君を連れて 星を砕くばかりではなく 星と星をつないでみたい 少女の手を取り、少し強引に連れ出したのは太陽の光を纏う事を許された青年。 困惑する亜麻色の髪の乙女に恋をしたまま、何も出来ずに時間だけが過ぎていた。 「カノン……」 少女の声に青年が振りかえる。痛そうな顔をしている少女に、彼は掴んでいた手首を離した。 「なんでいっつも手首を掴むんですか? 痛いです……」 白い手首にうっすら残る赤いあとが相変わらずの嫉妬の証。カノンはすまないと呟いて手首をそっと撫でた。 大きな男の手がそっと触れているのを、少女は子猫の笑顔で見つめている。 そんな彼が本当はすごく優しいのを少女はちゃんと知っている、だから今度はカノンの手を少女の小さな手が包んだ。 「瞬……」 「戦うだけの手じゃないでしょう? 手はね、繋ぐためにもあるんですよ」 温かくて柔らかい戦乙女の手。 薄紅色の小宇宙がほんのりとカノンにも伝わってきた。 「行きましょう……って言いたいんですけど、どこに行くんですか?」 瞬は自分が誘拐同然に連れ出された身であることを思い出した。じっと見上げてくる銀河の瞳にカノンもああと金と銀の混ざる髪をかきあげる。 そんなカノンに瞬はさらに困惑の表情を見せた。 「カノン、あなたまさか……」 「……すまない」 行き先なんて決めていない逃避行。 ただあの幸せそうな顔を自分にも向けてほしかっただけ。 そんなカノンの手をぎゅっと握り返した少女は苦笑して見せた。 「しかたのない人……」 「瞬、俺は……」 「海に、連れてってくれませんか?」 「海?」 鸚鵡返しに呟いたカノンに、瞬はゆっくりと頷いた。 瞬はアンドロメダを拝命する青銅の少女聖闘士だが、まだたったの13歳。 その少女をめぐって二人の男が対峙しているのはすでに周知の事実。 昼ひなたにいきなり現れて求婚したのがオリンポス12神の一柱、冥王ハーデス。 遅れをとったものの同じく恋しいと囁いた双子座の黄金聖闘士、カノン。 二人の男の間で揺れる乙女心に昼はカノンが、夜はハーデスがこちらへ来いと囁きつづけて。 「ハーデスとは来ないのか?」 「あのひと、海は苦手みたいなんです…」 あのひと、という言い方が少し癪に障るが、それとは表に出さずカノンは黙って瞬の横を歩いた。 かつては海闘士として戦ったカノンにはそれが少しわかるような気がした。 海皇ポセイドンは同じオリンポス12神の一柱、大海と水を統べる蒼神。ハーデスにとっては次兄にあたる海神だがニ柱の兄弟仲は決して良好とは言えなかった。 おそらく神話の時代からいじめられていたに違いないと察するカノンだがそれは言わない。 今は瞬と一緒にいるのだ、夜になれば問答無用に連れていかれる彼女と過ごせる時間は今しかない。 照りつける太陽の下に煌くサファイアブルーの海に瞬は目を細めた。 ギリシアの海は大小の島々を抱いて波を寄せては返す。 「綺麗……」 亜麻色の髪を風になびかせながら瞬はふと下を見た。浜までは少し遠いが、飛び降りれないことはない。 ふと踏み出しかけた瞬の腕をカノンが掴んで止めた。 「瞬!」 飛んでいってしまいそうな、気がした。 叫ぶように呼んだその名に瞬もカノンも驚いて沈黙する。腕を掴むなと言われたばかりなのに、とカノンはそっと白く細い腕から手を離した。 「…危ない。浜に降りたいなら、こっちにちゃんと道がある」 不器用な男は道案内だと言わんばかりに先に歩き出した。瞬も小走りにその男の背中を追う。 これがハーデスならそっと瞬を姫抱きにしてゆるりと降りていたに違いない。 「聖闘士なんだからあれくらい飛べるのに……」 「少しは普通に暮らせ」 「……そうですね」 瞬は小さく笑って見せた。夜毎冥王に愛されている自分が今更どう普通に暮らせるだろうとこっそり考える。 飛ぶ事が出来なかった少女はいつも優しく笑っていた。 「アンドロメダに翼はありませんからね」 カノンは何も言わなかった。いや、言えなかった。 自分のそばから飛んでいくのかもしれないと、行ってほしくないと掴んだ腕の細さ。 その背中に翼がないことはちゃんと知っていた。 ただカノンが瞬を少女とだけしか見ていなかったとしても、それは彼なりの気持ち。愛した乙女をこれ以上傷つけたくないと願っただけ。 「どっちですか?」 「え…?」 「どっちに行けば、浜に下りられるんですか?」 左右に別れた道に瞬が立っている。薄い布を幾重にも重ねて作られた珊瑚色のパフスリープのチュニックにジーンズ地のショートパンツ。剥き出しの腿からくるぶしにかけてのなだらかなラインは未熟な少女のもの。足先にはかつて魚座のアフロディーテが愛用したという、少しかかとの高いサンダルを履いている。 「…こっちだ」 「はい」 高いヒールに慣れないのか、瞬は時折足元を気にしながら歩いている。 「歩けるか?」 「強引に連れてきといて今更言います?」 幼いだけが少女じゃないと、瞬はいたずらっぽく言った。くすくす笑いながらカノンの腕に自分の手を添えた。 崖から飛び降りるなと言うその口は意外と足元を気にしない。 男の腕は少し高いところにあった。 「海につれていってくれるんでしょう?」 「……そうだよ、君が望んだから」 そして俺は望む――君のすべてを。 青年と少女はゆっくりと海へ向かった。 「うわぁ……」 亜麻色の髪を潮風になびかせながら、瞬の顔は歓喜に溢れた。 目の前に横たわる大きな島が水平線を途切れさせている。 「あの島は…」 「クレタ島だよ。それから一つおいて見える…ほとんど島陰になっているがあれがロドス島だ」 「へぇ……」 ギリシアは大小の島を抱える、南欧では中規模な国家だがその歴史は神話の時代から始まっている。 その神話の中に知恵と戦いの女神アテナ、そしてその女神を守護する聖闘士が生まれた。 そして繰り返された聖戦――大地の平和と愛のために。 今回の聖戦の中でアンドロメダの少女を巡る運命は数奇にして過酷とも言えた。 「ハーデスは……」 「なんですか?」 瞬がとなりに立っていたカノンを見つめた。 「その…君に憑依したんだったな」 「……詳しく話しませんでしたっけ?」 「惚気るのなら聞きたくない」 「惚気られるような話じゃありません」 瞬はまた海に視線を戻した。 自分が暮らしたインド洋とはまた違った色を見せて海は煌く。 クロノスとレアから生まれたハーデスはその肉体をこよなく愛していた。ゆえに傷つくのを恐れて現世に復活するたびに仮の肉体を選んでいた。 アンドロメダの聖闘士である瞬はそのハーデスの現代の憑代として選ばれたのだ。 「私は冥王ハーデスとしてジュデッカの玉座にいました。彼を殺すために」 「…何?」 「黙って憑依させるわけないでしょう、私はアテナの聖闘士ですよ」 なんの気配もなく忍び寄ってきた闇の手に魂ごと掴まれて、瞬は一緒にいた星矢さえも知らないうちにハーデスの憑依を許した。 自分が彼の現代の憑代だと知っていたわけではなかった。けれどそれを利用しない手はないと思った。 ハーデスを自分の中に閉じこめてしまえば、あとは誰かが自分ごと殺してくれる。 アンドロメダの宿命をそのままに、瞬は我が身を犠牲にする覚悟を決めた。 「…そうか、一輝の涙はそのせいか」 「兄さんが泣いたんですか」 「君の覚悟を悟ったんだろう…」 戦場にあって感傷的になることのないあの一輝が涙を流すなど、尋常なことではない。だが彼は瞬がハーデスになったと知ったとき、最愛の妹の運命とその覚悟を思って泣いたのだ。 「アンドロメダの宿命に殉じる気だったのか」 「別にアンドロメダじゃなかったとしてもやってたとは思いますけどね」 死は元より覚悟だが決して犬死にはしないと、そうしていつも戦ってきた。 「兄さんが私の……ハーデスになった私のところに来たときは、ああ、これで終わるんだって思いました。最期の最期まで兄さんに迷惑をかけるけど……兄さんならやってくれるって……私はそのために最後の力を振り絞って抵抗しました」 闇色の水晶の中に溶けるように閉じ込められた自分の魂。 瞬はそこから必死で手を伸ばし、兄に『殺せ』と呼びかけた。 けれど兄一輝はやはり瞬を手にかける事が出来ないまま力尽きていた。 「そして気がついたらもとの私に戻ってました。沙織さんが……アテナの血が私をハーデスから解放してくれたんです」 「……そうだったのか」 カノンは静かに目を閉じた。 戦いに疲れたと感傷的になった瞬を叱り飛ばして先に進ませた。だが、もしあの場に留めていたのなら、今の自分と瞬は一体どうなっていただろう。 取り戻せない過去を空想する事こそ、感傷的だと言えないか? すぐにそう思い直してカノンは苦笑した。 「だがそれでなんでハーデスは君に惚れるんだ」 「知りませんよ、本人に聞いてください」 殺すために受け入れられ、それでいて今度はこっぴどく拒絶されておきながら冥王は何を思ったのか瞬を嫁にと言い出した。おそらくぼこぼこに伸されてから愛に目覚めたのかもしれないがそれにしたって極端から極端に走る神だ。 「やったのは私一人じゃなかったはずなんですけどねぇ……」 アテナと青銅聖闘士5人で突っかかっていったのに冥王が見初めたのはやはり瞬だった。 「だけど、好きになるのに理由なんか要らないのかもしれませんね……」 どんな出会い方をしても恋に落ちるときは落っこちるのだ。 瞬は屈んでサンダルのストラップをはずし始めた。 白い足先を砂の上にそっと下ろす。太陽に照らされた砂は少し熱かった。 カノンを置いて、瞬はゆっくりと海に向かって歩き出した。 「なんで、今になってそんな話を?」 「君のことをちゃんと知っておきたいんだ」 好きだから、という声が瞬の耳には届いていた。 亜麻色の髪を潮風に、足を波に晒して気持ちよさそうに目を細める。そんな瞬をカノンは黙って見つめていた。 少女らしい笑顔にときより潜む妖艶さ。 太陽がふと見せた影にカノンは思わず息を呑む。 波を蹴る音がもっと大きな音に消えた。 「カノンはどうして私が好きなのか、答えられますか?」 「……君が、君だからだ」 足元が濡れるのにも構わずに、カノンは波打ち際に遊ぶ瞬を抱きしめた。 「…濡れちゃいますよ?」 「構わない」 アンドロメダは太古の海神オケアノスの命令で生贄になった王女。 故国を救うために海の怪物に身を捧げた姫を助けたのはペルセウス。 「私に翼はないけど、海にも還りませんよ」 「瞬……」 顔を上げたカノンがどこか痛むかのように瞬を見つめていた。 「……困った人。そんな辛そうに抱きしめて」 「辛いに決まっている。私は君が好きなんだ、その君が他の男に笑いかけているのに平然としていられると思うのか?」 出会ったそのときから、きっと好きだった。 だからバカだ狂人だ一体なに考えてんだと散々言われても冥王から彼女を奪う決心は変わらなかった。 「冥界になんか行かせてたまるか」 「死んだらみんな行くんですよ?」 「いや、そうじゃなくて……茶化すんじゃない」 カノンは瞬の頭をぐりぐりとかき回すように撫でた。 「痛たたた、ごめんなさい、ごめんなさいい〜〜」 「君はいつからそんなに意地が悪いんだ」 「不器用に捩れてるって言われたことはありますよ」 傷つけるのは嫌いだと言っているのに、戦って敵を倒す事は厭わない。 その理由さえ、見つかれば。 髪を乱されて半泣きの瞬をカノンはもう一度抱きしめた。 片腕に抱きしめて、自分が乱した亜麻色の髪を手櫛で直す。ふんわりと香るのは薔薇の香り。 瞬がキッとカノンを見上げた。 「あんまり、バカにしないでくださいね」 「なにが」 「私はサガのアナザーディメンションを耐え抜いた女です」 「…………」 「ついでに角鎖で一矢報いちゃったりしました」 「…………」 冥王に愛された少女はやはり只者ではないと、カノンはなんとなく実感した。 しかし相手は13歳の少女、軽くあしらわれては黄金聖闘士の名が廃る。 28歳の青年としてカノンにはカノンなりにできることがあった。 「だがキスには慣れていない」 「え……」 カノンは少し屈んで、瞬にそっと口づけた。 でもふんわり触れるだけじゃなく、何度も角度を変えて深く甘く。 「んっ…んっう……」 腰の辺りを強く抱き寄せられ、唇を甘く吸われる。 息が苦しくて、瞬の瞳から涙がこぼれた。冥王だってこんなキスはしない。 胸元を叩かれてもカノンは瞬を離さなかった。 「んっ!! んーっ!!」 ようやく解放された時、瞬の唇はしっとりと濡れて赤くなっていた。潤んだ瞳で呆然とカノンを見つめる。 カノンは不敵に笑った。 「君が好きだと言っただろう。冥王から君を奪うためなら……俺は鬼にでも蛇にでもなんにでもなる」 「カノン……」 「冥王もここまではしないと見える……」 瞬は何も言わなかった。あまりの事にまだ呆然としているのだ。 カノンはそんな瞬の耳元に囁いた。 「少しはキスされるんだと自覚したらどうだ。君はそのへんはいつも無防備だな」 心は揺れているくせに、とカノンが笑う。 調子に乗って耳朶を甘く食み、首筋をつと舌先でなぞって、鎖骨に口づける。骨ばった大きな手が布の上から腰と、そこからなだらかに伸びる脚を撫でた。 「なっ……」 「もう少し肉をつけたほうがいいな。だが肌は悪くない」 「痴漢……」 「へ?」 瞬の脚の感触を楽しんでいたカノンが思わず顔を上げた。 燃え立つ薄紅色の小宇宙、浮かぶオーラは般若のアンドロメダ。 しまったと思ってももう遅い。 少女の足元の水が軽く渦を巻いて、カノンの足元さえ危うくする。いや、水が渦巻いているのではない、海水は強力な気流に乗せられて渦巻いているに過ぎなかった。 カノンは思わず後退る。 「ハーデスのもひどかったけど、これも最悪…っ…」 「待て、瞬!! 落ち着くんだ!!」 「今は鎖持ってないんで生身でお相手するしかないみたい……自制効かないんですよね、これ……」 瞬の背後の海水が背光のように逆立った。 アンドロメダの聖闘士になるための最後の試練がサクリファイス。アンドロメダチェーンによって我が身を岩に縛り、そこから脱出するというものだ。過去数年それに成功したのは瞬ただ一人。彼女は小宇宙を燃やして海を逆巻かせて鎖から抜け、見事アンドロメダの聖闘士になった。 可愛いだけでは聖闘士は務まらないという好例だ。 「えーえ、どうせ私は棒っきれですよ、鉛筆ですよ。貧乳は邪悪ですよ」 「誰もそこまで言ってない……」 瞬はまだ13歳、女性としては未熟なその体を魅惑的な肢体を持つ女性黄金聖闘士たちと比べて落ち込む事も多い。まだこれからだとどんなに宥められてもやはり年頃の女の子、気にするなと言うほうが無理だ。 そんなわけで瞬の作り出す気流はどんどん激しさを増した。 自分の恋のためにカノンが鬼にでも蛇にでもなるのなら、彼女は我が身を護るために般若になる。 このまま気流に飲まれるわけにはいかない。自分は双子座の黄金聖闘士であり、海龍の海闘士だったじゃないかと、カノンも構えてみせた。 傷つけない程度、気を失わせるくらいに力を加減したいが下手に手を抜けば自分が殺られるような気がした。 聖闘士同士の私闘が禁止事項だということはもはや過去のことらしい。 「仕方がない……」 カノンの手のひらで小さな太陽が生まれる。その太陽は銀河を爆砕する力を持っていた。 やがて気流が嵐になったころ。 「瞬ー!!」 底抜けに明るい少年の声が聞こえてきて、嵐がふっとやんだ。 逆巻いていた海は何事もなかったかのように穏やかに揺れている。カノンも構えを解いた。 見れば崖から一人の少年が降ってきた。その小さな背中に白銀の翼が生えているかのようだ。 彼はなんなく砂地に降り立つと瞬に向かってまっすぐ走ってきた。 「瞬!!」 「星矢……あれ、私ったら何を……」 どこかの記憶がすっぽりないが、何をしていたのか思い出せない瞬はそれでも駆けてくる星矢には笑顔を向けた。 情熱的な赤いシャツにジーンズというお気に入りの格好で星矢と呼ばれた少年は瞬に抱きついた。 「しゅーん」 「星矢、どうしたの? よくここがわかったね?」 鬼女の顔はどこへやら、瞬はいつもの愛らしい少女に戻っていた。 星矢はペガサスの聖闘士。アンドロメダとは星を共有する星座であるせいか、星矢は瞬が大好きで、瞬も星矢を可愛がっている。ふたりは異腹の姉弟だった。 星矢は瞬の手を引いて砂浜まで上げた。 「瞬のすっごい小宇宙感じたんだ。それでここにいるってわかった」 「なにか急ぎの用事?」 瞬は星矢の肩を借りてサンダルを履いている。いつの間にかカノンも何気なく横に立っていた。 「アイオリアがおやつにってケーキ焼いてくれたんだ。だから呼びにきた」 カノンはがっくりと肩を落としたが瞬にはちゃんとわかっている。 「そっか。わざわざ私を探しにきてくれたんだね、星矢」 「うん!」 神話の時代、生贄として岩場に縛られていたアンドロメダを助けたのはペルセウスだが、彼が乗っていた神馬こそペガサスである。 星矢が何かするとき、瞬は大抵そのそばにいた。 そして瞬がハーデスに憑依されたとき唯一そばにいたのも彼だった。 「早く行こう。瞬を探してたらおなかすいちゃった」 「先に食べれてばよかったのに」 「瞬がいなきゃつまんないよ」 星矢の何気ない言葉に瞬はくすくす笑った。そしてカノンは何がしかの感銘を受ける。 あれくらい素直に瞬のそばにいたいと願えば、彼女は微笑んだまま無条件に恋人になってくれるのだろうか。 ぎゅっと手を握って、走り出した星矢とそれにつられて前のめりに駆け出す瞬とを見つめて思う。 「俺が星矢みたいに振舞ったら……」 想像して気持ちが悪くなったらしい、カノンはぶんぶん頭を振って13歳の少年たちの後を追った。 「こら、崖をのぼるな」 「こっちのほうが早いー!!」 星矢は瞬を姫抱きにすると数回はみだした岩場を蹴ってあっという間に崖をのぼりきった。息のひとつも乱れていない。 「瞬さー」 「なに?」 「また痩せた? すっごい軽いし、俺心配だよ……」 抱き上げていた少女を心配そうに見つめる星矢に、瞬はにっこり微笑んだ。 「星矢は優しいね。大丈夫だよ、ちゃんと食べてるのは星矢も知ってるでしょう? それに星矢だって聖闘士だから私を軽く感じるんだよ」 「そっかあ? ならいいけど…」 瞬をゆっくりと降ろして、星矢はやっぱり不安そうだ。手に残る白い肌の感触は柔らかくて温かだったけど、体も足も細くてちょっと力を入れれば折れてしまいそうだ。 そんな星矢に瞬はいたずらっぽく笑いかけた。 「そんなに心配してくれるなら、星矢の分のケーキも食べちゃおうっと」 すると星矢の顔が一変する。 「あーっ、ダメダメ! 俺だって食う!!」 今度は瞬の背中に星矢が乗っかってじゃれている。下からあがってきたカノンが最初に見たのはそれだった。 「星矢、重たいよぉ」 「俺の分、ちゃんとくれる?」 「あげるよ、あげるから離してぇ」 子供同士のじゃれあいは子犬のそれとよく似ている、とカノンは思った。 カノンはひょいと星矢をつるし上げる。 「ほら、腹が減っているのにいつまで油を売るつもりだ」 せっかくのデートが最終的には子供のお守りになったが、自分の愚行のせいで戦闘になりかけたのを図らずも止めてくれたのでカノンも星矢を無碍には扱えなかった。 すとん、と下に降ろすと星矢はにっかり笑って瞬の手をとった。 「行こう」 「うん」 ふと瞬の手がカノンにも差し伸べられる。 「行きましょう」 「……ああ」 まだ脈はある、と思いたかった。 白く小さく温かな手を差し伸べられるうちは。 石畳を照りつける太陽の下で笑っている君をずっとこの地上に ――その身体が滅ぶ最期のときまで 「冥王には絶対に渡さない…」 カノンはぎゅっと拳を握る。 アンドロメダの少女を巡る争いはまだ始まったばかり。 とりあえずハーデスの言った妖しげな言葉の意味がわかっただけでも収穫といえた。 「憑依したなら身体の隅々まで知ってて当然だな」 「なにぶつぶつ言ってるんですか?」 「いや、なんでもないよ……」 アイオリアの住まう獅子宮に先に入った星矢の背中を見つめていた瞬をカノンはふっと止めた。 きゅっと、手を握って。 「カノン……?」 「…愛してる」 今度はそっと頬に手を添えて、口づけると言外に教えた。 愛されたいなら、愛そうとすればいい。 それだけだ。 瞬は少し恥じらいながらもキスを受けてくれた。 「…ハーデスと、どっちがいい?」 「……どっちもどっちですね」 13歳の少女は揺れながらもいたずらっぽさを見せる。いや、これは素直さというべきか。 冥王とカノン、どちらも好きだから今はまだ選べないという。 そんなふうに恋を楽しむ余裕はないのかもしれないけれど。 「冥王には負けない」 空と海の青を併せ持つ深い色の瞳を向けられて、瞬はにっこり微笑んだ。 「瞬! 瞬ってばー」 「いけない。星矢のこと忘れてた」 瞬はすっと背伸びしてカノンの頬に口づけた。 「瞬……」 「答えはちゃんと出します。うやむやにするなんて、ハーデスにもあなたにも失礼だから」 カノンの腕を離れて、瞬は星矢のところに走っていった。 獅子宮に消えた少女の姿、残された頬への口付け。 金と銀を綯い交ぜにした髪を風にさらわせても、愛した少女を冥府神に奪われたくはない。 『告白してこいとは言ったけど、宣戦布告してこいなんて言わなかったわ!!』 『同じことだろうが!!』 魚座のアフロディーテとの口論を思い出して一人で笑う。 君を連れて逃げてしまえたらいい 誰にも、神にも見つからない世界へ そんな世界はどこにもないと知っているから 彷徨うように恋をして、でも臆病にならないように 君との未来を夢見よう――君を連れて歩む未来を ≪終≫ ≪謝らなくちゃ≫ カノンごめんなさい。しかしなんという星矢瞬wwwww やっぱり星矢瞬はおちつくわ(*´д`)ホワー。 いや、落ち着いている場合じゃないというのは重々承知。 ちょっと脈が出てきたかカノン。頑張れば何とかなるんじゃないかカノン。 けどあれだ、カノンも冥王も一輝以上に手強い星矢がおるのですwwwww 星矢を手懐けるほうが早いかもしれんぞ、という展開になったなーと自分で思わんでもない。 おっかしーなー、カノン瞬をかいていたはずなのになぁ。 ギャラクシアンエクスプロージョンかネビュラストームでお願いします。 |