DEAR,MY・・・





あの日出会った紫苑の光が
すべての始まりだった
思いもよらない未来に
感情プログラムのすべてが混乱した



Aナンバーズ <A−O ORATORIO>
シンクタンク・アトランダムにおいて製作されたロボットのうち、脚光と畏怖の念を世界中にくまなく広げた音井ブランド長兄。彼は情報処理専用機体。そう、表向きは。
彼の実態は学術研究機関専用特殊空間<ORACLE>の守護者。オラトリオはその空間に侵入するハッカーを撃退し、オラクルに万が一のことがあった場合には彼自身がオラクルにシフトチェンジされる――つまり、スペアである。一部を除くあらゆる他人を『敵』と仮定し、常に対策を練る。影に徹し、<ORACLE>と自己の崩壊という二重背反を抱えたロボット…のはずだった。


「うわあ、ひどくなってきたねえ」
「降るなんて言ってなかったのになあ」
ふたりは急に降り出した雨から逃れるために何処かの軒先に飛び込んだ。上着の雫を払いながら止みそうにない雨を眺める。これではせっかくのデートも台無しだ。オラトリオはふっと顔を上げる。
(くそっ、こんなときに限って雨だなんて…)
現実空間で久々のデート。あさってにはまた仕事で遠くに行かなくてはならない。恋人とのしばしの別れ、その時間は残酷にも近づいているというのに楽しい時間は突然の大雨によって不意にされた。オラトリオは雨雲を睨みつけた。しかし、だからといって雨が止むわけではない。そんなことで天候を操ることができるのなら誰も困ったりはしないだろう。
「しばらく止みそうにないねえ」
となりで同じように天候の回復を待っていたシグナルがぽつんと呟く。その声にオラトリオはシグナルのほうに向き直る。プリズム・パープルの長い髪は水気を含んで少し重そうにシグナルの背後を流れている。前髪はぺったりと白い頬に張り付いていて細い指先がうっとうしそうに払った。恋人の珍しく艶な姿にオラトリオは言葉を失った。水も滴るなんとやらとはこのことである。掻き揚げられた髪の隙間からのぞく白いうなじがオラトリオの電脳を刺激した。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない」
覗き込むようにオラトリオを見ているシグナルの仕草一つ一つが妙に色っぽくてオラトリオはそれでも何とか理性を保っている。こうしていないと、場所もわきまえずに襲い掛かってしまいそうになる。そんな不思議な色香がシグナルの体から漂っていた。
「ほら」
白い手袋に包まれたオラトリオの手が白いハンカチを差し出した。どうやら、これで少しでも拭けということらしい。
「え? でも…」
「いいから」
オラトリオはもう一度差し出す。
「私はいいよ。オラトリオが使ってよ」
「恋人にハンカチも貸せないようでどうするんだよ」
遠慮するシグナルの頬に強引にハンカチを当てた。そのまま顔を拭いてやる。濡れた前髪も簡単に拭ってからオラトリオはハンカチを絞った。水は滴らない。
「濡れちまってるなぁ」
「う…うん」
ぱん、とハンカチを広げ、今度は髪全体の水気を払う。排熱システムを兼ねる髪は少しばかり乾いていた。俯いてオラトリオのしたいようにさせながら、シグナルはそっと視線をそらす。雨はまだ止まない。
「これでいいだろ」
「あ、ありがとう」
オラトリオの手が濡れたハンカチをたたんで今度は自分を拭いている。しかし、濡れたそれでどこまでできるだろう。本当はオラトリオのものだったのに…。いつも自分に優しいオラトリオの行為をこんな形で目の当たりにして、シグナルはちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。
「オラトリオは大丈夫?」
「これくらいなんてこたないやね」
ハンカチをしまってオラトリオは真紅のトルコ帽を手にとり、空いた手できっちり撫でつけたダーティ・ブロンドをかき回した。
「せっかくのデートなのになあ」
「しかたないよ、お天気に文句は言えないしさ」
「あさってからまた仕事なんだよなあ」
「…それもしかたないよ」
続く愚痴は仕方ないとかわすしかない。どんなに駄々をこねたってオラトリオとシグナルでは存在意義はまったく違うのだ。最新型のシグナルは存在しているだけで立派に仕事となる。MIRAとSIRIUSを使って製作されたシグナルはこれからのロボット工学に貴重なワンシーンを刻むことになる。彼女はこれから先のロボットたちの偉大な礎となるだろう。本来AナンバーズはT・Aの研究所で作られる。しかし、シグナルだけは音井ロボット研究所という片田舎で造られている。そんな彼女は海上都市リュケイオンで行われるロボット博覧会でデビューするはずだった。それなのに、その一大イベントもDr.クエーサーが<A−A ATRANDOM>を操ってめちゃくちゃにしてしまった。おかげでオラトリオとシグナルの出会いは乱闘のどさくさにまぎれていい加減になってしまったのだ。それでも、オラトリオはちょくちょく研究所を訪ねるし、シグナルも何故かこのおちゃらけた長兄の訪問を心待ちにするようになっていた。その思いをなんと呼ぶのか、そのときはまだ知らなかったけれど…。
「寂しくなるな」
「でも、私はいつだってオラトリオが好きだよ」
あどけない笑顔の後ろに花が咲く。この子の笑顔にはかなわない。己が求めに逆らわず、オラトリオはシグナルを抱き寄せた。
「シグナル…」
何度――何度こうしたことだろう。初めて出会った時からずっとこうしたかったような気がして…。
この思いが『恋』で、そのあとが『愛』だと知ったときにはもうこの子を抱きしめていた。柔らかな温かさに互いの心を映して。
打ち明けた愛は真っ赤な顔で受け入れられた。初めてのキスはセピア色の口づけ。
今もこうして何の違和感もなく重ねていく。
「ん……」


心は 強くない あなたがいないと こんなにも脆い


「……シグナル」
「なに?」
「……おまえだけだよ。俺には…おまえだけ…」
いてくれたなら それだけでいいのに―――こんなにもあなたがほしい。
「……おまえだけ…いてくれたらいい」
「オラトリオ…」


愛したことに理由なんてない。ただ、自分の気持ちに素直に従っただけなんだよ。


シグナルの手がオラトリオの頬をそっと包んだ。そのままちょっと背伸びしてオラトリオに口づける。
「オラトリオ」
添えられた手はそのまま。シグナルの背中に回された腕もそのまま。ふたりはしばらく見詰め合う。ほんのわずかな時間なのに永遠のように思えるのは何故だろう。
「私はいつだってオラトリオのそばにいる…って言いたいけど、そうはいかないもんね。でも、私はいつだってオラトリオを思ってるよ。私はみんな大事だけど…でもね」
シグナルが最上級の笑顔でオラトリオに告げた言葉は――
「オラトリオがいちばん好きだよ」
飾らない言葉にこそ、本当の思いが宿る。オラトリオは短く息を吐いて、シグナルをそっと抱きしめる。それに応えるようにシグナルは頬に添えていた手をするりとオラトリオの首に巻きつける。柔らかな頬をオラトリオのアイボリーのコートにぎゅっと押し付けてうにゅうにゅと甘えているシグナルが可愛くて仕方がない。
シグナルがふと思い当たったかのように顔を上げた。
「ねぇ…」
「あん?」
「雨……止まなくてもいいや」
こうしていられるだけで、いいから。
「……そうだな」
抱きしめている温かさだけ。感じているからもう――どうだっていい。


雨はまだ止まない。


芽吹いた思いが成長して心を突き破ってあなたを抱きしめた。理性なんてなくなっていたかもしれない。
ただ、あなたという存在を自分だけのものにしたくて。
無理に奪おうとは思わない。あなたを傷つけたくないから。


「小止みになってきたな」
「今のうちに走って戻ろうか」
「いくか?」
「うん♪」
手を繋いで、しとしとと小雨になった隙に二人は田舎道を走っていった。プリズム・パープルの長い髪がきらきらと雫を弾きながら揺れた。




「オラトリオ」
「なんだ?」
ひょいとシグナルを抱いて器用に水溜りをよけながら言葉を交わす。シグナルは軽いから抱き上げるなんてなんでもない。シグナルも楽しそうに身を任せる。
「仕事頑張ってね」
「あたぼうよ」
「無事に帰ってきてよ」
「……当然」
おまえが待ってるからな、と軽くウインクして、シグナルの額に口づける。これはふたりだけの約束の儀式。
「あ…」
「なに?」
オラトリオが唇を離して向けた視線の先に大きな橋――七色に輝く虹が鮮やかに空にかかっていた。シグナルは初めて見る雨上がりの虹に驚きを隠せない。
「綺麗…」
「雨止んだな」
シグナルの肩に手を乗せ、抱き寄せる。ことん、と、シグナルの頭がオラトリオに寄せられた。
「そうだね」




それから10日後。研究所の一室でシグナルは空を見上げた。あの日とはうって変わって真っ青な空が広がっている。今ごろ、恋人はあの空の向こうで淡々と仕事をこなしているだろう。それを思うだけでシグナルはひとり、にっこりと笑う。笑うことができる。寂しくなんかない…というと嘘になってしまうけど、帰ってきたときに最高の笑顔で迎えてあげたいから。みんなもいるし…ね。
「ね、オラトリオ」
アクアマリンの携帯電話はオラトリオから贈られた秘密の通信手段。電脳空間対応プログラムを持つふたりは電脳空間で会うこともできる。シグナルはオラトリオからの連絡を待っているのだ。いつものように、仕事が落ち着いたらデートの申し込みがあるに違いないのだから…。液晶画面の表示が変わるのを待ちながら、ちょっと早いかなあとも思ってベッドのうえでころころと転がる。
コンコンコン。ドアがノックされたのが聞こえてシグナルは起き上がって声をかける。
「どうぞ」
「シグナルさん、お茶にしませんか?」
入ってきたのはカルマだった。白いスーツがぴったりとその身を包み、優雅な仕草が映える。にっこり天使スマイルはシグナルといい勝負で、その顔には誰もが異を唱えることができない。そんなカルマもシグナルを溺愛して止まない青年HFRのひとりである。オラトリオが少女から離れたのを幸い、シグナルに熱烈に、されど密かにアタックを試みている。
「うん、もらうー」
携帯のボタンにそっと触れ、バイブモードにしてからシグナルはそれをそっとポケットにしまった。
「ねえねえ、今日のおやつはなあに?」
とてとてと廊下を歩きながらあどけない表情でメニューを訊ねるシグナルに心がとろけそうになるのをぐっとこらえ、カルマはなんでもないようにシグナルの問いに答える。
「今日はアップルパイにしてみました。お口に合うとよろしいのですが…」
「カルマの作るものはいつもおいしいから、自信持っていいよ」
「そう言っていただけるとうれしいですよ」

ダイニングには誰もおらず、カルマとシグナルが向かい合わせに席につく。
「おいしいですか?」
「うん。とっても♪」
ひとくちひとくちおいしそうに口に運ぶシグナルを見ながらカルマは家事を覚えてよかったなとばかりに微笑んだ。料理を作る者としてこれほど主夫冥利に尽きるものがあるだろうか。もっとも、カルマがシグナルを愛して止まないのはそれだけではないが…。
カルマはふと、常に疑問に思っていることをぶつけてみる。
「シグナルさん、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「はに?」
行儀悪くパイを口に含んだまま、シグナルはもぐもぐと返事をする。ああ、可愛い。
「オラトリオがいないと寂しいですか?」
「ん…(もぎゅもぎゅごっくん)え…あー…」
「寂しいんですね」
「う…ん…」
真っ赤になって俯いてしまったシグナルの前には飲みかけの紅茶が湯気を立てることもなく鎮座していた。
「シグナルさん」
「なに?」
「寂しいのならいつでもおっしゃってくださいね。私でよろしかったらお相手をして差し上げますから」
お相手? なんの?……小首をかしげるシグナルにカルマがにっこりと笑う。それが何を意味するのか察したシグナルが湯気を吹き上げんばかりに真っ赤になって立ち上がった。そしておたおたと両手を振る。
「い……いいよっ!! あっ…ご…ごちそうさまっ!」
そのまま去っていこうとしたシグナルは回れ右をしてさっきまで自分が使っていた食器を重ねて流しまで持っていってから逃げた。これはカルマによるしつけの賜物である。
(ほんの冗談だったのですが……本当に可愛らしいですね)
本当に冗談だったかどうかはさておき。テーブルに肘をついて手を組み、その上にあごを乗せて楽しそうに笑うカルマをドアの隙間から見て正信が声をかけた。
「カルマ、僕にもお茶くれるかい?」
「はい、ただいま」
正信の呼びかけにカルマはおっとりと立ち上がってティーポットに湯を入れ、しばらく置いてから正信のカップに紅茶を注いだ。アールグレイがほんのりと香る。
「ところで、シグナルはどうかしたのかい? 妙に真っ赤だったけど…」
「さあ、また喧嘩でもなさったのでは…」
何食わぬ顔で微笑むカルマに正信はいつものことと、これ以上は追及しなかった。




(びっくりしたぁ、カルマってばあんなこと…)
部屋に戻ってからも胸の高鳴りが止まらなかった。オラトリオほど露骨ではないけれど、冗談めかして『ほしい』なんて言われてけろっとしていられるほどシグナルは大人びていない。しかも、言った相手はそんなこと狂っても言いそうにないカルマだ。両手で包んだ頬はまだ熱を保っている。
ブルルルルルルルル。
「にゃああああ!」
予告して鳴る電話はない。シグナルはポケットから振動を感じて慌てて携帯を手にし、通話ボタンを押す。相手を確認するまでもない。これにかけてくるのはあの人しかしないのだ。
『よう、シグナル。いい子で留守番してっか?』
耳元に響く声は紛れもなくオラトリオのもので、さっきまで真っ赤だった顔もはにゃーんと綻ぶ。
「うん。オラトリオ、そっちはどう?」
『ああ、気候もいいし、仕事は思ったより早く片付きそうだよ』
「ほんと?」
『ああ、でな…』
「うん…」
会話中略。
『じゃあ、待ってるからな』
「うん、じゃあね」
通話を終わり、液晶画面は待受画面に変わる。いそいそと携帯をしまい、シグナルが向かった先は…

「あれ? コード。今電脳空間にいるのか。ってことは<ORACLE>かな」
まあいいや、とばかりにジャックポッドにケーブルを繋ぐ。スイッチを入れ、自分のデータをインストールする。これを電脳空間潜入<ダイヴ・イン>という。
現実が薄らいでまた別の現実がシグナルの眼前に広がった。
そびえたつ白亜の図書館――これぞ<ORACLE>
人類の叡智が詰まったここを統べるのはメインパーソナル<オラクル>。そしてこれを守護するのは兄オラトリオである。電脳空間に不慣れなシグナルが遊びに来るのにうってつけの、かつ唯一の場所である。もちろん公共空間に行くこともできるが、自分ひとりでは不安だと、必ず誰かがついてくる。プライドの高いシグナルはいつまでも子ども扱いされることに不満がないわけではないが、みんなが自分を心配してのことなので無碍に断ることもできない。そしてそうさせる事件がシグナルの生まれる前にあったがためだということを知ったのは<A‐E EMOTION:Elemental Electro Elektra>との出逢い(正確には再会)がきっかけとなったが、それはまた別の話である。
今回はオラクルに会いに来たわけではないので、ここは素通りして指定された場所へ向かう。
「えっと、アドレスはここだから…えいっ!」
シグナルのCGが小さな粒子となって消えた。空間を転移してシグナルが辿り着いたのはオラトリオが指定した待ち合わせの場所――彼の個人空間である。
「オラトリオ、いる?」
「よう、来たな」
こぢんまりとしているがそれでもオラトリオらしい部屋のつくり。ここはふたりがよく使う電脳空間での『愛の巣』である。
「来いよ…」
誘われるままにベッドに座ったオラトリオのもとに歩み寄る。オラトリオの手がシグナルを引き寄せ、膝の上に座らせた。
「久しぶりだな、こうすんの」
「今日は暇なの?」
「ああ、今日はたっぷり遊んでやるからな」
なでなでしてやればうにゅうにゅとうれしそうに微笑むシグナルに顎をつかんでそっと上を向かせた。
紫水晶の瞳がじわっと涙で潤んだ。あまりに急すぎてオラトリオは言葉を失う。
「おい、ちょっと、何で泣くんだよ!?」
「だって…だって…」
普段めったなことでは泣かないシグナルが大粒の涙を零しているのを見て、これまためったなことでは慌てない(?)オラトリオがおろおろとシグナルの背中を撫でてやる。えぐえぐとしゃくりあげるシグナルの顔を覗き込むと、シグナルはもっと顔を下げてしまう。
「向こうでなんかあったのか?」
「何にも……ないよ…ただ…」
「ただ?」
「オラトリオの顔見たら…ほっとしちゃって…」
恋人は泣きたくなるような安心感に襲われて泣き出したのだ。何事もなかったのだとわかるとオラトリオはほっと胸を撫で下ろしつつ、シグナルを抱きしめた。
「…なあ、シグナル」
「ん?」
シグナルは涙に濡れた顔をようやく上げて兄の顔を見た。男くさい顔が穏やかに微笑んでいる。これは彼が恋人だけに見せる特別な笑顔。はっとするほど優しさに満ちている。
「俺だってな、おめえに会うとほっとするんだぜ。俺にはおめえがいちばんなんだからな」
「うん…」
「…寂しかったんだろ?」
「……うん。寂しかった。わかってるのにね。仕事なんだって。…それでも…」
「それでも?」
「心配させたくなくって…。仕事の邪魔したくないし、疲れて帰ってくるんだから…って思って……」
「泣きたくなるのはこっちだぜ」
オラトリオがシグナルを強く抱きしめた。壊してしまいそうになるのを自分でも抑えられない。
自分はきっと……もう、この子を手放せない。


もっとわがままをぶつけてほしい
できる範囲で あなたの望みのすべて かなえてやるから
だから泣かないで 悲しまないで

自分を隠さないで
あなたのすべて――喜びも悲しみも
すべてはともにあるために


「愛されてるよな、俺」
オラトリオの指先がシグナルの涙を拭った。僅かな湿り気が不思議と心地いい。シグナルは何も言わずにオラトリオの広い胸の中で落ち着きを取り戻した。
自分はきっと……もう、この人から離れられない。


もっと愛してほしい
できる範囲で あなたの想いのすべて 受け止めるから
だから笑って 抱きしめて

自分の運命を嘆かないで
あなたのすべて――愛も宿命も
すべてがともに生きるために


ここにあるのだから



「…公共空間に行こうかと思ってたんだが…」
ふっと、添えられた手に誘われてシグナルはオラトリオと視線を合わせる。ぶつかる菫紫の瞳に自分だけが映った。オラトリオは言葉と裏腹に微笑む。
「そんな顔じゃ、どこにも行かせらんねえなあ」
オラトリオの意図していることがわかってシグナルは涙のあとが残る顔でにっこりと笑った。片腕だけをするりと出していつものように抱きついてみせる。
「じゃあ……ここで…ここで愛して」
「…了解」

しずかにしずかに
ふたりだけの時間が流れていく



「ふ…やぁん…」
「我慢すんなって、もっと声出していいぞ」
「やだ…恥ずかしいよ…」
「俺しかいねえじゃん」
「でも……あっ…ん、やだ、そんなの…」
逃れられない快楽が迫り来る。オラトリオの体の下でシグナルの細い体が切なそうに悲鳴をあげた。仰け反る喉元に柔らかく唇を当て、指先はラインをなぞる。
「くぅ…ん、はぁ…」
「シグナル…」
薄く開いた唇から舌を滑り込ませ、深く深く絡ませる。シグナルは何処か遠くに行ってしまったかのようにうつろにそれを受け入れている。
「…そろそろいくぞ」
「うん…来て…」

白い闇の中に飲み込まれていく。わだかまる熱と渦巻くような快楽が二人の間を駆け巡った。

「あっ…はぁぁ……いいっ」
「俺も……っ!」
「!!!」
力なく崩れ落ちていく体をしっかりと抱きとめ、今にも気を失いそうなシグナルにふわりと口づける。
「オラトリオ…」
「ここにいるよ…」
「うん…」
オラトリオはシグナルを自分の上に寝かせた。シグナルの細い体はオラトリオの裸体の上に藤の花のような美しさで納まった。
「おめえ、結構細いな」
「そうかな」
「壊しちまうかと思ったぜ」
「壊さないでよ?」
「誰が壊すかよ。こんなに可愛いのに」
「ばか」
どちらともなく笑い出す。揺れるプリズム・パープルはさらりとオラトリオの脇腹に落ちる。くすぐったいそれは放って置いて、自分の胸を枕にするシグナルをしっかりと抱く手は温かい。
「なんか……こう…」
「ん?」
「幸せだね」
屈託のない笑顔で。
あなたはなんて美しいのだろう。

「そうだな、幸せだな」
この子と/この人と交わる喜びがこんなにも大きな幸せになる。
それだけではないけれど――想いもこんなに交わって。

きっと世界で一番幸せになれる。
いや、幸せになるんだ。


抱き合うふたりの姿に一変の曇りもなかった




Dear,my Saviour
己が運命を――これからのすべてを変えた運命の人

Dear,my Brother
愛すべき我が同胞よ ためらうことなく生きてゆこう

Dear,my Heart&Feeling
いつでも笑顔を見せて 時には泣き顔も

そして
Dear,my Steady
これから先の未来を 愛しいあなたとともに 幸せに



あの日の出逢いがすべてのはじまりだった
どんなに遠く離れていても
あなたの『想い』はいつもそばにいてくれる


ばら色の未来なんていらない
悲しみも苦しみも喜びも幸せも全部詰め込んで
これから行く道が『あなた色』の時間でありますように…


そうだよね
Dear,my…
Dear,my…
Dear,my…





≪終≫





≪反省≫
やれやれやっと終わったか。脳を使わないで書くとこんな感じです。カルマと正信は何しに出てきたんでしょうか。私よくわかりません(笑)。
なんとか暴走を止めるとこんなに長くなって…はああ。モチーフは緒方恵美さんの『Dear,my angel』です。どこがやねん!ってつっこまれても困るんですが…。本当はもっとえっちに仕上げるはずだったのになあ。まあ、いいか。←Σ( ̄□ ̄川)
書いている最中に2回もWordが強制終了。仕方がないのでインストールやり直し。そう言う意味で,結構時間がかかった作品だったりします(笑)注: 文字用の領域がありません!

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