GOLD




             
秋の日は影を長くする。オレンジ色の空は長身の青年の影をさらに大きくした。
青年の名は<A-O ORATORIO>、彼は小高い丘の上に一人で佇んでいた。
そして染まり行く空に思いを馳せた。
起動してから10年近く――何度夕日というものを見ただろう。自分達ロボットはおろか、人間でさえ、この空を作ることはない。
何者にも支配されることのない自然の織り成す美しい情景を目の前にして、オラトリオはこれまでのことを自嘲気味に振り返った。

起動してすぐヒ−トストレスで死にかけたこと
電脳空間で様々な敵を倒してきたこと
自分はオラクルのスペアであること

『自分は道具だ』

そう言って自分の運命を呪ったこと。

それでも救いがないわけではなかった。それを救いと呼ぶには甚だ微々たるものではあったが、それでも彼の精神が崩壊をするのを留めていてくれた――護るべきものを抱える彼をもまた護られる者であったと感じさせてくれたのは事実だ。
自分の親である音井教授や周りの科学者達が自分を助けてくれたし、自分で思った以上に誰も道具扱いしなかった。
みんな優しかった。

そして

最愛の人がこの世に生まれてくれた。

『オラトリオ…』
電脳に刻み込まれた愛しい人の声。
『好きだよ オラトリオ』
無邪気なその笑顔は生きる勇気、力強く光るアメジストの瞳は慈愛に満ちていた。
眩いその姿を思い浮かべるだけで自分が今こうして起動している、いや、生きていることの意味を知る。
そして、誰かを愛するという真実も―――

「もー、こんなところにいた」
背後から声がしてオラトリオは振り返る。
風にそよぐ紫苑色の長い髪を持つ愛しい人、<A−S SIGNAL>は呆れたような表情で自分より高いところにあるオラトリオの顔を見つめている。
「探したんだよ。夕飯の時間だってのに戻ってこないんだから。どこほっつき歩いてるのかと思っちゃった。何してたの、オラトリオ?」
「おっ、兄ちゃんを探しにきてくれたのか? 兄ちゃんうれしいぞっ」
オラトリオは愛おしそうに髪をなでる。その優しい仕草にいつもはぎゃーぎゃーわめいて抵抗する彼女もなされるがままにしていた。
正直、この兄に髪をなででもらうのに悪い気はしない。
それに…また『あの顔』をしていたから――自虐する切なそうな顔を。
だからシグナルは黙っていた。
自分はオラトリオの過去は知らない。ときどき彼自身が話してくれることもあるけど、それを知ったところで自分にはどうすることもできない。ただ、教授たちと同じようにオラトリオをオラクルのスペアではなく、オラトリオ個人として愛してやることが今の自分にできることだと思っていた。
もっとも、シグナル自身は最初から彼を道具だなんて思ってはいない。オラトリオの運命を知らなかった頃から、いや、知ってからだって、そうは思わなかった。
シグナルにとってのオラトリオはどうやっても敵わない“長兄”であり、同時に最も愛しい“恋人”でもある。
『私たちは道具じゃない』
理由なんてない。プログラムじゃない。ただ自分を貫いている情熱を礎に自分はオラトリオを…。

「シグナル」
目の前の恋人に思いをはせていたシグナルは、呼ばれて夕日に染まる兄の顔を見た。その表情は自分だけに見せる優しい顔。
「すげえよな。これは」
促されるようにシグナルはオラトリオの横に立った。目前に広がる夕焼けに言葉もなく目を見開く。
「すごい…全部オレンジ色だぁ…」
そうつぶやく妹の肩を抱きながら長身の兄は言葉を続ける。
「以前、オラクルにデータとして夕焼けを見せたことがあっけどよ、やっぱ本物にはかなわねえな」
(ああ…オラトリオは今…)
シグナルは目を細めて微笑み、長身のオラトリオに抱きついた。
今、この兄は自分を必要としている。電脳に刻まれた記憶よりも、そこに感じられる温かさを…。そしてそれがわかるほどに自分もオラトリオを好きだということもシグナルは感じていた。

自分も欲しかった、オラトリオの温かさ。だから思いも自然に口をつく。

「オラトリオ…私たちはロボットだよ。でも道具じゃない。教授も…信彦も…みんなそう言ってる。オラトリオはオラトリオで、オラクルはオラクルだよ。私…オラトリオが好きだよ。いくら二人がそっくりでもオラトリオはこの世でたった一人の人」
そういってシグナルは広い胸板に顔を押し付けた。
たったひとり。この世でたったひとりの愛しい人。かけがえのない恋人、それがオラトリオ。
彼女が口にする『好き』という言葉がオラトリオの表情を和ませた。
オラトリオはシグナルの頬に静かに手を添え、ゆっくりと上を向かせた。シグナルもゆっくりアメジストの瞳を閉じた。触れるだけの、でもゆるやかに交わされるくちづけは確実にお互いの体温を伝えた。はなれて、オラトリオは細身の妹を抱きしめる。
(ありがとう、シグナル)
そして
「愛してる…」
「うん」
恋人の胸の中でシグナルは温かさを感じて目を閉じた。

その瞬間、すべてが金色に光った。

「あ」
甘い空気を破るつぶやき。シグナルは弾かれたように顔を上げた。
「夕飯だって呼びに来たのに、これじゃ信彦に怒られちゃうよぉ! オラトリオ、早く戻ろう!」
オラトリオの腕をするりと抜け出して緩やかな坂道を下っていく恋人を見ながらオラトリオも坂を下ってくる。
早く早くとせかすシグナルの手を取ってにっこり微笑む。
恋人が何をしたがっているのがわかってシグナルは柔らかくその手を握り返した。



夕日に染まる町並みを二人で並んで、少し急いで歩く。
つながれた手と手から伝わる愛しさ

シグナル―<A-S SIGNAL> 無邪気で愛しいこの恋人は
真新しい勇気を
無垢な情熱を
心の平和をくれる。
欲望や期待や不安に押しつぶされそうな自分を救ってくれる。

 
寂しげな世界に響く そう、まさにシグナル

(ありがとう、そして…愛してる)
オラトリオは心の中でその言葉を反芻した。

音井家への帰路を急ぎながら二人は互いに存在する限り、自分たちはきっと大丈夫だと思った。

誰にも汚されることのないこの思いを胸に自分たちはお互いを守り、愛しつづけるだろう。
「オラトリオ、大丈夫だよ」
「…ああ」
握られた手に少しだけ熱がこもる。


研究所の前では信彦が少し怒ったような表情で待ち構えていたが、ふたりの姿を捉えると、笑顔で駆け寄ってくる。どちらともなく離れた手がちょっとだけ寂しかった。
「遅いよ、二人とも。もう、俺おなかペコペコだよ〜〜〜」
「ごめんごめん、宿題手伝ってあげるから」
「オラトリオもだよ」
「んま、このおにーさんに宿題手伝えとは、さすが信彦、音井家の一員だな」
少年を囲んで二人は玄関のドアをくぐった。
 


愛しい人よ
私たちは一人じゃない
ひたすらに最高の瞬間を思え
また始まる新しい日々のために




≪終≫





≪あとがき≫
まあこんなものかと思ってます。なんかこう…私にはむかないんだなって。ちょっとだけ思いました。
まじで。タイトルはB'Zの『GOLD』より。内容もそんな感じで書いてみました。如月は弱い生き物なのでそっとしておいて下さい。
石なんか投げたら死んでしまいますが、誉めても死んでしまいますのでそっと…そっと。注: 文字用の領域がありません!

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