚ますまで、オラトリオはずっと陽だまりに座っていた。 ここはあなただけに許された 至福の場所なのだから ≪終≫ ≪あとがき≫ アホ小説もここまで来ると立派だなって事ですよ。バカップル万歳! 膝抱っこ…いいなあ。 短くてすみません、たまにはこういうショートを書きたくなるんですおww |