秋桜の揺れる丘で

 
秋を彩るその花は可憐な姿で咲き誇る
この花をあなたも好きだといいのに
私が好きなこの花を あなたも好きだといいのにな…



「ねえ、オラトリオ。今、暇?」
おねだり上手な視線が下のほうから向けられているのに気がついてオラトリオはにっこりと相好を崩した。
「なんだ? シグナルちゃんのお願いならなんでもきいちゃるぞ?」
「暇…だったらさ、お散歩に付き合ってほしいの」
「お安い御用だ」
くしゃくしゃと髪を撫で、微笑んでやると彼女――シグナルはにっこり笑い返してくれる。そんな笑顔にほだされて、愛してしまったのは偶然か、運命か、プログラムか。正々堂々と告白して、お付き合いをはじめたふたりだったが…。
オラトリオとは<A−O ORATORIO>、情報処理専門の機体として作られたがそれは表向き、実際は電脳空間無敵の守護者、知恵の巨塔<ORACLE>の移し身である。一方のシグナルは戦闘型のロボット。MIRAおよびSIRIUSで作成された世界初のHFRなのだ。偏光する紫色の髪は蓮華升麻、輝く瞳はアメジスト、その煌きのすべては瞳に集約されているようで…。そしてこのふたりは兄と妹、兄弟機にあたるが、ロボットの間のことなので禁忌として認識している人は今のところいないだろう。むしろふたりがこうやって思いあっていることで、特にオラトリオの精神状態が安定しているのだからこれは歓迎すべきことだろう。
「んで、わざわざ誘ってくれたってことはな〜んかあるのかな?」
「…何でもわかっちゃうんだね」
そういうとシグナルは兄をそっと見上げた。この兄は馬鹿でかい。なんでこんなに上背がある必要があるのかはわからないがとにかく背が高い。210センチという長身は160センチのシグナルにとってはちょっと怖いようでもあり、すごく安心できるものだ。人ごみの中でも簡単に見つけることができるから。
「あのね、見せたいものがあるの。私のすっごく好きなもの」
「へぇ、楽しみだな」
並んで、黙って歩きながらふと、シグナルの顔が淋しそうに曇った。



「ここだよ」
「へぇ、ここにこんなところがね〜」
小さな丘を登って見下ろした先に一面のコスモス。秋の桜と書くほど、愛されてきた可憐な花。白、赤、その合いの子のピンク。ものによっては淡い紫にも見える。ずうっと先まで薄く染まっている。細い茎に大きな花をつけているのに強い風が吹いても倒れはしない、見かけによらず意外と頑丈な花だ。こっちから見るのがいいんだ、とシグナルは恋人の手を引いた。そっと握る手はオラトリオの手にすっぽりと収まるほど小さいのにたくさんの未来を握っている。
「おつかいの途中で見つけたの。すっごく綺麗で見とれてたら信彦が迎えにきてくれたんだぁ」
「文字通り道草だな」
「むぅ」
痛いところ(?)を付かれてシグナルは小さく唸った。柔らかな頬を膨らませて拗ねてしまう。けれどオラトリオの指摘は、的を射ているのだから仕方がない。コスモスに見とれて、近所へのおつかいだというのに2時間も戻ってこなかったのは自分なのだから。どこかで具合が悪くなって倒れているのではないか、誘拐されたのではないかと心配して探しにきてくれた信彦に叱られてしまったのは内緒だが。
「けど、ほんと綺麗だな」
「でしょ? 私のお気に入りなんだよ」
小首を傾げてにっこりされると理性が吹っ飛ぶ。誰もいないことを幸いに押し倒していろんなことをしてしまいたいが、それはまだ早すぎる。ぐぐっと堪えてオラトリオも微笑み返した。
「…なぁ」
「なぁに?」
「なんでお前のお気に入りを教えてくれたんだ?」
「何でって…言っても笑わない?」
「笑わないからゆーてごらん? ん?」
オラトリオはそういってシグナルを促す。彼女はもじもじとはにかみながらコスモスに目を落とす。恋人に顔をまともに見れそうになかった。
「あ、あのね、思い出が…欲しかったの」
「思い出?」
「うん…だってオラトリオ、また仕事で遠くに行っちゃって…あんまりこっちにいないでしょう?」
オラトリオは監察官として、また脅威の外交官として旅に身を置いている。シグナルと思いあっていてもそれは変わらない。シグナルも淋しいことに変わりはないが、駄々をこねてオラトリオを困らせることだけは絶対にしたくないと思っているから、笑って送りだしてあげる。そうすることが自分にできる精いっぱいの愛情だと信じているからだ。だからこそ――いつもそばにいられないからこそ、こうして一緒にいるとき、たくさん思い出が欲しいと思う。どんな小さなことでもいい、飛び切りの笑顔で、素敵な思い出を。それを糧に、あなたがそばにいない淋しさを紛らわすことができるなら、それもいい。
「まぁ…そうだなぁ」
「だからね、淋しくないようにと思って…。オラトリオが旅先でコスモスをみてさ、ああ、この花シグナルが好きだったなぁって思い出してくれたらいいなあって…変かな?」
「…お前は優しいな」
くしゃくしゃと髪を撫でてやる。シグナルは首を竦めて、でも嬉しそうにそれを受け入れてくれた。
「そういうとこ、すっげぇ好きだ。なぁ、シグナル、俺はいつでもお前のことを思ってる。道端に紫の花が咲いてたら、お前みたいだなって思うんだぜ? 結構重症だよ、お前のこと、頭から放れねえ」
「仕事中以外は放しちゃいやだよ〜」
「ばぁか、忘れるわけないだろ。今日のことも、大切にしまっとく」
「うん…」
木漏れ日が優しい丘の上。秋の風がさらさらとシグナルの髪を攫って――。
「そうだ、もうひとつ思い出作ろうか?」
「どんな?」
「こーんな」
オラトリオの手がシグナルの肩を抱き寄せた。つられて上を向いたシグナルの顔にオラトリオが近づいて来て…。

ちゅ。

自然と、目を閉じていた。キスをするとき目を閉じるのは、どこをみていいのか、わかんないから…なのかな?
ゆっくり開くと、眩しいくらいのオラトリオの笑顔があって、そのままぎゅっと抱きしめられる。目の前に広がる優しいアイボリーにシグナルはゆったり身を任せた。
「…愛してる、シグナル」
「…私も…って言いたいんだけど…まだよくわかんないから…『大好き』でもいい?」
「いいぜ♪」
「じゃあ。大好き」
すっぽりと腕の中に隠れてしまったシグナルはそのまま風に揺られるコスモスを見ていた。



それから数日後のある日。オラトリオが旅立ってから、ちょっとだけ淋しい、ここ数日。
シグナルの自室に揺れているコスモスはあの日の思い出の花。真っ赤なコスモスを一本だけ、失敬した。
『これを俺だと思うように』
そういって手渡されたそれは今のところ枯れるでもなく、一輪挿しに収まっている。オラトリオが帰ってくる頃には枯れてしまっているかもしれないが、それまでは大切にしよう、シグナルは甲斐甲斐しく世話を焼いている。ちょんと指先でつつくと揺れる、可愛い花。あの人の帽子のように真っ赤な花。
「オラトリオ、元気かな」
そう、ひとりごちていたそのとき。部屋のドアが軽く鳴った。返事を返すと、ドアが開いた。にっこり笑顔の絶えない、音井家の女主人・みのるだ。彼女はシグナルの弟、信彦の母であり、自分の製作者である信之介にとっては義理の娘になるから、彼女はシグナルにとって、母のようであり、姉のようでもある。みのるはにこにこしながらシグナルをおいでおいでと手招きした。
「シグナルちゃん、通信が入ってるわよ」
「え?」
それってもしかして。
「オラトリオからよ、早くいらっしゃい」
「はいっ!!」
どびゅーんと研究室にまっしぐら。そんな後ろ姿を見送ってみのるはまだのんびりと微笑んでいた。
研究室に入ると、電源の入ったモニターに映される恋人だけがいた。他には誰もいない。彼女に気を使ったのか、それともみんな通信は終わらせているのか。そんなことはもうどうでもよくって、シグナルはモニターに飛びついた。彼は今、電脳空間にいるらしい。
「オラトリオっ♪」
らんらんと瞳を輝かせるシグナルを可愛いなぁと思いながら、オラトリオは声をかけた。
『よう、元気にしてたか? いい子で留守番してたか?』
「うん。オラトリオこそ、元気だった? 浮気なんかしたら絶交だからねっ」
『天地神明に誓って、んなこたぁ絶対してねえ!!』
「ならいいんだけど」
こういうときは変に真面目なオラトリオに苦笑する。自分のことをどれだけ大切に思ってくれているか、よくわかるのだ。
『コスモス、まだ咲いてるか』
「うん、大事にしてるもん。名前付けて可愛がってるよぅ」
その名前は聞くまでもないだろう、大方――『オラトリオ』とでも名付けているに違いないんだから。
「『オラトリオ』っていうの。こっちを離れるときにオラトリオが自分だって思えって言ったから」
やっぱりね。単純な妹に今度はオラトリオのほうが苦笑する。なんて素直で、可愛いのだろうか。どこまでも純粋で、美しい。このままでいてほしいと願いながら、いつか自分だけのものになってほしいと思うのも恋人の性なのだろうか。
「あのね、オラトリオ…」
『なんだ?』
「この前のキス…嬉しかった。また…してくれる?」
『おうとも』
「じゃあ、今からそっち行く。いい?」
『おう、来い来い。待ってるからな』
ディスプレイ越しに軽いキス。通信を終えて真っ暗くなった画面にくっきり残る唇のあと。流石に何をしたのかバレバレなのでOAクリーナーできゅきゅっと拭いて。
「よし、これでいいよね」
うん、と頷いて、彼女はジャックポッドにケーブルを繋いだ。愛しい人との、別世界での出会い。ふたりを結ぶ赤い糸のように――。

「待っててね、すぐ行くから」
目を閉じ、愛しの彼のもとへ。睡魔に似た感覚に身を任せ、彼女の意識は電脳空間へと落ちていった。
 




秋を彩るその花は可憐な姿で咲き誇る
この花をあなたも好きだといいのに
私が好きなこの花を あなたも好きだといいのにな…

秋桜が揺れる丘で交わしたくちづけも 
私は絶対忘れない


いつか『愛しい』と思えるよね、あなたの為に……





≪終≫





≪脳内のモードは≫
現在脳内白モード。少女漫画〜〜〜!!\(゚ロ\)(/ロ゚)/あたふた。
実はOt×S♀でHFRっていうのは初めてです。いや、本当に(笑)。パラレルならあるんですけど…そういや、IF(もしもぼくたちが人間だったら)もないや。なんでかしら? もしかして、兄妹って…苦手? なのかもしれないっす(-_-;)。さて、これで逃げましょうかね…


≪おまけっ!≫
今回の脳内における製作風景
オラトリオ:如月ちゃんよ〜〜、師匠とラブラブなシグナルもいいけどよ〜〜、俺もシグナルちゃんといちゃいちゃしてぇ…
如月:何言ってるの、パラレルでいちゃいちゃしてるじゃないの。これ以上なにする気だ、あんたは!!
オラトリオ:頼むっ! このとーり!!m(__)m←がばっと土下座
如月:ん〜〜、まぁ、最近コーシグも煮詰まってきたしねぇ、気分転換に書いてみるかねぇ…
オラトリオ:まじ? まじで? わーい、流石、如月! やるときゃやるねぇ!!
如月:五月蝿い、大人しくせんと書かんぞ(-。-)y-゚゚゚
オラトリオ:へいへい、仰せのままに
如月:(扱いやすい奴…)さってと、やりますかねぇ

 注: 文字用の領域がありません!

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