三度素敵な犬とワルツを こっ…これはいったいどうしたらいいんだろう…。 一人暮らしの自宅に、突然訪れた母親と秘密の恋人の鉢合わせ… 大学での講義を終えてとことこと家路につく。今日は珍しくオラトリオから連絡があってこっちに来るって言うから夕飯の材料も少し多めに買った。久しぶりにお魚が食べたい、って言ったらオラトリオが任せろって言ってくれた。楽しみだな〜〜。 マンションの前に来て、ふと足を止める。あれ? 洗濯物がない…。おかしいな、干していったよね…。この前オラトリオが来てた時はびっくりしたけど、今回はオラトリオじゃない。だってオラトリオは絶対洗濯物を取り込んだりしないもの! 私がしなくていいといったことをやるようなオラトリオじゃない。 もちろん、雨が降りそうだったら取り込んでくれるかもしれない。けれど今日は一日いいお天気だったのよ? まさかとは思うけど…私は5階にある自宅まで急いだ。 また鍵がかかってない!! いやな予感がするけどもしかして… そーっとドアを開けると、見慣れたような女物の靴…ああ、眩暈がする。音を聞きつけたのか、中から足音がしていきなり私に抱きついてきた。 「きゃーっ♪ 久しぶりね、シグナルちゃん♪」 「か、母さん?」 見掛けが若いこの人は私の母、詩織。18歳で父・信之介のもとに押しかけてなし崩し的に結婚し、20歳で長女ラヴェンダー、25歳で長男パルス、そして28歳のときに私、シグナルを生んだ。私が今19歳だから母さんは今年47歳になる。ちなみに父さんは55歳。 「どうしたの母さん、この前GWに帰ったじゃないの」 「シグナルちゃんがどんな暮らししてるか、見ておきたかったの〜、母さん、今のあなたの年には子持ちだったし〜」 「だからって〜、前もって連絡してよ〜〜」 「あら? 今日来るって知ってたんじゃないの、そのお買い物」 ぎくっ…そういえばオラトリオが来るんだった! どーしよ、どーしよ、パッキャラパーオパッキャラパーオ♪ なんて歌ってる場合じゃなーいっ!! 「いっ、いつも多めに買うのっ、ひとり分って売ってないしっ!」 「じゃ、母さんが来てよかったわけね」 「そ、そうだね…」 早くオラトリオと連絡を取らなくちゃ〜〜…なーんて。悪いこと(?)って重なるものよね。ドアベルがこれでもかとばかりに陽気に鳴り響く。 「あれ、どなたかしら」 「母さんっ? 出ちゃ駄目〜〜」 私の制止なんて聞きゃしない。母は意外と足が速い。ああ、どうか宅配便のお兄さんでありますように……期待薄。 「どちら様〜?」 「シグナルちゃーん、お兄さん来ちゃったぁ……誰?」 「え〜っと…」 母親と、恋人が鉢合わせた。流す涙もないままに、とりあえず家に入ってもらった。 「「シグナルちゃん、この人誰?」」 声がハモってもっと泣きたい。母さんのことはともかく、オラトリオのことはなんと説明したらいいだろう。ふたりは仲良く正座して私の説明を待っている。 「えーっとね、こっちは私の母」 母さんとオラトリオが向かい合う、なんだか変な光景だ。 「シグナルの母で、詩織と申します。娘がいつもお世話になっております」 母さんはぺこりと頭を下げた。オラトリオも礼儀正しく頭を下げる。 「それでね、この人はオラトリオって言って…えーっとね」 「あらまぁ、オラトリオって、あの…」 「母さん知ってるの?」 「だてに主婦はやってないよぅ。奥様情報は無敵なんだからぁ〜〜」 母さんはにこにこと笑っている。オラトリオもにこにこ笑った。 「オラトリオさんって<ORACLE>の…えーと、歌ってるほう!」 びしっと言い当てたことに満足しているかのようで、母さんは胸を張った。オラトリオは微苦笑して私を見る。どーせ私は解りませんでしたよーだ。 「お見知りおいてくださって光栄ですよ」 オラトリオがきらりと微笑むと、いくつになってもミーハーな母さんは芸能人に会えたというだけではしゃいでいる。 「で? シグナルちゃんとはどういう関係なの?」 来たああああああああ!! 芸能人であるオラトリオが一般人である私のところにいる理由!! それは〜〜それはぁ〜〜。説明に困っている私の横で母さんははっと気がついたらしかった。 「もしかして…愛人?」 私とオラトリオは、思いっきりこけた。愛人だなんて、そんな…あんまりじゃない? 年頃の、しかも実の娘に向かって…。しかも止めに 「ちゃんとお手当てはもらってるの?」 これだ。愛人手当て? そんなのあるわけないじゃない、愛人じゃないんだからっ!! 「だから愛人じゃないってば!!」 どうして娘にそんなこと言えるかな〜〜、我が母ながら謎な人だ。愛人関係の是非を問う私たちに、オラトリオがおそるおそる口をはさむ。 「あの〜、お母さん…」 「あら、なに?」 「俺たちは愛人関係じゃなくて、恋人同士なんです。結婚を前提にした」 喉が乾いて飲みかけたお茶を噴出した。母さんはまた小さく驚いた。 「ちょっと、いつからそんなことになってるのよ!!」 私が食ってかかるとオラトリオは私を見つめてにっこり笑う。 「俺ははじめからそのつもりだけど?」 「シグナルちゃん、駄目じゃないの、そういうことなら信兄ちゃんに連絡するから」 「違うのー、結婚は前提にしてない〜〜」 「シグナルちゃ〜ん、結婚しよ〜〜」 その夜はかみ合わない会話だけが飛び交った。やれやれ…。 その夜、オラトリオは泊まらずに半泣きで帰っていった。 『仕事ぱぱっと終わらせてくるからな〜〜』 かわいそうに次のオフはいつだかわからない。新曲『ARDENT LOVE』がこれまたミリオンセラーで、歌番組やキャンペーンに引っ張りだこだという。 「泊まってもらえばよかったのに」 「母さんがいるから遠慮したのよ、かわいそうに…」 「かわいそうって…いつも泊まってもらってるの?」 しまった(-_-i)……宿を提供しているだけじゃなくて、実はそーゆー関係でもあるんです…って、言ってしまったも同然!! 「駄目じゃないの、シグナルちゃん」 「う〜〜、だってぇ…」 だって好きになっちゃったんだもん。ぎゅって抱きしめられて、キスされて…好きだったんだもん。そりゃ、見知らぬ男の人を家に入れて、なし崩し的に恋人になったのはよくないと思うけど…。叱られる、父さんにも報告されて、実家から大学に通うことになるかな〜〜、片道2時間だよ〜〜。けど、母さんは私の覚悟とは全く関係ないことを言った。 「オラトリオさんに、このベッドは小さいでしょう。お布団足りてるの? なんだったら一緒に暮らせばいいのに」 「か、母さん…?」 「あらいけない、もっと大事なことがあったわね」 そう! そうだよ母さん! もっと母親らしいこと言ってぇ〜〜(>_<) 「ちゃんと避妊しなくちゃだめよ、あなたたちは結婚できる年齢だけどあなたはまだ大学生なんだし、あちらさんだって有名人なんだから。それにまだちゃんと結婚してないでしょう? 母さん、できちゃった結婚はいやだからね」 がくっ(-_-;)。それが母親の言葉…。あきれ返る私の横で母さんはにっこり笑って肩を叩いた。 「でもオラトリオさんっていい人ね」 「母さん…」 母さんは、好きな人と添い遂げる幸せを知っている。小さいころから、それをたくさん教えてくれた。 「大事にしなくちゃ駄目よ」 「…うん」 この言葉に、私は素直に頷いた。久しぶりに母さんと寝ると、オラトリオとは違った温かさが部屋に満ちた。 翌朝の食事は久しぶりに母さんの手料理だった。おうちの味が懐かしい。 「そういえば父さんは? 置いて来ていいの?」 「信兄ちゃんは学会でいないの。だからぁ、大丈夫」 信兄ちゃんっていうのは父さんのこと。父さんと母さんは幼馴染で、母さんは小さいころから父さんを『信兄ちゃん』って呼んでて、結婚してからもそれは変わらなかったらしい。幼いころの私には母さんが父さんをそう呼ぶのをとても不思議だと思った。だってお父さんなのにお兄ちゃんでもあったから。ちなみに信兄ちゃんって呼んでいいのは母さんだけで、私たちはちゃんと父さんって呼んでた。 父さんは大学教授で、工学部の材料工学科で教鞭をとっている。姉のラヴェンダーは弱冠20歳で司法試験に合格した弁護士さん。兄のパルスは近くの大学に通っているが現在は卒業研究が忙しいとかでほとんど家に寄り付かないらしい。となると一人ぼっちの母さんは自然とラヴェンダーか私の家に来る。渡り鳥のような人だ。今回ラヴェンダーは仕事で出張していて、お鉢は私のところに回ってきた。 「お願いだから連絡してきてよ」 「だってシグナルちゃん学生さんだもん、絶対家にいるって思ったの。昨日の彼氏さんは予想外だったけどね」 うぐはぁΣ( ̄□ ̄川)、まだ言うか、この人は!! 「そりゃ確かにお付き合いしてるけどさぁ〜〜」 「ねえ、インタビューのときには何着てたらいいと思う?」 いきなりわけのわからないことを言い出した母さんに伺いましょう。 「インタビューって…なんの?」 「…記者会見とかしないの? 『熱愛発覚』とか♪」 「ぶっ!!Σ( ̄。 ̄川)」 ねっ、ねつあいはっかくきしゃかいけん?! なんですかそれは?? 思わず味噌汁吐き出しちゃったじゃないの、ああ、気管に入って気持ち悪い…(@_@) 「いやーん、シグナルちゃん、汚い…」 あーたのせいでしょうが、あーたの!! 口元とテーブルを拭き、冷静になってからその可能性を否定する。 「んなこたしません…(-_-;)」 「えーっ、つまんない〜〜」 「つまんなくないよ」 「だってぇ、オラトリオさんの恋人、そのお母さんのインタビューとか載ったら嬉しいじゃない♪」 「娘を出汁にして…」 「せっかく可愛く生んで可愛く育てたのよ? もったいないじゃない…」 何が? 何がもったいないの?! こんな母親おいて、さっさと大学に行こうとした所で朝っぱらからドアベルが鳴った。 「もー、誰よぅ…」 ぶつぶつ言いながら玄関のドアを開けると、オラトリオが半死半生、それを支える形でオラクルが立っていた。 「どっ、どうしたの?」 驚いた私にオラクルは微苦笑しながらいまだ焦点定まらぬオラトリオに視線を移す。 「ごめんね、朝っぱらから。オラトリオのやつ、すっかり魂が抜けちゃって…」 毎度毎度のことなので、私はさっさとふたりを家に入れた。 オラクルと母さんの対面も済んで、抜け殻になったオラトリオがぼけーっと座り込んでいた。 「…オラトリオ、どうしたの」 「いや、それがね…」 オラクルが申し訳なさそうにぽつりぽつりと話してくれた。 「スケジュールを間違えたぁ?」 「そうなんだ、新曲のキャンペーンは今回、歌番組が一本とあとはプロモーションだけなんだよ。下手な販促活動しなくても売れるみたいだから。だから本当は…」 「今日からオフだったんだよ〜〜」 「だから、それでなんで魂が抜けちゃったみたいになるの」 今日の講義はお昼から。でもさっき友達からメールで午後の講義も休講になってしまったと連絡があった。したがって私も一日オフになる。 「仕事があるからって昨日はお泊りもしないで帰ったんだぞ、お母さんの手前ちゅーも出来なかったし…」 「すればよかったのに」 「母さん!! 母さんはちょっと黙ってて、ややこしくなるから」 「そう?」 「オフだってわかってたら…わかってたら…」 そういってオラトリオはむせび泣いた。要するに私と一緒にいたかったのに母さんはいるわ、仕事はあるわで駄目だと思ってたのにそこに来て実はオフでしたと告白されれば怒るのも通り越して幽体離脱しそうなもの。流石に同情して、私はオラトリオのそばによった。 「オラトリオ、オラトリオってば」 「んあぁ…シグナルちゃん…」 いい年をした大の大人が涙を浮かべて私を見つめた。私の前では完璧な捨て犬を演じてみせるオラトリオにはある意味脱帽する。そんな目で見つめられると私も弱い。 「…んー、母さんが一緒だけどよかったらここにいる? ゆっくりしていっていいんだよ」 「…ほんと〜か〜」 「うん、母さんもいいよね」 「もちろん。オラクルさんはどうなさるの?」 「私は用事があるんで。もともとオラトリオを送ったら帰るつもりでしたし」 「わざわざごめんね、オラクル」 「いいんだよ、今回は私も悪かったし。明日の朝迎えに来るからそれまで宜しくね」 「うん、わかった」 というわけでようやくオラトリオは魂を取り戻した。 オラクルが去って、私と母とオラトリオがのこる。さて、これから何をしたものか、う〜ん(-_-) 「…デートしないの?」 「できないんですよ、俺が目立っちゃいますから。こいつを芸能レポーターの餌食にしたくないもんで。ここに来るときもいっつも変装してくるくらいですから」 変装ったって髪下ろして野暮ったい格好でくるだけなんだけど。サングラスは逆に見つかりやすいので度が入っていない眼鏡をかけてくることもある。 「ここに来るのだってほとんどお忍びですよ」 そういってふたりはにこやかに笑いあった。話はどんどん進み、やがて暴走をはじめる。 「まあ、そうなの。シグナルちゃん、やっぱり一緒に暮らしたら?」 「やだ」 「俺はそういってるんですけどね、大学出るまではいやだって言うんですよ」 「だって住所変更とか面倒なんだもん…」 「…うーん(-_-)、お隣の人、引っ越さないかしら…」 「あ、それは俺も狙ってたっす。開いたらすぐに入居しようと思って」 「…本気?」 「本気本気。いっそ壁ぶっ壊して一部屋にするって手もありだな」 「駄目だよ、ここは賃貸なんだから」 「いっそのこと結婚しちゃえばいいのに」 「ぶっΣ( ̄。 ̄川)」 「そーだよ、シグナルちゃん。大学出るまでぜ〜んぶ面倒みてやるし。な?」 「母さんが保証人になってあげるし、あなたが未成年だから、必要な保護者の許可も母さんが出してあげる」 この場合の保証人とは婚姻届の『結婚保証人』欄に記入する保証人であって、借金等の連帯保証人にはなっちゃ駄目だよ、みんな。 ふたりの暴走はエスカレートした。 「そうなると、やっぱり式は億単位で?」 「いやぁ。そうなるとあとがいろいろ大変っすから普通にやろうと」 「ちょっと、まだ結婚するなんて言ってない!!」 「いいんだよ、俺はそのつもりだから」 「あのね〜〜」 「う〜ん、それじゃあ留袖新調しちゃおうかな♪」 「いいんじゃないすか」 「ハネムーンはどうなさるの?」 「ハネムーンはやっぱり南の島国でしょう! 蒼い海、白い砂浜にかーいらしいシグナルちゃんの笑顔…」 「はぁ…素敵ねぇ…」 「お母さん方はどちらへ?」 「私たちはシンガポールに」 「ああ、シンガポールもいいっすね」 「ハネムーンのあとはやっぱりハネムーンベイビーでしょ〜」 「子どもっすか〜(=^・^=) 俺は子どもって苦手なんすけど、シグナルが生んでくれるなら可愛がりますよ」 「…子、子ども…」 ごぼごぼ.。o○ どこまで進むの、私の未来予想図〜〜!! 「そーねー、やっぱり男の子と女の子はひとりずつほしいわね〜」 「男の子は…うーん、シグナルとられるみたいで嫌っすね〜〜」 ……もう、どうにでもして…がくm(__)m。 嵐のような、そして独断と偏見と夢、あるいは妄想に満ちた私の未来予想図を残し、母さんは学会から帰ってくる父のもとに戻っていった。オラトリオとはすっかり仲良くなってしまって、今度来たときはサインをもらうんだとか言っていた。 「ごめんね、変な母さんで」 「んにゃ。結構楽しかったぜ。お前のお袋さんに認められたんならもう大丈夫だな」 「なにがぁ?」 「お前との結婚、決まったも同然ってことさ」 「そんなの、オラトリオのご両親がなんていうかわかんないじゃない」 私がそういうと、オラトリオは悲しげに顔を伏せた。今まで聞いたことなかったけどオラトリオのご家族って…。 「…それは、心配いらない。俺には身内なんていないから」 「いないって…」 いないって…どういうこと? 今まで聞いたことなかった、オラトリオ自身のこと…。 「俺が20歳のときに、ふたりとも事故でなぁ…。俺は一人っ子だったから生命保険の受取人にもなってた。けど遺産とか保険とかってもらえるまでに時間がかかるもんでさ、その間は収入がないわけだからバイトして食いつないだ」 「家事とか、どうしてたの?」 「もちろん俺がやったよ、ときどきオラクルとか、オラクルのお袋さんとか来てくれたけど」 「そのころから知り合いだったんだ」 「違う。俺ら従兄弟なんだよ」 「え、そうだったんだ…」 「言わなかったっけ?」 「兄弟とか双子とかじゃないってのは聞いてたけど…」 オラトリオは、ふわっと私を抱き寄せ、こめかみにそっとキスをした。 「そんなころかな、俺たちに歌ってみないかってお誘いがあったのは」 「スカウト?」 「ま、おおむねそうだな。大学の学園祭で歌ってたときにプロデューサーってのが偶然いてな。運命ってやつはわかんねえもんだ。あの時歌ってなかったら、デビューしなかったら、一生お前のこと知らないで生きてたかもしんねえ…」 「オラトリオ…」 「…どこかで、寂しかったのかもしれねぇ…。いろんなおねーさんとお付き合いしてきたけど、どうしてか寂しかった…満たされなかった…」 ぎゅっと、抱きしめる――オラトリオが、泣き出しそうに見えたから。 「…お前に会わずに一生終わってたかと思うとぞっとすんな」 「もういい、もういいよ、オラトリオ…」 そんな寂しそうな顔しないで。――私やっとわかった。オラトリオが家庭のことを楽しそうに話すのは、『憧れ』からなんだと。これから先、自分の力で親を楽にしてあげたい、自分の家族をみてほしいと思った、そんな矢先の、ご両親の事故死…。 ちゃんと二親いる私には、わからない。オラトリオがどれほど深く打ちのめされたのか。ひとりになるって、どんな気持ちだろう。 「オラトリオぉ…」 「…なんでお前が泣くんだよ」 「だって…だって…」 今は離れて暮らしてるけど、私の家族は健在だ。その家族が、突然誰もいなくなったら――寂しい、哀しい、怖い…。そしてそんな事を聞き出してしまった後悔――いつかは知ることになったとはいえ――と、自己嫌悪。謝罪と、慰めと…いろいろ混じって、涙になった。 「…シグナル」 ふと、顔を上げるとオラトリオの優しい指が私の目尻をなぞった。 「お前がいてくれて…よかった…」 もっと…もっと強く抱きしめていいよ。もう寂しくないと、オラトリオが感じられるまで……。 「お前はほんと、大事に育てられたんだな」 「…どうして?」 「あのお袋さんみてたらわかる。昼間おまえのこと話してたときにな、楽しそうだったから。おまえのことを大事に思ってるから真剣だったぞ」 「…信じられない」 てっきりふざけてるんだとばかり思ってたら…母さんってば…(・_・) 「…お袋さん、大事にしろよ」 「…うん」 「さて、それはそれとしてな」 「ほえ?」 「俺のことも大事にしてくれませんかねぇ?」 「きゃっ///」 「昼間の話、俺も本気なんだけど」 「なにが?」 「結婚するって話だよ。大学卒業するまで待っててやるから、真剣に考えてくんない?」 「……それなら、考えてあげる」 そういうとオラトリオは歓喜の声を上げて私の上に覆い被さってきた。 「きゃあっ、オラトリオっ、待ってってば…やっ…」 「だーめ、待ちません。なんたって久しぶりの、シグナルちゃんのお肌〜〜(^o^)」 ふえーん、母さんがいるときと態度が違うぅぅぅ〜〜\(゚ロ\)(/ロ゚)/ 「愛してるよん、シグナルちゃん♪」 「…ばかぁ」 いつもいつもこのパターンで申し訳ないけど、<ORACLE>は新曲をリリースした。『カミングアウト』という曲で、テーマは『家族』。発売日はオラトリオのご両親の命日だという。亡き父母にオラトリオは今の自分を見せたかったのかもしれない。今、こんなに幸せにやってますってことを…。 「ほーい、シグナルちゃんリクエストの、鯖の味噌煮と玉ねぎの味噌汁よん♪」 「わーい、オラトリオ大好き♪」 ちゃんとお仕事を終わらせて、オラトリオはうちに入り浸ることが多くなった。私としてはひとりよりふたりで食べるご飯のほうがおいしいし、何より材料が使いきれるので嬉しい。冷凍にも限度があるしね。 いただきますと箸をつけようとしたところでドアベルが鳴った。出てみると宅配便のお兄さんで、荷物は母さんからだった。 「なんだ、お袋さんから?」 「なんだろうね、この前来たばっかりなのに」 開けてみると、そこにはたくさんの食料――野菜とかお米とか――と。 「…なにこれ(-_-;)」 「…婚姻届じゃねえの。あ、保証人の欄、記入してあんぞ」 「やっぱり本気だったんだ…」 「こっちはなんだ、えらい厳重に封がしてあるぞ」 「貸して」 幾重にも包まれたそれは…コン○ーム、箱入り…。しかも3箱で1セット。母さ〜〜ん??(@_@) 「なっ、何考えてんだ、あの人はっ!!」 私は思いっきりそれを床に投げつけた。オラトリオはバウンドしたそれをさっと拾う。 「何って…やっぱりなぁ〜」 「何よ…はっΣ( ̄□ ̄川)、まさかオラトリオ…」 ちょっと引き気味の私に、オラトリオはにやにや笑いながら箱を開封している。ひぃ〜〜(-_-;) 「送ってもらったんだし、あれだな、やっぱ使わないと悪いだろ?」 「い、今使わなくったっていいじゃない?」 「いや〜、意外と知られてねえけど、これ、使用期限ってあってさ。しかも短いんだわ、これが」 「そっ、それで?」 「他に使い道なんてないじゃん? ガキじゃあるまいしこれで遊ぶわけにゃいかねえだろ」 「〜〜〜!!」 「夕飯の後のお楽しみ♪ だな、こりゃ」 オラトリオは嬉しそうに擦り寄ってくる。今夜もまたゆっくり眠れないのかと思うと少し憂鬱だけど、オラトリオの嬉しそうな顔をみてると無下にも出来なくて…。 ああ、神さま、私もう二度と犬なんか拾いません… ときに 誰かを愛し、その人がかけがえのない人になっていて、 ならばと、もっともっと強いつながりを求めてしまうのは我がままなのでしょうか 三度目のワルツはこれより三年後の春――みんなに祝福される中で晴れやかに踊ろう。 けれどそれはまだ少し先のお話。 とりあえず今夜は、予行練習……。 ≪終≫ ≪るんたったるんたった≫ えーっと、『素敵な犬とワルツを』の3ってとこですね。今回はオラトリオの孤独っていうのと、『もし詩織さんが生きていたらオラトリオとシグナルはどうなっていただろう』という楽しい想像(?)をもとに書いてみました。だから今回、シグナルのお母さんは詩織さんです。彼女はTSに登場する人間の中では、ある意味で最強です。ただの情熱ばかじゃなくて、確固たる信念を持った純粋な(天然とも言う)方なのです。生きてらしたら本当にシグナルとは天然同士、気があったかも…みのるさんもそうだけどさ。 それはそれとして、オラトリオがシグナル以外はアウトオブ眼中のスケベ親父になってるんですけど…どうしましょう。 え? これはこれでいいって? そーかなぁ…?? |