ねがい 小春日和とはきっとこういう日のことをいうのだろうと思う。 まだ冬の気配が消えない街並みを一人の少女が歩いている。 裾に刺繍の入った柔らかいブラウンのロングスカートにローヒールのパンプスを合わせ、淡い空色のニットアンサンブルを着ていた。その上からさらにベージュのコートを羽織っている。 ふと強く吹いた風に弄られた髪を直す仕草さえ何処か大人びている。 亜麻色の髪は肩を少し超えたくらいのセミロング、瞳の色は深い湖の底のようだ。 そんな彼女はまだ13歳。 名を城戸瞬という。 「…平和だなぁ」 抱えた荷物は本。そういえばゆっくり本を読むなんて事もなかったなと、瞬は嬉しそうに包みを持ちなおした。 普通の女の子には重たい本でも彼女にはとても軽い。 もし記憶力と観察力があるものならすぐにわかっただろう、彼女がアンドロメダの聖闘士であった、と。だがもはやそれとわからぬほどに今の瞬は普通の女の子として暮らしている。 瞬はもう一度平和だな、とつぶやいた。 そしてガラスに映った自分の姿を見つめる。 (女の子みたい…) スカートなんて履いたこともなかった。聖闘士となるべくアンドロメダ島へ送られてから自分が女であることは忘れた。 聖闘士として修行を重ね、この地上と、生きとし生けるもののために戦いぬいた時間のほうが、わずか13年という短い人生の大半を占めている。 すべての聖戦が終わったとき、アテナである沙織は瞬を見つめてこう言った。 「あなたも私も、やっと普通の女の子に戻れるわね」 もう戦わなくていい。これからは普通に、ごく普通に残りの人生を生きていく。 いつか出会うだろう愛しい人と結ばれて幸せに暮らす一生を。 瞬はスカートの裾をそっと払った。 「まだ…慣れないんだよね」 ちらりとのぞく白い脛がなんとなく恥ずかしくて、瞬は少し足早にその場を去った。 その頃、城戸邸では誰もがそっと応接室をのぞきこんでいた。 「…何しに来たんだ、アイツ」 星矢がちらと沙織も見たが、彼女も頭を抱えている。 「いえ、別に地上をどうこうとかいう話ではないらしいのよ。ただ瞬と話がしたいからって…」 「で、お嬢さんはなんて?」 じいっと応接室の客人を睨む星矢にかわって紫龍が尋ねる。 「瞬は出かけてますって言ったらじゃあ戻ってくるまで待つからって」 星矢の上から氷河も覗いている。 客人は射干玉の長い髪を後ろで一つに束ね、何を思ったのかスーツなんぞを着て来た。あまりのことにその場にいた全員がカタカナで『アリエナーイ』と呟いたほどだ。 とりあえず瞬の兄である一輝がこの場にいないことだけが不幸中の幸いだ。彼は今、アテナの代理としてギリシアの聖域へ赴いている。 「あ、お茶飲んでる」 「出さないわけにはいかないでしょ」 客人は一口茶をすすると、お気に召さなかったのかそれ以上は口にしなかった。 「ねえ、沙織さん。瞬が戻ってきたら会わせるの?」 星矢の問いに沙織はそうねと頷いた。 「会わせない理由はないもの」 「ま、確かにそうなんですけど…」 何をしにきたのか、目的が見えないので対応のしようがない。 「…なんか、変な空気」 城戸邸の門をくぐった瞬はスカートの裾をまだ気にしながら歩いている。 おかしいのは自分の足元ではなく、邸内。あのあたりは確か応接室のはず。 「お客さんが来てるのかな」 小首を傾げながらただいまーと玄関を入ると真っ先に星矢が出迎えてくれた。 「お、おかえり、瞬…」 「ただいま、星矢。お客さんが来てるの?」 星矢はこくんと頷いた。が、なんだか不思議な顔をしている。 「…どうしたの? 誰が来てるの?」 「驚いちゃダメよ、瞬」 「沙織さんまで、一体誰なんです?」 紫龍に荷物を預け、瞬は少し開けられていた応接室の扉から中をそっと覗く。そして客人と目が合うと慌てて扉を閉めた。 「な、なんなんです、アレ…」 「あなたに話があるって言ってるのよ…」 「私に!?」 沙織が言うには瞬が買い物に出たほんの少し後に突然一人でやってきて瞬に会わせろの一点張りとのこと。 「瞬、あなた何か思い当たることは」 「ありませんよ…でも…」 「でも?」 心配する男どもを尻目に瞬は軽く自分の頬を両手で打った。 「何かは知りませんけど、大丈夫です。私だってアテナの聖闘士なんですから」 そういうと瞬は静かに応接室の扉を開けて中へと消えた。 星矢ただひとりだけ『瞬、かっこいい…』と呟く。女性の青銅聖闘士でありながら瞬はときどきほかの誰よりも男前だ。 「随分と待たせてくれたではないか」 「…あなたがいらっしゃるとは存じていなかったものですから」 瞬がそういうと客人はふむと頷いた。まったく同じ色合いの瞳がくるりと揺らめく。 「私に御用だそうですね、冥王ハーデス」 名を呼ばれた彼は音もなく席を立つ。左右対称の均整のとれた顔、稀代の彫刻家でも作れないだろう肢体。漆黒の髪は長くその背を彩っている。 彼こそ、冥王ハーデス。闇と地底とを綯い交ぜにして構築した地獄を司る冥府の王にて、最上位の死の神。 瞬は一歩だけ彼に近づいた。 「そこでは話が出来ない。危害を加えるつもりはないのでこちらに来い」 ハーデスの瞳が鋭く瞬を捕らえた。恐れる事はないはずなのに、ほんの数歩にもかかわらず体が震えて思うように歩けない。そんなことを悟られまいと瞬は力の入らない足を励まして歩いた。 「それで、お話とは」 「座って話そうではないか」 ハーデスが腰を下ろすと瞬もつられる様に椅子に腰を下ろした。立っているのが辛かったので深く腰掛ける。 「時に、瞬」 「はい?」 瞬はハーデスの言葉を待った。一体なんの話なのか思い当たる節が全くない。 そして冥王の口から飛び出した言葉に瞬は耳を疑った。 「そなた、余の妻となれ」 しばらくして、瞬は半ばふらふらしながら応接室から出てきた。 「瞬、大丈夫か? 何かされたのか?」 「ハーデスは?」 「…帰りました」 瞬の背中を支える星矢は心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。瞬の顔から血の色が失せている。きっと何かひどいことを言われたに違いない。 「ちくしょう、ハーデスめ!!」 「星矢、大丈夫だから。何かされたわけじゃないし」 「でも…」 星矢は大好きな瞬がぐったりしているのでとても心配なのだ。そしてその元凶を作ったであろうハーデスに怒っている。彼女が宥めなければすぐにでも冥府へすっとんでいってハーデスと喧嘩しそうだ。 さわさわと髪を撫でてやると星矢はようやく安心したのかちょっとだけ微笑んでくれた。 「沙織さん、ちょっと…」 「え、ええ…」 自室で瞬の話を聞いた沙織はそのまま気を失おうかと思った。だが気を失って聞かなかったことにしても現実は現実だ。 「それは…さぞ驚いたでしょう」 「気を失う寸前でした」 そういう瞬はもう平静を取り戻している。さすがアテナの聖闘士だ。 「それでハーデスは」 「いい日取りを選んで連絡するって言ってましたけど…」 「日取り…ねぇ」 沙織はそっと卓上のカレンダーを見た。さりげなく大安吉日とか探してみる。 「それで、どうするつもり?」 冥王からの求婚を受け入れるにせよ断るにせよそれは瞬が決めることだ。 普通の女の子としての暮らしがこんな形で奪われることになろうとは誰が予想しただろう。 「私…ハーデスのところに行きます」 「瞬、あなた…」 沙織は席を立った。行くと決めた瞬の体が震えているのに気がついてそっとその肩を抱く。 「私が行かないと…きっとまた星矢たちが…」 もう誰にもあんな辛い戦いはさせたくない。 もし自分がいやだと言えば彼はその報復に再び地上の制圧に乗り出すかもしれない。自分の我侭で世界を滅ぼすくらいなら、自分だけが犠牲になったほうがいい。 「瞬…」 沙織はぎゅっと瞬を抱きしめた。瞬は何も言わずにただ泣いているだけだ。 瞬の守護星座はアンドロメダ。彼女自身は何も悪くないのに母親の失言によって神の怒りを買い、生贄として捧げられた悲劇の王女。 けれど。 (鈍感でおこちゃまな星矢はともかくとしてどーして誰も瞬を恋人に出来ないのかしら…) アンドロメダはのちにペルセウスという青年に救われている。 それなのに瞬を助けてくれそうなペルセウスはいない。 「お戻りでしたか。で、首尾はいかがです?」 「うむ、よき日取りを選ぶゆえ待っていろと言ってきた」 ここは冥府の最奥、ジュデッカ。冥王ハーデスと現世の姉パンドラが実務を執り行っている。 先日この王から瞬を嫁に欲しいのだと言われたとき、パンドラも頭を抱えた。 きっと肉体を修復している最中に神経が捻じ曲がって繋がり、地獄の復興という多忙な日々がそれに拍車をかけたのだと思った。 一抹の不安がなかったわけではないがそれでも彼が一人で行くと言い張ったので黙って送り出すことにした。 どうやらちゃんと求婚はしてきたらしいが。 「…それだけですか?」 「それだけ、とは?」 ハーデスはきょとんとしてパンドラを見つめた。 「ですから…その…瞬の返事は」 「返事? 余の求婚を断るとは思えぬ」 予感的中、とパンドラは思った。そしてはあっとため息をつく。そんな彼女の様子を見てハーデスは思わず腰を浮かした。 「余は、何かまずいことをしたか?」 うろたえかけたハーデスの手をパンドラは優しく握った。 「ハーデス様、貴方様は瞬に愛されたいと、そう仰いましたね」 「うむ。余は瞬に愛されたいと、そう言った」 魂の憑代として選んだ少女は期せずしてアンドロメダの聖闘士だった。だがそんなことはどうでもよかった。 彼女は優しく、温かく、柔らかく、そして強く――とても心地よかったのを覚えている。 そんな彼女を愛しいと思った。彼女ならきっと自分を寂しくさせないだろうと思った。 「余は何を間違えたのか」 悲しそうな瞳にパンドラは優しく微笑んで見せた。 「ハーデス様は愛されたいと仰るだけで瞬を愛そうとはなさっておられません。このままではおふたりとも幸せにはなれませんよ」 「あ…」 やっと気がついたかと、パンドラは心の中で息をついた。 「御自分の正直な気持ちをお伝えになってください」 「伝わらなければ、どうする?」 「伝わるまで頑張るのです」 ハーデスは何かを深く思案するようにうなだれていたが、弾かれたように顔を上げた。パンドラの手をぎゅっと握り返す。 「ハーデス様」 「…もう一度、求婚してくる」 ハーデスはすっくと立ち上がるとそのまま姿を消した。 ハーデスが再び城戸邸に着いた時には既に夜になっていた。 淡い月が細く夜空に浮かんでいる。 彼は瞬がどの部屋にいるのかは知らなかったが探すのは簡単だ、彼女の小宇宙を辿ればいい。 冥府で対峙した時に感じたのは炎のように激しい小宇宙、それ以外はとても穏やかな小宇宙。 ろうそくの炎のように穏やかな彼女の小宇宙はすぐに探すことができた。だがひどく弱々しく悲しげだ。 (それだけ余は瞬を傷つけたのか…) ハーデスは瞬を思い浮かべた。思い浮かべて彼女のもとへ。 音もなく、扉を開けることもなく瞬の部屋に入ると彼女はもう眠っていた。 カーテンの隙間から零れる月明りが瞬の白い肌をいっそう明るく照らす。美しいと思った。 「…瞬、余は…そなたが好きなのだ…」 彼女のそばにひざをつき、亜麻色の髪を撫でる。 何度もその名を呼び、頬に触れた。 つ、と流れる一筋の涙に心乱されるまでは。 「瞬…」 眠りながら涙をこぼすほど、彼女は何を悲しみ、苦しむのだろう。 ハーデスはそっと目尻に口づけ、涙を吸った。 「瞬…余は…」 「んっ…」 ふと瞬が身を捩った。そしてゆっくりと目を開ける――冥府の王と同じ色の瞳を。 瞬はぼんやりとした視界に黒衣を見た。そしてそれがハーデスだと知るまでに多少の時間を要した。 「瞬…」 「もう…迎えにきたんですか?」 何かを覚悟したような、でも弱々しい声に彼は悟ってしまった。 「…違うのだ。そなたを迎えに来たわけではない」 パンドラが言ったとおり。彼女に何も伝えていなかったことを。 瞬はゆっくりと起き上がり、ハーデスをベッドに端に座らせた。 「余はそなたにちゃんと言わなかったな」 「ハーデス…」 深遠なる闇の瞳を伏せ、ハーデスは静かに言った。 「余はそなたを妻に欲しい。その気持ちは変わらぬ。だが間違えないでほしいのだ」 「何をです?」 「余は、地上の平和とそなたを引き換えにするつもりはない。そなたに死を与えて無理に連れて行くこともしない。その身を奪うこともしない。余は…余を愛してくれるそなたがほしい。まるで人質のように余のもとには来てほしくない」 今、瞬の目の前にいる男は本当に神なのだろうかと思った。 神としてできることのすべてを捨てて、自分を求めている。愛されたいからまず愛そうとするその姿勢に瞬はやっと顔をほころばせた。 「お気持ちは、よく分かりました」 瞬はそっとハーデスの手に自分のそれを重ねた。 柔らかい温かさと微笑みにハーデスも薄く微笑んだ。 「あなたは、本当は優しい方なんですね」 「…余は、好きで冥府の王になったわけではないのだ」 そういうとハーデスはゆっくりと生い立ちを話し始めた。 クロノスとレアの間に長兄として生まれた自分は王位を脅かされることを恐れた父によって真っ先に飲み込まれてしまったこと。末っ子だったゼウスが自分を助け出してくれたが吐き出されたときは最後だったので末弟になってしまったこと。世界を天地、大海、冥府にわけ、支配地域を決めるくじ引きで冥府を引き当ててしまったこと。それから死の王と呼ばれ、忌み嫌われてきたこと。 ハーデスはゆっくりと瞬に語って聞かせた。 そして最後にこう言った。 「余は、人間も大地も大好きなのだ」 大好きだからこそ、穢れていくのが許せないのだと。 瞬はハーデスの言葉を聞きながら少しずつ彼に引き寄せられるのを感じていた。 もともと争いは嫌いな瞬である。なのに人間は天空と大地、海にさえ線を引き、人同士で争いを続けてきた。もちろんそんなことはいけないんだっていう人もいるけれど追いついていないのが現状なのだ。 でもだからと言って神の名の下に粛清することもよしとは思わない。 (私たち…似てるのかもしれない…) 「…ハーデス」 「ん?」 「いきなりプロポーズされて、すごく驚きました。だってあなたは神で、私は人間。しかも聖闘士なんですから」 「…驚かせたか」 「はい」 瞬は微笑みながら頷いた。するとハーデスは瞬の手をぎゅっと握り返した。 「神と人間の婚姻など神話の時代から腐るほどある。だが余はあのバカ兄たちとは違って誠実だぞ」 「バカ兄たちって…」 「ゼウスとポセイドンだ。あれらの庶子など数えたらきりがない」 瞬はなけなしのギリシア神話の知識をフル回転させた。 確かにその通りで、アテナは正妻であるヘラの娘ではない。アテナの兄弟姉妹の母親は全員別の女性だ。 ハーデスにはその華やか過ぎる女性経歴はない。 「安心したか」 「はぁ…」 その手は繋いだまま、ハーデスはにこりと笑った。 (あ、可愛いかも…) おおよそ神に対して抱く感想ではないが、少なくとも今の瞬はそう感じた。 そしてもっとお互いのことが知りたいと思ったとき。 「あの…ハーデス」 「なんだ?」 「私、まだ恋をしたことがないんです」 「恋を?」 瞬は黙って頷いた。 「聖闘士として戦ってきましたから、普通の女の子として恋をする暇なんかなくて」 「なるほど」 「だから、恋からはじめてみませんか?」 「恋から…か」 そういえば自分も、恋をしたことが少ないな、とハーデスは思った。 そして決めた。 「よし、決めた」 「何をです?」 ハーデスはぎゅっと瞬を抱きしめた。突然の抱擁に驚く瞬だったがその腕を解くことはなかった。 ぎゅっとしているのに壊さないようにそっとそっと力を抜いていくのが分かったからだ。 (優しいひと…) 瞬はそっと胸の中に納まった。温かくていい香りがして、なんだか不思議な気分。 「それで、何を決めたんです?」 「うん。毎晩そなたのもとに通ってそなたを口説くことにする」 ハーデスの声が不思議な響きを持って瞬の耳に入った。 「今、なんて…」 「そなたを口説く。これから毎晩通う。今宵は記念すべき第一夜だな、うん」 ハーデスは嬉しそうに瞬を抱きしめ、その額に口づけた。 翌日の午後、ハーデスは再び城戸邸を訪れていた。 「…大丈夫ですか?」 「うん、余とてそこまで愚かではないぞ、今度はちゃんとやる」 またしてもスーツにネクタイで現れた冥府の王のそばに瞬が心配そうに立っている。 「終わったら呼ぶから」 「はい」 瞬は穏やかに微笑んでみせた。 その笑顔が、勇気。 ハーデスはアテナ沙織が待つ部屋のドアを開けた。 冥王の来訪は瞬から聞いていたので沙織はそれなりの心構えは出来ていた。今度はお気に召さなかった茶は出さなかった。 「お話があるそうですが…」 「うん、瞬のことなのだが」 キタ、と沙織は思った。いよいよ迎えに来たのか、と。 彼女の兄である一輝は未だ聖域から戻らない。もし彼が戻る前に瞬が嫁に行くようなことがあればハーデスとの千日戦争、いや、千年戦争は必至だ。 だがそれは杞憂に終わった。 「余は瞬を嫁にもらう。しかしその前に…なんだ、えーっと…ああ、そうだ、結婚を前提にしたお付き合いというものをしてみようと決めたのだ」 「…はい?」 聞き間違いだろうか。今、結婚を前提にしたお付き合いって言った? 困惑する沙織を前に、ハーデスはなおも続ける。 「瞬も承知している。これから毎晩瞬のもとを訪れて口説き落とすのだ」 沙織は思った。今気を失ったほうが楽なのではないか、と。しかしアテナとしての矜持がそれを何とか思いとどまらせた。 「瞬が婚姻を承知したらそれから良き日取りを選んで神馬と金の車で迎えに来る。それまでアテナよ、貴女に瞬を預けるゆえ悪い虫などつけぬように。頼んだぞ」 「は、はい…」 流石のアテナもまさかの事態にただ頷くしかできなかった。あのハーデスがここまで譲歩してくるなんて正直言って予想外だ。 「話は終わったな」 そう言った彼の腕の中に突然瞬が現れた。どうやらテレポーテイションで呼んだらしい。 瞬は僅かの間何が起こったのか理解できずにぽかーんとしていたのだがハーデスがにっこり笑いかけたので彼女も笑顔を見せた。 「ちゃんと出来たんですね」 「うん、昨日練習したからな」 ハーデスはひざの上に抱いた瞬に頬を寄せようとした。けれど瞬がやんわりと制す。 「だめですよ、恋は秘め事だって昨日教えたじゃないですか」 言われてハーデスはうんと頷いた。 「独り者であるアテナの前で可哀想な事をした」 プチン、と何かが切れる音がして瞬はくるりと振り向いた。 アテナは処女神である。恋とは無縁だとは言わないが今現実として色恋沙汰には縁遠い。 「ちょっと、ハーデス…」 「なんだ?」 「でっ…出て行きなさ――い!!」 ハーデスは瞬を抱えたまま沙織の部屋から出た。話は済んだのだから言われるまでもなく出て行くつもりだったのだ。 「アテナは何を怒ったのだろう」 我が世の初春を謳歌するハーデスに瞬以外の女心を理解せよと言うほうが無理だ。 そんな冥王を見ながら本当に大丈夫かな、と瞬は一抹の不安を抱いた。 もしかしたら早まった選択をしたんじゃないかとも思った。 だけど。 「瞬」 「はい?」 「余はかならずそなたを幸せにするぞ。約束する」 瞬はハーデスの腕から降りた。そしておずおずと彼に抱きついた。 「え、えっと…」 返す言葉がうまく見つからないけど。 「私も、えっと…その…よろしくお願いします」 「うん…」 瞬がふと顔を上げた。ハーデスはじっと彼女を見つめている。 そして互いに引き寄せられるように唇を触れ合わせた。 ごく短い口づけだったけれどふたりを結ぶには十分すぎた。 (きっと大丈夫…) 恋を知らないだけだから。これからふたりで見つけよう、幸せになれる道を。 残された心配事と言えば。 (兄さんになんて言おう…) 自分が今すぐ嫁に行くという事態は回避されたものの結婚を前提にした彼氏が出来た、という現実は変わらない。しかも相手は普通の人間ではなく神様。かつて対峙し、自分の体を乗っ取った冥王。 (暴れださなきゃいいんだけど…) 幼いころから自分を守ってくれた兄・一輝。彼を説得して納得させるのは大変そうだ。 瞬は思わずため息をついた。 「どうした、瞬。余はそんなに強く抱きしめていないつもりだが…」 するすると背中を撫でてくる冥王に瞬の体はびくっと震えた。 「どうしたのだ?」 「お、女の子にそんなに簡単に触っちゃいけません!」 瞬はぐいっとハーデスの体を押した。拒絶されたと思った彼はおろおろと挙動不審だ。 「瞬…」 「みだりに触っちゃいけないんです。乱暴にしてもいけませんよ。そっと、そーっとです」 「うん…」 ハーデスは言われたとおりに瞬をそっと抱きしめた。 「余は、やれば出来るのだ」 「頑張りましょーね」 「うん」 ほくほくとした優しさに包まれる二人の後ろにどさっと何かが落ちる音がした。 ハーデスが顔を上げ、瞬が振り向くとそこにはたった今ギリシアから戻ったばかりの兄の姿があった。 「に、兄さん…」 「一輝か。そなたの妹と、結婚を前提に交際することになったぞ」 「ハーデスっ!」 「なんだ、一字一句間違えずに言えたぞ」 まるで誉めてほしい子犬のような目をして、ハーデスは無邪気に微笑んだ。 途端、兄の後ろに不死鳥の姿が見えた。 「結婚を前提だと…許さん、絶対に許さん!!」 「兄さん、落ち着いてください!!」 冥王は火に油を注いだことに気がついていない。 「離せ、瞬!」 「兄さん!!」 「何故怒るのだ、余はちゃんと言えたのに…」 ああ、前途多難。 怒れる不死鳥の兄・一輝。 自愛に満ちてはいるけれどどこか抜けてる冥王様。 結局瞬は午後の時間すべてを兄一輝の説得に費やした。夜にはハーデスが口説きにきたので買ってきた本を読むことが出来なかった。 けれどすべて動き出した。 愛されたいと願う、だから愛そうとする。 その繰り返しの中できっと芽吹いていくものがある。 その純粋な『ねがい』を 人は恋と呼ぶのだ ≪終≫ ≪冥王様が騒ぐので≫ 『聖闘士星矢』の冥王ハーデス×アンドロメダ瞬です。瞬は女の子です。星矢史上で最強のヒロインが来ましたwwww (ヒロインだろ?) ハーデスはちょっとずれてる感じで、兄一輝は(瞬関連で)悉くずれている感じで、星矢はおこちゃまで書こうと思ってます。 何だこの異様な楽しさはwwww ちょっと続き書いてくるwwwwww |